第110回 ワークショップ
コロナを機に国土が変わる、社会が変わる
―不動産と鉄道から見える人々の本源的需要―
講演
1.新型コロナと都市鉄道の通勤需要
―テレワークの視点から―
水谷 淳(神戸大学大学院海事科学研究科 准教授)
2.コロナ禍による鉄道需要への影響について
前田 勝氏(京阪電気鉄道株式会社経営企画部 部長)
3.コロナ禍の影響総括と近鉄グループが目指す社会
森本 耕司氏(近鉄グループホールディングス株式会社総務部(CSR)部長)
4.新型コロナウイルス 不動産事業に与えた影響
原 友哉氏(阪急阪神不動産株式会社開発事業本部開発推進部 課長)
パネルディスカッション
<パネリスト> 水谷 淳、前田 勝氏、森本 耕司氏、原 友哉氏
<モデレーター> 三古 展弘(神戸大学大学院経営学研究科 教授)
講演1 新型コロナと都市鉄道の通勤需要 ―テレワークの視点から―

水谷 淳
(神戸大学大学院海事科学研究科 准教授)
私が最近共同研究で行った、テレワークを中心にしながら新型コロナと鉄道、特に通勤需要との関係を分析した結果をご報告します。なお、本報告は、日本交通学会が発行する学術誌『交通学研究』に掲載された「コロナ禍における都市鉄道の通勤需要変化に関する分析[1]」の内容に多くを依拠しています。
本報告のアウトラインは、問題意識、テレワークの実施状況、首都圏・京阪神圏における鉄道通勤需要の変化、テレワーク実施と通勤手段変更に関するアンケート結果となります。そして最後に、コロナ後にテレワークがある程度定着した場合に望ましい運賃制度をご紹介します。
まず、問題意識です。新型コロナウイルスの感染拡大を受けてテレワークが急増したことはご承知のとおりです。現在は多くの講義が対面に戻りましたが、3年前は神戸大学でもほぼ全てオンライン講義になりました。
所得水準が高いほどテレワークを実施
テレワークの進展は、公共交通(鉄道やバスなど)・私的交通(自家用車など)を問わず、通勤需要を減少させます。どんな人がテレワークを行うかですが、コロナ禍において、高所得者ほどテレワークを実施していることが多くの調査で分かっています。そこで、コロナ禍の首都圏と京阪神圏の鉄道通勤定期需要と住民の所得水準の関係を見ていきます。図1を見てください。これは今回の分析のフレームワークで、通勤定期需要に影響を与える要因が描かれており、双方向とも矢印の線で結ばれている要因は相関関係、片方のみが矢印の線で結ばれている要因は、因果関係を意味します。テレワークが選択されると通勤定期需要は減少しますが、残念ながらテレワーク実施率を詳細に知ることはできません。一方で、テレワークの実施と所得水準にはおおむね正の相関があることが分かっており、かつ所得水準は市区町村ごとにデータを取ることができます。そのため、所得と通勤定期の需要量の関係を見れば、おおむねテレワークによる通勤定期への影響と考えられます。つまり、テレワーク率の代理変数として所得水準を使うわけです。

コロナ禍におけるテレワーク実施状況を知ることができる代表的な調査結果が2つありますので、具体的に見てみましょう。1つは、内閣府が実施したもの、もう1つは、不動産会社の大東建託が実施したものです。
まず内閣府の調査によると、2019年12月のテレワーク実施率は全国で10.3%、東京23区で17.8%と全国レベルでもコロナ前から一定程度実施され、さらに東京の方が、実施率が高いことが分かります。そして2020年2~4月に新型コロナのパンデミックが発生してテレワークが一気に進み、東京23区では何らかの形でテレワークを利用している人は50%程度、全国では30%弱となっています。
一方、大東建託の調査は、全国を首都圏、愛知県、関西圏、その他の4つに分類し、2020年6月から2021年3月まで3ヶ月ごとにテレワーク実施率のデータを取っています。その結果、首都圏で4割程度、関西圏は全国平均よりは高いのですが3割弱で、首都圏の方が関西圏より高いことが分かります。
内閣府のデータで所得とテレワークの関係を見ると、所得が高い人ほどテレワークの実施率が高く、1000万円以上の所得がある人は半数がテレワークを実施していることが分かりました。大東建託のデータでも同様の傾向が見られ、所得が高い人ほどテレワークの実施率が高いです。
通勤定期旅客数は首都圏で激減
図2は、関東大手6社における2020年2月以降の通勤定期旅客数の対前年同月変化率ですが、コロナ前には3%増程度だったものが、コロナで一気に減って、中でも東急は3割減りました。

