プロフェッショナルの仕事術
中堅半導体メーカーが海外市場で生き残るための経営戦略とは
~経営戦略の入口に立つべく、MBAへの挑戦~

<略歴>
2004年 明治大学経営学部経営学科修了
2004年 ローム株式会社 入社
2022年 神戸大学MBA修了
◆神戸大学MBAを志望した理由
私は大学卒業後から営業畑を歩み、日本国内の営業を7年間、海外の営業を13年間務めてきました。実際に現場の営業担当やグループを率いるマネジャーを経験してきたなかで、自身の内にある大きな問いが芽生えてきました。それは、「自社が進むべき道はどのようなものなのか」ということでした。
特に海外での駐在経験は私にとって大きな転機となりました。2015年から4年間のドイツ駐在時に、海外ではまだまだ知名度の低い当社が、海外の名だたる大手競合と対峙する貴重な経験ができました。製品ポートフォリオ、プライシング、マーケティングといったさまざまな点で、大手競合との差を感じながらも、自身が的を絞った「局地戦」では成功を収めることができました。ただし、それは属人的な部分も大きく、再現性の低いものと言わざるを得ず、課題感を持って日本に帰国しました。
近年、国策の一部と位置づけられるようになっている半導体業界では、M&Aが活発に行われ、淘汰が加速しています。そういった環境下で、中堅半導体メーカーである当社が歩むべき道について、視座を上げて経営戦略を考えていきたいと思い神戸大学MBAを志願しました。
◆業界および自社の現況
コロナ禍での半導体の供給逼迫が世界的に大きく報じられたように、半導体業界は大きな注目を浴びています。地政学リスクの観点からも、米国やEUをはじめとした主要各国は自国内でのサプライチェーンを確保すべく、米国の「CHIPS法[i]」のように半導体の生産能力拡充のために多額の政府補助金を支援する法律が成立されています。
この動きのなかでも近年、特に注目を集めているのがパワー半導体です。パワー半導体とは、電力の制御や変換を行う半導体の総称で、高い電圧や大きな電流の制御や変換ができる半導体を指します。具体的には、EV(電気自動車)のトラクションインバータ[ii]の小型・軽量化や太陽光発電の高効率化に貢献します。つまり、パワー半導体はカーボンニュートラルに密接に関わる重要なデバイスとなります。

出所:ローム株式会社
このパワー半導体の分野では、ロームも存在感を増してきており、SiC[iii](シリコンカーバイド)やGaN[iv](窒化ガリウム)で市場参入しています。特に、2023年12月には東芝傘下の東芝デバイス&ストレージとのパワー半導体の製造連携に共同で申請していた計画が経済産業省に認定されており、パワー半導体の生産増強に向けて国からも支援を受けることになっています。「グローバルメジャー」と呼ばれる海外の大手競合も各国政府の支援を受けて、生産増強に踏み切っており、まさに生き残りをかけた熾烈な競争が世界で繰り広げられています。
◆現在の仕事で心掛けていること
2024年4月からは海外営業本部に新設された組織で新たな役割を担っています。これまでは地域別の販売組織で運営されていたのに対して、この新設の組織では従来の地域別組織に加えて横断で海外の市場を見ることによって、海外市場での飛躍的な成長のために全体最適になるような戦略を立案することがミッションになっています。
上述のパワー半導体は、会社のトップラインを引き上げる起爆剤になり得る可能性を大いに秘めています。しかし、ボトムラインを支えるのは、当社がもう一つの注力分野と据えているアナログ半導体であると考えています。アナログ半導体は、電気信号(アナログ信号)を処理・制御するためのもので、パワー半導体の駆動制御するデバイスも含まれます。アナログ半導体は、これまでの経験やノウハウを蓄積させて、いわば職人的に特性を追い込んでいくものであり、長く技術を培ってきた当社の知見が活かせる領域となります。
海外市場で勝ち残っていけるように、グローバルな視点で、成長分野を特定し、競合を分析し、強みのある製品に的を絞ることが重要だと考えています。そこに自社の強みを掛け合わせることで、中堅半導体メーカーである当社が海外市場での勝ち筋を見出していきたいです。
◆MBAでの学びの活かし方
神戸大学MBAでの恩師である三品先生のゼミでは、毎回、ゼミ生と三品先生との間で熱い議論が交わされていました。われわれはそれを「スパーリング」と名付け、ゼミ生のそれぞれの所属企業が抱える経営課題に対して交わした議論は今でも貴重な経験で、良い想い出となっています。そのような体験ができるのは社会人MBAならではだと思います。そのなかでも、今でも深く印象に残っているのが、以下のような文言です。
- 立場の上の人と会って、話をする。現場、現物、現実を見聞きすることが大事。「無理だろう」と思わないで、まずは飛び込む!これが将来に向けた貯金となる。
- 対象を絞れば絞るほどアイデアが出る。いろんな現場に行って世の中がどうなっているか自分の眼で観察するのが一番となる。家と会社の往復では良い案は出てこない。
- 現在進行形の変化を敏感にとらえることが重要となる。その変化も大きなものから小ぶりなものまである。潮目が変わる兆候を事前に察知して、そこにいかに手を打てるか。「何かが落ちれば、何かが上がる」という視点を持つことが重要である。
- 経営戦略では、「事業部のシナジー」と言っている時点で負けている。本当の経営戦略は、具体的な事業の組み合わせを明示して方針を出すことである。
- 本来の経営戦略は、具体的にやることを決めて、需要を精査して、目標を決めて、ヒトとカネを配分することである。
見出しに記載した「中堅半導体メーカーが海外市場で生き残るための経営戦略とは」は、私が修士論文のテーマにした内容です。それが今の業務に直結し、会社の業績や今後の方向性にも大きく影響を及ぼすものになっています。MBAでの学びを活かし、所属企業だけでなく社会にも貢献できるように、これからも日々の研鑽を積んでいきたいと思います。

三品ゼミでの集合写真
[i]CHIPS法:「CHIPS and Science Act」のことで、米国政府によって半導体製造を財政支援し、自国内でのサプライチェーン確保や雇用創出を目的とするもの
[ii]トラクションインバータ: EVに搭載しているバッテリーからの直流(DC)を交流(AC)に変換して、モーターを駆動させるための装置
[ⅲ]SiC (シリコンカーバイド):シリコン(Si)と炭素(C)で構成される化合物半導体で、「高電圧」、「低オン抵抗」、「高周波駆動」の特徴がある
[ⅳ]GaN (窒化ガリウム):ガリウム(Ga)と窒素(N)で構成される化合物半導体で、SiCと比べ「高電圧化」には劣るものの、「高周波駆動」やコスト面で利点がある
