特集-8
8.ウィズ・コロナにおけるエフェクチュエーションの重要性

  • 栗木 契 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

8月5日寄稿

視界不良となってしまった未来

 コロナ禍により一変してしまった私たちの世界。これを受けて国内外でマーケティングの新しい動きが広がっている。新しい製品やサービスの導入、新しいスタイルでの営業やキャンペーンなど、マーケティングの見直しが各所で進んでいる。

 コロナ禍の渦中にあって思うのは、日々局面が変わっていく事態への対応の必要性の高まりである。時間をかけて練り上げた計画を、整然と実行していくやり方は、この状況には合わない。では、どのようなマーケティングの進め方が重要となるか。私はエフェクチュエーションの可能性と必要性が増していると思う。

エフェクチュエーションは何をとらえていたか

 エフェクチュエーションとは、起業家研究の第一人者であるバージニア大学教授のS.サラスバシ氏が提唱した理論である。この20年ほどの間に世界のビジネスの研究者と実務家に急速に受け入れられ、普及している。

 エフェクチュエーションは、起業や新規事業創出のような不確実性が極めて高い事業環境に適したマーケティングの理論だといえる。企業がマーケティングを進める過程での変化が起こりやすく、見通しが立てにくいのは、ウィズ・コロナのマーケティング環境も同じだ。エフェクチュエーションの5つの行動原則から、この環境に適した臨機応変な行動のあり方を考えてみよう。

5つの行動原則から考えるウィズ・コロナのマーケティング

➀手中の鳥の原則
 状況に応じて臨機応変に行動するには、すでに持っている手中の情報や技術、社内外の人間関係に活路を見いだすことを優先するべきだ。コロナ禍のもとでのベストのマーケティングを求め出すと、考えがまとまらなくなる。しかし青い鳥を追うばかりで、行動を起こさなければ未来は拓かれない。手中の鳥を生かしてできることは多くある。ここから行動をはじめよう。

➁許容可能な損失の原則
 ウィズ・コロナのなかにあって、自社に大きなビジネス機会があることに気づくかもしれない。しかしコロナ禍の終息の見通しが立っていない現在においては、未来は不確実性の霧に覆われている。狙いを定めて新たな行動に踏み切るのはよいことだが、大きなばくちは打たない方がよい。失敗しても、よい勉強をしたと思える程度の小さな投資からはじめよう。失敗しても許容可能な損失の範囲なら、再起の機会は保たれる。

③クレイジーキルトの原則
 今後新たなビジネス機会に挑んでいく際には、刻々と局面が変化するなかで事業を展開していくことになるはずだ。そのときには、あらかじめ定めた計画や目標に拘泥せず、柔軟に見直すようにしよう。プロジェクトの推進には、計画や目標の設定が必要であることに変わりはない。しかし、朝令暮改を恐れずに、その見直しを臨機応変に行うことの重要性が高まっていることを見落とさないようにしよう。

④レモネードの原則
 日本語で「失敗は成功の母」というように、英語では「レモン(=失敗)をつかんだら、レモネードをしぼれ(=転用せよ)」という。ウィズ・コロナのマーケティングは不確実性の霧のなかを進む。そこで失敗を避けようとし過ぎると、チャレンジ精神が萎縮してしまう。失敗はしてもよい。そこでの学びから新たな展開をはかればよいのだ。

⑤飛行中のパイロットの原則
 今後もマーケティング環境の目まぐるしい変化が続くだろう。社内外から日々得られるデータと情報を、可能なかぎり素早く振り返り、次なる展開につなげていく必要性が、従前に増して高まっている。自動運転には頼れない。各種の計測器から目を離さず、日々の確認と意思決定を怠らないようにしたい。