2020年9月に変化率が大きく低下しているのは、2020年9月だけ大きく旅客が減ったのではなく、前年の2019年10月1日に消費税が8%から10%に上がったため、その直前の9月に定期券を購入した人が多かったことによる影響です。
図3は京阪神の私鉄大手5社とJR2路線(関西線・阪和線)の対前年同月変化率を示したものです。なお、この図には関東大手の中で最も減少が小さかった東武の変化率も示しています。京阪神の各社はいずれも東武よりも折れ線が上に位置しており、関東の方が関西よりも減少率が大きかったことが分かります。また関東では鉄道事業者間で差がありましたが、関西では事業者間で大きな差がないことが分かると思います。

関西の所得と通勤需要の関係は関東の延長線上
次に、所得水準と通勤定期旅客数の減り方の関係を、簡単な回帰分析を用いて実際に見てみます。図4は、縦軸に通勤定期旅客数の変化率を取り、横軸に所得水準として平均年収(千円)を取り、今見た関東・関西の大手私鉄11社とJR2路線のデータをプロットしています。通勤定期旅客数の変化率は、2019年3月~2020年2月に対する2020年3月~2021年2月の変化率、つまりコロナ前1年間に対するコロナ後1年間の比率になります。縦軸から、通勤定期旅客数は関東の減り方が大きく、年平均で東急は30%弱、京王で25%と非常に大きく減っていることが分かります。これに対し、京阪神はどこも10%減程度になっています。平均年収は2020年のデータです。市区町村ごとに所得税を計算するための所得が分かりますので、そこから各沿線の生産年齢人口1人当たりの平均年収を算出しました。最も所得水準が高いのは東急、京王沿線の450万円で、最も低いのは330万円程度の京阪神の各社沿線となっています。

図4を見ると右下がりになっていることが明らかです。ただ、京阪神だけを見ると、非常に狭いところに点が集まっています。ここに単回帰分析の結果が示されていますが、関西の7社のみでは、平均年収に対する傾きが有意ではなく、平均年収と通勤定期旅客数変化率は、事実上関係がないことになります。一方で、関東と関西をあわせた13社の分析では有意水準1%で負の値を取っており、関西各社は関東の右下がりの直線の延長にあるといえます。そして全体で見ると平均年収が1000円上がると、通勤定期旅客が0.012%減る(100万円上がると12%減る)という関係にあり、関東の所得水準が高い所で通勤客の減り方がより大きかったことが分かりました。
テレワークと通勤手段変更の要因
続いて、テレワークの選択要因と通勤手段変更要因について、共同研究者である安達晃史先生(アンケート実施時:同志社大学商学部、現:大阪産業大学経営学部)が独自に実施したアンケートの個票データがあるので、これを用いてロジスティック回帰[2]を行いました。標準的なロジスティック回帰で図5のような分析モデルになります。

モデルは①と②の2つがあって、①はテレワークの選択(選択する場合を1、選択しない場合を0)、②は鉄道からの通勤手段の変更(変更する場合を1、変更しない場合を0)です。説明変数は、未就学児が同居しているか、通勤手当の支給制度に変化があったか、管理職か否か、自営業か否か、非正規雇用か否か、あとは通勤距離です。距離だけはダミーではなく実数値で、それ以外は有りか無しかのダミー変数となります。サンプルサイズは618ですが、全サンプルがコロナ前に鉄道で通勤していた人たちです。
推計されたパラメータが図5の表の値になります。***は有意水準1%、**は5%、*は10%です。例えば1%有意水準は、①の通勤手当の支給変化について求められた2.011という値が0である確率が1%もなく、99%以上の確率で0ではないことが分かるので、だったら2.011という値を信用しようということになります。
これを踏まえて、モデル①の一番下の通勤距離を見ると、+0.012です。ということは、通勤距離が長いほどテレワークを選択しやすいことが分かります。ちなみに、通勤距離はモデル②ではマイナスなので、通勤距離が長いほど鉄道から通勤手段を変化させにくく、逆に言うと近いほど変化させやすいことが分かります。
通勤手当の支給に関しては、支給制度の変更とテレワークの選択には正の相関があります。この場合、テレワークをするから通勤手当の支給制度が変わったのか、あるいは通勤手当の支給制度が変わったからテレワークをするのか、どちらが原因でどちらが結果かは分かりませんが、少なくとも相関関係があることは分かります。これは鉄道からの交通手段の変更についても同じです。
また、管理職であれば所得水準がある程度高いことと、裁量労働の余地がありそうなので、管理職の人はテレワークを選択しやすく、通勤手段も変更しやすいと考えられます。これが、正の相関として表れていると思います。自営業、非正規雇用はテレワークの選択に負の値を示しており、テレワークを選択しにくくなっています。反対に、未就学児が同居している場合は、テレワークの選択に正の値を示しており、テレワークを選択しやすいことが分かります。
これに対し、モデル②では、自営業、非正規雇用、未就学児の同居は、有意水準が10%を満たしていないので、通勤交通手段の変更との関係は見いだせませんでした。
図6は、今回の共同研究者である平田一彦さん(元 東武鉄道)が、東武クレジットカードのデータを使った分析結果について発表した論文からの引用です。縦軸の非購入化率は、コロナ前までクレジットカードを使って定期を買っていた人のうち、コロナになって購入をやめた人の割合です。例えば駅番号1番は約40%ですが、29番は25%というように右下がりになっています。匿名性を保つために具体的な駅名は書かれていませんが、番号が大きいほど都心から離れています。すなわち、都心から遠い人ほど定期をクレジットカードで買い続けていますが、近い人はやめてしまっています。距離が長いほど通勤手段を変化しづらく、短いほど変化しやすいということを反映しているのではないでしょうか。

