銅賞
恒常的多事多端なベンチャー企業へのサービス方針の提案 ー駐車場シェアリングエコノミーの独自性を掛け合わせて

塩尻 晋也
(akippa株式会社)
1.はじめに
本研究は、駐車場シェアリングエコノミーサービスを提供している、恒常的に多事多端(仕事が多く、大変忙しい状態)なベンチャー企業であるakippaに、今後自社のサービスが目指すべき方向性を提言することを目的としている。サービスのどの部分を伸ばせば最も成長することができるのかという壮大なテーマに対して、一つのロジックに基づいた考え方を示したいと考えている。
2.ベンチャー企業akippaとは
akippaは、大阪に拠点を置くベンチャー企業である。2014年4月から駐車場のシェアリングエコノミーサービスを提供しており、6年の歳月をかけ、累計会員数200万人、累計拠点数4万施設を目前に迫る勢いで、サービスは順調な成長を見せている。しかしながら、認知率は数%であり、まだまだ世の中に浸透しているとは言えない状況である。
akippaはオンラインのサービスで、提供者である駐車場オーナーが、貸し出したい自宅の空き駐車場を登録し、その駐車場を利用したい会員のドライバーとマッチングさせるサービスである。このサービスの特性上、事前予約制となっていて、会員のドライバーが支払った利用料金の約半分が駐車場を登録したオーナーに、半分がakippaに収益として入る仕組みである。

3.研究の動機・目的
シェアリングエコノミーの国内市場規模は、2015年度に約398億円であったものが、2016年度には約503億円まで拡大しており、2021年までに約1,071億円まで拡大すると予測されている。また、新経済連盟によると2025年に10兆円になるという試算もある。そして、全世界では2013年に150億ドルの市場だったものが、2025年には3,350億ドルになると言われており、予測数値がどこまで正しいかは分からないが、シェアリングエコノミーは成長著しい大きな市場となると考えられる。
その中で私は、シェアリングエコノミー市場が成長著しいことや、自社のサービスの伸び、シェアリングエコノミー業界での他社の活躍などを日々の業務で体感しながらも、自社の未だ黒字転換しない事業に頭を悩ませている。売上は順調に伸びているものの、サービスの認知が上がらない、広告を出しても駐車場・売上が増えない、増えた駐車場もなかなか利用されない、どこに駐車場を増やせばいいのか分からない、そもそもレベルのクレーム(サービスを理解されていない等)がなかなか減らない、どのような料金が適切なのかわからない、個人オーナーの高齢化により、ネットやコンピューターのリテラシー不足のため、オンライン前提の世界に引き込めないなど問題が山積しており、雑然とした状態で何から手をつければよいか分からず、対応に苦慮していた。
このような状況のため、実施すべきことは多いが、優先順位がつけられず混乱が生じており、サービスの向かうべき方向性が定まらない状態を、私は危惧していた。そこで、向かうべき方向を定めたいと考え、「ドライバーのakippaに対する満足はどのような要素によって構成されているのか?」をまず知ることができれば、そこから根幹となる方針を定めて、何から手を付ければよいのかの指針になるのではと考えた。
4.先行研究と本研究の進め方
「『顧客満足』と『新しいサービスの浸透』をどのように結びつけるか」について、さまざまな先行研究をレビューした結果、サービス・プロフィット・チェーン[i]という概念をベースに考えることにした。この概念は、①従業員満足がサービス水準を高め、それが②顧客満足を高めることにつながり、最終的に③企業利益を高めるとしており、その高めた利益で従業員満足をさらに向上させることで、より良いサービスの循環の構図が出来上がるエコシステムが成立するのである。

