特集-5
5.サプライチェインのレジリエンス
8月14日寄稿
新型コロナウイルス感染症による企業活動への影響としては、サプライチェインの混乱を見逃すわけにはいかない。筆者の個人的な経験ではあるが、5月に自宅のインターホンが故障し、交換を依頼したところ、製品の調達にかなり時間がかかった。メーカーが一部の部品を調達できず製品を作れないとのことで、結果的に発注から入荷まで1か月を要した。野村総合研究所が5月に行った調査では、多くの企業が調達、生産、在庫の調整、調達先の変更といった対策を余儀なくされたことが明らかにされている※1)。また、日本ロジスティクスシステム協会が6月に行った調査でも、約半数の企業で国内および海外からの原材料や部品、商品の調達・仕入れの遅れが発生していることが明らかにされている※2)。このように、新型コロナウイルス感染症は企業のサプライチェインにおけるモノの流れを分断させた。
サプライチェインの分断が発生した際には、どの程度すばやく正常化できるかが重要になる。サプライチェインが分断された際、許容できる期間内に正常な状態に戻す能力は、サプライチェインのレジリエンスと呼ばれている。サプライチェインのレジリエンスは、2001年の米国同時多発テロ以降重要視されるようになった。2011年の東日本大震災においても、日本の自動車メーカーにおけるサプライチェインの分断と各メーカーの対応が世界的に注目を集めた。今回、新型コロナウイルス感染症が、またサプライチェインの分断を引き起こしている。改めて、サプライチェインのレジリエンスが問われているのである。
サプライチェインのレジリエンスは、サプライネットワークの設計を工夫することで高めることができると考えられている。より具体的には、ネットワークの可動性を高めて素早い対応を可能にしておく、および複数のサプライヤーやロジスティクス、生産システムを用意してシステムに冗長性をもたせておく、といった方法でサプライチェインのレジリエンスを高めることができる。
とはいえ、それは容易ではない。平時においてサプライチェインの柔軟性と冗長性を高めておくことはムダでもある。ムダの削減が得意技である日本企業にとって、あえてムダを許容するのは難しいことだろう。また、一般的に、リスクの大きさは、問題による損害の大きさと問題の発生する確率の積と考えられている。サプライチェインの分断は確かに大きな損害を生むが、次のパンデミック、災害、テロが発生する確率を見積もることは不可能である。こうなると、レジリエンスのためにムダを正当化するのはますます難しくなる。
ところが、現在はサプライチェインのレジリエンスを高める好機である。新型コロナウイルス感染症で実際にサプライチェインにダメージを受けた企業にとっては、ムダを許容してでもレジリエンスを高めなければならないという危機感が醸成されているだろう。それに加えて重要なのは、自社のサプライチェインのレジリエンスを評価するためのデータが手に入るということだ。MITのオペレーションズ・リサーチ・センターのスミチ・レビ教授は、サプライチェインの各段階で、問題発生から正常化までにかかる時間(Time to recovery : TTR)を見積もることで、サプライチェインのレジリエンスを評価するモデルを提唱している※3)。新型コロナウイルス感染症によるサプライチェインの混乱と回復を経験した企業は、まさにこの評価に必要なデータをリアルに手にしている。これによりサプライチェインのどこが最も脆弱なのかが明らかになれば、そこに手を打つことで鎖全体の強度を高めることができる。サプライチェイン全体に柔軟性や冗長性をもたせるのは難しくても、焦点を絞ればやりやすくなる。
野村総合研究所の調査では、サプライチェインを管理するための組織体制の確立、業務の標準化、モノの流れを可視化するITシステムの整備が今後の対策として必要だと考える企業が多かった。これらの対策は、いずれもTTRを短くするのに役に立つだろう。それに加えて、今回のコロナ禍を機にサプライチェインの各段階のTTRを評価し、対策を打つべき場所を明らかにすることも重要だろう。サプライチェインのレジリエンスを高める必要がある、という認識を持てたのならば、次は何から手をつけるかを考えねばならない。そのためには、最も弱い環を特定する必要がある。新型コロナウイルス感染症によるサプライチェインの混乱は、それをあぶり出す好機なのである。
※1 株式会社野村総合研究所『新型コロナウイルス感染症の影響を受けた企業のサプライチェーン上の対応状況と課題』
(https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200612?fbclid=IwAR2xRP2vqJnWYQX8hgjXU6NJ72uPSKp__1uQdTXHW3dHM0tXZ4tD46WwCqY 2020年8月7日閲覧)
※2 公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会『新型コロナウイルスの感染拡大による物流・サプライチェーンへの影響』
(https://www1.logistics.or.jp/news/detail.html?itemid=309&dispmid=703 2020年8月13日閲覧)
※3 Simchi-Levi, D., Schmidt, W., & Wei, Y. (2014). From superstorms to factory fires: Managing unpredictable supply chain disruptions. Harvard Business Review, 92(1-2), 96-101.