コロナ後の運賃制度
通勤需要の減少が予想されるコロナ後において、参考になる運賃制度についてお話ししたいと思います。2023年3月あるいは4月以降、かなり多くの鉄道会社が運賃を改定します。その中でJR東日本はオフピーク定期券を新規に発売します。ピーク時とオフピーク時に分けて、ピーク・オフピークを問わず利用可能な「通常の定期券」は値段を少し上げますが、「オフピーク定期券」の値段は下げて、オフピークの利用を促すことが目的です。
千葉―東京間の6ヶ月定期の購入を例として説明します。3月17日までに購入すると9万3270円ですが、3月18日に運賃が変わるので、「通常の定期券」は2.5%上がって9万5990円になります。一方、「オフピーク定期券」は8.5%下がって8万5360円になります。安くなりますが、利用条件は各駅で設定されるピーク時間帯以外に改札に入ることです。千葉駅から乗る人に関しては6:35~8:05がピーク時間帯、東京駅から乗る人に関しては7:30~9:00がピーク時間帯になります。
「オフピーク定期券」の保有者がピーク時に利用すると通常運賃と同額の659円が引き落とされます。「通常の定期券」と「オフピーク定期券」の差額は6ヶ月定期で1万600円ほどですが、6ヶ月間に17回ピーク時に使用すると「通常の定期券」の金額を上回ってしまいます。勤務先が交通費を支給してくれるのに、6ヶ月先までの予定を吟味してオフピーク定期券を買う人はどのくらいいるのか疑問に思います。
実際に半年後までに何回ピーク時に乗るか、ほとんどの人は考えないと思います。従って、多くの人は「通常の定期券」を購入するはずです。そうすると、「オフピーク定期券」は、新しいオプションを提供したというアピールにはなりますが、現実的にはほとんどの人が「通常の定期券」を購入すると想像します。
では、そうならないためにはどうしたらよいかということですが、関西では既に優れた定期券システムができています。大阪メトロにはマイスタイル、阪急・京阪・近鉄に関してはPitapa区間指定割引というシステムがあります。例として、梅田―六甲の場合、普通運賃は320円(2023年4月1日より330円)、1ヶ月定期は1万2140円(同1万2520円)です。区間指定割引は1回ごとの単券と定期券を組み合わせた運賃制度になります。図7の上のグラフで、利用回数を横軸に取ると320円の傾きになるので、1回買うと320円、2回買うと640円というように支払額が上がり、38回で1万2140円に達します。この1ヶ月定期券の金額を上限として、それ以上は徴収しないという運賃制度です。
これを経済学の考えを使って説明すると非常に優れていることが分かります。単券のみあるいは1ヶ月定期よりも、区間指定割引はパレート優越的[3]になります。図7の下のグラフは区間指定割引の需給構造を示したもので、縦軸に運賃、横軸に利用回数を取ると、需要曲線は右下がりになります。一方、供給曲線は、単券購入の場合は1回ごとに320円を払い続けるので、運賃支払額はずっと一定です。一方で、区間指定割引の場合は38回目までは乗車のたびに320円を支払いますが、39回目以降は運賃を取られないので、38回目以降の運賃は事実上ずっと0円になります。

