特集
持続可能なインフラ事業運営:今後の官民連携の可能性と課題
官民連携の社会的役割
第114回ワークショップは、「持続可能なインフラ事業運営-今後の官民連携の可能性と課題-」というテーマで開催した。「官民連携(Public-Private Partnership、以下、PPP)」は、政府や自治体が主体として提供しているサービスに関して、民間の資金力や技術力、経営ノウハウなどを取り入れることで、事業の効率化・合理化、サービス品質の向上、将来にわたる持続的・安定的運営などを図ることを目的とし、自治体と民間事業者が様々な形で連携しながらサービス供給を行うというものである。近年、公益事業改革における主要な政策として世界的に大きなトレンドとなっており、海外でも公共交通・電力・水道事業など様々な分野で導入されている。
PPPには、民間事業者の関与の度合いに応じていくつかの種類がある。民間事業者がある一部のサービスについて短期的な運営を行うサービス契約(service contract)、民間事業者が管理・運営権を受託し複数年度の契約を行うマネジメント契約(management contract)、特定の期間資産を使用する権利(テナント)を民間事業者に貸し与えるリース契約(lease contract)、民間事業者が投資プロジェクトの設計と資金調達を担いインフラを建設し、その後一定期間にわたり事業の管理・運営を行った上で契約終了時に公共側に所有権を無償で返還するBOT契約 (Build-Operate-Transfer contract)、民間事業者がインフラ施設の拡張・更新、およびそのための資金調達まで責任を負うコンセッション契約 (concession contract)などがある(OECD 2011)。
日本においては、公共インフラ事業の経営効率化と財政的持続可能性を確保する必要性が近年高まっていることがPPPの導入と普及の背景にある。インフラ事業の経営効率化については、PPPが普及する以前から大きな課題であった。電力・鉄道・情報通信などの民間事業者が運営するインフラ事業は、巨大なネットワークを持つという技術的特徴から高い自然独占性(一つの企業が担当して行うことが複数企業で担当するよりも常に費用削減となるため、独占へと収斂していく性質)を持つことが知られており、経営効率化のためのインセンティブ設計が様々な面から進められてきた。価格規制や競争導入によるインセンティブ規制、株式所有を通したガバナンスへの関与などがその代表例である。一方、PPPは、保育園・公民館などの行政施設・空港などのような公共サービスとしてのインフラ運営事業において幅広く導入されている。PPPの導入が進められている大きな理由は、保守的・硬直的な運営体制のために多くの非効率性を抱えている公共インフラ事業組織に、より柔軟・イノベーティブな民間活力を導入することで経営効率化が期待できると考えられることである。
財政的持続可能性については、近年、インフラ事業の存続が危ぶまれる状況が全国的に発生している。人口減少の時代に入り、インフラ事業の収益増が見込めない中、インフラ設備の更新時期の到来、厳しさを増す経営環境からくるコスト削減へのさらなる圧力、人手不足による技術継承の難しさが公共インフラ事業運営を圧迫している。例えば、水道事業では、高度経済成長期に整備された全国の水道管路が一斉に耐用年数を迎え、設備更新需要が高まっている。また、自治体組織の人員削減と技術職員の高齢化により将来にわたって持続的に自治体内で技術を継承し続けていくことが困難となっている。PPPによりインフラ運営を民間事業者が担うことで、このようなインフラ技術を民間事業者が継承・蓄積・発展させていくことが可能になる。また、人口減少により十分な収益性を見込めない地域であっても、民間事業者が複数の自治体の水道事業を地域横断的に受託することで規模の経済性が発揮され、事業運営に必要となる市場規模が確保でき、財政的にも持続可能な事業となる。
このような様々なメリットを持つPPPは日本において多くの分野で導入されているが、今回のワークショップでは、生活において必需財であり、近年大きな国民的議論を巻き起こしている水道事業におけるPPP に焦点を当てた。
水道事業における官民連携の現状
