金賞
建設業の人材定着マネジメント 
ー建設業特有のものづくりプロセスと離職に関する研究ー

 

 

秦 真人

(朝日土木株式会社 / 京都大学大学院工学研究科博士後期課程)

 

1.本研究の主題とアプローチ

 今建設業界では仕事に対する強い想いを持ちながらも、離職を選択する従業員が増加している。その離職要因を特定し、離職につながる人材マネジメントの課題を解決することで、従業員に長期的にパフォーマンスを発揮してもらうことが企業の持続的成長のためには極めて重要である。

 本研究の目的は、仕事に対する高い意欲を持った従業員の離職要因を特定し、それらを構造化することで、労働者の意欲と離職のつながりを明確化することである。

2.建設業のものづくりにおける創発的性質

 藤本(2015)は、建設業の特性としてその創発性をあげる。創発性とは、部分の単純な足し算にとどまらない全体の性質のことであり、部分の革新性と機能の全体的な首尾一貫性、その調整・統合が高いレベルで実現していることが、より良いサービス[1]の提供につながるとしている(藤本, 2015, 15頁)(図1)。アーキテクチャ[2]の観点では、建設物はインテグラル[3]な人工物の代表であるとされ、「可能な限り多くの要素を総括的に考え、最高のパフォーマンスを出そうとするインテグラルな考え方」(藤本, 2015, 260頁)が建設ものづくりの前提となる。建設業ではつくり方のプロセスそのものが企業ブランドの優位性や製品の価値創造に大きな影響を与えるため、設計・施工期間にいかにその創発性を担保するかがマネジメントを考える上でも重要な課題となる。

 

3.離職と自己/他者の心理的活性化に関する研究の系譜

 離職に作用する要因は複雑であり、既存の構成概念では十分に説明できていないため、探索的レビューにより有効な概念を考察した。本研究では、リテンション・マネジメント[4]、自己に対する心理的活性化(主にワーク・エンゲイジメント[5])、他者に対する心理的活性化(主に組織市民行動[6]・文脈的パフォーマンス[7])に関する先行研究をレビューし、その問題点や残された課題について検証した。

 リテンション研究では、行動アプローチや組織と強い結びつきを感じられるような作業プロセスの構築、メンバー間の関わり合いを強めるチーム中心の組織設計が人材定着に正の影響与えることが示されている。また、他者との関わり合いが創発性を生み出す建設業では、個人の認知や経験から生まれるエンゲイジメントを高めるだけでは、組織的な成果向上に対して十分ではなく、同僚やチームを介して間接的に成果を向上させる関わり方が人材定着に正の影響を与える可能性が示されている。そこで、自己に加えて他者に対する心理的活性化を強めることが、インテグラルなものづくりにおける創発性を高め、人材定着につながるという初期仮説を設定した(図2)。

 以上を踏まえ、リサーチクエスチョン(RQ)を以下のように設定する。

RQ1
建設業において、仕事に対して強い想いがある人材が離職を選択するのはなぜか。

RQ2
建設業の職務特性において、離職意思を抑制する要因は何か。

RQ3
離職意思を抑制するためには、組織はどのような働きかけを行う必要があるか。

 先行研究から、自己に対する心理的活性化だけでは個人の成果のみが最大化され、偏った自己効力感の高まりから離職意思へとつながるエンゲイジメントの悪影響が示された。あるべきものづくりの流れは、自己に対する心理的活性化に対し、仕事の成果につながる他者との関わり方が媒介することで、全体の成果を最大化することである。その結果、チームへの帰属意識が生まれ、組織への定着につながるという分析枠組みを設定した(図3)。

 

4.離職意思の抑制と人材定着に関する分析方法

 調査対象は、総合建設業のトップランナーであるA社と、地方ゼネコンのB社とする。A社で起きている問題を業界全体の課題として捉え、自社B社のマネジメントに展開する。分析方法は以下の手順で行った(図4)。