利用者にとって、乗車回数が39回以上であれば通常の定期券を購入した方が得ですし、38回以下であれば単券を購入した方が得なので、単券と定期券を組み合わせた区間指定割引が単券だけ、定期券だけ、よりもありがたいのは自明です。問題は鉄道会社側ということになりますが、グラフで資源配分を見てみると、単券の場合、いわゆる消費者余剰がア、生産者余剰がイとウとなり、エがデッド・ウエイト・ロス(死荷重)になります。一方、区間指定割引は消費者余剰がアとウとエ、生産者余剰がイになります。生産者余剰(鉄道会社のもうけ)はウの部分だけ減ってしまったのですが、ウは次のように解釈することができます。利用者が、今後1ヶ月の利用について定期を買うか、切符を1回ごと買うかを考えた結果、切符を1回ごとに買うことにしたとします。ところが、実際には想定以上に利用してしまったので、定期券を買っておけばよかったということになるのですが、その後悔を表しているのがウになります。区間指定割引では、この部分は鉄道会社に諦めてもらいます。なぜなら、1ヶ月定期を発売している時点で、1人の乗客からこれ以上運賃を取らなくてよいと宣言しているようなものだからです。このウの部分は、経済学的には消費者が定期券か切符かの選択ミスをしたために生じたレント(超過利潤)と解釈できます。以上のように鉄道会社に諦めてもらうのはあくまでもレントなので、区間指定割引は単券と定期券が別々の運賃制度と比較して、鉄道会社の状態を悪くすることなく、利用者の状態をより良くすることができるパレート優越的な運賃制度であるといえます。
そしてこの区間指定割引は、週5日出勤でないテレワークに非常によくマッチしています。そのためには、交通費の支給制度とリンクすることが必要です。テレワークの進展に伴って、6ヶ月分の定期額を一括で渡して定期を購入する支給方法は変わりつつあり、今後は事後精算が増えていくと思いますし、経済学から見ても素晴らしい区間指定割引が他社でも導入され、普及してほしいと思っています。
[1]安達 晃史、水谷 淳、平田 一彦、藤井 成弥(2023)「コロナ禍における都市鉄道の通勤需要変化に関する分析」『交通学研究』No. 66、pp. 23-30
[2] ロジスティック回帰:いくつかの要因(説明変数)から2値の結果(目的変数)が起こる確率を説明・予測することができる統計手法
[3] パレート優越的の前にパレート最適とは「誰かの状態を悪化させることなく、他の誰かの状態を改善させることができない状態」をいう。そして、ある施策によって、「ある人の状態を他の者の状態を悪化させることなく改善できた」ならば、ある施策の行われた世の中は、パレート最適かどうかは分からないが、行われなかった世の中よりもパレート優越的(ある施策によってパレート改善された)という
講演2 コロナ禍による鉄道需要への影響について

前田 勝氏
(京阪電気鉄道株式会社経営企画部 部長)
最初に自己紹介をします。私は元々土木系の出身で、入社後10年ほど、連続立体交差工事や複線化工事を担当してきました。その後、2年間ほど旧運輸省(現在の国土交通省)系の外郭団体に出向し、戻ってから約20年、現在の仕事に携わっています。
利用者数の減少傾向にコロナが拍車
続いて弊社の概要です。京阪電車は名前のとおり、京都と大阪を結ぶ鉄道です。大津市内にも一部路線があり、トータルで約90kmの路線があります。また、嵐山を走っている「嵐電」の京福電鉄や、鞍馬を結ぶ叡山電鉄もグループ会社です。
図1が京阪電車のお客さまの数の推移です。一番多かったのが1991年のバブルの頃で、ここから一直線に毎年減っていく時代が続きました。これは関西の生産年齢人口の減少が最も大きな要因ではありますが、特に1997年頃、京都・大阪の弊社路線の近くに新線の開業等があって、少ないパイの奪い合いとなったことも影響しています。

減少傾向が続いていたのですが、2012年頃を底にして緩やかな上昇傾向に転じます。これは、日本経済が好転し、人の動きが増えてきたことやインバウンド需要の拡大など、複合的に重なった結果です。2019年度までは順調に回復してきたもののコロナの影響を受けて一気に下がり、2020年度は前年度比30%程度の減少となっています。2021年度は2019年度比約25%の減少でやや改善したものの、かなり苦しい状態が続いています。
緊急事態宣言とまん延防止等重点措置
コロナの影響によって2019年に比べてお客さまがどれぐらい減ったのか、もう少し細かく見ていきます。1回目の緊急事態宣言が出された2020年4~5月は、ほぼ半減しました。とりわけ、土・日曜日については70~80%の減少となり、電車がほとんど空席のまま走っている状態でした。2回目の緊急事態宣言が出た2021年1~2月も、かなりの落ち込みが生じています。

