特集
データ活用とデータドリブン組織を考える

  • 森村 文一 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

データは集めているけれども活用できていないという現実がある

 私たちは多くの電子機器と共に生活している。それら電子機器には、データを生成し、データを収集するセンサーや計算機が埋め込まれている。加えて、高度な知識を持たなくても誰でも簡単に(場合によっては低価格で)それらデータを収集し、加工し、分析し、分析結果を可視化するためのソフトウェアや、それら一連の行為をまとめて提供するサービスパッケージが登場している。企業はそれらが生み出す膨大なデータをうまく活用し、消費者の問題をより良く解決する製品やサービスを創ることや、より良い経営管理を行うことが可能になっている。

 様々な産業の企業にヒアリングすると、興味深いことに、「データを集めているけれども、集めているだけで使っていない」「データは集めているけれど、使いたいデータは他部署にあって、それを使うには許可が要る」といった声を聴く。言い換えると、データを収集しているけれどもそれらを経営に活かしていないという現象を多く観察する。筆者は大きな研究エリアでいうとマーケティング論という分野で研究をしており、「データの入手可能性やデータ分析の利用可能性は高まっているにもかかわらず、なぜデータ分析を経営に活かすことができていない企業が多いのか?」「データ分析を経営に活かすことができている企業と、それをうまく活かすことができていない企業では何が違うのか?」というリサーチクエスチョンを掲げ、組織能力(organizational capability)という観点から研究を進めている。データ分析と組織能力、経営成果の関係について、詳しくは2024年3月に筆者が刊行した書籍『ビッグデータ分析能力』を読んでいただきたいが、データをうまく収集し、分析し、分析結果をビジネスに活用している企業は、データ分析と分析結果の活用に関する組織能力、組織の外にある「データ収集やデータ分析に関する新たな方法を組織に取り込む」ための組織能力、そして、データ分析を基に事業を創る意思決定プロセスなどが整っている。

 組織能力は、組織が持つ様々な資源(resources、例えば、ヒト・モノ・カネ・情報)を結合し競争優位に変換する組織文化や組織遺伝子(organizational DNA)に根差した組織的に埋め込まれた特別で移転不可能な資源である。今日では幸か不幸か、コードを書いてデータを収集・加工・分析し、苦労して分析結果をグラフやヒートマップなどで可視化しなくても、誰でも低価格で、極端に言えばワンクリックやクリック&ドラッグで簡単にデータの収集や加工・分析を行うことができるパッケージドサービスが数多く存在する。この状況下でも、誰でも入手可能なデータやサービスではなく、「本当に必要なデータ」を収集し加工し分析することや、データ分析結果を基に組織内外にある資源を結合し事業創造や経営管理に結びつけることに関する組織能力(その1つがビッグデータ分析能力)がなければ、冒頭の問題を解決することはできない。データをうまく活用できていない企業はこの能力が低く、無目的にデータを集めていたり、必要なデータを定義せずに収集していたり、または、データ分析結果を素早く具体化する仕組みがないのである(もちろん、能力以前の問題の場合もあるが)。

データ分析を経営に活かす組織能力を考える

 先に触れた「データ分析や分析結果の活用に関わる組織能力」としてのビッグデータ分析能力(big data analytics capability)は、大きく分けて3つの下位次元を持つ組織能力である。それら下位次元とは、a)有形資源(tangible resources)、b)無形資源(intangible resource)、そしてc)人的資源(human resources)である。1つ目の有形資源は、データの生成・収集、加工、分析、分析結果の可視化に関する技術や社内の予算である。2つ目の無形資源は、従来のような経験と勘に頼るのではなくデータに基づいて意思決定を行う組織文化や、データ分析から知識を得て社内の他の知識と結合させようとする能力である。3つ目の人的資源は、データ分析の能力や分析結果を深く解釈し、他の経営資源をうまく結合しながら経営行動として具体化する能力である。先に述べたように、データの収集・加工・分析・分析可視化の技術やサービスは市場取引が可能であるため、他社も同様の技術やサービスを入手可能な中でそれら技術やサービスの利用から競争優位性を得るためには、2つ目の無形資源と3つ目の人的資源が重要である点に特に注意したい。

 興味深いことに、従業員は(広く、消費者も)、新しい仕事の方法に直面したとき、その方法がたとえ有益だったとしても、その方法を採用することに抵抗する。この抵抗は、その方法の有益さを理解できないことや、その方法が自分の仕事のパフォーマンスを下げてしまうのではないかと心配すること、そして、従来の方法から新しい方法に変更するコストを過大に見てしまうことなどが原因である。このような抵抗を取り除き、データ分析を進め、それを事業創造や経営管理の見直しに活かすためには、組織内での共通言語の獲得や徹底した可視化が必要である。