しかしながら、サービス・プロフィット・チェーンは、例えば、接客業のようなオフラインの顧客を対象としており、akippaがオンライン前提の仕組みであることと、顧客として利用者(ドライバー)と提供者(駐車場オーナー)が存在するため、そのままでは利用できない。そのため、シェアリングサービス・プロフィット・チェーンという概念を独自に定義し、「利用者」「提供者」「従業員」のそれぞれの満足度を向上させる方法を模索することとした。
5.利用者・提供者・従業員の
満足度を向上させるための分析
シェアリングサービス・プロフィット・チェーンのサイクルを回すためには、利用者・提供者・従業員の満足度は何によって構成されているのかを解き明かす必要があり、それぞれを解明した。また、世界のシェアリングエコノミーサービスで成功している事例を調査し、それぞれの満足と組み合わせることによりサービス方針を定めていく。
【顧客(利用者:ドライバー)】
駐車という行為は不満足を引き起こしたことによって、顧客満足が得られないことが多い。そこでサービス内に蓄積されている16万件の利用レビューデータと、公開されている競合他社のレビューデータ3万件を使ってテキストマイニング[2]を実施し、利用者が何に不満足を感じているのかを分析したところ、「駐車場にたどり着くまでのマイナス体験」が大きいことが分かった。また、少数ながら駐車場現地でのよい体験が満足につながっていることもあることが分かった。
【顧客(提供者:駐車場オーナー)】
提供者に対してはアンケート調査を行った。想定通り、提供者は「収益」を望んでいることが分かったが、事前に期待していたほど収益が上がっていないと感じている方が多いことが分かった。一方で、収益を求めない層も一定数存在することが分かり、その方々はシェアリングエコノミーの一翼を担っていること自体への満足感と、積極的に運営していくための情報や交流を求めていることが分かった。
【従業員】
従業員に対しては社内で実施した従業員満足度調査のデータを分析した。その結果、従業員は目先の業務に追われ、さまざまな業務をこなしているが、その業務に対する「承認」が行われないことによる諦めが発生しており、会社がぬるま湯化していることが分かった。それは会社が向かうべき方向性を示していないことによって引き起こされており、本研究で導き出すべきサービス方針の重要性を確信した。
【先行事例】
世界的に見ると、AirbnbやUberの成功へのアプローチは見過ごせない。両社共にさまざまな苦難を乗り越えて今日に至るが、その中でもオンラインのシェアリングエコノミービジネスにおいて、「信用」されるプラットフォームとなることに愚直に取り組んでいることが共通項として見えてきた。これはサービスとして優れたコンセプトを持っていても、信用を揺るがす顧客が入ってくることで、プラットフォームの信用が失われることを、身を持って経験していることによるものである。
また、Airbnbは「体験」を重視しており、+αの宿泊体験を提供することに注力している。これはakippaの提供者が求める交流や、利用者が感じる現地でのよい体験を通じての満足度向上に対して、よい先行事例であることも分かった。
6.結論
「信用」はシェアリングエコノミーにおける最重要ファクターであることが、先行研究・先行サービスから判明しているため、常に最優先で取り組むべきである。それを実施しつつ、提供者に向けては、短期的には収益性のギャップを埋めつつ、長期的には収益性を高める必要がある。その上で、収益以外の便益(情報提供や交流の促進)を行うべきである。利用者に向けては、駐車場にたどり着くまでのマイナス体験(例えば、駐車場までの道程が分かりにくい、狭くて困ったなど)をなくし、その上で、現地での+αの体験(例えば、現地の係員の方の対応が丁寧で気持ちよかったなど)を得られるような仕掛けをプラットフォームとして作っていく。これをサービス方針とすることにより、従業員の向かうべき方向性が示されたことになり、日々の業務が、評価可能=承認することができることになる。
サービス方針が固まると、従業員が方針に向かって動くようになり、従業員が提供者に向けてのサービス向上を実施するようになる。続いて、その駐車場を利用する利用者に向けてのサービス向上させることにより、利用が促進され、業績の向上につながる。業績が向上することにより従業員が評価され、評価を受けた従業員がより良いサービスの作り込みを実施するという、プロフィットチェーンが成立するのである。
7.後日談&MBAでの学び
論文を執筆後、会社に対して実際に提言を行いました。反応としては、ロジックは通っており、一つの見方としては正しいように思う。しかしながら、日々事業を推進している中で感じている肌感と異なっている部分があったり、株主と取っているコンセンサスと合致しない部分があったりなど、全面的な採用はされませんでした。ここに事業の先行きが不確かなベンチャー企業において、事業とアカデミックの融合の難しさを感じました。
しかし、シェアリングエコノミーサービスを成長させるための基本的な考え方としての、シェアリングサービス・プロフィット・チェーンは有用であり、それが初めて定義されたという大きなブレイクスルーが発生したことも確かです。
このような切り口の提言は、MBAに入学する前はまったく考えられませんでした。やはり、五つのコア分野を広く学び、プロジェクト方式で仲間と切磋琢磨し、その集大成として論文を執筆するという流れで、初めて提言できたものだと強く感じました。受講している時に「これはためになるのだろうか?」と感じることもあるかもしれませんが、幅広い知識を習得し、各科目の学びを実務につなぐ引き出しを多く作れることが、MBAの真髄であると感じています。
[1] サービス・プロフィット・チェーン:
従業員満足(Employee satisfaction: ES)、顧客満足(Customer satisfaction: CS)の企業利益の因果関係を示したフレームワーク。1994年にサービス・マーケティングの先駆者であるハーバード・ビジネススクールのへスケット教授(J.S.Heskett)と、サッサー教授(W.E.Sasser,Jr.)らが提唱した概念。
[2] テキストマイニング:大量の文章データ(テキストデータ)から、有益な情報を取り出すこと
