プロフェッショナルの仕事術
弁護士とMBA ~ビジネスの最適解のために~

  • 瀬合 孝一 (弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ 代表弁護士)

<略歴>
1999年 京都大学法学部卒業
2012年 現法律事務所創業
2021年 神戸大学MBA修了
2022年 兵庫県弁護士会副会長就任(任期1年)
2023年 神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程高度専門法曹養成プログラム入学

◆神戸大学MBA入学のきっかけ

 私は現在、兵庫県弁護士会に所属している弁護士で、神戸と姫路の2拠点で弁護士12名、事務局11名(2025年3月9日時点)規模の法律事務所を経営しています。

 まず、私が神戸大学MBAに入学するきっかけについてご紹介したいと思います。私は、2012年に現事務所を創業し、周りにご支援いただきながら、事務所を切り盛りしてきました。また、事務所の成長とともに、徐々に企業様のクライアントが増えてきました。そこで、企業法務を扱ううちに、もっと企業やビジネスについて深く勉強することで、より経営にフィットしたリーガルサービスを提供できるのではないかとの思いが強くなってきました。それと同時に、所内の組織作りやマネジメントに頭を悩ますことが多くなりました。

 そのとき、たまたまある懇親会で知り合った方に、神戸大学MBAへの入学を勧められたことがきっかけです。写真は入学前の少しイキッている時のものです(笑)。

◆MBA入学とコロナ禍

 入学直前の2020年は新型コロナウィルスが猛威を振るいはじめ、入学直後に兵庫県に緊急事態宣言が発令されるという前代未聞の事態が生じました。MBAの授業もどうなるのか心配しましたが、WEBをうまく利用することで、つつがなくカリキュラムをこなすことができました。

 実際の講義も、新たな発見の連続でした。例えば、M&Aについて、これまで弁護士としては、法務デューデリジェンス(法務の観点から対象企業を調査・分析するプロセス)や契約書の作成を中心に関わるだけでしたが、M&Aにとって最も重要であり、企業にとっても関心が高いのは、PMI(Post Merger Integration)であることが理解できました。また、労務関係についても、労働契約は法的条件以外に期待値(「期待契約」という言葉が使われていたと記憶しています)というものがあり、それを満たされない場合に不満が生じやすい(逆にいうとそれを満たしていれば離職率も下がる)ということ、全ての要求に応えることはできないので「大きな不満を作らないこと」が人事労務のポイントであることなど、より実践的な人事労務のスキルが身につきました。このような理解を得たことで、これまで事案を法学だけの視点で見ていたものが、経営学の視点からも見ることができるようになり、より考察の深いリーガルサービスを提供できるようになりました。

 また、病院経営の講義では、業績プレッシャーをかけ過ぎるとモラルの崩壊を起こしやすく、病院といった公益的側面の強い業種は特に気を付けなければならないということが分かりました。法律事務所を経営する立場としては、身の引き締まる思いでした。

◆ゼミと修士論文

 ゼミは、松尾貴巳教授にお世話になりました。企業不祥事を起こすと企業価値が大きく損なわれるおそれがあり、それをできる限り防ぎたいという問題意識から、修士論文では「内部通報制度」をテーマとして選びました。論文を作成するにあたり、各企業様の内部通報制度の利用状況について調査するため、10社以上の企業様にインタビューさせていただきました。MBAの同期と一緒に東京まで行ってインタビューしたことが、今となってはいい思い出です。インタビューの結果、ガバナンスの制度設計によって、内部通報制度の利用状況も大きく変ることが分かりました。

 松尾教授のきめ細かいご指導と心優しいゼミのメンバーにも恵まれ、何とか無事に修士論文を完成させることができました。松尾教授やゼミのメンバーとは、今も時折集まって交友を深めています。本当にこのゼミに所属できて良かったと思います。

◆After MBA

 MBA修了後、兵庫県弁護士会の副会長に就任する機会をいただきました。現在、法曹会は司法改革により弁護士が増加した結果、需給バランスが崩れている状況です。そこで、マーケティングをはじめ、弁護士会の組織作りやマネジメントなどについて、微力ながら支援させていただきました。その際、MBAで学んだことを活かすことができたと思います。

 また、ビジネスを法的側面からさらに深く学びたいと思い、2023年から神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程に入学し、競争法(独占禁止法・下請法)を専門的に学ぶことにしました。研究テーマは「デジタルプラットフォームと優越的地位の濫用」なのですが、MBA時代に学んだビジネスの知識が大いに役立っています。

 さらに、修士論文を作成する際にお世話になった企業様からの呼びかけで、企業不祥事に関して、定期的に情報交換会を開催することになりました。当事務所で、数か月に1回の割合で開催しており、これまで9回開催しています。当初、6社でスタートしましたが、今や毎回10社以上、20名以上の方にご参加いただけるようになりました。最近のテーマとしては、「組織風土」や「企業不祥事発生時の対応体制組成判断の標準化」などを取り上げさせていただき、企業様の関心の高さが窺えました。 

 実際に生じた不祥事事例をベースにしながら、どのようにすれば企業不祥事を予防することができるのか、実際に企業不祥事が発生した場合、どのように対応していけばよいのか、といったことを、実践的に学べる貴重な機会となっています。また、情報交換会を通じて、現場の生の声を聞かせていただくことで、どのようなことを考え、どのようなことに頭を悩ませているのかといった、現場の方々の思考や言動がよく理解できるようになりました。

◆最後に

 私が弁護士として企業法務に携わるにあたり、常に気を付けていることがあります。それは、「部分最適ではなく全体最適を」、「法律家としてベストな回答は、ビジネスとしてはベストな回答とは限らない」ということです。

 今後も、神戸大学MBAで学んだことを活かしながら、法律家として、少しでもクライアントのお役に立てるように精進していきたいと思います。

 もし、法曹関係者を含め、この記事をご覧になられている方でMBAへの進学をご検討されている方がいらっしゃいましたら、忖度なく神戸大学MBAをお勧めします。必ず皆様を大きく成長させてくれるものと確信しています。