特集-17
17.新型コロナウイルス感染症下の企業情報開示と証券市場
8月19日寄稿
日本政府による緊急事態宣言が発出されていた期間を含む2020年4月から6月までの四半期決算が上場企業各社から発表された。2020年8月14日までに2021年3月第1四半期決算を公表した企業のうち、増益は532社、減益は597社、赤字は572社となった(日本経済新聞2020年8月15日)。新型コロナウイルス感染症は世界中に広がり、日本企業の業績に重大な影響を及ぼしている。しかし、その一方で、日経平均株価は、2020年2月から3月にかけて大きく下落する局面があったものの、その後は持ち直し、2020年8月中旬時点においては、新型コロナウイルス感染症が拡大する前の2019年12月末時点とほぼ同じ水準を維持している。
過去を振り返ると、景気の後退などに伴って株価が大きく下落する局面では、さまざまな会計上の対応策が規制当局より打ち出されてきた。たとえば、バブル崩壊後、日経平均株価が15,000円を割り込むという状況のもとで、当時の大蔵省は1992年8月に、「金融行政の当面の運営方針」を発表した。そして、金融機関に対して、保有株式の益出し売却の抑制を要請するとともに、1992年9月期中間決算において株式評価損の計上を見送ることを容認した。この方針を受けて、株式評価損の計上を見送った上場銀行は21行あり、そのうち12行は株式評価損の計上見送りによって税引前利益段階での赤字を回避した。
また、企業会計審議会は1998年10月に、「税効果会計に係る会計基準」を公表した。この税効果会計基準は、退職給付や固定資産の減損などの会計基準とは異なり、即時適用することが認められた。税効果会計の適用は、繰延税金資産の回収可能性に関する判断が必ずしも厳格に行われなかったとすれば、多額の不良債権の有税償却を迫られていた当時の銀行にとって、自己資本比率の低下を緩和させる効果を持つものであった。さらに、「土地の再評価に関する法律」に基づき1998年3月から2002年3月までの期間限定で認められた事業用土地の再評価も、自己資本比率の引き上げに寄与した。
それから、サブプライム問題に端を発した世界金融危機の最中である2008年12月には、企業会計基準委員会が実務対応報告第26号「債券の保有目的区分の変更に関する当面の取扱い」を公表した。そこでは、売買目的有価証券からその他有価証券または満期保有目的の債券への振替など、保有目的区分の変更が認められた。
こうした過去の対応はいずれも、企業情報の開示という観点からすれば消極的なものであったといわざるをえない。翻って、今回、金融庁や企業会計基準委員会などの規制当局は、投資家保護の観点から、有価証券報告書において新型コロナウイルス感染症の影響に関する追加情報を開示したり、非財務情報(記述情報)を充実させたりすることを企業に要請した。その要請を受けて、2020年3月期の有価証券報告書において新型コロナウイルスの影響を追加情報として開示した上場企業は全体の約7割に達した(日本経済新聞2020年7月18日)。こうした積極的な企業情報の開示は投資家の安心感を醸成し、証券市場に対してプラスの影響をもたらしているのであろうか。
もっとも、これは、企業情報開示の一つの側面にすぎない。すなわち、企業会計基準委員会は、一定の仮定を置いて会計上の見積りが行われる固定資産の減損や繰延税金資産の回収可能性などにおいて、最善の見積りに基づく金額と事後的な結果の間に乖離が生じたとしても、その仮定が明らかに不合理でないかぎり誤謬に当たらないことを周知した。さらに、東京証券取引所の通知を受けて、在宅勤務や時差出勤などによって決算業務や監査業務に例年以上の時間がかかるため決算短信の公表を延期した企業、2020年3月期決算発表時点では、合理的に算定することが困難なため未定とし、次年度(2021年3月期)の業績予想の公表を先送りした企業も多い。
今後も、企業情報開示と証券市場という観点から、新型コロナウイルス感染症の影響について注視していきたい。
