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『進化するブランド』輪読会のご報告
現代経営学研究所では、神戸大学大学院経営学研究科教員による輪読会をZoomによるオンラインで不定期開催しております。
7~8月には、石井淳蔵名誉教授による「進化するブランド輪読会」を全5回、毎週月曜日の夜に開催しました。この輪読会では、栗木契教授が司会進行を担当されました。
所感を含め、実際どのように輪読会を開催されたのか、石井先生に寄稿いただきました。
輪読会を終えて
石井 淳蔵
今回の輪読会では、『進化するブランド:オートポイエーシスと中動態の世界』(碩学舎)を課題図書としました。12章立ての構成なので、抜粋した章について全5回開催しました。
1回目は、多くの日本企業はコーポレートブランドを大事にしてきましたが、それが世界からも注目を集め、その理由について様々に議論されている様子を扱いました。これが、課題図書の、出発点となる課題になります。
2回目は、その課題を検討するための予備作業として、ブランド論の骨格、とくにブランドのタイプについて議論しました。販促手段あるいは競争手段として用いられてきたブランドが、この30年ほどで「資産としてのブランド」の考えに変化していることを確認しました。
3回目は、阪急のケースを用いて、「ブランドらしさ」が骨格となって、ブランドが次々に異種分野に展開し発展していく様子を探りました。そして、「らしさ」を利用したブランド進化を巧みに自分のものとするために、会社としてどのような条件が必要になるのかを議論しました。
4回目は、こうしたブランドの現実に迫るべく、「オートポイエーシス」の理論を学びました。近年理論社会学分野において高い評価を与えられ研究が進んでいる理論ですが、「ブランドらしさ(あるいはスタイル)」を軸としてブランドが進化する姿を矛盾なく説明できる理論の可能性を議論しました。
5回目は、進化するブランドが、世界の他の国では存在せず、どうして日本の土壌で誕生し育ってきたのかに注目して、「中動態」の概念がひとつの有効な概念になるのではないかということを学びました。中動態とは、受動でもなく能動でもない「態(言語用法)」のことです。この中動態の用法は、英語やドイツ語などの欧米の言語では見られない用法ですが、日本では古代からずっと用いられてきています。それは、「起こりつつある現象(コト)」を捉えるために格好の用法です。日本人が、古代から俳句や短歌、小説など文芸作品を残してきたひとつの理由になるのかもしれません。そんなことを学びつつ、現代の日本の会社の経営やマーケティングに及ぼしている影響の可能性について議論しました。日本の会社の現場志向や自由闊達な全員経営志向は、この概念を外しては理解できません。日本の会社の失われた30年が議論されることがありますが、そこにはこうした志向が失われてきた可能性があるということなどを議論しました。
参加者の多くは本学MBAの修了生や在籍者でしたが、数名はMBAとは関係なく課題図書に興味を持ち参加された方もいらっしゃったようです。
毎回、前半は該当章について、私の方から簡単な解説を行った後、栗木契先生の司会で、受講者から実践例を紹介してもらったり、疑問点や意見を話してもらったりしながら進めました。
この5回の輪読会は、私にとっても大変楽しい時間になりました。日本的ブランディングについてのビジネスパーソンの方々の関心や課題を、生で知ることもできたことが大きかったです。
最後に、開催においてお世話になった栗木先生を含め現代経営学研究所の事務局の皆さんにお礼を申しあげます。

課題図書:
進化するブランド:オートポイエーシスと中動態の世界
石井淳蔵 (著)、碩学舎、2022年
参加者の声(アンケートより抜粋)
・オートポイエーシスや中動態は輪読会でなければ理解できなかったと思います。この日本の特徴をどう活かしていけるかを自問自答していきたいと思います。
・今に役立つことを訴求するあまり、同じことを繰り返すマーケティング領域・経営領域の書に少し興味を失っていた昨今。本書のような、そうであろうと認識していることを、いろいろな学問分野の知見を活かして論述した大著を輪読することにより、例えば比較制度論など、なじみのなかった領域を理解したり、「永遠の今」など、気にしていなかった領域に気づけたりすることができました。ありがとうございました。
・一人で読んでいると途中で止まってしまうことも多いのですが、こういうかたちで本を読むとすごくよくわかります。どういうことを思って書かれたのか、本からは得られない深さを感じますし、皆さんのお話を聞いていますと、多面的なところでなるほどと思うところがあります。この5回は、日々気がつかずにやっていることが、歴史哲学的なものに乗っているんだと根本にあるものを感じました。
・日本語のコピーライティングに、中動態の気配があることは以前から察しておりました。そこにオートポイエーシスという概念が入ってくることで、「そうか、そういうことだったか」と、先入観を打開するヒントとしての合点がいきました。社会の主体は、企業でも消費者でもなくコミュニケーションであり、そのコミュニケーションが企業と顧客の共創により濃密に価値化したものが進化型ブランドなのではないか、と感じざるを得ません。企業は顧客と社会のために何をなすべきかという検討は、いよいよ高度化してまいります。石井先生の「進化するブランド」は、そこに「ほら、ここにあるよ」と光をあてていただいたという気持ちがございます。
ご参加いただいた皆さまには、アンケートにもご協力いただき、この場を借りてお礼申し上げます。限られた時間の中で、発言できなかったことや石井先生にお伝えしたいことを凝縮してコメント欄に寄せていただき感謝申し上げます。
不定期にはなりますが、今後も輪読会を開催していく予定です。企画が固まりましたらご案内いたしますので、ご参加検討いただけますと幸いです。
