プロフェッショナルの仕事術
VUCAの時代に適したイノベーション創出

  • 田島 カルロス (三菱重工業株式会社)

<略歴>

2001年 福井大学大学院工学研究科博士前期課程修了(機械工学専攻)

2001年 三菱重工業株式会社 入社

2022年 神戸大学MBA修了

 

◆神戸大学MBA志望のきっかけ

 私は学生時代からエネルギー分野に関心があり、発電プラントメーカーである三菱重工に入社し原子力発電プラントの基本計画や設計業務を担当しています。エンジニアの立場で神戸大学MBAを志望したきっかけは、未来予想が難しい状況で独学による新事業創出に限界を感じたためです。

 私が担当する発電事業は、大震災による原子力発電プラントの停止や脱炭素化の潮流などの様々な要因により事業環境が激しく変わり、未来予想も難しい状況が続いています。日本では総発電量の約8割が化石燃料を用いる火力発電由来ですが、脱炭素化に直面し設備投資は滞り燃料価格も世界情勢の影響で大きく変動します。発電方式には火力発電以外にも、原子力、再エネ(太陽光、風力、水力、地熱)などがありますが各々に課題があります。これら課題の解決には新たなイノベーションの創出が必要不可欠です。

 この状況を受け2010年代半ばに新事業を創出する社長直轄プロジェクトが立ち上がり、私はプロジェクトメンバーに選ばれました。このプロジェクトは、まさに神戸大学MBAの「プロジェクト方式」と似たカリキュラムで、全社から多様な職種かつ各年代のメンバーが集まり、チーム毎に事業アイデアを検討する社内コンペ形式でした。我々の事業アイデアは勝ち残り具体的なF/S(Feasibility Study)に進みましたが、最終的には事業化できませんでした。振り返ると改善すべき点はいろいろありますが、ここで得た素晴らしい経験と悔しさを活かして新事業創出に再挑戦したい気持ちが強くなり神戸大学MBAを志望しました。

◆MBAでの学び

 神戸大学MBAは入学前の期待を大きく超えるものでした。「知の巨人」である先生方の講義は、まさに目から鱗が落ちる体験の連続で「視野の広さ」と「深い思考」の大切さを再認識しました。多種多様な価値観を持つ個性的かつ魅力的なMBA同期生からは、様々な刺激や気付きを得ました。その中でも一番印象に残っているのは「情熱を持って自ら仕掛けることが大切」という気付きでした。

 MBA入学前は与えられた事業環境の表層に着目し、自らの行動や思考に制約を設けて社会課題を捉えていました。しかしながら、高い価値を生む本物の事業は表層に着目するだけでは創出できるはずもなく、自分達が信じるストーリーを社会に受け入れてもらえるように情熱を持って自ら仕掛けることが必要不可欠です。

 世の中には一見すると非合理に感じる事案がたくさんあります。しかし、これらの事案は別の価値観を持つ立場からみると合理的である場合もあります。脱炭素化を目指す社会を考えても各国の利害は異なり、各々に自国が有利になる法律や規制を立案し続けています。これらの動向に迅速に対応することも経営としては大切ですが、自ら仕掛けて得意な環境で戦う方がより有利であることは明らかです。そのためには国や企業を越えた仲間作りが大切です。また自ら仕掛けるストーリーはファクトに基づいた本物でなければなりません。

チームクアトロ(MBA同期)メンバーとの修了式の様子

◆学びの実践

 MBA修了後は習得した知識や体験のおかげで視野を広く持つことが無意識にできるようになり、原子力の既存技術や開発中の新規アイデアを他分野にも適用するために深く思考するようになりました。

 新たなイノベーションの創出に必要なことは、自らが解決しうる重要な社会課題を探索して自らの仕事に実装していくことだと考えています。ただし、誰でも理解できる目の前の課題に着目するのではなく、将来に起こり得る課題を予見することが大切です。しかし、発電プラントは製品ライフサイクルが約50年と長く、遠い未来の予測は簡単ではありません。よって、製品や技術は世界動向の波に乗り、ピボットを踏める準備が必要です。化石燃料と再エネ由来の代替燃料(水素やアンモニアなど)の両方に対応できる製品などが良い例です。実際、将来に水素利用に転換できる製品は、天然ガスの大幅な高騰により高効率の火力発電設備に更新したい発電事業者の有力な選択肢になりました。

 

発電船(浮体式LNG発電設備)を用いた事業モデル(出所:三菱重工)
(MBA論文で『需要に合わせて移動できる利点』に着目した事業化を検討)

 今、原子力の分野でも政府主導で次世代炉の開発を進めています。次世代炉は数十年後の稼働を目指していますが、マーケット規模の予測はとても難しく優れた技術でも投資回収予想は不明瞭です。ここで重要になるのが「視野の広さ」と「深い思考」です。原子力は信頼性と安全性を重視した多種多様な技術の集合体であり、その技術を他分野に適用することは様々な恩恵をもたらすポテンシャルがあります。特に次世代炉の開発では、新しい技術がいくつも開発されています。次世代炉に携わる多数のエンジニアが他分野の社会課題も視野に入れて文脈的両利きの立場で広域探索を行い、イノベーションを創出すれば早期の社会実装にもつながります。私はこの点に注力してMBAでの学びを実践しています。三菱重工が持つコングロマリットの強みを活かせれば、エネルギーサプライチェーン全体の最適化と柔軟性を兼ね備えたイノベーションも創出可能だと考えています。

ナトリウム冷却タンク型高速炉(経済産業省委託事業研究成果を含む)(出所:三菱重工)

 

◆これから

 このビジネス・インサイトNo.125が発刊される2024年4月は、日本政府が主導するGX(グリーントランスフォーメーション)の活動が本格的にスタートする節目の年度始まりです。このGXの活動を通して本物の価値を世界に示せるか、日本の企業にとって勝負の時機です。同時に世界各国との協力関係を構築していくことも大切です。世界情勢が不安定で未来予想が難しいVUCAの時代だからこそ、世界全体を見渡した視座で高い価値を生む本物の事業戦略が求められます。そして本物の事業戦略を探索して実現するための技術や実行するヒト、モノ、カネも必要です。まずは、自分の周りからできることを一歩ずつ確実に実行していきたいです。“Stay positive, keep creative.”の気持ちを大切に恵まれた仲間と一緒に楽しんでいきます。


[*1] VUCA:Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取ったもの。未来予想が難しい現代の特性を表す。

[*2] 新型軽水炉(SRZ-1200)、小型炉、高温ガス炉、高速炉、核融合炉など