第104回 ワークショップ
DXを通じての企業変革と価値づくり
講演
1.「場の革命:『顧客と繋がる場』を基点としたマーケティング戦略
ーオムニチャネル時代の攻めのDXー」
奥谷 孝司氏(株式会社顧客時間 共同CEO・取締役/
オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO
(Chief Omni-Channel Officer))
2.「DXロードマップとステップ」
竹内 政博氏(株式会社フォーラムエンジニアリング 常務取締役)
3.「DXにおけるマーケティングの課題」
高嶋 克義(神戸大学大学院経営学研究科 教授)*所属は講演当時
パネルディスカッション
<パネリスト>
奥谷 孝司氏、竹内 政博氏、高嶋 克義
<司 会>
黄 磷(神戸大学大学院経営学研究科 教授)
講演1「場の革命:『顧客と繋がる場』を基点としたマーケティング戦略 ーオムニチャネル時代の攻めのDXー」
奥谷 孝司氏
(株式会社顧客時間 共同CEO・取締役/オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO)
株式会社顧客時間の奥谷と申します。現在はオイシックス・ラ・大地株式会社で専門役員も務めながら、顧客時間では多くの企業のDX支援、データビジネスの立ち上げや最近では D to C(Direct to Consumer)ブランド作りなどもしています。
今日は、コロナの影響でお客様とつながる場やつながり方が急激に変わってきていますので、国内外の事例や顧客調査データなども見ながら、コロナ禍がもたらしたデジタルに対する企業の捉え方と消費者行動の変化について、さらに、デジタルシフトで企業が何をすべきかをお話ししたいと思います。
変わるデジタルに対するアメリカ企業の捉え方
コロナ前後で、デジタルに対する企業の捉え方はかなり変わってきたと思います。コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)[1]を例にして、アメリカ企業の捉え方の変化について説明します。コロナ前はデジタルができることについて語っていたように思いますが、今年のオンライン開催で感じたのは、いかにデジタルを使っていくかという話に論点がシフトしていることです。
CESで「Six Trends for 2021」という小売業のトレンドの話がありましたので、変化の六つのポイントを説明したいと思います。
1点目に、アメリカにおいてもコスト意識が高まっています。今年のアメリカのトップ25のリテーラーの中で、コストコが会員制サービスとして、カーブサイド・ピックアップ[2]や BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)にも対応しており、安くて、ガソリンも入れられるということで、一番評価が高かったという話も出ています。決してDXが優れた会社ではないのですが、お客様の満足度は非常に高まりました。
2点目に、モールやリアル店舗の風景がかなり変わっているようです。ヘルスケアと住関係のテナントが増えて、たくさんのアパレルブランドは要らないと言われています。また、リアル店舗での体験が OMO(Online Merges with Offline)化しています。
3点目に、デジタルファースト戦略の需要が伸びています。オムニチャネル戦略を進めていたところは勝ち組になっています。
4点目に、サステナビリティが当たり前になっています。アメリカでは、お金を持っている人はよりサステナブルなものにお金を払います。アメリカのアパレル市場はサステナブル対応をしないと、生き残れない感じになっています。
5点目に、小売業は新しい決済手段に対応し、ゲーミフィケーション[3]、ロイヤリティプログラムといったテクノロジーを通した「Shoppertainment」に対応する必要性に関する言及も多かったです。
6点目には、サプライチェーンの見直しです。アメリカの場合は輸入に大きく頼っているので、この反動として、バイローカル、イートローカル、ステイローカルもまた注目を浴びているような感じです。
このほかに、健康に関する関心・ニーズは引き続き増えています。コロナ前には戻らない中で、「Better Normal」という言葉が出てきています。今年の CES を見て特に私が注目したのは、デジタルヘルスです。お客様も非常に不自由な生活を強いられながら、ウェルビーイングとは何かを考えているのではないかということで、ヘルステックやメンタルヘルスに関する言及が多かったです。
破綻してしまいましたが、アメリカの 24 Hour Fitnessというフィットネスクラブ経営会社の事例をお話しします。私は2019年のアドビサミットで彼らのオムニチャネル戦略について聞いて、非常に感銘を受けました。
彼らの競争相手は、他社のフィットネスクラブではなくて YouTuber でした。そこで、来なければ体験できないことをデジタル化するために、ヨガのコースをオンライン化したり、トレーナーとのパーソナライズなコミュニケーションをアプリでやったり、4~5年かけていろいろな形でオムニチャネル化を進めていました。ただ、彼らはリアルの方が自分たちの経営価値が大きく、その軸を変えることが難しかったのかもしれません。コロナ禍において、重たい固定資産である店舗を維持できず、破産申告してしまった感じです。
一方で、フィットネス業界で非常に伸びている PELOTON という IoT バイクを提供しているベンチャー企業があります。この企業が面白いのは、自分たちでフィットネスバイクを作り、それをお客様に提供してはいるものの、フィットネスクラブは経営していません。彼らのサービスのみそは、スピリチュアルでエンカレッジングなメッセージを発しながら、ユーザーのウェルビーイングに寄与するカリスマトレーナーのコンテンツを配信して、PELOTON ユーザーとトレーナー、企業がつながることなのです。
彼らはスタジオをニューヨークに持っていて、コロナ前は「100回目記念にここに来るんだ」と言うユーザーもいました。彼らは、PELOTON ユーザーの聖地といえるスタジオで粛々と動画を撮り続けています。彼らのビジネスモデルをマーケティングの 4P(Product、Price、Place、Promotion)で私なりに解釈すると、お客様とつながる接点の Place を重要視し、リテンション(顧客との関係維持)型のビジネスを展開することで非常に伸びていていると思います。
アメリカの消費トレンドの変化
次に全米小売業協会(NRF)の展示会からのお話をしたいと思います。特に、アメリカの消費者の変化の話がかなり興味深かったので説明したいと思います。
「Meet Your Future Consumers」という消費者トレンドの変化に関する話がありました。これは2023年を見据えてということでしたが、特に時間を割いて話していたのが The Predictors と The New Romantics というユーザー像でした。
この両者は、ともにネットを非常に上手に使うユーザーですが、新しい消費者に位置づけられている The Predictors は、どちらかというとこれ以上不測の事態で損をしたくない、仕事と家庭をうまく切り盛りしたいというニーズが強い人たちで、彼らが求めているのは次の四つです。
一つ目に、The Future is Auto-Refill です。ウォルマートは実証実験で、お客様の自宅に入ってオンライン購入していただいた生鮮食品を冷蔵庫に入れるサービスを展開していますが、それをデリバリーではなく fulfill という言い方をしています。このようなサービスを通して、確実に食材を確保する、効率的な買い物をすることに対するニーズが顕在化してきています。
二つ目に、忙しく仕事をしながら家庭もやりくりする彼らには、事前オーダーも当たり前になると言われていて、早めの商品確保が求められています。
三つ目に、食材宅配を中心にサブスクリプションの世界も伸びるでしょう。
四つ目は、安いものを探して買い周りが難しいので、自分に合ったオファーを自動的に送ってくれる仕組みが必要になってくるのではないかと言っています。これがいわゆる保守的な消費者です。
もう一つの The New Romantics が非常に面白いのですが、彼らもネットをとてもうまく使って消費行動をしていて、そういう生活ができれば都会にいる必要がない、むしろ地方に移住し、家族や友達との時間を有意義に過ごしたいという考えを持っています。一方で、現代社会での生き方に精神的疲労を抱えているのかもしれません。
分断された社会の中で、ネットを見ていれば世界のことは分かるので、今までのように動き回る生活をやめて、ステイローカル、イートローカルで、近くにいる人を大事にしようという価値観が生まれてきています。このような少し閉鎖的で、いいような悪いような消費トレンドは、一見ヘルシーな感じもしますが、少し精神的にはナイーブな顧客像が見え隠れします。このような顧客像にはメンタルヘルスのニーズが結構あるのではないかと思います。
The Predictors と The New Romantics の動向などから、アメリカにおける消費トレンドの重要な四つの変化が起きていることがわかります。
一つ目は、サブスクビジネスでは特に考えなければいけないと思うのですが、予測精度をどう上げていくかということです。
二つ目は、先ほどの The New Romantics に該当しますが、生活行動の変化において、生活のプライオリティが自分自身のケアや家族・友人に向いて、そういうものをサポートしてくれるサービスを求めています。いいポイントは、ローカルブランドがもっと台頭してくるのではないかと思います。
三つ目は、リアルにおける買物価値もかなり変わるので、デジタルを融合した Shoppertainment が今後もどんどん必要になっていくでしょう。
四つ目は、アバターを通した買物体験のことです。CES や NRF でも今年はアバターを作って各社のオンラインブースに参加できるようなプラットフォームを提供する企業が増えました。
コロナ前後の日本の消費行動の変化
アメリカと同様、コロナ禍の前後に日本の消費行動にも変化が起きています。三井住友カードと共同でクレジットカード利用データを用いて「新型コロナウイルスがもたらす消費行動の変化レポート」を発表しました。三井住友カード利用者のデータですが、そのレポートから日本の消費者行動変化について説明したいと思います。
キャッシュレスデータから見えることでは、お客様の決済トレンドは EC(Electronic Commerce)へとシフトしています。高齢者もシフトが進んでいて、上げ止まったままになっています。
ネットとリアルの対応をどのぐらいしているのかを業界別に見てみると、非常に面白いデータが取れました。例えば、家電量販店というのは元々ウェブルーミング[4]からの決済が多いということで、ネット決済がかなりあります。一方、アパレルを見てみると昨年3~4月、店舗が閉まったときには EC の決済が増えていて、アパレル業界は在庫をECに持っていったという話が結構ありました。家具・雑貨に関していえば、ワーク・フロム・ホームの対応で昨年4月は伸びていますが、それ以外は普通でした。
一方でスーパー、ホームセンターを見ると、ネットスーパーは伸びたという話はあるものの、オンライン決済はそれほど伸びていません。スーパー、ホームセンターはこのコロナ禍で伸びた業種だと思いますが、心配になるのは、「次の投資は」と聞くと、「店舗投資」とよく聞きます。オイシックスのネットスーパーですら、昨年の今ごろはサイトダウンするのではないかと緊迫した状況もありました。またいつネットスーパーのニーズが高まるか分からないので、デジタルへの投資が求められているのではないかと思います。
また、新たな価値観の消費行動として、「応援消費」にかなり注目しています。出前・デリバリーや食材宅配を応援というのかは賛否ありますが、私の個人的な買物体験では、店構えからしてあまり入りたくないと思っていたお店が、Uber Eatsで頼んだらものすごくおいしかったこともありました。今までデリバリーというとチェーン店ばかりでしたが、食のデリバリーに対する買物行動が少し変わってきているところもありますし、食材宅配も安定的に推移しています。
一方で、クラウドファンディングでの決済トレンドを見てみますと、今はMakuake(マクアケ)[5]などの消費行動も新しい小売マーケットだということがわかります。レストランの家賃収入を得るためにMakuakeに出たり、地方で優れた商品を作っている人がMakuakeに出てくるようになってくると、メーカーやお店との関係は必ずしも小売業を介して構築する必要もなくなりますし、自身の目利きで選んだ企業を直接応援することが買物の喜びになっています。このようなプラットフォームが新たな小売市場を作っていることに注目するべきです。
コロナ禍での消費パターン
このように決済トレンドを見ても、日本の消費者にはいろいろな行動変化が出ていると思います。ただそれだけでは決済データからの傾向値にすぎないので、アンケートをとっています。そのデータをもとに一つのマトリックス図を作りました。家中消費の増減を横軸にし、休日おでかけ範囲の変化を縦軸にして、コロナ禍での消費パターンを「自己中心型」「倹約型」「従来維持型」「巣ごもり型」「変化適応型」の5つの象限を作ってみました。
この分析結果は、大変示唆の多いものとなりました。コロナ禍で家中消費が増えている人が多いと思うのですが、一方で休日おでかけ範囲が広がっている「自己中心型」の人が結構いるのです。ただ、私たちが見るべきは、家中消費が増えている「巣ごもり型」と「変化適応型」だと思っています。「巣ごもり型」と「変化適応型」の男女比では、女性が多いです。
特に休日おでかけ範囲が減少している「巣ごもり型」で面白いのは、今の状態に非常に不自由を感じて、癒やしを求める傾向があることです。本当は旅行などに行きたいという一方で、家族の大切さや日常生活の無駄の多さに気づいたようです。日本は、まだまだヘルステックやヘルスケアの新しいサービスはあまり出ていないですが、このようなお客様には潜在的な癒されたいニーズがあるのではないかと思うのです。お客様にどうしたら短期的に癒やしを与えられるかを考えていく必要があると思います。