日本における水道事業は99%以上が地方公共団体などの公共主体によって運営されている。上水道事業のサービス生産プロセスは、水源管理・浄水場運営・配水池や管路の管理、検針・料金徴収を含む顧客サービスで構成される。水道事業に関しては、2001年の水道法の改正によって「第三者委託」として制度化されたことで、PPPが政策的に進められることになった。それまでは、水道事業の民間事業者への業務委託は、検針や料金徴収など、非コア事業である顧客サービス業務のみに限定されていた。それらの委託は「個別委託」と呼ばれ、OECD (2011)の定義するサービス契約にあたる。一方、第三者委託はOECD (2011)の定義でいうマネジメント契約にあたり、技術上の業務を包括的に委託することが可能になった。技術上の業務とは、浄水場の運営などの水道事業のコアビジネスである生産業務を指す。これら技術上の業務は、水道事業のサービス生産プロセスの中で最も重要な業務であることから、個別委託では委託対象とされず、自治体が直接運営を担ってきた。第三者委託では、検針や料金徴収などの末端業務ではなく、水道サービスの中核業務を外部委託することで、自治体側の大幅なコスト削減と民間活力の積極的な導入を目指すものである。
第三者委託にはいくつかのレベルがある。図1のように、国土交通省の定めるガイドラインでは、民間事業者の関与の度合いが最も低い順から高い順へ、1から3のレベルが定義されている。図1で一番左に示されている「現状」が、第三者委託導入前の個別委託の状況を表す。個別委託では、仕様発注という発注方式が用いられている。仕様発注では、生産のインプットが規定され、決められた生産プロセスに沿って生産を行うことが求められる。そのため、民間事業者の創意工夫が十分に活かされない。この委託形態は、末端業務を外注することによる自治体内のコスト削減を主目的にしており、民間活力の導入を目的としていない。これに対し、第三者委託レベル1では、運転管理業務について発注方式を性能発注としている。性能発注とは、契約内でアウトプットの水準は規定される一方で生産プロセスを含むインプットについては規定せず、民間事業者の創意工夫に任せるものである。つまり、定められたパフォーマンスを実現できていれば生産プロセスは自由というもので、これにより生産プロセスの効率化や人件費の縮減などを通してコスト削減の幅が広がることになる。レベル2では、運転管理業務に加え、消耗品・薬品の購入・電気エネルギーの調達などのユーティリティー管理業務も性能発注できるようになる。これらの一体発注により、調達の柔軟化や大口購入による単価引き下げなどのコスト削減が可能になる。レベル3では、これに加え補修業務の性能発注も行えるようになる。つまり、レベルが上がるにつれて性能発注の業務範囲が拡大し、民間事業者の創意工夫が活かされやすい契約となる。また、個別委託は単年度契約であるが、第三者委託では3~5年の複数年度の契約が可能になる。これにより、事業者は先を見据えて意思決定するようになり、業務をより最適化できる。

今回のワークショップでは、第三者委託レベル3からさらに進んだ、コンセッション契約について取り上げた。コンセッションは、2023年6月に国土交通省が水道事業のPPPをさらに進めるために公表したアクションプラン「ウォーターPPP」で、第三者委託のレベル4と位置付けられている。民間の関与の度合いがレベル3よりもさらに高いPFI(Private Finance Initiative)の一つであり、第三者委託が3~5年の契約を想定しているのに対して、コンセッションは10~20年の長期契約を想定しており、民間事業者の裁量もさらに広い範囲に及んでいることが特徴である。
コンセッションの仕組みは図2で示されている。施設所有権は地方公共団体が保有したまま、プロポーザルなどで選定された民間事業者に公共施設等運営権を設定する。これにより、事業者は運営において幅広い裁量性を持つことになる。例えば、運営権は財産とされていることから譲渡が可能であり、抵当権設定により事業者は金融機関から直接融資を受けることができる。また、自治体を通さず需要者から直接料金支払いを受けられる。料金水準の設定は、届け出でよいとされている。これら事業者の持つ自由裁量性が、民間事業者にとって経営のフレキシビリティにつながる。