図2が2021年以降ですが、緊急事態宣言が出ていた時期が灰色の網掛け、まん延防止等重点措置が出ていた時期が黄色の網掛けになっています。定期(水色線)に関しては、緊急事態宣言が出ているかどうかはそれほど大きく影響していません。2021年9月に大きく減少しているのは、2019年同時期に消費増税に伴う先買いで一時的に増えたからで、コロナはあまり影響していません。むしろ緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が大きく影響したのは、定期外(オレンジ色線)です。重点措置が適用されると10%程減り、緊急事態宣言になるとさらに10%程下がるので、鉄道事業者としては非常に大きな影響を受けました。また2022年の初頭には、マスコミが感染者数拡大について報道したことで落ち込みに影響がありました。
輸送人員については、京阪電車の特性からすると、京都と大阪を結んでいる鉄道であることから、大阪から京都観光に利用される方が多く、春秋の行楽シーズンである4、5、9、10、11月に多くのお客さまが利用されます。2020、2021年度については、春の一番の稼ぎ時に緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が重なり、大きな影響を受けました。
通勤定期はテレワークの定着で減少して安定
定期(通勤定期と通学定期を含む)旅客の推移については、コロナの影響で一気に下がった後、少し戻り、一定程度減少した状態でほぼ安定しています。恐らく通勤形態についても、コロナを境にテレワーク等によって通勤する方が減った状態がほぼ定着したのではないかと考えています。
次に定期外の旅客についてです。定期外については、大きく変動しています。コロナを境に一気に下がりましたが、2020年度と2021年度を比べると、2021年度は落ち込みが若干戻りました。2022年度は2021年度よりも改善したことが分かります。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出ているときは、お客さまの動きが一気に鈍り、特に高齢者を中心とした出控えが響いているのではないかと想像しています。
駅別については、駅によって顕著な差が出ています。弊社の定期旅客の変動を見ると、渡辺橋から出町柳の中間に位置する寝屋川市から石清水八幡宮辺りは十数パーセントの減少ですが、大きく減っている所が何か所かあります。渡辺橋は大企業が非常に多い中之島線の駅ですが、最も極端に減少したのが西三荘です。ここにはパナソニックの本社があります。中之島や西三荘は大企業に通勤するお客さまのウエイトが非常に大きな駅なので、こうした駅は通勤利用がコロナで減って回復していないことが見えています。特に西三荘はほとんど回復していないので、恐らく在宅勤務、テレワークがほぼ定着したのではないかと思っています。
一方、全く違う動きを見せているのが、龍谷大前深草です。コロナ初年度には80%近く減りましたが、戻ってきています。これは、大学がいったんオンラインに舵を切ったものの、対面でないと授業が難しいということで少しずつ戻してきたからだと考えられます。2022年度には他の駅とそれほど変わらないので、かなり対面授業に切り替わったことが見て取れます。大学によって多少差はありますが、大きく見れば通学については一定程度戻ってきたと考えています。
続いて、定期外の駅別については、伏見稲荷から出町柳までの京都方面の駅はコロナの影響で大きく減っています。特に伏見稲荷はインバウンドの比率が高い駅ですので、他の駅よりも減少率が大きくなっています。観光需要は他の需要に比べて戻りは遅いものの、少しずつ戻ってきています。2023年度以降どのぐらい戻るかに注目しています。
定期と定期外を合わせて考えると、通学需要は今後、少子化の影響で学生の絶対数は減っていくので、長い目で見るとコロナ前に戻ることはないと思いますが、徐々に平常の状態に戻ってくると思います。また、インバウンドについては、時間はかかりますが、いずれは戻ってくると思います。ただ、国際情勢などいろいろなリスクがあるので、インバウンドに過度な期待をしてはいけないと思います。国内観光需要については、完全には戻らないものの、一定程度回復してくると思います。問題は通勤です。特に大企業の通勤需要は15~20%程度減少した状態でほぼ収まってしまうと考えています。
夜遅くの時間帯の利用は戻らない
続いて、通勤時間帯別のお客さまの動きです。京橋以西(大阪方面)の都心駅で降車したお客さまが、どの時間帯に何パーセントの乗客が降車したかを調査しました。朝の6時台から9時台までの4時間の降車を100%として、その中での比率を見ました。通常、8時台の降車が一番多いのですが、コロナを境にして8時台に降りる乗客は減少しました。一方、その前後の6時台、7時台や9時台に都心駅で降りるお客さまが増えています。
これは自主的に混雑した列車を避けていることと、各社がフレックスタイムを導入したことによるのではないかと思います。そうした影響があって、ピーク時の利用比率が下がり、その前後にシフトしていることが見て取れます。その後、2020年度から時間が経つにつれて、ピーク時前後に分散していたのが元の時間帯に戻ってきました。しかし、フレックス勤務もある程度定着してきたと見ていて、朝のピーク時に利用するお客さまはコロナ前より分散していると思います。首都圏では定期運賃を少し割引することでピークの分散を図っていますが、実はフレックス勤務などの普及によってピークを避けた通勤が増えてきていると思います。
続いて、帰りの時間帯です。帰りの時間帯は17時台から23時台までを見ました。コロナ前後を比較して明らかに違うのは21時以降に帰るお客さまが激減しています。定時がきたら家に帰る方が増え、17~19時台にシフトしています。
これは残業や仕事が終わった後に飲んで帰る方も減っているのだと思いますが、2020、2021、2022年度でほとんど動きが変わっていません。生活形態がほぼ固まり、帰りの時間帯が以前よりも早い時間帯に動いたと考えています。
各社、コロナ後にダイヤを変更して、終電を早めるなどより遅い時間帯の列車が減っています。21時以降の利用者がかなり減っており、そうしたダイヤ変更が今後も出てくると思います。
小括
以上をまとめますと、定期の利用についてはコロナ前より十数パーセント減少したままでほぼ収束しています。月ごとに大きな変動はありません。通学については徐々に戻っていますが、通勤は多分戻らないと思います。
定期外については、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による影響が非常に大きいです。今後これまでほどは出ないと思うので、少しずつ回復に向かいつつも、全体ではコロナ前の15~20%減でほぼ固定して、それ以上は戻ってこないという実感を持っています。
観光需要については、日常よりも戻りが遅いです。インバウンドはいずれ戻るでしょうが、弊社の場合はコロナ禍前でも全体の5%程度だったので、これが戻れば全てバラ色になるというほど期待ができるものではありません。ただ、今後伸びる要素もありますので、観光客を誘致する努力はしなければならないと思います。
通勤需要等については、大企業を中心として在宅勤務が定着していることや、朝の通勤時間帯がピークの8時台から前後にシフトしていること、夕方については早めの時間帯にシフトしている影響が出ています。
利益の出ない私鉄経営はあり得ない
ここで鉄道事業の収支についてお話しします。あくまでもイメージ(図3参照)ですので、この数値が実際の数値とは必ずしも一致しませんが、例えば京阪の年間の旅客運輸収入はコロナ前で約500億円、それ以外の事業で約30億円でした。