「変化適応型」というのは、まさに Better Normal、New Normal のお客様だと思います。大切な人とはオンライン、オフラインを問わず適度に会って、デリバリーや家中消費など新しい消費行動を楽しむ人たちです。もちろん継続的にファッションや他者とのつながりにお金を使いたいお客様ですので、うまく密を避けながらどんな消費行動をしているのか、もしくは家ではどんなことを体験するとウェルビーイングにつながるのかを、こういったお客様に聞いてみることが大切だと思います。
デジタルシフトとお客様とのつながる場
消費者行動の変化をコロナに応じてさらに見ていくことで、新しいマーケットを作り出せる可能性があるのではないかと思います。日本においてもEC利用やデリバリーが定着して、なぜあの買物にリアルに行っていたのだろうと思うことも増えてきました。コロナ前後の消費者行動の変化を理解して対応していかなければならないと思います。
デジタルシフトしてお客様とつながることが可能になり、多くの業界でこの取り組みをやろうとしている人が増えていますので、デジタルを中心にした事業モデルを作っていく必要があるのではないかと思います。
私が考えているマーケティングの 4P は Place を重視するという考え方です。今までのように、いいものを作って(Product)、良い値段で(Price)、マーケティングをして(Promotion)、それを販路で展開する(Place)方法ではお客様に商品やサービスは届かない時代です。今までのマーケティングの 4P は Product 起点で、そのほかの Price や Promotion も製品に紐づいています。つまり、 Place だけ異質なものなのです。この place に注目する必要が出てきています。
今までのデジタル化は、前述の 24 Hour Fitness も「リアルがうまくいったのでネット化しよう」「マーケティングもリアルだけでなくデジタルもやろう」という形でしたが、この流れでは Product と Place の距離を縮めることが難しいのです。私が考えているのは、お客様とつながる接点を前に持ってくることです。これはオンラインストアもオフラインストアもモバイルアプリも、究極を言えばお客様の自宅も含めて接点であり、Place と考える必要があります。
このようなつながりを前提とした上で、どのような価値を提供するかですが、まずはつながり続ける理由という基本的な企業、商品、サービス価値を見落としてはなりません。それが前提で、どうやってお客様とデジタルでつながっているのか。それが伝わる体験設計をした上で、商品・価格・プロモーション・マーケティング施策を行い、ずっとお客様とつながり続ける。これをリテンション型と呼んでいます。このフレームワークを使って、いろいろなメーカーや小売のコンサルティングをしながら、つながり続ける理由を考えようと言っています。
先ほどご紹介したアメリカの PELOTON のビジネスモデルを見ると、スマートバイクという一見 Product に見えるものが Place になるのです。彼らはユーザーの健康をエンパワーリングしたいわけですが、スマートデバイス、IoT 型のフィットネスバイクから運動データを取っています。彼らのみそは、彼らの Product はスマートバイクではなく、多彩なインストラクターによる動画サービスなのです。そして、買うと30万円ぐらいするバイクをサブスクリプションにして、それらを CRM (Customer Relationship Management)でつなぐ形で展開しているのが PELOTON なのです。
これからの時代、お客様がいる場所、Place に近づきマーケティングの4Pを組み替えていく必要があるのではないかと思います。
コロナ禍においては、お客様と Online ID でつながることは、いろいろな業界で重要になっています。飲食店などにおいても、LINEで友達になっていれば、「今日はランチやってるのかな」「お店は閉まってるけどテイクアウトはやってるよ」というコミュニケーションができたかもしれません。お客様のニーズに応じて、来てほしい人、行きたい人、届けてほしい人、お店でピックアップしたい人が分かる環境をつくる必要があると思います。
まだウィズコロナの状況下なので、小売業はいろいろなアプローチ、デジタルを活用したコミュニケーション施策をお客様にやっていくべきです。今はまだどこが勝ちとか負けとかないと思いますが、コロナだからといって下を向くのか、それともリスクを取ってもお客様に企業がアクションを取っていくのか。それによってお客様から共感を得て、エンゲージメントの強化につながっていくのではないかと思います。
これを徐々に可視化していくためにデジタルが重要なわけですが、企業活動自体はデジタルだけでは駄目で、自分たちの思いを伝える行動はデジタル以外でもしていく必要があると思います。やはりお客様とのつながりは行動によって作られると思いますので、リアルな小売の現場において行われている接客行動や、伝統的なマーケティング活動をサポートするDXを展開する必要があると思います。
いろいろな企業がチャネルをデジタル化しなければいけないことには気づいています。ただ、つながりをデジタル化しただけでは課題は解けないと思います。究極を言うと、私は全ての業種において D2C(Direct to Customer)の思考が大事だと思います。顧客と直接つながることを考えると、企業のやるべきことも大きく変わってくるように思うのです。
D2C と EC は何が違うのかと言いますと、オンラインで、必要なものがいつでも用意されていて、都度安くて、お得な買物をしたいのであれば圧倒的な利便性のECでいいと思います。しかし、D2C においては自分たちの Engagement Reason をもう一度見直して、ソーシャルグッドで全てのタッチポイントを活かして、関係性、関与を高めていくことが大切です。
サブスクリプションでなくてもいいと思いますが、高くても、体験が良い、買う理由があるといった製品サービス提供して継続的なつながりを維持したお金のいただき方を考えなければならないと思います。このように顧客接点を通した顧客理解を丁寧に行い、顧客提案のスキルを上げていくことが Engagement Value を作っていくように思います。
顧客とつながり続けること
このように考えると商品の機能的価値だけでは足りないのです。機能的価値からも顧客満足は生まれますが、それだけでは駄目でしょう。また、今はリアルが制約を受けているので、お客様にとっての体験の考え方も変わってくると思います。つながり続ける、つながってもらえるだけの価値を考える必要があると思います。最近、私は顧客推奨度(NPS)も見ていますが、リテンションという意味ではお客様自身が他人に勧めたいかどうかだけでなく、自分自身がもう一度買いたいかどうかの顧客継続度(NRS)も確認するべきだと思います。
オイシックス・ラ・大地は、このような考え方を実践している通販を起点とした会社です。弊社は、現在3ブランドに加えてアメリカで Purple Carrot というビジネスも展開しています。弊社のビジネスの特徴は、市場から野菜を仕入れてお店に並べるのではなく、まず生産者と直接つながり、そしてお客様と直接つながることで、サブスクリプションをずっと続けています。
「経営統合してどうですか」とよく聞かれますが、3ブランドの共通点は、生産者と消費者に直接つながっていることです。ブランドミッションは、ワーキングママを支える「オイシックス」、ある程度料理スキルのある人を支える「らでぃっしゅぼーや」、そして子育てもある程度めどがついて、食を通してウェルビーイングを実現したい「大地を守る会」という、ユーザーのすみ分けができています。
特に物販におけるサブスクリプションにおいて重要なことは、獲得単価(CPA)・生涯価値(LTV)管理とユニット収支管理の徹底だと思います。見たこともないものをお買い上げいただくので、お試しセットを展開しています。半年ぐらい続けていただかないとわれわれの利益にはならないので、CPAからLTVまで半年ぐらい丁寧にお客様とつながり続けるようにしています。そのためにはユニット収支管理、つまり物流が非常に重要です。数個買ってもらって届けても儲かるわけではなく、コースを選んでなるべく多く買ってもらわなければ、黒字配送にはならないのです。その実現を目指していますが、現在のオイシックスを見てみると、夕飯の主菜と副菜の2品程度を20分で作れるミールキットの Kit Oisix コースが非常に伸びていて、20万人を超える会員がいます。
最近のトレンドとしては、モスバーガーや大戸屋などさまざまなお店とコラボをしていて、「お店の味をご自宅で」というコンセプトを実現していますし、今は多くの飲食店さんが通販に参加できるプラットフォームとして「Oisix おうちレストラン」というECサイトも展開しています。この外食支援サービスでは、串カツ田中や博多もつ鍋やまやのセットは反響も大きく、継続販売をしています。
また、われわれは物流にシステムを含めた大きな投資をしていますので、これらのプラットフォームを横展開していただけるパートナーとして、伊勢丹、DEAN & DELUCA、NTTドコモとサブスクリプションのノウハウを共有しています。
アメリカの Purple Carrot という事業にも、われわれのサブスクビジネスを展開・注入しています。失礼な言い方ですが、他のアメリカのサブスクビジネスは、ほとんど黒字化していません。その中で Purple Carrot はしっかりと黒字化もしながら、ビーガンのミールキットを提供して非常に伸びました。海外事業も徐々に展開して Oisix 香港、Oisix 上海でも食材を提供しています。
また、私が見ているリアルな販売店舗でもわずかではありますが、スーパーのライフさんを中心にミールキットが店舗でも売れ始めていますし、保育事業を通した3ブランドの食材提供ビジネスが伸びています。
それから、食のビジネスをもっと伸ばそうと Future Food Fund というフードイノベーション領域に特化したコーポレート・ベンチャーキャピタルもしています。いろいろなところに出資もしているので、こういった企業サポートも続けていこうと思います。
面白いところでは、移動スーパーとくし丸も子会社化していますが、今、非常に伸びています。イトーヨーカドーともビジネスパートナーを組み、現在300台以上が稼動しています。ここにデジタルが入ってくると、お客様のニーズもさらに取り込めて、優れた体験提供ができるのではないかと考えています。
このように、われわれはオンライン基点のビジネスモデルを展開していますが、お客様としっかりデジタルでつながり、食にまつわるカスタマージャーニーを把握して、好みを理解し、継続的にサブスクリプションで消費提案をしています。
顧客とつながる「場の革命」が起こっている
最後に、皆さんにお考えいただきたいことをお話しします。今、「場の革命」が起こっていると思います。これを乗り切るには、自分のチャネルをデジタル化するだけでは足りず、事業モデルにデジタルの要素をかなり注入していく必要があると思います。そのために大事なのが、Engagement というお客様とつながる起点から、ビジネスを考えることです。
オイシックスは買物データから、お客様と本当につながっている場は食卓だと考えているので、食卓とオンライン接点を通して、お客様が求めているものを継続して提供しています。しかし、このフレームワークは別にサブスクリプションでなくても作れないことはないと思います。
私が経営している株式会社顧客時間は、D to C ブランド作りやメーカーのDX支援をしていますが、多くの会社で Engagement 4P のフレームワークを使って、ビジネスモデルを書き直す作業を行うことで、お客様とのつながり方を可視化しています。
これをやるときに、例えばオイシックスであれば、Engagement Reason は「おいしい食材」です。みなさんの企業の Engagement Reason は何なのかということを、ぜひ考えてください。そして、もしデジタルな接点を持ちたいのであれば、どのようなものを持つべきか、配荷するだけなのか、場合によっては商品だけでなくサービスも提供するべきではないのか、都度買いだけでいいのか、都度買いだけを誘発するようなプロモーションでいいのか。お客様とつながることができれば、少ない人数でもお客様への理解が進むはずです。ここをしっかりとデジタル接点を持って深めていく必要があるのではないかと思います。
私は、DXは EC の2乗([Employees×Customers]× Experience)だと考えています。DXを進めるには、従業員とお客様のデジタル体験を良くしていかないと進まないということです。特にリアルを中心とした小売業においては、店舗スタッフにとっても有用なDXでないとなかなか進まないと思っています。
先行研究などを見ても、ショッパー側はモバイルデバイスを持ってウェブルーミング、ショールーミングをするのは当たり前です。では、どうやって従業員にモバイルテクノロジーの武器を渡すのか。同時に、バックエンドとして店舗にいる人たちをどう評価してあげるのか。そして、その方々から得られるデータを経営資産としてどう活かすのか。これを考えないとお客様のデジタル化についていけません。CXのデジタル化が進んでいるので、これができる店員を育成していかなければならないわけです。
今のお客様の買物の流れは、オン・オフを行き来することが当たり前であり、この両方のタッチポイントを持つことが望ましいわけですが、別にこの両方を持たなくても、企業が提供している商品サービスに顧客価値があれば、リアルな場でアンケートをしたりお店で都度お客様の意見を聞いたりすることで顧客理解は深まると思います。ただ、せっかくDX戦略を推進するのであれば、お客様がオン・オフを行き来することを中心にして、顧客戦略を描き、それを事業目標に反映することが大事になるのではないかと思います。
