解題
経営学と脳科学
MRI(Magnetic Resonance Imaging)を使ったら見えてくる将来
第112回ワークショップは「経営学と脳科学 -MRI(Magnetic Resonance Imaging)を使ったら見えてくる将来-」と題して、表面上は全く関係がないと思われている二つの研究領域、つまり経営学と脳科学が、どのような関わりを持ち、結びついているかを紹介する。脳科学は、筆者の研究領域である会計学とは全く違う研究領域である。会計学は、経営学の一部であり、脳科学からいろいろな知識を得ることはあっても、脳科学に影響を与えることなどできないかもしれない。とはいえ、会計学が脳科学のどの領域のどの部分の知識を参考にしているかを取り上げることで我々の知見は広がるだろう。脳科学自体も発展し続けている領域である。今回のワークショップでは、その部分にも触れていただき、本題に少しでも迫っていただきたい。
MRIとは、どんな装置か
今回のワークショップでは、Magnetic Resonance Imaging(以下、MRI:磁気共鳴画像)で捉えられた画像をいかに研究に用いるかについて議論した。
MRIとは非常に強い磁石と電磁波を利用し、人体を任意の断面(縦・横・斜め)で画像表示することができる検査機器である。磁石を用いて検査を行うため、放射線被ばくの心配がないことが特徴である。 
図表1は、玉川大学に設置されているMRI装置である。玉川大学は医学部を持っていないが、MRI装置を持っている。つまり、MRIは医学の分野だけで使用されているものではない。人間ドックや脳ドックでMRI検査をされた方も読者の中にはいるかもしれないが、MRIを利用した研究は、医学分野での本来の研究から経済学や心理学まで、様々な領域で行われている。
本ワークショップは「経営学と脳科学」が主題なので、脳のMRIについて説明しよう。被験者は、手前のベッドに仰向けに、かつ頭を丸い装置の中に向けて、寝た状態で脳の断面を撮影する。すると、図表2のように、脳を水平にスライスするような形で画像が出力される。図表2では12枚にスライスされた状態だが、枚数は、医師の判断によって異なるし、装置の磁力の強さによっても異なる。図表3は、スライスされた脳の断面を一覧になるように並べた画像だが、これらの画像を使って、それぞれの分野の仮説が検証されるのである。


構造画像と機能画像
今回のワークショップでは、山地秀俊先生には、機能画像を使った研究について、山川義徳先生には、構造画像を使った研究についてお話しいただいた。それぞれが異なった問題領域で、それぞれに重要な検証を行っている。
2-1 機能画像を使った検証
機能画像は、脳の中に何らかの情報が入ってきた時に、ある特定の部位はどのように変化するか、いわゆる機能や作用を活発化する賦活量を分析する。例えば、海馬(Hippocampus)にどれくらいの水素が集まってきているかが画像で表示される。撮像された画像は、検証時には図4のような3D画像に組み立てられる。赤い部分は、血液の中の水素が多く集まっている箇所となる。 
我々は、「被験者が目で見たものが、脳の中で処理されている」と仮定している。つまり、被験者に対して見せる映像=「映し出された映像」が目から脳に移って、「脳の中で写っている映像」になり、それが「脳の中で水素が集まっている領域」となって、図表4のように「赤く示されている領域」として表れるのである。経営学のどの分野の検証でも、同じような過程をたどる。では、こういった検証のプロセスは、経営学の研究手法とどう異なっていて、どう似ているのだろうか。
MRI装置に入った被験者に経営に関わるある現象を見せるという実験を考えてみよう。その映像は「遠い将来に企業の利益に影響を与える」という映像と、「近い将来の利益に影響を及ぼす」映像の二通りを用意する。この二つを、何度も繰り返して、被験者に見せ、その時に、脳の中で何が起こっているかを観察する。脳の中の賦活領域Aが、遠い将来の利益に影響がある映像を見た時だけに確認されたとすると、賦活領域Aは、遠い将来の利益に関係すると類推できる。
このように、MRIを用いた実験では、ある現象に対する脳の反応を調べることになる。一般的に、経営学では、様々な経営現象に人がどのように反応するかを調べることになる。その反応は、個人の行動だったり、組織の行動だったり、集団の行動の集積としての株価だったりするが、インプットとアウトプットの関係を調べているという点では同じなのである(図表5)。 
今回は山地先生に、会計ルールや原則はどのように形成されるのかという課題に対して、脳実験を用いてアプローチしていただいた。会計を用いて財務の観点から企業を維持する際に、試行錯誤を繰り返し、妥協した結果、社会的制度としての会計ルールや原則が脳内で形成される。ただし妥協といっても会計制度形成に関わるすべてがメリットを得る妥協だけではなく、関わった中には、相対的に損をするものも出る妥協もありうる。戦後日本の企業会計制度も、日本的経営の普及に伴って妥協的に形成されていったことを説明し、その過程で脳がどのような働きをしたかについても解釈いただいた。
2-2 構造画像を使った検証
脳科学研究は、十数年前から米国や欧州などで医療分野や軍事分野への応用が始まった。図表3のようなMRI構造画像をもとに、医療診断だけでなく、脳の健康維持・増進の研究が進められている。山川先生の講演では、世界で初めて本格的に始められた脳科学を脳の健康へ活かす取り組みや、「BHQ(Brain Healthcare Quotient)」と名付けられた脳の健康管理指標の国際標準化への実現のプロセスをお話しいただいた。また、現在取り組まれているBHQを起点とした産学連携コンソーシアムや実際に取り組まれている事例紹介などもお話しいただいた。
脳科学と経営学のコラボレーションは、始まったばかりである。そこから、どのようなことが期待できるのか。ワークショップ後半の質問会では、参加者からの質問に答える形で、講演で話しきれなかった具体的なお話も紹介いただいた。開催記録とあわせて、ぜひご高覧いただければ幸いである。
<参考文献>
● 根本清貴(編著)『すぐできるVBM ―精神・神経疾患の脳画像解析―』、2014年、秀潤社