 まず、半構造化インタビューによる質的研究から離職要因を整理し、分析フレームワーク(図7)と仮説の導出を行った。次に、アンケート調査を実施し、定量データによる統計的な仮説検証を行った。そして、その結果に対して更なるインタビューを実施し結論を導いている。

 

5.分析結果と考察

5-1. 分析結果:定性調査

 インタビュー対象はA社の離職者8名、離職意思が高い従業員5名、低い従業員4名の計17名である。分析では、インタビュー内容を逐語化した上で共通項やキーワードを見つけて概念化し、その上位概念となるカテゴリーを生成して関連性を見出す作業を繰り返し行い、以下の結果を得た(図5)。

 

 結果として、個人の専門性を発揮しながら全体の成果を最大化していく他者との関わり合いのプロセスが機能していないこと、すなわちものづくりの創発性の不足が離職に影響していることが明らかとなった(図6)。

 

 さらに、キーワードとして抽出されたものづくりのポジティブな側面である「創発性」を深堀りし、生成したカテゴリーを構造化した上で、創発行動が起こる要因とその結果を分析フレームワークとして整理した(図7)。

 

5-2. 分析結果:定量調査

 上記を検証するために、A社従業員91名に対しアンケート調査を実施した。調査では、概念ごとにShimazu et al.(2008)やMeyer, Allen, & Smith(1993)などの尺度を活用し質問票を構成した。得た回答に対し、設定した質問項目の探索的因子分析を行い、従業員の行動を説明する合成変数を特定した。そして、信頼性分析を実施した上で重回帰分析を行い、概念ごとの影響を確認した結果が以下の通りである(図8)。

 

 分析フレームワークによる仮説は支持され、他者への思いやりといった配慮行動と比較し、全体の成果に直結する創発行動がチームへの定着意思に有意な強い正の影響を与えることが示された。さらに、創発行動に着目したインタビュー調査から行動の分類を行い(図9)、それらを踏まえた詳細分析フレームワークとして重回帰分析を行った結果が以下の通りである(図10)。

 

 

 これにより、創発行動(創造型)がチームへの愛着に、創発行動(成果追求型)がものづくりへの責任感に強い影響を与えることが示された。また、思いやり行動のような単純な配慮行動は、場合によってはチームへの愛着やつくるものへの責任感に負の影響を与えることが示唆された。RQの検証結果は以下の通りである。

RQ1:協創に対する認知と自己の専門性の不足により、ものづくりの創発性が発揮されず、従業員の離職を誘引している。

RQ2:ものづくりの成果に直結する創発行動が行われることで、チームへの愛着や責任感が促進され、その結果として組織への定着意思が高まる。

RQ3:製品の創発的な性質をベースとした他者との関わり方を組織がデザインし、全体の中で部分の役割を知覚的に発揮できるマネジメントが必要である。

6.自社の人材定着マネジメントへの適用

 以上の結果を、B社のマネジメントに落とし込むことが本研究の着地点となる。A社と同様の調査・分析をB社に対して実施し、各概念を構成する記述統計量からその従業員の特性を比較検討することで、取るべき施策を考察した。

 B社の従業員は、組織への愛着や帰属意識が低い反面、仕事への責任感が強く、会社への貢献意欲が高い。しかし、それだけでは組織定着につながらないことは先行研究が示している。B社ではものづくりの成果にチーム協創が重要であることは認知されているが、行動が伴わない点が問題であり、仕事への責任感の高さを基盤とした他者への行動を促す制度や組織風土の構築が重要となる。

 以上から、上位組織はプロジェクトの取捨選択や創発行動に対する評価制度の構築を通して、創発的な環境の構築が求められる。管理職は創発性によって高まる全体の成果を正しく認識し、成果の最大化につながる創発行動を促進することが重要となる。個々のメンバーは、部分としての専門性を高め、組織の中で果たす役割を理解することで、組織全体に創発行動を伝播していくことが重要である(図11)。

 