鉄道会社は固定費が多いのが特徴で、人件費、減価償却費、動力費が大きなウエイトを占めます。仮にコロナ禍でお客さまが30%減って、旅客運輸収入が350億円ぐらいになったらどうなるかということですが、やはり固定費は動かせないので、人件費などで頑張ったとしてもどうしても損失が出ます。そのため、2020、2021年度はかなり多くの鉄道事業者が赤字になりました。2021年度については黒字になったところもありますが、何とか黒字になったという状況でした。
1、2年赤字になっても大丈夫ではないかとよく言われますが、いくら公共性が高くても、民間の会社は企業活動をするために必ずお金が要ります。そのお金は、銀行から借りているか、株主に株を買っていただいているかのどちらかで調達しています。これは借りたお金なので、銀行であれば利息、株主であれば配当という形で必ずお返ししなければなりません。
これができなくなれば会社の信用がなくなるので、当然利息は上がりますし、株価は下がります。鉄道のような装置産業の場合は借入金が大きなウエイトを占めるので利息が上がってしまうと経費が大きくなり、収支が雪だるま式に悪化します。ですので、民間企業は絶対に黒字を出さなければなりません。従って、公営は赤字でもいいというわけではないのですが、民間と公営は同じようにはいかないという特性があります。
有料着席のサービスが堅調
一方で異なる動きもあります。例えば京阪電車の場合、特急には8000系の赤い車両と3000系の青い車両があって、それぞれ8両編成ですが、そのうちの1両だけグレードアップした車両で指定席にしてプレミアムカーという形で別途料金を頂いています。プレミアムカーは、大阪市内と京都市内の間を通しで乗ると500円、大阪・京都から中間の枚方や樟葉辺りまでであれば400円を頂いています。
ライナーはラッシュ時の列車で、3000系・8000系の通常車両も全て指定席にして料金を頂いています。こちらは普通の座席を使っていますので、プレミアムカーよりは少し安めの料金設定にしています。
プレミアムカーとライナーのサービスは2017年から開始していて、最初は8000系の赤い特急列車10編成でスタートしました。好評を頂き、2021年1月から3000系の6編成についてもプレミアムカーを設置し、今は合計16編成の車両で運用しています。コロナ禍前は、土休日は昼間も通して高い稼働率でした。
プレミアムカーはコロナ前まで70%程度の稼働率でした。これはラッシュ時の逆方向や平日の昼間など、利用の少ない時間帯も含めたトータルの稼働率なので、高い利用率となっています。ライナーは8両全てが指定席で席数がかなり多いため、最初のうちは低い利用率でしたが、知名度が上がり定着するにつれて少しずつ上がっています。ライナーの運転本数を増やすと一時的に供給量が多くなるので稼働率が下がりますが、しばらくすると定着して稼働率は回復してきました。いずれも2020年の最初の緊急事態宣言で一気に下がり、苦しい状態が続きましたが、その後じわじわと需要が回復し、現在はほぼコロナ前の水準まで稼働率が戻ってきています。
利用者数についても緊急事態宣言などで一時的に下がった時期はありますが、サービスの拡大や提供車両の増加で、ニーズが高まっています。鉄道全体でみると需要は回復していませんが、プレミアムカー、ライナーについては回復がやや早い状況になっています。
ただ、これをどう考えるかというと、1つは混雑に遭わずに確実に座れる指定席の利用が堅調であるともいえますし、弊社のプレミアムカーは8両中1両だけで供給量が少ないため、需要に対して供給がまだ十分ではないともいえます。供給が少ないから供給量を増やせば増やしただけ需要が増えるのかという点は、もう少し様子を見ないと分からないと思いますが、一定程度はお客さまに支持されているのではないかと考えています。
講演3 コロナ禍の影響総括と近鉄グループが目指す社会