私が最近読み返しているのはアルヴィン・トフラー[6]の本です。彼の「21世紀における無学な者とは、読み書きができない者ではなく、学び、忘れ、また新たに学びなおすことができない者である」というメッセージを、今まさに小売やメーカーは考えなければいけないと思います。ポイントは Relearn する。学び直すということです。
コロナ禍で、デジタル化はものすごいスピードで進んでいます。われわれの業界だけはしなくてもいいということはもうないのではないかと思いますので、改めて自分のビジネスモデルは何で、DXをどう活かして、どう進めていくべきかを考えるといいのではないかと思います。
[1] コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES):毎年1月全米民生技術協会(CTA) が主催し、ネバダ州ラスベガスで開催される電子機器の見本市。業界向けで、一般への公開はされていない。
[2] カーブサイド・ピックアップ (Curbside Pickup):ドライブスルー方式による駐車場での販売手法
[3] ゲーミフィケーション(gamification):ゲームデザイン要素やゲームの原則をゲーム以外の物事に応用すること
[4] ウェブルーミング(webrooming):消費者が事前に商品情報をウェブ検索して価格やレビューを調べた後、店舗に訪問して商品を確認し、店頭で購入する購買行動のこと。
[5] Makuake(マクアケ):2013年8月株式会社サイバーエージェント内の新規事業でスタートしたクラウドファンディングサービス。「世界をつなぎ、アタラシイを創る」をビジョンに掲げる。
[6] アルヴィン・トフラー(Alvin Toffler):アメリカの評論家、作家、未来学者。「デジタル革命」「組織革命」「コミュニケーション革命」「技術的特異論」など情報化社会実現に関する実績が知られる。
講演2「DXロードマップとステップ」
竹内 政博氏
(株式会社フォーラムエンジニアリング 常務取締役)
本日は、弊社が過去5年半にわたり取り組んできたDXの軌跡についてお話しします。弊社は、現在41期目を迎える技術者派遣会社です。一昨年、「コグナビ」(cognavi) ブランドを立ち上げ、2020年3月9日に東証1部に上場しました。人材派遣ビジネスについてご存じない方も多いと思いますので、人材派遣業の概要について説明した後、弊社のDXロードマップとステップについてお話ししたいと思います。
人材派遣サービスの事業モデル
初めに、人材派遣業の概要についてです。人材系サービスはヒューマンリソース(HR)サービス、人材サービスの大きく二つに分類されますが、中でも弊社の主力事業は、人材サービスに当たる人材紹介業と人材派遣業です。HRサービスは企業の人事・労務プロセスを対象に、ある種のプロフェッショナルサービスを提供する事業です。一方、人材サービスは求人企業に対して求職者を斡旋したり、労働力を提供するなど、人材マッチングをベースにしたボリュームオペレーション型のサービスです。
1985年に労働者派遣法が制定されましたが、制定前までは職業安定法により、労働者派遣は禁止されていました。必要なときに必要なスキルや労働力を求める企業側のニーズと、スキルを活かして就業場所や時間・仕事を選択したい労働者側のニーズに応える形で、新たに労働者派遣法が制定されました。2015年の改正があるまでは一般派遣事業・特定派遣事業という二つの事業構造がありましたが、二重派遣や偽装請負などの問題により、届出制による特定派遣事業を廃止して、許可制である一般派遣事業に統一されました。
次に、弊社のターゲットである機電系製造業の技術者のマーケットについて説明します。機電系技術者の総数は、約64万人です。日本の労働人口が約6000万人なので、その1%を対象とするニッチな市場です。64万人の構成は、正規社員が約38万人、非正規社員が約26万人です。このうち、人材サービス業を利用する年間の人数、つまり流動している技術者の数は、正規社員の約10%、非正規社員の約30%となり、この数字が年間を通じた外部人材市場の構成数値になります。また、理工系の学卒者は4万人弱いますが、製造業への入職者数は年々減少傾向にあり、技術者を扱う派遣会社としても構造的不況に向かっている状況といえます。
派遣法により、人材派遣業は求人企業が求職者を特定してはならないという制約があります。とはいえ、技術者の場合は工学的なスキルや知識が求められるので、実際の業務と技術者のスキル・経験との擦り合わせが必要になります。これを人材派遣業者が仲介して解決することになります。
また、人材派遣の求人は総じて偶発的・突発的に発生するので、求人案件を獲得するために求人企業との接触頻度を上げる一方で、求職者の囲い込みと稼働率維持のために定常的な獲得コスト・維持コストが発生します。これら求人獲得や求職者獲得のコスト、維持コストを削減し、企業価値を上げる方法として、この業界では二つの定石があります。
一つは、トップ企業であるT社のように、マーケットニーズを捉え、M&Aによる業容拡大を行いつつ、経済的付加価値(EVA)スプレッドを拡大して、企業価値そのものを向上させる方法です。
もう一つは、ナンバー2であるM社のように、ハイエンドエンジニアを中心に若手エンジニアをチーミングし、顧客内のコアでミッションクリティカルな業務に従事させることで顧客の人員計画を把握し、営業コストやマッチングコスト、さらにはスイッチングコストを効率化させるだけでなく、プライシングの優位性も獲得する方法、つまりインストアシェアを獲得することで企業価値を向上させる方法の二つになります。多くの技術系人材派遣会社はこのいずれか、もしくは両輪で拡大してきました。
企業変革のロードマップ
弊社はどうかというと、フォロワーではなく新しい戦略優位性を築くべく、人材を起点にして潜在的な求人を探索する奇手を選択しました。ただ、この場合はトランザクションコスト、特に営業コストが規模に比例して利益を圧迫してしまいます。過去10年間、これをICTの活用で解決することに取り組んできました。
求人企業は大手製造業であるため、内陸部や沿岸部に集中します。一方、求職者は都市部に多いため、営業拠点も都市部に設置せざるを得ません。つまり、営業スタッフは求人案件の獲得、もしくは潜在的求人を探索するために、片道1~2時間をかけてお客様先を訪問します。そこで、ICTの活用により、当時のスローガン「行かない、会わない、話さない」という営業モデルを構築することで、自らの事業の付加価値や労働生産性を上げられないかと、2015年にAIを導入したのが、DXに舵を切る前の弊社の状況でした。
次に、弊社が2015年から取り組みを開始したDXのロードマップとステップ(図1)についてお話しします。

ロードマップの縦軸は創造すべき顧客となるエコシステム、横軸には競争優位性を確立するためのイノベーションの分類を置いています。また、その二つの組み合わせによる事業成長のマイルストーンを配置して、エコシステム×イノベーションの目標評価軸としています。便宜上ステップを切っていますが、ステップ1~3を同時並行的に検討しました。
2010年に現代表取締役社長の佐藤が労働集約型ビジネスからの脱却、マッチングの自動化・オンライン化による無人化を中長期の目標として掲げ、私は2011年に合流して、主にICT部門の管掌をしてきました。2010、2011年はリーマンショック、東日本大震災と国内外の社会経済において衝撃的な出来事が起こりました。弊社事業も売り上げの半分近くを失い、コンディションとしてもかなり厳しい状態に追い込まれました。
2012年以降、回復基調を取り戻したのですが、このときの戦略が、競合他社とは異なる奇手の戦略で、大きく四つあります。
一つ目が、マーケットを大手製造業に限定し、扱う職種も機電系技術者に限定しました。
二つ目が、技術者を基点とし、顧客の顕在化した人材要件ではなく、その技術者を配置可能な潜在的求人を探索しました。
三つ目が、顧客内のインストアシェアを狙うのではなく、エリアカバレッジを上げることで特定の顧客に依存しない収益構造を作りました。
四つ目が、これらを可能にするために積極的なIT投資を行い、業績を回復させてきました。
2015年はIBM Watsonを導入し、AIで人材ビジネスをさらに省力化・無人化するチャレンジを開始しました。以降、ステップ1、2、3の順にDXの内容と成果物についてお話しします。
その前に、少し結論をお伝えしたいと思います。人材派遣法ができて40年近くたち、この業界は新規参入の障壁が高いとは思わないのですが、新たなプレーヤーが出てこなくて、メインとなるプレーヤーのビジネスモデルも40年近くほぼ変化していません。弊社はそのような中、ちょうどデジタルディスラプション[i]が話題になった5~6年前、真剣にDXに取り組もうと考え、現在も継続しています。こうしてステレオタイプな技術者派遣会社から技術者の流動化プラットフォーマーへと企業変革させるための基盤をこの5年半かけて構築してきました。
DXを通じた企業変革のステップ
どのようなステップを踏んだかというと、ステップ1ではAIを活用したAIマッチングを開発しました。ステップ2ではAIマッチングを基盤に、さらに五つのサービスを開発することでエコシステムの拡大を行いました。そしてステップ3では、エコシステムから高いライフタイムバリューを実現させるべく、エコシステムを連携させ、プラットフォーム化を現在推進しています。DXを通じた企業変革については、おおむね投資ステージを終え、これから回収のステージに入ります。
もう一つの結論は、取り組んでいる最中の業績推移にあらわれています。売上高については、リーマンショック以前を超えるに至っていませんが、営業利益率はAIマッチングの効果だけでなく、定石に対する奇手の戦略、つまり技術者基点で配置可能なポジションを探索したり、インストアシェアではなくエリアカバレッジを追求したり、流動化しやすい若手エンジニアに注力したり、派遣ビジネスの定石を覆す方法で改善を進めてきました。2021年3月期はかなり落ち込んでいますが、これは新規公開株(IPO)関連企業やオフィスの移転、CMへの投資、コロナショックによる稼動人員の減少によるものです。今期の着地についてもコロナショックを色濃く受けた結果となる見込みです。
五つのサービスの構成比では、残念ながら主力事業である派遣事業が約99%を占めており、派遣以外の四つのサービスによる売り上げ貢献はこれからといった状況です。そのため、CMによるブランド認知の向上、サービスの浸透についてアクションを強めています。
最初のステップとして、IBM Watson の活用を前提にしつつではありますが、DXにより既存ビジネスを変革させるため、まずは構想策定を始めました。問題と課題再定義の一部抜粋になりますが、DXの目的は企業変革レベルの話になるので、サプライチェーン改善のような話はいったん排除し、まさに人材サービス業に対するディスラプションを自ら起こせないか、AIでビジネスプロセスを完全無人化できないかといった趣旨で討議を重ねました。結論としてはマッチングサービスを、求職者や求人企業の意思決定や合意形成の最適解を複数代替案から求める認知行為と定義し、さらに総量マッチングすることで人材流動化の機会喪失と配置移動を実現させるプラットフォームを志向する形になりました。複数代替案としてタレントプールと組織プールを作り、プール間から人と組織の最適解を導出することで流動機会を創出し、AIが双方の意思決定・合意形成を仲介するようなプラットフォーム構想になりました。
次に、既存顧客から隣接関連マーケットにエコシステムを拡大可能とするサービスイノベーションとして、弊社が開発したコアテクノロジーについて説明します。ステップ0の構想から、ステップ1では三つの機能を構築しました。
一つ目は、エンジニアリングチェーンの意味や意図を理解するための技術用語をナレッジグラフ化した Skills Inventory System です。
二つ目は、Skills Inventory System を使い、マッチングスコアを算出する Skills-based Matching System です。
三つ目は、この両方を使って営業の代わりに人材スキルの棚卸しをしたり、顧客の人材要件の確認、さらには顧客に技術者を提案し、採用者の意思決定支援をしたりする AI Agent です。
自然言語処理・自然言語理解では、会話や論文などの非構造データである自然言語から意図や意味を抽出し、機械が理解する一連の処理を行います。そこで、弊社が顧客とする製造業の事業・製品・サービスを企画・設計・製造する技術者の目的や役割を意図・意味に置き換え、構造化したものが図2のチャートです。

左から、規制や経営目標など事業・組織の方向づけが行われ、その方向性を基に経営計画や事業計画が具体化され、組織を編成し、人員を含む資源を投入し、計画を実行することで新たな価値を創造します。つまり、AIが製造業の一連のプロセスチェーン、バリューチェーンをはじめ、そこに投入される資源や製造工程、人員のスキルについて理解することができれば、組織としての人材要件を理解し、人材の最適配置、技術が不足していれば教育や外部人材の採用による補完、さらには技術者の評価についてAIが最適解を導出できるのではないかという仮説の構築から出来上がったものです。
この仮説を基に、まずは赤でハイライトされたエンジニアリングチェーンにフォーカスし、人と組織の最適解をAIが処理するために必要になる言語資源 Skills Inventory System と、マッチングアルゴリズムとなる Skills-based Matching System の開発に着手しました。
