特集-16
16.今後の初等教育のオンライン化について考える
8月12日寄稿
一口にオンライン教育と言っても、小学校と大学ではまったく様相も求められる要素も異なる。ただ、大学のそれは、以前から通信教育をメインとする予備校や大学も存在したことからも分かるとおり、小中高に比べるとオンライン化のハードルは高くないと思われる。特に近年では大学については、オンラインで世界中の授業が公開、あるいは実施されるMOOCプラットフォームの整備もあり、現場からのアレルギー反応も小中高に比べると比較的低いであろう。
そこで、今回はあまり情報がないと思われる初等教育を中心に見ていく。筆者は2019年8月より、米国シリコンバレーのスタンフォード大学で在外研究の機会を頂戴し、現在Menlo Parkという、スタンフォード大学から数キロのところに在住している。赴任当時、小2、中1の子どもも帯同したので、子どもたちが現地の公立学校でどのような教育を受けるかも関心事の一つであった。以下、主に小学校2年生の息子が受けた教育内容を紹介することで、日本のオンライン教育環境整備の示唆としていただけると幸いである。
コロナ前からオンラインで宿題管理
まず、大前提として、コロナの前から、普段の宿題やその管理がスマホのアプリでなされていたという点がある。米国の場合、教育内容や方針は学区ごとに異なるので(市町村単位で異なるというイメージ)、あくまで一事例にすぎないが、我が家のある学区では子どもと親の両方が参加できるseesawというアプリで宿題の管理がなされていた。
毎週先生は月曜日に1週間分の宿題を出し、その宿題が指示されたプリントを子どもは持って帰ってくる。一方、同じ宿題がseesawにもアップされる。これは子どもが紛失した場合や、親が確認しやすいようにとのことであろう。そして、宿題のうち、どれか一つはseesawのアプリ経由によりオンラインでの提出が求められた。宿題を終えたノートを撮影してアップ、音読を録画してアップなど、何か一つでよい。これにより、オンラインでの宿題管理、提出が当たり前の日常が既に存在していた。撮影&アップのみが親の仕事であるが、これをやると子どもたちの日々の宿題の内容も把握できるようになる。
算数、国語をオンラインで学べるアプリの導入
日々の授業においても、算数や英語の授業ではウェブサービスを一部導入しており、当学区ではiXLというアプリを使っていた。これは授業中にも宿題にも利用されているものである。授業で実施する際は、学校にあるノートPCでやり、宿題では「iXLのここをやってくること」という指示が出る。家ではタブレットやスマホ、あるいはパソコンでやることになる。授業中に使ったことのあるアプリなので、子どもはやり方を知っており、宿題の際は親がサポートする必要はない。
英語のReadingも同様である。時事ネタを読む教材としてscholasticというアプリを使用していたが、普段の授業では印刷された教材が配られて、それをもとに授業が行われていたが、同じものはオンラインでも読めるようになっている。それゆえに、コロナ以降のオンライン授業になってからは、先生から朝「今日はscholasticのこれを読んで、以下の設問に答えてください」という指示がseesawのアプリ経由で出てきて、子どもたちはそれをやる。もともと教室で紙ベースでやっていたことが、そのままオンライン移行しただけなので、スムーズである。
Readingのもう一つである物語系については、同じようにEPICというウェブサービスを従前から授業で導入していた。これはあらゆる物語が読めるウェブサービス、アプリであり、小学校の図書館においてあるような書籍はすべてこれで読める。学校があった時は、図書館の本をもとに各自が好きな本を読むような形でReadingの授業がなされていたが、コロナ後はEPICのオンラインに移行した。同様に、先生から朝seesawのアプリ上で、「EPICから一冊選んで20~30分読んでください。そして、後ろの設問に答えてね」という指示が出る。5W1Hを埋める設問は、おおむね主人公の心情を書かせる、あるいは、なぜこの本はこういう終わり方をしたと思いますか、という設問となっている。
ウェブ上では、クラスメイト間でお互い何冊読んでいるかが見えるので、競争感覚を持ってどんどんと読んでいく仕掛けになっている。そして、教員との個別のZoomの時間に、子どもたちは自分が読んだ本について先生に報告するという流れとなった。
普段の授業でオンライン環境を作っておく
以上から分かるように、当地の小学校では、宿題管理や算数、英語などの授業の実施において、さまざまなオンラインツールを利用していた。それゆえに、コロナ後にオンライン授業の再開は比較的スムーズに移行できた。もっとも、パソコンを持っていない、インターネット環境がないなどさまざまな家庭の事情はある。そういう家庭には個別に対応(パソコンの貸与など)が行われた。
中学1年生についても少し触れておくと、数学の授業ではKahn Academyの動画がコロナ前から導入されていた。数学は生徒によって理解度に差がつくので、動画の活用で個別にレベルに合った学習ができる。2020年秋より新年度が始まるが、学校から配布された対面授業を再開する場合の計画では、数学と外国語(スペイン語や中国語)の授業は、従前のような対面授業は実施せず、オンラインのみで実施するということである。生徒は学校の教室でKahn Academyの動画を各自が見て、課題を解く。教員は教室に在室するので、サポートが必要になったら対応する(主に質問受け)、という形態である。教員が教室で全員に画一的な教育をするというこれまでのやり方を変えてきていると言えよう。
日本との比較
このようにオンライン授業も比較的スムーズに移行したシリコンバレーではあったが、当初は混乱続き、かつ、親のサポートなしには実施できないという状況となった。新聞報道によると、ロスアンゼルスでは、4家庭に1家庭はオンライン教育についていけなくなり、出席することをやめたという報告がある。これは、ボストンなど全米の他の地域でも起こったことである。英語を母語としない我が家の子どもたちにとっても、ハードルは非常に高かったので、4~7月は子どもたちを日本に戻し、日本の学校に在籍させた。が、次男の小学校ではオンライン教育はまったく提供されなかった。夏休みの宿題のようなものがどんと渡されただけで、途中からはオンラインでドリルを解くようなものも案内されたが、民間企業が提供しているオンライン教材のほうが優れていた。基本的には再開を待っていただけと言えよう。幸い、6月から学校は再開されたが、残念ながら休校期間中に学校がオンライン教育のノウハウを得る機会は逸したと言える。もしも再び学校が休校となったら、また再開を待つだけの日々になるのであろうか。
一方のシリコンバレーでは、春学期の最終2週間は、教員と生徒の個別面談(Zoom)に時間が割かれていた。その目的は、それまでに実施したオンライン授業が、どういう生徒にはどういう影響、効果があったかを見極め、データを収集するとのことであった。そのデータを分析することで、今後もし休校が続いてオンライン授業を継続しないといけない場合のブラッシュアップにつなげるということであった。
おわりに
あくまでも一つの事例紹介に過ぎず、一般化することはできない。また、日米の教育のやり方のどちらがいいという議論にするつもりもないが、企業経営で言うところのContingency Planを作っておく、それに向けてシミュレーションをしておくことをシリコンバレーの学校は春学期で実施することができた。そして、それを夏休みに検証し、今後の非常時(休校を迫られる事態)に備えたわけだが、運悪く結局秋学期もオンライン授業を強いられることとなり、それまでの検証結果を試す機会を得たことになる。今後は、画一的な教育の実施から、個別に合った教育の提供が求められることから、オンラインとオフラインのハイブリッド型の提供は検討すべき事項であろう。