森本 耕司氏
(近鉄グループホールディングス株式会社総務部(CSR)部長)
最初に自己紹介をします。私は近畿日本鉄道に1997年に入社し、主に鉄道の企画部門で過ごし、鉄道計画や運賃などの業務を担当してきました。その途中で経営企画に携わり、2020年秋からは近鉄グループホールディングスで、CSR(サステナビリティ)担当の部長を務めています。今回は鉄道を中心に、B to Cの他の業態まで広げてお話ししたいと思います。
最初に、近鉄グループがどこで何をやっているかをご紹介します。次に、この3年間を時系列で総括した上で、特に鉄道需要に対して、コロナがどのような影響をもたらしたか、また、それらを踏まえて、人の流れが今後どのように変わるのか、アフターコロナ社会はどうなるのか、それに対して近鉄グループはどんな社会を目指すのかを、概念的になりますが、お話ししたいと思います。
鉄道・百貨店・不動産・ホテル事業の概略
最初に近鉄グループの概要です。図1は鉄道沿線図です。近畿日本鉄道を中心に養老鉄道など地域鉄道も運営しており、グループ全体では2府4県に民鉄では最長の582kmの路線を展開しています。結果として都市間交通や観光、大阪・名古屋を中心とする大都市圏、都市近郊、さらにローカルな地域輸送など、様々な利用形態があります。

百貨店については、大阪のあべのハルカスに入っている近鉄本店を旗艦店として、近畿・東海で10店舗を展開しています。ホテル事業に関しては、都ホテルズ&リゾーツとして大阪・京都・志摩・東京などで25のホテル・旅館を展開しています。
不動産に関しては、沿線の拠点を整えたり、住宅やオフィスビルを提供したり、商業施設の運営、さらに農業やメガソーラー、ライフケアなど幅広い事業を展開しています。他にも駅ナカの流通なども行っていて、結果的にグループ全体で沿線を中心にお客さまの生活のあらゆるところに関わるサービスを提供しています。鉄道路線は青色で示していますが、サービスの中心は近畿にあることがよく分かります。
また、日本各地でバスやタクシー、フェリーなどの各種交通、さらにマンション、オフィス、ホテル、旅行など、生活インフラから付加価値の高いサービスまで幅広く提供しています。首都圏においてもう少し展開できればとは思っています。
さらに海外では、2022年夏に国際物流事業を営む近鉄エクスプレスを近鉄グループホールディングスの完全子会社とし、人の流れに依存するものだけではなく、物流を中心としてよりグローバルに事業を展開しているところです。
国際物流事業を新たな事業の柱に
続いて、収益・損益面についてです。コロナ禍前までは、沿線人口が減る厳しい経営環境下ではありましたが、各セグメントで営業努力や経費の削減を進めていたこと、景気が良かったこと、さらにインバウンド需要が伸びていたため、安定的に業績が推移していました。しかし2020年度になると、収入ベースで半減近くまで落ちました。鉄道はもとより、旅行、ホテル、流通が、コロナ禍によってこれまででは考えられないほど甚大な影響を受け、営業ベースの収支で600億円の赤字に転落しました。コロナが思いのほか長引いて、2021年度も収入ベースでむしろ前年度より悪いぐらいでしたが、その中で事業運営体制の見直しや不採算部門の縮小、そして緊急避難的な費用削減施策の積み上げで何とか営業利益を確保しました。
大きな構造改革として、具体的には2022年度第2四半期から近鉄エクスプレスグループを完全子会社化しました。この会社は、いわゆる人の流れではないB to Bで事業を営んでいるのですが、これによって近鉄グループ全体で収入ベースでは半分ぐらいがB to B事業になっています。近鉄グループの事業の中心は鉄道ですが、利益ベースを含め数字の上では物流がかなり大きくなっています。いずれにしてもグループとして事業規模を拡大するとともに、B to CとB to B、国内と海外、人の流れに依存するかどうかなど、各観点で事業ポートフォリオ上バランスの取れたものとなりました。
このように構造変革を進める中で、コロナ禍の出口がようやく見えてきて、ウィズコロナが定着してきました。
セグメント別の需要動向
ここからは鉄道と百貨店、ホテルについて、3年間のトレンドを見ていきます。
まず鉄道(図2)については、定期・定期外の合計が赤、定期が緑、定期外が青の折れ線で、近似線を点線で示しています。そもそも鉄道は、2桁パーセントの増減など考えられないような業界でした。それが、コロナ禍では著しい利用減が長期間にわたって継続しており、2022年度においても考えられないような低い数字になっています。