Skills Inventory System のサービスの名称は、IM(インサイト・マッチング)辞書です。4カテゴリーあり、製品・部品、技術・ツール、職種・工程、学問的知識のツリーがあります。8業種について用語が合計13万3000語、横の関係線が7万2000本で形成されています。例えば「プラグインハイブリッド自動車のモーターとバッテリーに詳しくて、出力性能と燃費性能について機能・性能改善できる技術者を派遣もしくは紹介してほしい」というかなり抽象的な依頼を受けても、このコーパスを使うことでプラグインハイブリッド、モーター、バッテリーの構成要素、工程など、つまり機能構成について理解できます。さらには、それらの性能を向上するための要素は、ツリー間の関係線を参照することで必要なスキル・経験について理解が得られるようになります。また、8業種をカバーしているので、例えば自動車の電化が進んでいますけれども、関係線をたどることで他業種からのスキル人材を獲得する機会も得られると思います。
つまり、言語や文章による顕在化された要求の背後にある潜在的な要件や目的、機能や性能について理解を得ることを可能にします。これを可能にするのが縦と横の関係線ですけれども、この関係線の意味づけが図3のようなコーパスの構造です。

縦は DIKW モデルで、用語を階層化、要素分解しています。そして主に横ですけれども、用語間の関係をオントロジー表現[ii]で結線しています。この関係線があることで単語間の関係性がイメージ化され、技術者や組織が必要とするスキルについて表出・形式値化することが可能になります。
このアイデア自体は、ものづくりの基本プロセスである、すでにある実体を機能・性能・属性に要素分解し、それらを再度統合することで新たな実体を生み出すプロセスを参考にしたものです。この仕組みがエンジニアリングチェーンにおけるナレッジグラフとなる Skills Inventory System になります。
ここで一つAI活用の勘どころになると思うのですが、なぜこのような辞書を構築したのかという疑問が生じます。本来であればシンデレラストーリーのようにデータから機械学習のモデルを構築し、先ほどあったエンジニアリングチェーンの意味論的分析を機械が行い、技術用語に対するアノテーション(関連性の注釈)やタギングのようなものも自動的に行われるという期待がありました。
最近になってBARTやGPT-2、GPT-3のように、汎用的な自然言語まで理解・生成できるようになりましたが、処理内容を見る限り、膨大というより莫大な学習データ、コンピューターリソースを必要とします。コストと時間はトレードオフの関係にありますけれども、短時間で行う場合はコストが指数関数的に跳ね上がってしまうということが分かってきました。
これは今になって言えることですが、Skills Inventory System として関連用語を収集し、構造化したことがエンジニアリングチェーンにおけるナレッジグラフとなり、技術者のナレッジグラフと組織のナレッジグラフを比較することで、Skills Inventory System の構築が容易になりました。
つまり、学習データの有無によらず、演繹的に創造したい価値をきちんと定義し、データを使って機能的に検証するサイクルがあれば、プロジェクトの進捗も成果も早くなるのではないかということです。
次に、技術者と求人企業のマッチングである Skills-based Matching System について説明します。Skills Inventory System の中から、自身の持つスキル・キャリアに関するノードを選択・ハイライトすることで、技術者のスキルツリーを生成することができます。
一方、求人企業であれば、組織に必要なスキル・キャリア要件を選択・ハイライトすることで、組織ごとのテクニカルツリーが生成されます。このスキルツリーとテクニカルツリーを比較・評価することでマッチングを行います。
図4の左側にスコアリングの手順を示しています。
例えば、テクニカルツリー側が三つの要件を要した際、それぞれの用語の重要性を基に配点を行います。同様にスキルツリーも、テクニカルツリーに選択された用語が実際に選択されているのか、もしくは同様の用語を選択されていなくても関係線を評価し、習熟度を用いて配点に対する係数を算出することでスコアリングを行います。
このロジックを使うことで、スコアの論拠・根拠を組織にも技術者にも示すことが可能になり、ミスマッチを極小化することを可能にしています。つまり、何ができて何ができないかを事前に求職者と求人企業が共有することで、スコアに左右されず、相互の意思決定を促すことが可能になるのです。

図4の右側の画面キャプチャーが、求人企業向けのシステム画面、サービスの画面です。地図の中央に求人企業があり、その周辺に人材のスコアが表示されています。つまり、今すぐ稼動可能な全ての人材とのマッチングスコアが画面から確認可能になっています。以上がSkills-based Matching Systemです。
三つ目の機能は、求職者と求人企業の認知バイアスを極小化しつつ、相互の意思決定支援を行うAI Agentです。機能は大きく二つあり、一つは人材に対してスキル・キャリアの深掘りと幅出しを行います。それを行いつつ、求人案件の紹介や就業の意思決定支援などを、現時点ではチャットボットですがAIが行います。
もう一つは、求人案件の深掘りと幅出しを行い、会話と同時並行でマッチング処理を行います。そして、マッチングの結果を裏で計算しつつ、顧客に人材の提案、さらには契約交渉を行い、採用担当者の意思決定支援を行いつつ、弊社の営業の代替・無人化を目指します。現在はAIチャットボットでの実装になりますけれども、将来的には音声会話で一連のプロセスを完了するようにアプリケーションの開発を継続しています。
図5がチャットボットの画面キャプチャーです。

左側のスマホ画面は技術者向けのアプリで、自身のスキルの深掘り・幅出しをAIがサポートしながら、技術者のスキルツリーを詳細化し、同時並行で就業先・転職先候補となる企業とのマッチングを行い、リコメンドされた企業を表示します。右上は、顧客の求人要件に対し、人材要件の難易度や複雑度などを実際の人材マーケット情報と比較し、リアルタイムでトレードオフ分析を行いながら人材要件の緩和や人材の特定を支援する画面です。右下は、人材要件に対し、マッチングされた人材のスコアに対する根拠を説明している画面です。
AI Agent は主に顧客向けになりますけれども、セールスコミュニケーションに必要なコンタクト、顧客の要望を特定するファクトファインディング、具体的な要件を絞るテストクロージング、さらには提案としてのプレゼンテーション、クロージングの会話を可能にしています。また、テストクロージングとプレゼンテーションの部分に関しては、顧客の発言内容により技術者の強みを強調するオフェンスの会話や、弱みをフォローするディフェンスの会話の仕組みも組み込まれています。現段階ではプロトタイピングを終えて、今後タイミングを見て PoB(Proof of Business)へと移す予定の機能です。
以上がサービスイノベーションとして開発した三つの機能、ステップ1です。DXに移る前にデジタイゼーションして、プロセスをデジタライゼーションして、最後はDXに移ると思うのですが、ここでいうステップ1では、モノ・コト・サービスをデジタイゼーションしたこととなります。
次にステップ2、隣接・関連マーケットの評価について説明します。ステップ2では、既存顧客の隣接・関連マーケットを評価しました。人材関連サービスは、大きくHRサービスと人材サービスの二つに分類されます。弊社の主力事業は人材派遣と人材紹介ですので、評価する対象としてはHRサービス全体と、人材サービスにおける求人広告媒体の3エリアになります。それぞれのモデルを調査・評価します。
2019年度は、弊社を含む大手技術者派遣のグロスマージン平均が24.7%であるのに対し、人材メディアは91.6%、人材プラットフォーマーは55.5%でした。特に人材プラットフォーマーは弊社同様、特定の業種にフォーカスした事業展開であったため、大変興味深いベンチマーク対象となりました。一方はステークホルダーを固定してサービスを拡張する方式で成長し、もう一方は逆にサービスを固定してステークホルダーを拡張する方式で持続的成長を遂げており、両者は現時点においても大変参考になる事業展開をしています。
弊社では、対象とすべき隣接・関連マーケットは、求人広告媒体事業とHRサービスにおける人事関連サービスであると結論づけました。対象となる隣接・関連マーケットが決まったので、次はサービスの構築になります。弊社はマッチング機能を有しているので、純粋な媒体事業ではなく紹介事業に分類されます。従って、社会人転職をメディア化することで、求人広告媒体としての収益構造を追加しました。まさに今月より、社会人転職を支援する「cognavi転職」をメディア化し、新たにローンチ[iii]させて、現在は首都圏だけですがテレビCMを再開しました。また、スキルベースで社内での異動や適正配置を支援する「cognaviタレントマネジメント」を2019年10月にローンチしました。最後に、企業の研修ニーズと大学の教授やアセットをマッチングし、理工系大学でのリカレント教育を支援するサービス「cognaviカレッジ」を立ち上げました。cognaviカレッジは現時点でシステムとしてのローンチはなく、今後システム開発を行う予定のサービスです。
以上、ステップ2では既存マーケットの隣接・関連マーケットを調査・評価し、拡張すべき対象を決定し、各対象向けにサービスとシステムを開発し、エコシステムの拡張を行いました。
次のステップは、持続的成長の基盤となる各サービスを連携させたプラットフォームの構築です。ステップ3では持続的イノベーションをマイルストーンに、プラットフォーム化を検討します。弊社におけるプラットフォーム化の論点は、大きく二つありました。一つはシステム実装の方式をどうするか、もう一つはプラットフォームの両サイドに位置するステークホルダーのサイド間ネットワークとサイド内ネットワークのデザインをどうするかということです。
システムの実装方式は非常に簡単で、クラウドコンピューティングをベースにSaaS型のマルチテナントシステムを構築し、個別機能をマイクロサービスとして実装して、APIを使って外部も含めたサービス間通信を可能にすれば、プラットフォームのシステムアーキテクチャーの要件は満たせます。問題は、サイド間ネットワークとサイド内ネットワークのデザインですが、サイド間ネットワークについては開発途中、サイド内ネットワークについてはロードマップのステップ4に当たるため、どうあるべきか、どうするべきかについて、マネジメントで継続的な討議を現在重ねている状況です。
システムの実装方式ですけれども、クラウドベースにマルチテナントシステムを構築し、ステップ1で開発した Skills Inventory System、Skills-based Matching System、AI Agent をマイクロサービス化し、五つのサービス向けにオーケストレーションしてあります。マイクロサービス化することで、同心円状の外枠にあるサービスの構築が短期間かつ安価に構築することが可能になりました。つまり、図6の左側のシステム構成概要は、そのまま弊社ビジネスのビジネスOSとなり、DXの基盤となったということです。

サイド間ネットワークについては、現時点でプラットフォームの両サイドが求職者と求人企業となっています。すでにデリバリーされたサービスは偶発的、もしくは計画された人事における内部人材や外部人材の調達を、マッチングを通して提供するものでした。これでは、サイド間双方から得られる効果が部分的・限定的であるため、さらなる流動機会を創出すべく、組織に最適な技術者の組み合わせを求人企業に提示し、組織編成やプロジェクトの立ち上げなど、要員計画や人員計画の立案に役立つ組み合わせ最適化サービスを開発しています。
組み合わせ最適化問題は数理計画問題になるので、制約条件として組織のスキル充足率、人件費、年齢構成などを設定し、目的関数として組み合わせ結果を最大化もしくは最小化するマッチングサービスになります。これにより、部分最適なマッチングから組織編成における全体最適、さらにはサイド間ネットワーク、例えば事業再編のような統合最適を可能にし、サイド間ネットワークの効果を拡張していくようなものをステップ3では開発しています。
組織と人材の組み合わせ最適化マッチングと、これまで開発した五つのサービスを連携させることで、外部人材市場とシームレスな流動化機会を創出し、人材の調達・配置・異動・育成・評価などのトランザクションポストを大幅に削減します。現時点でのサイド間ネットワークのデザインは、ステークホルダーを固定してサービスを拡張する方針でプロジェクトを推進しています。しかし、プラットフォーマーとして非連続の成長を遂げるためには、サイド内ネットワークのデザインが不可欠になります。
図7は、サイド内ネットワークのデザイン途中のチャートです。

現在のプラットフォームの両サイドは求職者と求人企業です。サイド内のネットワークデザインは、両サイドをもっとハイレベルな生産者と消費者にどのように置き換えるか、つまり新規マーケットをどうするのかといった議論になるので、サイド間ネットワークについても、これまで開発してきた三つのシステムが破壊的イノベーションに当たるのかということも評価していかなければなりません。
ロードマップのステップ4は、外部ネットワーク効果のデザインを考えることになります。新規マーケットになるので、系統事業の大きな課題となるため、慎重な検討を重ねた上での非連続な成長をどうするかということの意思決定になります。
以上、弊社が定めたDXのロードマップとステップを説明しました。ステップ1では三つの機能を構築し、既存の機能をデジタイゼーションしました。ステップ2では三つの機能から隣接・関連マーケット向けの五つのサービス、これはプロセスのデジタル化、つまりデジタライゼーションを行いました。ステップ3では五つのサービスを連携させ、プラットフォームを構築し、まだ途中ですけれども技術者派遣会社から技術者の人材流動化プラットフォーマーへの企業変革を行い、DXを実行してきました。セオリーとまでは行かないと思いますが、プラットフォームビジネスをプランニングする際の一つのデザインパターンとしてご認識いただければ幸いです。
DXロードマップの課題と動向
