プロフェッショナルの仕事術
経営に資する実践力が身に着くMBA

  • 秋山 政泰 (センコーグループホールディングス株式会社)

<略歴>
1989年 早稲田大学第二文学部 卒業
1989年 センコー株式会社入社
2017年 センコーグループホールディングス株式会社(出向)
2021年 神戸大学MBA 修了

 

◆神戸大学MBA入学のきっかけ

 センコー株式会社(以下、センコー)は総合物流企業です。私は現場に近い管理部門から社会人生活をスタートさせ、物流センター長を経験後、入社18年目の課長昇進と同時に本社教育部門に配属されました。配属後約10年経過したころに、過去から行われている社内教育の踏襲や発展では、単なる自己流に過ぎないと考え、社会人教育の基本知識を得るために慶応丸の内シティキャンパスで中原淳先生(現 立教大学経営学部教授)が主催する、ラーニング・イノベーション論(以下、LIN論)の第8期メンバーとなりました。MBA修士論文に取り上げた「管理者コーチング(1on1)[1]」について学んだのもこの機会でした。

 LIN論修了後、興味を持ったコーチングの資格取得情報を収集し始めた際、LIN論の同期生からコーチ・エィの営業担当者(後日、神戸MBA「コーチング」講師として再会)を紹介されました。彼自身も神戸大学MBA修了生で、一冊の本(神戸大学ビジネススクールで教える コーチング・リーダーシップ[2])を手渡され、MBAの入学チャレンジを促されました。しかし、MBAに興味がありながらも、50代半ばの年齢も考え、チャレンジできずにいました。

 2019年4月に開催された神戸大学MBA創立30周年記念シンポジウムへ参加した際、修了生の熱気と連帯感、また世間では「学び直し」が話題になる時期とも重なり、還暦前までの修了を決意し、翌2020年にチャレンジし入学を許されました。

◆MBAでの研究テーマ

 入学3年前の2017年、弊社は創業100周年を機に、センコーを含む120社あるグループ企業を傘下におさめるセンコーグループホールディングス株式会社(以下、センコーG)へと移行しました。私の所属する人材教育部もセンコーGへ移管され、グループ全体を対象とする教育部門への変化を求められるようになりました。

 私は教育部門長として、新たに生まれたグループ経営理念「人を育てる企業」を実現するため、「上司の部下成長支援」の場である、1on1を導入したいと考えました。

 そこで、まずはセンコーで成果を示すことが、グループ内展開の早道と考え、2019年よりトライアル導入し、神戸大学MBAには「1on1を通じた部下成長」に関する研究計画書を作成し願書を提出。2020年度の社内調査結果を基に、「管理者コーチング(1on1)による個人・組織への影響」を修士論文として提出しました。

◆神戸大学MBAでの学び

 2020年入学組は、折からの新型コロナウィルス感染症拡大で、入学と同時にほぼ対面授業がなくなり、オンラインに切り替わりました。在宅の慣れないスタイルでの学習となりましたが、ケースやテーマプロジェクト、ゼミでは許される範囲の対面授業や訪問調査も行えて、毎回熱意ある仲間たちと切磋琢磨の場を持つことができました。

 授業や書籍で出会った「巨人の肩に立つ」やクルト・レヴィンの「良い理論ほど実践的なものはない」といった言葉は、特に印象に残っています。長い歴史を重ねてアカデミックの領域において明らかにされていることを、まずは信じて実践することが経営学を学ぶ意味であると感じました。また逆に、書籍やインターネット情報などの二次情報を安易に受け入れるのではなく、思い込みを排し、直接一次情報を入手するなど、現実を自ら把握する大切さも学びました。そのおかげで、たとえ面識のない方でも、必要であれば自らアポイントを取るなど、良い意味での貪欲さも身に付けることができました。

 何よりも一番の財産は人との出会いです。修士論文のご指導をいただいた松尾貴巳先生、統計ソフト操作を授業以外で支援してくれたゼミ仲間、睡眠時間を削りレポートを書く際に励ましあった仲間たち。熱意に溢れた方々との出会いがあってこそ修了できたと、感謝の気持ちでいっぱいです。

松尾ゼミ生の集合写真

◆学びの実践

 2019年に自部門の1on1を牽引する役割を担う社内認定コーチ(コーチング資格取得者)を10名誕生させ、MBAに入学した2020年よりコーチ配置部門をトライアル部門として1on1を社内でスタートさせました。

 コロナ禍でのコミュニケーション不足にともなう問題をチャンスに変え、1on1はトライアル部門で成果をあげることができました。翌2021年には5年間(2021~2025年度)かけてグループ会社へ展開することが、センコーG取締役会で認められました。また、MBA修了の翌月(2021年10月)には、グループ会社全経営層を集めた会議で研究結果をもとに1on1の効果を説明し、グループ内への周知もできました。

 現在は5カ年計画の3年目を迎えており、1on1導入企業・ペア数共に順調に拡大しています。今後は、量的拡大以上に「対話の質向上」に重点を置き、モデル職場を作るなど工夫することで、事業会社への1on1展開をさらに促進させていきたいと考えています。

社内の役員研修での一コマ

◆これからのチャレンジ

 2023年1月に還暦を迎えましたが、現在もMBA在籍時と同様にセンコーGの人材教育部長として、継続して課題に取り組んでいます。

 近年は人的資本経営(人材版伊藤レポート)やパーパス経営、ダイバーシティ&インクルージョン促進など「ヒト」に焦点を当てた経営が注目されており、弊社も「人材育成方針」を公表し、ますます人材育成部門の役割が重要になっています。

 また、ホールディングス体制への移行時に120社あった事業会社は、現在179社(2023年8月現在)、6年で約1.5倍となり、業種も多岐にわたるコングロマリット企業へと進化しています。こうした各事業会社をグリップし、経営の高度化を実現するためには、センコーG自身が、社内で一つになり部門の壁を越えた連携が必要と考え、2023年度よりセンコーGの組織開発に着手することとしました。多様性がある組織には、自ずと遠心力が働きます。その中で同じ組織としての求心力を働かせるためには、個人成長の人材開発(HRD)と同時に組織開発(OD)を両輪とした教育が必要だと考えたからです。

 次世代にたすきを引き継ぐ年齢ではありますが、組織開発については初学者。これからも、チャレンジャーとして、学び続けたいと考えます。そして、新しい取り組みに悩んだ際に頼れる存在が、神戸大学MBAの先生方、諸先輩、そして同窓生です。共に学び続けたいと考えています。

 
*ゼミをご担当いただいた松尾貴巳先生には、MBA修了後に物流部門長が管理する経営管理指標(KPI)について、梶原武久先生と共にご指導をいただいています


[1] 管理者コーチング(1on1):部下の生産性と学び(経験学習)の向上のため、上司と部下が、定期的に対話し、部下の振り返りを促すこと。専門用語では管理者コーチングだが、一般的には「ワン・オン・ワン」と呼ばれている。

[2] 伊藤守、鈴木義幸、金井壽宏(著)『神戸大学ビジネススクールで教える コーチング・リーダーシップ』ダイヤモンド社、2010年