特集-6
6.With/Afterコロナの世界でのマーケットとビジネス

  • 黄  磷 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

8月25日寄稿

 COVID-19のパンデミックは、人々の生活と企業の活動に地球規模での深刻な影響を与え、消費、調達、生産、物流や販売にかつて経験したことのないほどの打撃をもたらしている。世界各国の国境が遮断され、人々の国内移動が制限される緊急的措置による結果、私たちはヒト、モノ、カネと情報の移動の全く新しい状況に直面している。

 過去半世紀にわたって、グローバリゼーションという潮流は、世界市場における国や企業の間での相互依存と細分化を高めてきた。COVID-19の感染拡大を完全に抑えるまでは、ヒトやモノの移動にかかるコストが大幅に上昇し、徐々に経済活動を再開したとしても、危機以前の定常(ノーマル)な状態に戻すには、一年または二年かかる。Withコロナの世界におけるマーケットとビジネスのレジリエンス、いわゆる未曾有の危機からの回復力が問われている。

 マーケットやビジネスのレジリエンスとは、環境や社会の擾乱(ノーマルな状態からの乱れ)に対して人々や企業がどれだけ適応し、変動を吸収して定常時の機能や競争力を維持継続する能力、すなわち危機からの回復力を指す。したがって、現在の状況下では、経済、マーケットや消費の危機からの回復力についての研究は、喫緊の課題となっている。

 With/Afterコロナの世界に関する第一のシナリオは、人々も企業もコロナウイルスとともに生きる適応のシナリオである。このシナリオを考える際の重要な問いの一つは、人類社会全体の地球規模的な危機からの回復という課題への革新的な対応を、危機前のノーマル時よりも高い相互信頼の下でのコミットメントと協力を通じて促進するのが最善なのかである。

 図1は、同様なスケールの危機に直面したレジリエンスの高いシステムAとレジリエンスの低いシステムBが回復するプロセスを図式化したものである。回復力の高いシステムAは、システムBよりもダメージからの回復に要する時間が短く回復のスピードも速い。Withコロナの回復プロセスにおいては、回復力を高めるためのライフスタイルや消費行動、企業活動、そして地域と国、さらに国際協力のあり方の再構築、また、ダメージをより小さく、回復に要するトータル・コストをより低くするような手段の開発と革新的な対応について考え、実践的に取り組むことが重要であろう。

 

 「創造的復興」と言われるように、回復はただ単に危機が起こる前のノーマルな状態に戻るのではなく、システムの構造や作動の仕方を変化させ、新しい実践の中で学習し、新たな知識を獲得して次の危機に対してより賢くなるような適応能力が求められる。Withコロナという課題がイノベーションの機会を生み出し、それが社会、経済、企業や個人の再活性化を引き起こしてより高い機能レベル(ニューノーマルA′)に到達する可能性があることは確かである。進展したグローバル化はCOVID-19の感染拡大を加速させたが、対面の接触を減らし、遠隔会議を増やしてオンラインでの情報交換はかつてないほど活発になっている。ICTやデジタル技術などの手段をフルに活用したシステムの変革(DX)を実現して、パンデミックがもたらした課題に対応することによってのみ、ニューノーマルA′に到達できる。

 Afterコロナの世界でのマーケットとビジネスについて、もう一つの悲観的なシナリオも直視する必要がある。危機が起こる前の機能レベルに戻れないニューノーマルB′の状態を想定した対応について考えることが重要である。たとえば、医療用防具やワクチンなど医薬品のグローバル供給システムへの信頼が揺らぎ、豊かな国々が買いだめしようと動機づけている場合、また、国内市場において商品のサプライショックが深刻になるのを恐れて、消費者が不安に駆られ買い占めるような行動に走る場合、さらに、新型コロナ感染の波は度々現れ、需要が消失するようなことが繰り返し出現する状況などである。これらの危機的な状況が一時的であるか、現状のままにとどまるかについて判断するには時期尚早である。

 貧しい生活環境に関連する多くの感染症とは異なり、COVID-19の流行は新興国や先進国の最も裕福な大都市で起こり、世界各国の大都市の間で急速に伝播した。2020年5月中旬までの最も深刻な集団発生の震源地は先進国の最も裕福な大都市であった。大都市への人口集中と、社会的および経済的な活動の集積はCOVID-19のパンデミックを助長した。残念ながら、COVID-19のパンデミックは、国際協調メカニズムが極めて不安定化した時期に世界を襲った。グローバルコミュニティが効果的な調整を欠き続けたら、Afterコロナの世界経済とマーケットの再構築が困難になると予測できる。

 中国をはじめとして東アジアは、70年代から米国が中心に推進してきたグローバル化の着実な進展の受益者であった。しかしながら、世界の工場である中国に対する中産階級の喪失は、2008年ごろから米国で広く政治問題化されてきた。現在の米国の政府とそのエスタブリッシュメントは、中国への技術的な覇権の喪失に焦点を合わせている。Afterコロナの世界での国際協調と新たなグローバルコミュニティの再構築は、米中間の覇権争いの行方にかかっている。

 グローバルサプライチェーンの分断と分離(decoupling)はグローバル化の後退を意味する。パンデミックで供給網が寸断されたことを受けて、各国の企業はサプライチェーンを世界に分散させて安全性を高めると同時に監督体制を強化しようとしている。これまでサプライチェーンのグローバルな調整は主に消費財セクターに限られていたが、パンデミックによってこのような動きがかつてないほど多くの業種に広がり、加速している。米国とのつながりが強い世界の企業は、2、3年前から見直していた中国での生産を他国へ移しはじめた。米政府が中国で組み立てられた製品に制裁関税を広範囲に課し、米国の企業も安全保障の面で中国への生産委託に懸念を持ち始めたからである。安全保障の面でも、市場や技術の面でも米国への依存度が高い日本の多くの企業は、パンデミックによって加速されている米中の分離によって生じるリスクと危機のシナリオを想定し、当面どう対処するか、また、レジリエンスをどう高めるかを考える必要がある。

 中国経済が近い将来に崩壊するという臆断的な予言に対して、中国のGDPは2030年から2060年の間に米国のGDPを上回るとの予測がある※1)。最終的には、Afterコロナの分離された世界においては、米国を中心とするプラットフォームと、中国を中心とする別のプラットフォームが展開される可能性がある。日本、ヨーロッパやアジアなどの他の国々は、かつての米ソ冷戦のように二つの陣営に分割するのではなく、両方のプラットフォームに技術、製品とサービスを提供できるというシナリオも考えられる。並列に形成された複数のプラットフォームがある世界は、単一のプラットフォームしかない世界よりも多様ではあるが、一体感のない対立が満ちたポスト・パンデミックの悲観的な未来像でもある。

 

※1 日本経済研究センター「2060 年の世界、米中が経済規模で拮抗」2019年9月16日
     https://www.jcer.or.jp/economic-forecast/20190617-2.html