弊社は、このロードマップとステップについては経営課題の最優先事項の一つとし、トップダウンで進めてきました。従って、基盤の構築については予算とスケジュールのトレードオフ以外、大きな障害や弊害はありませんでした。言い換えればトップ自らが決断し、陣頭指揮を執れば、間違いなく進捗するともいえます。基盤となるテクノロジーサービス、プラットフォームは完成したので、次はいかに投資回収するのかというのが大きなテーマになります。
幸いにも弊社には困りごとがそれほどなかったので、IDC Japan のご協力、ご承諾を得て、DX関連のリサーチ結果をいくつかご紹介したいと思います。
最初は、DX上の課題についてです。日米の比較になりますけれども、米国ではすでにDXの中・後期に見られる課題について多くの回答がある中、日本はまだまだ初期段階にも至れていないのではないかという印象です。個人的にはDXの構想着手に至らない理由を、人材不足に転嫁しているのではないかという印象も受けます。
次に、不足するDX推進人材に必要なスキルとしては、ハードスキルよりソフトスキルが求められるようです。特に、ソフトスキルにあるビジネス創造力、自社ビジネス理解については、とても重要なことだろうと思います。弊社も構想時においてステークホルダー間にある構造上の未解決問題に対する課題の再定義を行ったときに痛感しました。弊社は対象を構造化・可視化し、デジタルディスラプターのモデルと比較・相対化させて、弊社における最適解について討議し、ロードマップとステップを詳細化してきました。コンセプチュアルスキルの発揮の重要性からも、経営は事業のトップが自らデザインする必要性を個人的には強く感じています。
次に、DXの対象とする業務プロセスの日米比較です。国内企業は既存ビジネスプロセスを対象に展開する傾向が強く、一方、米国企業は外部環境への対応プロセスを対象に展開されているようです。弊社にとっても、外部ネットワークをデザインする上でこの視点は少し抜け落ちていたと感じたので、今後強めていきたいと思います。エコシステムを拡張させるサービスやテクノロジーのイノベーションのみならず、デジタルマーケティングイノベーションのロードマップとステップについてドラフティングを開始した次第です。
次は、DXの成功に必要と思われる要因についての結果です。国内企業は社内向けの要因傾向にあり、米国企業は社内向けだけでなく社外向けのデザイン力やデータ活用、重要業績評価指数(KPI)の策定など多様な要因があがっています。弊社もステップ4に当たり、デザイン能力・体験の設計力は今後ますます評価すべき成功要因、重要目標達成指数(KGI)の一つと捉えています。
最後に、国内企業のDXロードマップ策定のアプローチについての動向調査結果です。テクノロジーとビジネス変革の二つのロードマップを策定済みの企業は40%、1~2年以内に策定を計画中の企業は57%になります。デジタル化の波は不可逆であり、2025年には生産労働人口の半数以上がデジタルネイティブ世代になります。今後のDXにはジェネレーションY、Zといった方々を意識した、新たなロードマップの策定が必要になるとイメージしています。
[i] デジタルディスラプション:デジタルテクノロジーによる破壊的イノベーション。すでにある産業を根底から揺るがし、崩壊させてしまうような革新的なイノベーション
[ii] オントロジー:情報科学、コンピュータ技術の世界では、情報を構造化し整理していく方法、概念化の明示的な仕様と説明されることがある。
[iii] ローンチ:新しい商品やサービスを世に送り出すこと。
講演3「DXにおけるマーケティングの課題」
高嶋 克義
(神戸大学大学院経営学研究科 教授)*所属は講演当時。現職は追手門学院大学経営学部 教授
コロナ禍においては、オンライン化やデジタル化が進展し、リモートワーク、オンライン授業、EC、フードデリバリーサービスの普及が加速化しています。しかし、これらが今後定着するのかどうかを考えたときに、企業側が魅力あるサービスやビジネスモデルの革新ができていたかどうかが問われると思います。また、ビジネスモデルの修正がきちんと行われ、マーケティングから見た課題がきちんと解決されるかどうかにかかっていると考えています。
デジタル技術導入とマーケティング近視眼
今日お話ししたいのは、デジタル技術導入の中でマーケティング近視眼(Marketing Myopia)が起こりやすいということです。マーケティング近視眼は、セオドア・レビット[1]が1960年にハーバードビジネスレビュー誌で提唱した言葉です。既存製品の技術や生産にとらわれてしまい、マーケティングではなくセリング(販売)を重視してしまうことで、例えば、鉄道会社が自動車会社に負けたり、映画産業がテレビ産業に負けたりした事例を使った説明が行われています。
デジタル技術導入で近視眼が起きやすいと言うと、DXを否定するように聞こえますが、そのようなDXの否定ではなく、デジタル技術革新を行うときには近視眼を避ける努力が必要となることをここでは強調したいと思います。
なぜデジタル技術導入で近視眼が起こるかというと、要因は三つあると考えています。一つ目は、サービスの「モノ」発想や技術者視点によって、消費者の潜在需要を見落としてしまうことです。二つ目は、デジタル技術を中心に考えたターゲティングを行ってしまうためにターゲティングを間違えてしまうことで、三つ目に、デジタル技術の完結性を求めているがゆえにリアルとの融合を考えないことです。
まず一つ目の、サービスの「モノ」発想や技術者視点ですが、サービスは課題解決ですから、元々は「コト」です。それが「モノ」だというのは何か変な感じがするかも知れませんが、鍵括弧付きの「モノ」という発想です。デジタル化は基本的に効率化や付加価値の向上をめざして導入されますが、そのときにサービスを名前のある「モノ」のように考えてしまい、サービスの課題解決から考えないことが起こります。
例えば、消費者が何を求めているのかを考えるのが「コト」発想ですが、そこで考えられるサービスは本来、名前がなく、これから名前を付けなければならないことが多いはずです。だから、名前のないサービスを考えていくべきなのに、技術者が名前のあるサービス、つまり既存のサービスをベースに考えてしまうのです。そういうことは単にコミュニケーションの問題だと技術者は思いがちですが、そこで発生する技術者視点が問題になるわけです。
なぜ「モノ」発想が生まれるかというと、デジタル技術の導入パターンは、すでに行われているサービスを要素に分解して、その中のデジタル化できる要素をデジタル化していくことによって、サービスの事業モデルを再構成するというパターンになるからです。そうすると、デジタル化による効率化や付加価値向上を図ることで価値実現ができたと考えてしまいます。提供する側は「デジタル技術を使えばこんなことができる」と言うのですが、果たして「それを待っていた」と消費者に言わせるようなサービスかどうかというのは、別の問題になってきます。
大学の授業は、元々は教室における対面授業ですが、コロナ禍によってリモート授業をしなくてはいけないということで、オンラインの講義と質疑応答、そしてレポート試験の組み合わせで行っています。ところが、こうした形の授業はいくつかの要素が抜け落ちていて、大学の人間はそのとき抜け落ちる要素を本質的な要素ではないと考えがちです。
例えば、「教室」という物理的な場に学生が入れば、それなりの動機づけが得られ、その場にいることで没入感があるはずですが、これらの要素が抜け落ちてしまいます。一方で「オンラインは利用しやすい」「学生はどこでも授業が受けられる」というメリットばかりを強調して、抜け落ちる要素の方は仕方ないと考えがちです。
大学は、いずれ対面授業に戻せばいいと考えているからそのまま続けるのですが、これが教育ビジネスを展開している企業となると、多分ここで新しいビジネスモデルの可能性を探っていくと思います。つまり、この動機づけの仕組みを何らかの形で解決すると新たなビジネスモデルになりますが、そこが抜け落ちたままやってしまうと、単なる代替物の提供になってしまいます。
「モノ」発想を考えるための二つの事例
ZOZOが「ZOZOスーツ」という採寸スーツを2017年から無料配布しました。2018年10月時点で生産・販売終了を発表しているので、配布期間はそれほど長くありませんでしたが、2020年10月「ZOZOスーツ2」という形で再開されました。
ZOZO側が提案した初代ZOZOスーツのベネフィットは何かというと、彼らは「今までにないフィットを体感」という言葉を使っていました。また、採寸スーツを利用することで試着不要、返品回避というベネフィットがあるとも言っていました。当時、これを通じて新規顧客の開拓が期待できると発表し、結構話題にはなったのですが、うまくいかなかったのです。
これにはサプライチェーンの課題が取り沙汰されていますが、マーケティングの視点から考えると、消費者は本当に手軽で正確な採寸ツールを欲しかったのかという点が課題になると思います。言い換えるなら、ZOZOは「今までにないフィットを体感」できると提起したのですが、ZOZOと消費者の考える「フィット」の意味がずれていたのだと思います。ZOZOは技術者視点で正確に採寸することをフィットと考え、AIによる補正でわずかな誤差に収めることを考えたのでしょうが、消費者はその誤差で出てしまう不格好な「しわ」が許容できません。ところが、技術者は自己採寸としては技術的に今までにないフィットが達成できたと主張し、自己採寸なのだから少しぐらいの誤差は起こり得るし、これでも技術的には高いレベルなのだから許容すべきだと消費者に言っていることになります。これは技術者視点であり、それでは消費者の心は多分つかめなかったと思われます。
さらに言えば、果たして消費者は店舗のオーダーメイドスーツに不満を持っていたかどうかを考えると、疑問に思うところが出てきます。店舗でのオーダーメイドというのは、販売員が「こういうシルエットになります」「こういうふうにしわが抑えられます」と伝えながら採寸するので、顧客はそれで満足するのです。ところが、ZOZOの考えている「今までにないフィットを体感」の「今までにない」とは何かというと、自分で採寸できるということにすぎないのです。つまり、顧客の満足や不満を考えていないのです。しかも、オーダーメイドのビジネススーツは量販店に低価格帯のものがすでに存在するので、必ずしも既存のサービスに対して「今までにない」と主張するものでもありませんでした。
その結果、どういう人がターゲットになるかというと、「店舗のオーダーメイドは面倒だが、自己採寸は面倒ではない人」になります。言い換えれば、人に採寸されるのは苦手だけど、既製服のサイズに不満を持っていて我慢していた人なので、限られたターゲットとなります。そうした人たちに対して「今までにないフィットを体感」では、恐らく心に響かなかったのでしょう。話題にもなり、無料配布されたので一時的な需要は発生したのですが、継続的な需要にはつながらなかったのではないかと考えます。
では、どうすべきかというと、一つはプラットフォーム化することです。これについては現在、ZOZOスーツ2として、アパレルチェーンだけでなく、医療業界などともパートナーシップを組んでやろうとしています。ただし、ZOZOとしては持っている顧客データを活かして、自分たちの主導で事業展開をすることを好むため、プラットフォーム事業は難しいのではないかと危惧しています。
もう一つは、オーダーメイドの潜在価値を追求することです。今回のように、すでにニーズがあるからビジネススーツで事業展開をするのは、事業のやり方として望ましくありません。ですから、オーダーメイドがない領域、あるいは、あっても高価格となっている領域での市場創造を考えるべきでしょう。ところが、その探索をするときに、デジタルが使える領域を探してしまうと、やはり「モノ」発想になってしまいます。つまり、すでにある「モノ」をデジタルに置き換えることを前提に考えてしまいます。そういう難しさが発生するだろうと思います。
次に、資生堂のオプチューンの事例を紹介したいと思います。これはスマホカメラを使った肌測定アプリ技術を応用しており、専用アプリで肌の測定データやその日の温度・湿度、睡眠データなどを入力すると、その時々に合わせた最適なスキンケアを専用の IoT 機器から提供します。スキンケアの残量は自動管理されていて、残量が少なくなると自動で配送されるという月1万円のサブスクリプション・モデルとなっています。
ベータ版は2018年3月から始まりましたが、2019年7月に本格展開を始めて、2020年6月でサービス提供を終了しています。ここではなぜ継続できなかったかを考えてみましょう。まず、資生堂は決して安易な事業展開をしているわけではありません。資生堂は、2017年9月から肌測定アプリ「肌パシャ」を提供しています。これももうサービス停止になるのですが、肌の画像をカメラで撮って、肌の状態を診断します。このアプリのダウンロード数は資生堂のアプリ全体の中でも最速の伸びを示し、広く普及しました。
他方で、資生堂は系列店を展開しており、店頭のカウンターで専用機器による肌診断を行い、お勧めの商品を提案していたので、当然、そのノウハウも持っています。そこにサブスクリプションとIoTを付加したのが、オプチューンでした。実は、店頭カウンターで肌診断を受ける人の割合は全世代で5%とあまり高くありません。資生堂にしてみれば、もっと自分の肌に関心を持ってもらいたいという希望があるので、みんなが肌を測定できるようになればよいと考えました。
また、資生堂に限らず化粧品業界はパーソナライズを追求しているので、診断やカスタマイズを通じてパーソナライズを実現することは、必ず消費者の価値につながると考えていました。こうして先ほどのアプリの普及で自信を深め、ターゲットは「30~40代の充実しつつも忙しい女性」と明確に定めて事業展開をしたのです。
さらに、ベータ版を提供していたときに、使用中止した人についてもきちんと分析していました。使用中止した人は、機械を通して提案されるのではなく、自分で使うものを調節して使いたい人や、新製品が出たときに試したい人です。こうした人はオプチューンのサービスには向きません。また、系列店でも肌診断をして商品の提案をしていますから、新商品を試みたい人や対話を通じて選ぶのを楽しみにしている人は系列店に行ってほしいので、そうでない人をターゲットにすると考えたわけです。
