特集-1
1.COVID-19と経営戦略

  • 三品和広 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

8月17日寄稿

 COVID-19は突如として慣れ親しんだ日常を禁忌とし、企業経営の至る所に深刻な影響を及ぼしている。影響を受けない人は一人としていないと言ってよかろう。まずは企業活動の現場を支え続ける人々に敬意を表したい。

 大多数の人々の関心は働き方や稼働率などオペレーションに集中しているが、ここではあえて経営戦略の観点からCOVID-19の影響を論じてみることにしたい。オペレーションを何とか支え続けても企業が傾いてしまっては元も子もないので、遠い先の展望を気にかけるのも無駄とは言えまい。

 経営戦略の主要な関心事は非対称性にある。競争優位という概念が象徴するように、そもそも経営の戦略は他社との差異を生み出すために存在する。誰もが等しく影響を受ける事案は、その意味で戦略上は無視することになる。

 この非対称性という視点から眺めてみると、COVID-19関連のニュースの大半はやり過ごして構わない。例外は業界間の非対称性で、対前年同月比で9割ダウンを喫している業界と、1割以上のアップを記録している業界の対比は無視できない。密を前提に成り立つサービス業界は、罪なき罰を受けているようなもので、特需に沸く業界の利益を原資にして何らかの救済策を講じてしかるべきであろう。しかしながら、片方の極から他方の極への業種転換が現実的でないとすれば、ここでは戦略的に打つべき手などないに等しい。

 それが業態転換となると、また話は変わる。イートインのスペースを固定費とするレストランが、ゴーストキッチンを拠点とするフードデリバリーに転換するなど、この次元では現実的な選択肢が多い上、どれを選ぶかが一年も経てば業績差異に直結する。

 判断の分かれ目は、不確実性の受け止め方である。COVID-19に即して言えば、2021年に入ればワクチンが登場するので、いましばらくの我慢と見る向きもあれば、有効なワクチンや治療薬など蜃気楼のようなもので、現況は5年は続くと見る向きもある。真実は、誰にもわからない。こういう状況下でいずれかの説に賭けるのは経営としてあまりに乱暴で、お勧めできない。

 お勧めしたいのは、ミニマックス原理である。現実的な範囲で最大の被害を想定し、その被害を最小にするように選択をする。それがミニマックス原理にほかならない。先述した事例では、2025年に入っても今と同じ状況が続くのが最悪のシナリオであろう。その場合、守るべきは店か客か。または場所か看板か。特定の場所にある店を守り切れないのであれば、守りに行くのは愚の骨頂。客と看板が残れば、再起のチャンスも残る。そう考えて賢明な選択をするよう迫るのが、ミニマックスの原理と言えよう。

 これがアンチテーゼとするのは、とりあえず現状を維持しつつ様子を見るという発想である。日本では、この発想の罠に落ちる企業が異様に目立つ。様子見に徹しているうちに資金が回らなくなったり、手遅れになった事例は枚挙にいとまがない。銀行や行政を最後の砦と頼るのは、甘いのである。

 話を非対称性に引き戻すと、最も気にすべきは同業間で命運が分かれるケースである。たとえば1973年の第一次石油ショックの後は、土地を仕入れにいった不動産企業が、仕入れを手控えた同業他社を引き離している。1980年の日米貿易摩擦の後は、本腰を入れて国際商品の開発に手を着けた自動車メーカーが、海外現地生産を含む政治的ポーズでお茶を濁した同業他社を引き離している。1985年のプラザ合意の後は、欧米企業のM&Aを手がけたメーカーが、東南アジアに工場移転しただけの同業他社を引き離している。このあとも5年間隔くらいでショックは訪れ続け、どこかで同じパターンが繰り返されてきたが、くどくなるのでこのあたりで切り上げておこう。

 注意していただきたいのは、外的なショックを機に命運が分かれる場合は、容易に元には戻らないという点である。言い換えるなら、非対称性が生まれるだけではなく、固まってしまうのである。となると関心は分岐のポイントに集まるが、その所在はショックの性質に依存するうえ、業界ごとに異なるのが過去の通例である。それゆえ一概に論じることはできないし、経営の戦略は興味を掻き立ててやまない。草庵に引き籠もって日々事例研究を積み上げるゆえんである。