 データ分析を経営行動に具体化する場合、データ分析結果がどのような現実を示しているのかということを解釈し、具体化に必要な資源を集め、結合し、実装しなければならない。経営資源は組織内に散らばって存在し、多くの場合、各機能部門(事業部制組織の場合、事業部)にひもづいて蓄積されている。つまり、データ分析を経営行動に具体化する場合、異なる小組織に存在する資源を探し、集め、結合しなければならない。具体的には、「このような分析結果が得られたが、これは○○○として具体化し実装できそうだ。具体化するためには、A部門にある□□□(資源)とB部門にある◇◇◇(資源)を用いるとできそうだ」といった具合である。組織は様々な機能部門で構成されているが、それぞれの機能部門は異なる思考や意味世界を持っており、観察可能なデータや利用可能な資源が異なり、専門性が異なる。それゆえ、データを収集し、分析し、分析結果を経営行動に活かそうとする場合、必要な資源を探し出し結合することは簡単ではない。なぜなら、先に述べた「抵抗」があるからである。何もしなければ、「何か面倒くさそうなことをやっているな」と多くの従業員に思われて終わるのがオチである。また、実装される側の現場の従業員も、「これまでの方法に慣れているのに、なぜ、わざわざ新しい方法に変えなければならないのかわからない」「新しい方法に変えるのは面倒だ」と思い、激しく抵抗するだろう。なぜこの分析が必要なのか、分析結果から得られたことを具体化するとどんな良いことがあるのか、それを具体化するにはどのような行動が必要なのか、といったことを理解してもらい、行動を変えてもらうためには、それらを伝える・受け取る共通言語や可視化の方法が必要である。

データドリブン組織を創るステップを考える

 データ分析を経営行動に具体化していく取り組みは、小さく始め、その適用範囲を徐々に広げていくとよい。データ分析を経営に活かすステップ1は、各部門に存在するデータ分析に理解がある従業員を構成員とした小さなチームで実験的に始めることである。この段階では、まずは「どのような問題を解決したいのか」という問題の定義や、その問題を解決するためには「どのようなデータが必要なのか」「どのような技術が必要なのか」を考える。この段階がなければ、そもそもデータ分析に注目しないし、データ分析の有用性を理解することがない。また、目的がなければただ闇雲にデータを集めることになり、「データを集めているけれども、集めているだけで使っていない」という使えないデータを集め続けることや、有用なデータかもしれないがデータが塩漬けにされることが起こる。実験的に始めて、小さく成果を出していくとよい。

 ステップ2は、データ分析の適用範囲を拡大することである。先に述べたように、人は新しい方法に抵抗する。人や組織は成功体験があるとその成功体験を生んだ方法の利益をより良く理解できるようになる。つまり、成功体験が共通言語として機能する。ステップ1で得た小さな成果を成功体験とし、その成功体験を基にデータ分析に関わる従業員の範囲を拡大していき、徐々に組織の規範や教育システムなどを創っていくことで、データ分析を経営行動に具体化することができる組織ができあがる。また、このような組織の仕組みを創っていく場合、トップマネジメントのサポートが不可欠である。新しい方法の導入や新しい組織への変更の際に、トップマネジャーはそれらの目的や有効性を従業員に明確に示す役割を担う。トップマネジャーが新しい方法に関与することで、その方法が従業員に受け入れられる友好的な環境が整えられる。

 ステップ3は、データ分析中心でものごとを考える組織に作り変えることである。データ分析の有効性が組織に浸透したとしても、データ分析結果を具体化するために必要な資源をすぐに利用できる組織になっているとは限らない。また、導入したデータ収集・加工・分析・分析結果の可視化の技術やサービスは、使い続けることで学習し、新たな方法が創られることがある。先に「技術やサービス自体は誰でも市場取引が可能」と述べたが、このような習熟こそがビッグデータ分析能力であり、競争優位の源泉となる。

データドリブン組織を創ることを考える2つの視点

 最後に、データ分析を経営行動に具体化していく際に乗り越えるべき問題とその解決を考える2つの視点を整理しておこう。

 データ分析を含めた組織のIT利用に関する研究は、2つの視点で進んでいる。1つはITユーザー(または、ITクライアント)の視点、もう1つはITベンダー(または、ITサプライヤー)である。例えば、あるITユーザー企業が顧客の潜在的なニーズやこれまで捉えていなかったセグメント構造を明らかにして新たなサービスを提供できないかと考えるとき、どのような技術を持つITベンダーがいて、そのITベンダーとどのように協力してやっていけばよいのかを考える。一方、ITベンダーは、自社の技術やサービスを用いてどのような企業の困りごとを解決できるか(時に、それら技術やサービスを最小限の変更で提供するか)を考える。これまでの研究で得られている結論は、ITユーザーとITベンダーの間には乗り越えるべき文脈の谷(産業、組織、事業、専門性、といった違いが生む大きな文脈の違い)があり、文脈の谷を乗り越えそれぞれがうまく行われるための組織能力が必要である、ということである。

 文脈の谷を乗り越え、導入した技術やサービスを経営行動として具体化するためには、技術やサービスをITユーザーの文脈下で機能させるための組織能力が必要である。文脈の谷を乗り越えるための組織能力は、ITユーザーとITベンダーで少し異なる。ITユーザー視点は、ITユーザーがデータの収集・分析・分析結果の可視化を行う技術を探索すること、取り込んだ技術を自組織に合うように調整すること、分析結果を経営行動に具体化する際の資源の探索や結合、などがうまく行われるための能力が必要である。ITベンダーは、ITユーザーが抱える問題を特定・解釈し解決策を提案することや、ベンダーが持つサービスをユーザーの組織や保有資源(例えば、ヒト・モノ・カネ・情報・個人と組織の能力)に合うように調整することなどがうまく行われるための組織能力が必要である。

 第113回ワークショップでは、ITベンダーとITユーザーの視点で、データ分析を経営に活かすとはどういうことか、データ分析を経営に活かす際にどのような難しさに直面するのか、その難しさを乗り越えるためにどのような組織的な取り組みを行っているのか、といったことを学ぶ機会となった。


<参考文献>
   森村文一(著)『ビックデータ分析能力 ビッグデータ時代のマーケティング組織と意思決定メカニズム』千倉書房 2024年