ここで考えなければならないことは、診断してパーソナライズするという点では、例えば系列店がやっているような肌の診断をして、多様な商品の中からお勧めの商品を提案してもよかったということです。ところが、オプチューンが行ったのは毎日診断して日々の状況に合わせた展開なので、パーソナライズをさらに先に進めた考え方です。
なぜ単純に診断してそれぞれに合ったものを提案する形にならなかったのかというと、これには理由が二つあります。一つは、肌診断アプリやIoTなどのデジタル技術を使いたい、サブスクリプションのモデルを開拓したいという資生堂の思いがあったからです。もう一つは、系列店での診断ニーズと重ならないようにしなければならないという配慮があったからです。
ところが、デジタル技術やサブスクリプションのため、あるいは系列店への配慮のためというのは、いずれも消費者が求める「コト」からの発想ではありません。また、アプリ診断のニーズは本当にカスタマイズするニーズに結び付いていたのかというと、少し違うのではないかと考えられます。つまり、本当に標準品(カスタマイズされない既製品)に対する不満を消費者が抱えていたのかどうか、モノ発想・技術者視点になっていなかったかどうかが問われてきます。
別の化粧品メーカーも IoT を使った肌診断に基づくスキンケアの月額制のサブスクリプションサービスを始めていますが、多分、オプチューンと同じ課題に直面するだろうと思います。つまり、消費者が肌診断で求めることは何かということが改めて問われてくると思います。これをきちんと克服し、課題解決できなければ、このビジネスはうまくいかないだろうと思います。
例えば、肌診断がもたらす消費者のベネフィットは、カスタマイズできることではなく、肌診断をすることで効果を可視化することにあり、それを実感したいがゆえにこうしたサブスクリプションサービスを使うと考えることもできます。ただしその場合には、短期間でデータ的に可視化されるような、効果のある製品を提供するという技術的な裏付けがあって初めてできることなので、商品力が成功の鍵になってくると思います。
デジタル技術のユーザーとターゲティング
二つ目の問題は、ターゲティングの誤りです。どうしてもデジタル技術のユーザーやデジタルに慣れ親しんだ人たち、すでに何らかの形でサブスクリプションなどを利用しているユーザーをターゲットにしやすいのです。これには、そうしたターゲットのほうがオンライン購買などのデジタル技術を受け入れやすいということに加えて、利用している人たちほど購買履歴データを使った適切なアプローチができ、すでにオンラインでの販促コミュニケーションチャネルを作り上げているという利点があります。したがって、新規のカスタマイゼーションやサブスクリプションでは、そうした人たちはデジタル技術を受容しやすく、うまくいくだろうという期待はあるのですが、安易な事業展開や大雑把なターゲティングになりやすいという問題があります。
例えば、ヘビーユーザーとライトユーザーに分けたときに、ヘビーユーザー層とライトユーザー層の課題はやや異なります。ヘビーユーザー層の全てがそうだとは限りませんが、一般的に既存店舗を介したサービスを需要することが多く、シニア層になるとデジタル技術の利用障壁にもなります。しかもヘビーユーザーですから、サブスクリプションを考えたときに高頻度利用者になり、高いレベルのサービスを要求してきます。となると、どうしてもサービスのコストがかかる分、価格が上がるため、ライトユーザーにとっては高価格になり、ヘビーユーザー層をターゲットにするとライトユーザーが開拓できないことになります。では、ライトユーザーをターゲットにすればいいかというと、元々ライトユーザーですから市場開拓が非常に難しく、こうした人たちは離脱しやすいので、顧客管理が難しく、なかなか成長していきません。
つまり、ヘビーユーザーとライトユーザーに分けて問題を考え、それに対して適切な手を打っていかないと、しっかり捕まえることはできないし、それをビジネスモデルの中でどのように考えるべきかが課題になってくると思います。
トヨタ自動車の KINTO の事例をお話しします。これは現在進行中で、うまくいくかどうかの判断はまだ早いと思います。業界内でも比較的評価が高く、多分うまくいくのではないかという声があると思うのですが、マーケティングの視点からは課題が見えてきます。
トヨタは、頭金なし、任意保険料・メンテナンス費・税金込みの KINTO という自動車のサブスクリプションサービスを2019年から全国展開しています。自動車を利用するにあたって任意保険契約の煩わしさが発生するので、それを回避できることが一つの売りになっています。3年、5年、7年の中から期間を選び、途中で車種変更もできます。途中で海外転勤したり、高齢で免許証を返納したり、運転ができなくなったり、死亡した場合は、中途解約金なしで解約できますし、その他の場合でも中途解約条件が明確になっているので、途中でやめることができます。また、ウェブでもディーラーでも契約可能です。
KINTO のターゲットは大きく分けると、若者~子育て世代、シニア、車のお試し入門者の三つになると思います。若者~子育て世代は、就職、転勤、結婚、出産、育児といったライフステージの変化に伴って車の使い方や求める車が変わりますし、シニア層はいずれは免許証を返納するという時期を迎えます。また、高齢者にこそ新型の安全対策車を使ってほしいという思いもあるので、新しい車種への切り替えが重要になります。車のお試し入門者には、車を買うときの手続きが煩雑なので、そういうものをスキップできることが売りになっています。このようにいくつかのターゲットがあって、必要とする人が存在するので市場はありそうだと考えられています。
ただ、自動車利用の多様性を考えると、自動車は購入だけでなく、リース、サブスクリプション、カーシェア、レンタカー、タクシーもありますし、バス会社のウィラーがワゴン車のサブスクリプションサービスを展開するというニュースもありました。すると、例えば、ライフサイクルが大きく変化する若者~子育て世代であっても、多様な利用形態の選択肢の中での競争となります。つまり、サブスクリプションだけが唯一の選択肢であればまだ競争しやすいのですが、リースやカーシェア、タクシーなども含めた上での市場の奪い合いになるので、その中で勝てるかどうかが問われます。
ましてやお試し入門層になると、多様な選択肢があること自体が情報処理の問題を発生させてしまうので、果たしてサブスクリプションを想起できるのかどうかということになります。入門者たちに、面倒だからサブスクリプションに行くというふうに、なかなか考えてもらえないことが多分障壁になってくるだろうと思います。
先ほどの「モノ」発想でいくと、消費者はウェブのサブスクリプションサービスが欲しいわけではなく、自分に合った形で自動車を利用したいのです。それに対して KINTO が、リースなどの手段とは違うニーズを捉えるためには、もう少し仕掛けが必要になってくると思います。また、任意保険契約や中途解約の簡便さをKINTOは売りにしていますが、サブスクリプションでなければ実現できないかというと、販売やリースにおいてもできるので、そのような横展開も含めて考えることもできます。
ターゲティングに関しては、ターゲットごとに求める価値が異なるので、サブスクリプションの「万能性」を訴えても、ピンポイントで「それを待っていた」と思わせないと、ターゲットの心には響きません。しかも、オンライン販売するときに際立つ明確なメリットがないと、ユーザーのオンラインでの情報収集に引っ掛かりません。そうなると、入門層で、面倒くさがりで、ライフスタイルが変化するということが重複する、ニッチな市場を捉えただけで終わる危険性があります。イノベーションへ期待という点では、最初のきっかけとしてはいいのもしれませんが、そこからどう修正していくかが今後の課題になっていくと予想されます。
デジタルとリアルの融合
三つ目の要素は、デジタルとリアルの融合問題です。つまり、デジタル技術で課題解決を完結させようとするため、リアルとの融合を考えない傾向が生じます。リアルとの融合によって作られる優位性の一つは、店舗スタッフの創造性や革新性によるものです。スタッフの創意工夫というのは、顧客とのインタラクションと親和性があり、顧客満足をもたらします。また、人的な関係で作られる関係性で有望顧客を囲い込むことができます。
デジタル技術を使った競争になれば、競合企業も同じようにデジタル技術を使って事業展開を図ってくるので、同質的な競争に陥ります。そこでどう差別化するかを考えたときに、リアルとの融合を考えることが重要になります。
もう少し説明すると、ここでターゲティングの問題が関わってきます。ヘビーユーザーやロイヤルカスタマーは、リアルによって強みが発揮されやすく、デジタル技術のユーザーではない可能性があります。特にシニア層がヘビーユーザーやロイヤルカスタマーの場合はそうでしょう。
それから、関係性が作られ、店舗サービスで十分満足しているロイヤルカスタマーの場合もあります。それらの顧客には、デジタルサービスよりも人的な接客をより手厚くしたほうが、高い付加価値を提供できるはずです。そこで、こうした局面では店舗やスタッフに対してデジタル支援を行うという発想が必要です。つまり、リアルの部分をデジタル技術でサポートすることによって強みが発揮できると思います。それに対して、ライトユーザーや新規ユーザーを対象とするサービスとなると、効率性が重視されますから、デジタルサービスを提供することが望ましいでしょう。
つまり、両方において異なるデジタル技術の使い方を考えていくことが、デジタルとリアルの融合問題になるのです。これはオムニチャネルの戦略を考えれば分かりやすいと思います。人的な販売活動をしていくときに、重要顧客に対応するスタッフに対してデジタル支援をすることで人的なサービスにおける関係性や創造性をより強化する戦略が有効となります。
それに対して、新規顧客や一般顧客に対しては、オンラインチャネルやオンラインコミュニケーションでの効率的なサービスを行います。これを組み合わせることがオムニチャネル戦略の一つのスタイルです。これはマルチプル・リレーションシップ戦略と言って、重要顧客と一般顧客に対して別々のリレーションシップを作っていくという考え方です。
これとやや異なるのが一般にいうオムニチャネル戦略です。オムニチャネル戦略というと、オムニショッパーに対応してオムニチャネル化することとして考えますが、これは顧客全てがオムニショッパー化するからオムニチャネルにするという理解になります。
この二つは意味が少し異なり、やり方も違います。特にマルチプル・リレーションシップ戦略はターゲティングを意識した作りになっています。ですから、より洗練化されたオムニチャネル戦略を展開する場合には、ターゲティングを考えることが重要になってきます。
迅速なDX推進と脱近視眼
このように、マーケティング近視眼に陥ることには三つの要素が絡んでいるという話をしましたが、この説明で生じうる疑問や反論についての話をします。
予想される疑問・反論の一つは、DXとはデジタルを前提としたビジネスモデルの再構築であり、それを行うときにはスピード感が大切なので、作りながら考えることが重要ということです。つまり、たとえ近視眼であっても、早く着手して後から軌道修正し、顧客とともに作ることが重要という意見です。ただし、その場合でも軌道修正がきちんとできるかどうかを考えてほしいと思います。
すでに名前の付いた「モノ」のようなサービスを起点にして、後から顧客とともに軌道修正して作っていくプロセスであるとしても、技術者視点の先入観から抜けられるかどうか、顧客の潜在的課題の開拓に戻れるかどうか、ターゲティングをやり直せるかどうかが問われます。迅速な事業化と脱近視眼は決して矛盾することではないので、迅速にしつつ近視眼にならないように努力することが求められます。
もう一つは、DXはデジタルによるゼロからの再構築になるので、まずデジタルだけで考え、無理なところだけリアルを使っていくからイノベーションになると言う人がいます。つまり、最初からリアルとの組み合わせを考えてしまうと、すでにあるものを活かそうとして部分的なデジタルへの置き換えになってしまうということです。
確かに、部分的な置き換えはイノベーションとしては望ましくありませんが、この場合に考えてほしいポイントは、「ゼロから」という意味です。「ゼロ」というのは、デジタルで完結することではなく、顧客価値起点が「ゼロ」なのです。顧客の価値から考えることがゼロからの再構築であって、そこにデジタルで完結するという必然性はありません。全てにデジタルを使うことを顧客は求めているわけではないことを考える必要があります。
DXはイノベーションの導入だから、すでに近視眼から抜けていると思いがちですが、それがゆえの近視眼が発生しやすくなります。そこで、DXを展開するときには、顧客価値起点を徹底化したり、デジタル人材を育成するといったことが課題になってきます。
[1] セオドア・レビット(Theodore Levitt):経済学者、元ハーバード・ビジネススクールの名誉教授
パネルディスカッション
<パネリスト> 奥谷孝司氏、竹内政博氏、高嶋克義
<司 会> 黄 磷(神戸大学大学院経営学研究科 教授)
黄 それでは、パネルディスカッションを始めます。
まず、奥谷さんは、顧客とのつながりを起点にして企業がデジタルシフトのアクションを起こしていくことを非常に強調されていたと思います。竹内さんは、経営トップが最初にDXのビジョンを示すロードマップに関して、DXを推進する上で課題になっている、ステップ3、ステップ4の段階になると、従来のコアのビジネスからよりエコシステムが拡大していくという話がありました。また、高嶋先生は、三つの事例をとり上げて、デジタルシフトの推進と脱近視眼の課題を同時にうまく解決する必要があると話されました。
