特集-12
12.新型コロナウィルスと病院のキャパシティ・コスト
8月24日寄稿
新型コロナウィルスの問題で、病院への関心が高まった。その一つは感染患者の増加によって、病院の収容、処置能力が追いつかず医療崩壊になるとの懸念である。これまで、国や自治体は、人口減少をふまえ医療資源を最大限有効に使うことに焦点を当ててきた。兵庫県においても、地域医療構想において、余剰が見込まれる急性期病床を減らし、高度急性期病床と回復期病床を増やすことや、地区ごとの偏在を無くし、地域レベルで医療資源を最大限有効活用することに注力してきた。
病院のコスト構造は、営業費用に占める固定費の割合は約7割程度、人件費が営業費用の4~5割を占める。かつて高額な医療機器の代表は数千万円のCTやMRIだったが、近年普及してきたロボット手術の機器は数億円である。電子カルテなどの導入で事務部門の情報化も進んでおり、設備関連の固定費は上昇している。神戸市内のポートアイランドにある中央市民病院(一般:750床)は、5年ほど前は病床稼働率が80%台後半でも利益が出るコスト構造であったが、今年の3月期の決算では、入院単価が約10万円と近隣の急性期病院に比べてもかなり高く、病床利用率も91%と比較的高い水準であるにも関わらず2.3億円の赤字であった。病床利用率が1%(ポイント)変化すれば、1.9億円の利益が変動するため、黒字にするためには92.2%以上の稼働率が必要であった。3年ほど前に94.1%まで稼働率が高くなった年があったが、医療安全上問題だと指摘された。91%でも現場は余裕のない状態である。入院単価を上げるためには高度な医療設備が必要であり、また、高い稼働率においても安全性を維持するには、サポートが必要であり人件費が上昇する。高い固定費を賄うためにはさらなる高単価、高稼働率が必要となり損益分岐点は上がり続ける。つまり、高単価・高稼働率を維持し続けないと利益が出ないコスト構造になっており、余裕があるといえない状況の中で、稼働率が少し下がるだけで大きな損失が出るコスト構造になっている。
新型コロナウィルスの問題によって、中央市民病院も非常時の対応を迫られた。感染患者を受け入れるために、通常の診療活動のレベルを落とし、重症度の度合いに応じたゾーニングなど院内の人の動きを変えた。4月に感染者を出したことで一時閉鎖せざるを得なくなり、約1か月間新規外来患者、救急患者の受け入れを停止した。5月11日以降段階的に受け入れを再開したが、通常の受け入れに戻ったのは7月1日であった。4月は定期手術を通常の2割程度まで減らしている。それでも、他国で生じたような破綻を回避できたのは、専門職組織としての技術の質の高さと使命感の高さによるものであり、各組織、個人が私利や経済性を捨て市民病院本来のミッションにしたがって行動したことが少なからず影響している。ただ、経営面においては、平常時においてキャパシティを最大限利用しても利益が出にくいコスト構造になっているため、本年度は相当のマイナスが予想される。
今回の新型コロナウィルスの問題によって、今後の医療資源の供給と利用のあり方は、再検討を迫られるだろう。一つは、地域レベルで医療資源の供給にどの程度余裕を持たせるかである。中央市民病院が普段から病床利用率を8ポイント下げて運営すれば、年間約15億円の未利用分のキャパシティ・コストが発生する。これを市民が負担するのであれば、すでに神戸市は運営費負担金として年間約60億円(住民一人当たり4000円、世帯当たり8000円)を病院に支出しているが、さらに一人当たり1000円(世帯当たり2000円)負担することになる。もう一つは、病院内での業務改善である、医療業務にはさまざまな間接業務が付随するが、これらを情報技術などを利用してさらに効率化する必要がある。また、普段の小さな稼働の繁閑の変動においても業務を前倒しで行うことで平準化する必要がある。業務改善によって固定費を大きく減らすことは難しいが、予測が困難な感染者、重傷者の増加に柔軟に対応するためには、あえて未利用分のキャパシティ(医療提供能力)を高めておくことが必要になるだろう。