7.結論とインプリケーション

 本研究でテーマとなった創発的に働くということは、仕事そのものの性質に対する理解を高め、全体の成果にコミットした人との関わり合いを強めることである。その関わり方が適切であるほど仕事の成果は向上し、従業員は自身が尊重され、チームの一員として所属している感覚を得ることができる。そのようなチームを組織的に生み出すことが、長期的な人材定着につながることが本研究で示された。

 創発行動の目指す先は、組織の成果を通じて人との関わり方を考えることであり、評価制度などはあくまで手段に過ぎない。仕事と個人の特性を理解し、全体の成果につなげる創発的な関わり合いを生み出す組織・チームをつくっていくことが、建設業のものづくりのあるべき姿であり、今後の企業成長や業界の栄枯盛衰を担う重要な視座であるといえる。


[1]藤本(2015)によると、サービスは建築の機能として定義され、建物が持つ利便性・快適性・安全性などの種々の利益が含まれるとしている(藤本, 2015, 140頁)

[2]人工物の機能設計要素と構造設計要素のつなぎ方、あるいは対応関係に関する基本構想のこと(藤本, 2015, 56頁)

[3] 設計要素間の関係が複雑で、「①機能要素と構造要素が多対応の形で複雑に絡み合っており(Ulrich, 1995)、②構造要素間の相互依存性が高く、③機能要素間の相互依存性が高い」(藤本, 2015, 29頁)アーキテクチャのことをいう

[4] 山本(2009)によると、リテンションとは「従業員を組織内に確保する(引き留める)こと」であり、リテンション・マネジメントとは、「高業績を挙げる従業員が、長期間組織にとどまり、その能力を発揮できるようにするための、人的資源管理施策全体」と定義されている(山本, 2009, 14-15頁)

[5] Schaufeli, Salanova, González-Romá, & Bakker(2002)によると、ワーク・エンゲイジメントとは、活力(vigor)、献身(dedication)、吸収(absorption)を特徴とする、前向きで充実した仕事に関する心の状態と定義される

[6] Organ, Podsakoff, & MacKenzie(2006)によると、組織市民行動は「自由裁量的で、公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識されないものであるが、それが集積することで組織の効率的及び有機的機能を促進する個人的行動」(Organ et al., 2006, p.8, 翻訳9頁)と定義される

[7] チームの同僚やチーム全体の成果向上に寄与する協力行動(古川ほか, 2010, 131-132頁)


<参考文献>

    • 藤本隆宏・野城智也・安藤正雄・吉田敏編著(2015)『建築ものづくり論 Architecture as “Architecture”』有斐閣
    • 古川久敬編著・柳澤さおり・池田浩著(2010)『人的資源マネジメント 「意識化」による組織能力の向上』白桃書房
    • 山本寛著(2009)『人材定着のマネジメント ―経営組織のリテンション研究』中央経済社 
    • Meyer, J. P., Allen, N. J., & Smith, C. A. (1993).“Commitment to organizations and occupations: Extension and test of a three-component conceptualization,”Journal of Applied Psychology, 78(4), pp. 538-551. doi:10.1037/0021-9010.78.4.538
    • Organ, D. W., Podsakoff, P. M., & MacKenzie, S. B., (2006) Organizational Citizenship Behavior, the United States, London, &Delhi: Sage Publications(上田泰訳『組織市民行動』白桃書房 2007年)
    • Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002) “The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach,” Journal of Happiness Studies: An Interdisciplinary Forum on Subjective Well-Being, 3(1), pp. 71-92. doi: 10.1023/A:1015630930326
    • Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Kosugi, S., Suzuki, A., Nashiwa, H., Kato, A., Sakamoto, M., Irimajiri, H., Amano, S., Hirohata, K., & Goto, R. (2008). “Work engagement in Japan: Validation of the Japanese version of the Utrecht Work Engagement Scale,”Applied Psychology: An International Review, 57(3), pp. 510-523. doi:10.1111/j.1464-0597.2008.00333.x