コンセッション導入には、地方公共団体、民間事業者、利用者(消費者)にとってそれぞれ次のようなメリットがある。まず、自治体にとっては、民間の技術力やノウハウの活用によるコスト削減や顧客満足の向上のほか、職員の高齢化や人口減少により問題となっている技術継承を民間事業者に委ねられることが挙げられる。民間事業者にとっては、事業期間や事業規模面でさらなる経営の裁量性が得られること、それによる規模の拡大や競争力の向上などが見込めることが挙げられる。水道利用者にとっては、サービスの安定化や事業運営の効率化により、場合によっては水道料金の値下げの恩恵を受けることができる。
このように、コンセッション導入のメリットは数多く知られており、「ウォーターPPP」を通して日本の水道事業におけるコンセッションの導入は政策的にさらに進められることになる。しかし、現時点で実際にコンセッションを導入している自治体は限られている。上水・工業用水・下水道事業の一体型コンセッションが宮城県で導入されているほか、下水道事業では浜松市、須崎市、三浦市が、工業用水事業に関しては熊本県と大阪市が導入しているのみである。コンセッションの導入を妨げている要因としては、政治的要因のほか、導入における住民の理解を得ることが大きな課題となっていることが挙げられる。
コンセッション導入に向けての課題
水道事業におけるコンセッションの導入は、近年日本で大きな議論を呼んでいる。議論の中心は、「住民の生活必需財である水道サービスの事業運営を、営利企業である民間事業者に任せてもよいのか」という住民の懸念である。日本における水道サービスは、水道法第6条により原則として市町村が経営するものとされている。「市町村以外の者は、給水しようとする区域をその区域に含む市町村の同意を得た場合に限り、水道事業を経営することができる」という規定により民間事業者への委託も可能となっているが、多くの自治体で浄水などのコア業務は民間委託せず、自治体が直接運営している。長らく自治体が運営してきた水道事業の技術上の業務を民間委託することで、サービス品質が低下するのではないかという不安を住民が感じているためと考えられる。
水道事業のコアプロセスを民間委託することに不安を感じているのは住民だけではない。自治体側も「民間事業者が自治体と同じ責任感を持って水道サービスを安定的に供給してくれるのか」という点で懸念を持っていることがある。例えば、災害などの緊急時に営利企業である民間事業者が、水道サービス復旧のために自治体と同様の迅速さで対応してくれるか、コスト上昇などの要因で収益が減少した際に水道品質を保持したまま契約期間満了まで供給責任を果たしてくれるか(市場から撤退しないか)などの点は、コンセッション導入を検討する上で自治体が懸念する事項である。
このようにコンセッションの導入については、未だ課題があり、日本における効果の検証や取りまとめのためのデータも不足している状況である。今回のワークショップでは、このような課題のいくつかに論点を絞り、三名のゲスト講師にご講演いただいた。まず、コンセッション導入における住民理解についての問題を、名古屋市立大学の原田峻平先生にご講演いただいた。次に、日本で最初の上・工・下水一体型のコンセッション導入事例となった当時宮城県企業局担当者の田代浩次氏(現 若生工業株式会社)と、三浦市・大阪市で水道事業をコンセッションで受託されているインフロニア・ホールディングス株式会社の大塚淳氏にご登壇いただき、コンセッション導入の際に実務の場で観察された効果・課題などについて、自治体側・事業者側の視点からご講演いただいた。ゲスト講師による講演とそれに続くパネルディスカッションを通して、日本におけるコンセッション導入について、学術・自治体・民間事業者の三者の視点から議論を深められた、大変有意義なワークショップとなった。
<参考文献>
- OECD(2011) “Guidelines for Performance-Based Contracts between Water Utilities and Municipalities, Lessons learnt from Eastern Europe, Caucasus and Central Asia,” OECD publishing.