デジタル化を推進しやすく、あるいは推進しにくい領域がどこにあるのかという問題があると思います。それは企業ごとの要素や事業のレベルもあると思うのですが、特に推進しにくい領域でどのようにデジタル化を高めていくのか、それは融合するのか、あるいは全く別のイノベーションを起こすかだと思います。そこで生じる障害や制約について、お一人ずつ伺いたいと思います。
DX推進における課題
奥谷 推進しやすい領域、しにくい領域というのは、to B(to Business 法人顧客・企業)とto C(to Customer個人顧客)で全然違うと思います。私の分かる範囲はto Cのビジネスですが、しにくいか、しやすいかもありますが、したいか、したくないかも大事だと思っています。例えば、しまむらやドン・キホーテがDXをする場合、私はできると思うけれども、やらなくてもいいと言うかもしれません。ファストファッションを数少なく作って、その場で売って、今は不景気ですしお客様が来ていますから、世の中の消費行動は今のところ9割以上はリアルだからこれでいいという見方もあるでしょう。ですから、竹内さんがおっしゃったように、トップのDXへの関与やコミットがあれば別に推進しにくい領域ではないと思うのです。
もう一つは、高嶋先生がおっしゃっていた、名前のあるサービスにしたがるという点は一考の余地があると思います。「製品=サービス」でないと実現できないというか、積極的に製品をコモディティ化するような勇気を持たない限り、DXはto Cにおいては成功しないと思います。それに付随するサービスが非常に良いからつながり続けたいというふうにしていくしかないと思います。ですので、私はお客様がいるPlaceを見てものを作って、それがうまく回ればto CにおいてはDXが進むと思うので、そういう視点が重要ではないかと思います。
黄 しにくいか、しやすいかというよりは、やるか、やらないかということですね。もう一つ、顧客とつながるということに関してもお話がありましたが、高嶋先生から何かありますか。
高嶋 トップがきちんと計画を立てて、顧客価値起点で事業アイデアを固められる場合には、推進できるでしょう。顧客側に関しては、顧客側がデジタルをよく使うかどうか、ユーザーとして受容するかどうかということが課題となり、これは、ターゲットの話に帰着すると思います。
例えば、若者はデジタルを使いこなしていますから、顧客を開拓する上でターゲットとして思い浮かびやすい。ところが、シニア層などの保守的な層は、コロナ禍でデジタルを今は使っていますが、人的なサービスへの依存が高く、それによる高い付加価値を期待するために、ポストコロナの段階では元に戻る可能性もあります。
ただ、こうした保守的な層へのDXが推進しにくいかというと必ずしもそうではなく、その顧客層に対する販売員やスタッフの人的な活動をデジタルで支援するというもう一つのデジタル化の余地があるので、そちらを強めるべきです。その際の問題が一つあって、販売員に対してデジタル支援をしていくと、彼らがデジタルに依存してしまうことがあります。つまり、本来は販売員の才覚で関係性をつくったり、アイデアを出したりできるにもかかわらず、顧客の方を見ずにタブレット端末を見て仕事をしてしまうと、こうした人的サービスの強みが活かせなくなるので、管理者やトップがしっかりコントロールすることが必要だと思います。
黄 従来のリアルの部分のデジタル化は、顧客との関係のデジタル化だけではなくて、特に B to C(Business to Customer)で考えると、店員や店頭のリアルの部分のデジタル化があると思います。奥谷さんはこの点について補足はいかがでしょうか。
奥谷 私もどちらかというとマーケターですので、今まで CX(Customer Experience:顧客体験)ばかりを考えてお客様にデジタルをと意識していたのですが、前職の無印良品においても、MUJI passport というアプリを作ったときに、店舗の人がしっかりとその価値を信じて、お客様に自信を持って提供しないと浸透しないということがわかりました。
今の時代、ユーザー側はデジタルのタッチポイントをたくさん持ち、活用していますが、小売の現場には未だにテクノホリックカルチャー(テクノロジー恐怖症)が現場では大きいです。それは本当に武器になり、データを見ればある程度お客様の状態と合っているのだと言えるようになれば、自分は何のスキルを得たらいいのかとか、もしくは「こうではないですか」と言えるようになると思うのです。ですので、まずは小売の現場で使えるものにする必要があると思います。DXにおけるエンプロイーエクスペリエンス(従業員の成功体験)をトップがどのぐらいリードして作っていけるかによって、うまくいくかどうかが変わってくると思います。
この話に関しては、資生堂のオプチューンがうまくいかなかった理由も、私は少し CX(顧客体験)に寄り過ぎて、なぜあの商品を系列店に置かなかったのかと思うわけです。別に家でやる必要もなく、系列店に来てくれたら無料でできる販促ツールにしてもよかったのではないかと思うのです。サービスありきの発想が、消費者のDXへの違和感や押し付けを作ることは、カスタマージャーニー、顧客体験設計が不明確だからだと思います。この体験サポートとして、デジタル活用を理解した従業員がいると心強いわけです。ユーザーも従業員も同じ人間ですから、両者がしっかりテクノロジーを受容し、価値を分かって説明して、体験していかないと進まないのではないかと思います。
黄 人材派遣の業界において、竹内さんの会社では、2015年にAIを導入し、DXに舵を切ったが、業界のビジネスモデルに関するある種の固定観念をデジタル化によって壊していくというか、業界の中で差別化ができたという話を伺いました。ステップ0の段階では、どの部分が難しかったか、あるいは推進するためにはどういう条件があるのか。経営トップについてはお話の中で最初からそういう方向性やビジョンも持っていたということでしたが、他に何かありますか。
竹内 まず、私の社内の立場としては完全なデジタル強硬派になりますので、私は基本的に顧客起点で全く考えていません。マーシャル・マクルーハン[i]が言ったように、私たちが形づくったものがやがて私たちを形づくると信じてやっているわけです。ただ、私以外のマネジメントの人間は、私のデジタル強硬に対していろいろと反対意見を述べてきます。その中で、最終的にマーケットをどうしようか、サービスインさせる機能を何にするのかというのを決めていく立場にいます。
人材派遣業についていろいろとお伝えしましたが、ビジネスモデルとしては非常に簡易ですし、関連するステークホルダーの数も多くありません。もっと言えば、転職は一生のうちに平均3~5回ぐらいです。この3~5回の機会をいかにつかむか、それまでいかに緩くつながっておくかということが人材サービス業ではテーマになってくると思います。
実際にDXを進めて、サービスをローンチして、すでに2~3年経つものもありますが、お客様は今までの慣習にとらわれていて、私たちがよかれと思ってやっていることについては正直まだまだ成果を上げていません。ただ、いろいろな改善点は見えてきていますので、それを同時並行的にやっているというのが正直なところです。
黄 コロナ禍でDXが進んだというのは奥谷さんの話にもありました。恐らく奥谷さんが他企業のコンサルティングをされるときは、抵抗や反対される部分を感じることがあったと思います。ポストコロナでもデジタル化の方向が定着して、多くの業界で従来の慣習を乗り越えてビジネスモデルの変革が進むかどうか、その辺についてご意見を聞かせてください。
奥谷 私は小売とサービス業ぐらいしか分かりませんが、明らかに変わるだろうと思っているのは、飲食やエンタメなどのサービス業がデジタルを活用することはあると思います。小売業以上に遅れてきたのが飲食店で、複雑なオペレーションの中でデジタルを入れるのが非常に難しかったと思います。一方で今までは日本は海外に比べて飲食業の開業がしやすく、マーケットも存在します。今回考えなければならないのは、デジタルも使って飲食をやっていかないといけないということです。
DXに乗り遅れたりできなかったりするところは淘汰されると思うので、総論としてはマクロで見ると飲食店はダウントレンドになっていくと思います。
それから、別の視点で言うとメーカーにおいては、高嶋先生のお話にあったように、サービスを作っているようで製品の押し付けに変わりがちな会社が非常に多くて、近視眼になっている。小売業や飲食店と違って本気でお客様と向き合う勇気があまりないというか、データを見たら売れるようになるのではないかとただ思っているだけなのです。サブスクリプションをしたり小売をしたり、D to C をしていくと、量が少ないにもかかわらず効果が分かって、結構手間がかかるマネジメントをたくさんやることになるのです。結局それに向き合えないと、サービスなのにプロダクトに寄ってしまって、真のお客様とのつながりが構築できないのです。
私は、それを避けるためには Engagement 4P の Place をベースにしたフレームワークでこれからのDXを考えなければならないと言っていますが、どのぐらいメーカーが本気になるかで変わると思いますし、冷静に考えればメーカーも本当に小売に依存したいのかと私は思うのです。売ったものが直接お客様の元に届いて、流通にかけるコストよりも安ければやるかもしれませんが、いつそのようになるのかという話になります。もちろん粛々と店舗に物を卸すとは思うのですが、それではお客様と向き合えませんし、お客様のことを理解できないならば、メーカーはDXを進めることで量の経済ではなく質の経済を求めてはどうかと思うのです。
私も前職ではデジタル強硬派だったのでよく分かるのですが、まずは2、3年回してみないと知見もたまらないし、そこから集まった少量でも質のある顧客データからは、いろいろな優良な仮説も生まれるので、そういうふうに重要業績評価指数(KPI)をシフトしていくことでデジタル化していく。時間はかかるでしょうが、デジタルから生まれた新しい商品が出てきて、最初は限定的でも、それを従来の量のビジネスに落としていくことも可能かと思います。それにどこで気づくかによって、メーカーのDXも進むのではないかと思っています。
DXの展開と見通し
黄 竹内さんは企業との付き合いが多いと思いますが、今後のデジタル化やDXの展開の見通しに関して何か補足はありますか。
竹内 弊社は現在、工場を中心に約2700事業所をターゲットにしているので、幅広い市場を求めるのではなく、マーケットを限定してエリアカバレッジを上げることに注力しています。総量マッチングについては、まずはターゲットとなる2700社、技術者は全体で64万人いますけれども、ここの情報をいかに早く集積できるかということを一つのポイントとしています。
ステップ4の新たな顧客に関して言えば、弊社では今は求職者と求人企業のマッチングをしていますが、マッチングビジネスの本質を捉えて、マッチングによって社会の課題解決や人の役に立つ領域を見つけて、それをステップ4でサイド内ネットワークとして出していきたいと考えています。デジタル強硬派としては、データセントリックにものを考えたいと思いますので、次のビジネスとしてはマッチングプラス D to I(Data to Insight)のような領域に出ていきたいと考えています。
黄 高嶋先生からは、デジタル化が進まないことや乗り越えることの困難さについていくつか事例を紹介していただきましたが、奥谷さんや竹内さんに何かコメントはありますか。
高嶋 デジタル強硬派を否定しているつもりは全くありませんが、デジタル優先で考えてしまうと潜在的な課題が見えてこないことが起こり得るという話をしました。
そこで深く考えたいのは、潜在的な課題が見えないということです。そこで、見る能力が必要です。例えば人材を考えたときも、顧客ターゲットがずれているというような、見落としがちな課題を社内で議論できればよいのですが、そこがテクノロジー優先で、「マーケターは黙っていろ」ということになるとそれができません。したがって、デジタル人材を考える上でも、そういうセンスを持って課題が見える人を育てていかないと、付加価値を生むようなデジタル人材にはなれないと思いますが、いかがでしょうか。
黄 人材の話が出ましたが、竹内さんのまとめのところで非常に印象に残ったのは、自社の事業をイノベーションにつなげられるような人材という部分です。デジタルを強力に推進すると逆に見落とされやすい。社内の人材の問題や、どんな人材を集めてどうするかということについて、竹内さんから何かあればお願いします。
竹内 私はデジタル強硬派なのですが、一番大切にしているのは、ステップ0でやったことですが、ステークホルダー間の構造上の未解決問題をどう定義もしくは発見するかです。私は配下の若いメンバーに具体的に何をやらせたかというと、例えば Apple の Apple Store やUber のウーバライゼーション、もしくはアマゾニングなどをテーマとして、テクノロジーでどう解決するかという以前に、今あるステークホルダー間の未解決の構造上の問題を再定義できるかどうかということを勉強させています。
その後は、Apple Store がどのようにプラットフォーム化してきたか、ウーバライゼーションがどういったサービスやプロダクトミックスであのようなシェアを築いたかというところは、ある種テンプレート化できているところがあるので、それはもちろん対象とする業種やターゲットとなるお客様の特性によっていろいろと変わるとは思いますが、弊社ではそういうことを題材にしつつ、課題の再定義、構造上の未解決問題の再定義をさせて、その後テクノロジーをどう使ってスケール化していくかということを、教育として取り組んでいます。
黄 オイシックスさんは最初、ダイレクトマーケティングから出発して、今はどちらかというと D2C で、しかもいくつかの企業を統合して、そこで同じようなビジョンを統合しています。デジタル化やDXを推進するプロセスで、人材の問題がどういうふうになっているか、ぜひ奥谷さんからお話を伺いたいと思います。
奥谷 オイシックスはネットの八百屋ということで、ものすごくDXが進んでいるように見えると思います。オイシックスに入って結構驚いたのは、私もしばらくはしていましたが、お客様のユーザーインタビューを毎週しているのです。オイシックスには、オイシックスコースや旬の野菜コースなどいくつかコースがあって、お客様のカートに毎週商品を入れた状態でネット購入してもらうのですが、この辺はAIやアルゴリズムが入っているのかと思ったら全然入っていなくて、意外と人の経験と勘でやって、バックエンドで欠品がないようにしている状態なのです。
けれども、ここまで20年間伸びてくる過程で重要なことは、ソフトスキルなのかなと思うのです。われわれは、お客様が何に困っているのか、何が食べたいのかを理解することが大切であり、どのボタンを押すか、もちろんボタンが押しやすいか押しにくいかということも考えますが、それよりも顧客体験全体を重要視します。
私もマーケティングやコーポレートコミュニケーション、リアルの小売現場を見ていて思うことですが、私が考えるオイシックスのこれからのあるべき姿は、大手メーカーのようにブランディングであるとか、重要業績評価指数(KPI)を費用対効果で見ないでビジネスができるような真のブランド力を作っていくことだと思います。理想を言えば定価でも買ってくれる状態にまでいくことです。DXはもちろん大事ですが、それはあくまで手段ですので、推進しつつも、ミールキットをどんどん広めていこう、食の課題をビジネスの手法で解決することをデジタルを手段として行なっていこうと社長と話しています。
弊社の場合、リアルに投資するよりもネットの効率が良いのでそうしているだけであって、デジタルエクスペリエンスを通した最後の私たちの価値は、食べておいしいこと、安心・安全なものが届いていることだと思います。そこを極めることがすごく大事です。
ユーザー側がどんどんデジタルに慣れてきていますし、オイシックスというブランドはデジタルから始まっています。ブランディングやカスタマーエクスペリエンス(CX)はまだ不十分ではありますが、それはいつか必ずレベルアップできると思っています。トラディショナルなマーケティング、もしくは世のため人のためにできることをもっと会社のミッションにしていくことができればうまくいくと思います。それらが整ったらお客様の買物体験を良くするために、AIなども導入するかもしれません。
今はその過程として、いろいろなところからエンジニアや優れた人たちを入れて、もっとラディカルにやろうというふうになればと思います。弊社はすごくロジカルシンキングができる人材は多いものの、ビジネスの根幹を握っている人たちは意外とエモーショナルでウエットなのです。そこがわれわれの強みでありますが、その分バックエンドシステムがまだまだ脆弱です。もっとバックエンドを強くしていけたらいいと思います。オイシックスは、バランスの取れた、DXが推進された会社を目指しています。
DX推進と評価の仕組み
黄 DXで KPI の話が出ましたが、竹内さんの会社ではデジタル化を強力に推進するときに、社内でどのような評価の仕組みを入れているのでしょうか。
竹内 現時点で明確なKPIはありません。ただ、事業のプロセスや対象などをデジタル化することになるので、売上や利益、もっと言えば何名の会員をタレントプールにためられたか、もしくは顧客についてはターゲットを絞っているので、今は8割ほど来ていますけれど、残りの2割をどうするか、そこでいかに流動機会を上げていくかということがKPIになると思っています。
ただ、投資の段階では明らかに戦略的な投資になりますし、弊社におけるシンデレラストーリーよりも、他社が先行して利益を取ったときの弊社におけるホラーストーリーで、要は他社の競争優位の中立化ということでマネジメントが意思決定している状態です。とはいえ、もう投資回収の段階に入っていますので、効果として上がっているかどうかというのを来期からは少し厳しく見られていくのではないかという状況です。
黄 デジタル推進の行方、あるいは各社の評価の仕組みについて、高嶋先生から何かコメントはありますか。
高嶋 DXの評価を考えるときのポイントの一つは、デジタル化を目的化しないことだと思います。本来は顧客価値を達成するためなので、顧客価値をベースにそこからブレイクダウンしたものを評価することが重要になると考えます。
もう一つのポイントとしては、デジタル化の強いところはデータドリブン型の経営ができるところです。オイシックスがその辺は非常に上手ですが、プロセス指標をうまく使いこなして、それを経営に活かしていって、PDCA (Plan→ Do→ Check→ Act)サイクルを回す。その指標を、評価するためではなくて改善のために使っていくところがポイントになると思います。
DX推進と競争力との関係
黄 奥谷さんは、デジタル化によっていろいろな企業と提携したり、食の業界では競争が非常に激しいと話されましたが、今後デジタル化やDXを推進することでどういう形でエコシステムを構築し、競争優位の確保につなげるのでしょうか。
奥谷 競争優位の確保という視点で言うと、DXは手段ですので、それだけではないと思います。むしろブランド力であったり、よりおいしくて安心・安全なものを提供するという部分がないといけません。飲食店もみんなUberに登録したりして、デジタル化の波はどんどん来ますが、DXを活用して競争優位性を高めるためには、企業活動を通してお客様の共感をしっかりと得て、信頼関係が構築できていることが前提だと思います。このような企業価値の基本を見直し、磨くことはどんな会社もできることです。別にデジタル化していなくてもそれが共感されていれば、そのフェーズは勝つわけですから、揺らがないと思います。
ビフォーデジタルがなくても何百年も続く老舗の和菓子屋などもいろいろあるわけです。われわれはデジタル化から始まりましたが、差別化になるところは、デジタルを前提とした優れたカスタマーエクスペリエンス(CX)を提供することが圧倒的な競争優位でしょうし、D to C ブランドといわれる企業はそちらを目指して起業していますので、われわれはそれを磨くことが大事だと思います。
黄 竹内さんは、業界内の他者の競争優位をDXで推進したり、あるいはデジタルの力を使って中和させたりしていますが、業界におけるDXの可能性についてもう少し補足していただければと思います。
竹内 転職を考えたときにどうするかというと、例えば Indeed で検索したり、もしくはリクナビ、マイナビに登録したりして転職先を探すと思います。ただ、これは特に新卒の就活ですごく問題になっているのですが、人気のある企業と人気のある学生のマッチングしか行われていないのです。一つの理由として、やはり今はジョブ型ではなくて、ジェネラリスト的に一括採用をするという弊害が出ているのかなと思います。厚労省からも発表されていると思いますが、新卒の離職率は5年で30%ぐらいになっています。要するに、なかなか自分に合った仕事を見つけられないまま企業も採用していますし、学生も就職してしまっている現状です。
私たちは技術者にフォーカスしていて、技術者はスペシフィックですので、分解しやすいところがあります。人気大学と人気企業のマッチングではなく、そこに一つ根拠を見いだしてもらって、本当に必要な人は誰なのか、本当に行くべき企業はどこなのかというのを、マッチングの成果として差別化していきたいと考えています。
黄 DXと業界の競争力の関係について、高嶋先生から何かコメントはありますか。
高嶋 DXが進むと、サービスのコモディティ化が起こりやすいということはあります。その問題に対しては、デジタルとリアルの融合のもとで、リアルの局面をうまく使って差別化を図っていくことが一つの考え方になってきます。
それに加えて、デジタル社会になって、意味や考え方、位置づけが変わった概念があります。例えば経済学の分野で、「経験財」という言葉があります。探索よりも経験に基づいて買う商品ですが、デジタル社会では経験も情報として共有されるので、その情報に基づく探索は発生します。
ですから、今までどおり経験財=経験で買う商品という位置づけで考えると、研究と事業の両方で正しく問題を捉えられないということになります。逆に言うと主観的な経験の情報のやりとりがどのような意味を持ってくるのかが、今後の課題になってくると思います。例えば、主観的な意味のやり取りを考えながら差別化を考えるといったことがポイントになってきます。
同じように衝動買い(非計画購買)もデジタル社会で意味が変わっていると思います。リアル店舗では、衝動買いははっきりしていて、お店の中で見て買うことをいいます。それに対し、オンラインやECの世界で衝動買いとは何かということになります。例えば、ECで面白そうな商品を見つけ、オンラインで追加の情報をいろいろ探索してから買ったら、それは衝動買いと言えないと思いますが、今までのマーケティングの考え方であれば、店舗内で情報収集したと同じことになり、衝動買いという話になります。
つまり、衝動買いの持っている意味がデジタル社会で変わっています。そういう点にも留意して、デジタル化で何が変わっているのかということを、名前の付いた概念にこだわらずに捉え直し、それをビジネスに置いて考えることができれば、差別化やイノベーションがうまくいくという話になると思います。そのような意味で、デジタル社会において意味が変わったり位置づけが変わったりした概念は、同質化競争をどう切り抜けていくのかを考えるときの重要なポイントではないかと思います。
黄 どなたか質問がありますでしょうか。
高嶋 竹内さんに伺いたいのですが、今後の考え方として、例えば人材育成をビジネスの中に組み入れるときに、それをデジタルでどう考えていくのかについて、少し情報をいただけたらと思います。
竹内 弊社が教育ビジネスをするつもりは1ミリもありませんというのが回答です。教育ビジネスをしている方とそうした教育を必要とされる方をマッチングするか、もっと言ってしまえばマッチングの機会を創出することが弊社のテーマだと考えています。
今やっているのは、お客様にタレントマネジメントシステムを入れていただき、そこでスキルとキャリアの可視化をしていただく。これはまだ計画中ですけれども、さらには大学の先生方ないしは研究室のアセットをスキルインベントリーシステムに入れてもらうことによって、組織が必要とする技術要件に対して技術者の足りない要件が明らかになりますから、これを大学のアセットとマッチングすることでリカレント教育の場を創出できないかということです。
DXの推進とビックデータ
黄 参加者の皆さんからどうぞ。
質問者 伺いたいのは、ビッグデータを分析すると、どういう顧客群がいて、どういう行動をしていてということが分かるのですが、それをどう活用していくかは別の問題だと思います。市場に対して何かをしていこうという思考を持っていると情報処理をしてきた組織であれば市場寄りの考え方をするし、そうではなくて、技術者たちが何か活発に活動してきた文化を持つ組織であれば、ビッグデータを使って何かをすればうまくいくビッグデータドリブンの文化を持つのではないかと思います。市場の知識とビッグデータで分かったことをうまく結び付けていくためには、組織的にどういう取り組みをしていくとうまくいくのでしょうか。アイデアなどをお聞かせいただきたいと思います。
黄 顧客にどういうものを提供するかが根本にあるというお話がありましたので、奥谷さんからお願いします。
奥谷 オイシックスはビッグデータというほどのデータは持っていません。しかし ID-POS(ID Point of Sales)がないにもかかわらず、会員様のご家庭の冷蔵庫の3分の1ぐらいの購買データと、定性・定量データでどんなものが好きとか嫌いというデータも持っています。私見も含めると結局はデータを見る目の方が大事ではないかと思います。仮説思考がないと、データを見てもそれを活かせません。
弊社もやろうとした「商品DNA」というものがあります。例えば「もちもちふわふわ」と付くものを買っていると「お子さんが小さい」とか、「大容量」と書いてあるものをよく買うと「家族が大人数」というのは分かります。私はバイオグラフィーという言葉を使うのですが、お母さんが買っているから子どもがハッピーとは限りませんし、代理購買のものが含まれていたりもするので、完全には分かりません。
ただ、データを見ることによって良質な仮説が出てきて、まさにデジタルな会社なのでやってみればすぐに何かが分かるわけです。あまり Data on Data になるよりはデータから仮説に入って、また何かアイデアを拡散して、そして試行錯誤を高速の PDCA で回して、またデータに返ってくるという方がいいと思います。Data on Data だけをやっているとアイデアの拡散が起こりませんので、ある程度こういう仮説があるからこのようにデータを見ようというやり方が良いと思います。
あとは、データから変わった異常値を見つけてきて、そこからアイデアを拡散することがありますので、異常値を見つけることもお勧めします。
黄 竹内さん、AIのシステムを構築して、ビッグデータを使うという先ほどの質問に対して、何かありますか。
竹内 弊社もビッグデータもなければ、いわゆる非構造化データも何もありません。ある一定の構造化されたデータがありましたが、それに対する有用性は全くなくて、奥谷さんが言われたように、演繹的にこうあったらいいとか、こうだろうという仮説をいくつか出して、それに必要なデータであるとかノイズも含めて、そういったものを機能的に集積・分析して、演繹的なものと帰納的なものを比較することによって差異が出てきます。その差異が何なのか、データの質に依存するのか、量に依存するのか、それともそのデータの発信元に依存するのか、こういったいくつもの分析の面が見えてくると思いますので、そこのメッシュを細かく見ることによって、新たな課題や仮説に対する検証のサイクルが回って、より本質に近づくことができるのではないかと思います。
黄 本当に貴重な時間を割いて、盛りだくさんの内容を用意していただき、奥谷様、竹内様、高嶋先生、誠にありがとうございました。今回の内容がご参加いただいた皆さんに何らかのヒントとなるとよいと思います。ご参加ありがとうございました。
[i] マーシャル・マクルハーン(Herbert Marshall McLuhan):英文学者、文明評論家、メディア論を展開