少し回復してきたというときに限って緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出ました。2020年春はそもそも人の流れを8割遮断することが求められた時期だったので、急激に落ち込むのはやむを得なかったとしても、同年秋に回復傾向にあると思っていたら、正月明けの緊急事態宣言で大きく落ち込み、さらに2021年のゴールデンウイークの頃に再度落ち込みました。人の流れが多いときに感染者が増えるのは致し方ないのですが、なかなか回復してこなかったのがこれまでの流れでした。
直近になり、定期は15%減程度で安定していてあまり戻っていないのに対し、定期外はようやく戻ってきているという手応えがあります。なお、毎年9~10月がでこぼこになっているのは、基準年の2019年に消費増税による先買いの影響があったためです。
百貨店は、2020年度当初の緊急事態宣言による臨時休業に始まり、その後の営業時間短縮、加えて、収益源の1つであったインバウンド需要の消滅と、業界全体が非常に厳しい状況に置かれていました。そのような中、売上ベースでは鉄道に比べると全体的に何とか落ち込みを抑えていたと思います。2021年度も全体としては厳しいのですが、緩やかに回復してきました。これは外商や拡大中のEC事業など、複合的なものでようやくこの水準を保っています。2022年度に入って消費マインドも回復し、直近の2月もかなり良かったと聞いています。水際対策が緩和され、インバウンド需要も戻ってきて、確かな復調気配だと思います。しかし、百貨店業界自体が薄利多売という構造を持っているため、トレンドとしては厳しいことには違いありません。
ホテルはさらに厳しい状況で、2020年度の期首に至っては客室稼働がほぼありません。その後、秋は全国旅行支援などの政策があって急に持ち直しましたが、年明けの緊急事態宣言で全く駄目になりました。鉄道、百貨店よりも顕著に行ったり来たりしています。
特に都心型のホテルはインバウンドや出張需要に依存していたので、強い影響を受けました。2022年の夏以降は、水際対策が緩和され、インバウンド需要が戻ってきました。秋は稼働が元々高い時期ではありますが、11月には客室稼働率が76%となるなど、平年並みとはいかないもののかなり回復してきました。2023年1月は若干下がっていますが、元々低い月ですので、全体的には着実に回復してきていると思います。その中で特徴的なことは、マイクロツーリズムや近場志向で、例えば志摩地区のリゾートホテルや比較的リゾート色の強い博多辺りの回復は早く、大阪のホテルは少し鈍い、というホテル間のまだら模様も出てきています。
駅の特性によりはっきり分かれる利用状況
続いて、鉄道に関して少し深掘りしていきます。図3は主な駅ごとの利用動向です。これは2,3年に1回、11月の平日に行っている交通調査の結果ですが、2018年のコロナ前とコロナが長引いている2021年を比較すると、全駅合計では2018年の293万人に対し、2021年は241万人で、減少率は18%です。

駅を類型化して、大阪、京都、名古屋のターミナル駅、観光色が強い駅、定期利用中心の生活圏の駅に分けると、色目がくっきりと分かれました。最も減少したのは、観光色の強い駅です。全駅合計が18%減に対し、近鉄奈良駅は23%減、伊勢神宮に近い伊勢市駅、鳥羽駅、志摩地方の玄関駅である鵜方駅では軒並み3割かそれ以上の減で、非常に苦しい状況です。なお、近鉄奈良駅に関しては生活利用の方も一定程度いらっしゃるので、観光色の強い駅の中では減少率は低くなっています。
生活圏の駅については、大阪府下の近鉄八尾駅や藤井寺駅、あるいは奈良県の住宅地にある学園前駅、学研奈良登美ヶ丘駅、京都府下の宇治や城陽に近い大久保駅などの減少率は比較的小さくなっています。大和八木駅や近鉄四日市駅、津駅は、生活利用もありますし、中長距離のお客さまの拠点でもあるので、いろいろな層が混ざっていることから、全線平均並みの落ち込み方をしています。
さらにターミナル駅に関しては、平均よりも減少幅が大きくなっています。なぜなら、ターミナル駅には中長距離の利用がかなり集約されてくるためです。
ある1日の調査ですけれども、明らかに色目が分かれていて、コロナの影響がどの層に出ているかが端的に分かります。
定期外需要 利用目的ごとの将来予測
続いて、券種別に見ていきます。まず、図4は定期外と特急の収入に関する平年比のグラフです。定期外(点線、特急料金を含む)の収入は、2020年の4~5月は異常値ですし、緊急事態宣言などのときは急激に落ち込んでいますが、総じて定期外の収入の落ち込み以上に特急料金(オレンジ色)の落ち込みの方が激しいと言えます。緊急事態宣言による出控えの影響は、特急の方が大きくなっています。その後、全国旅行支援などの政策によって一時的に回復しながら、一進一退を繰り返していますが、特に2022年の秋以降はウィズコロナの行動様式の定着によって回復がはっきりしてきたのではないかと思います。落ち込みが大きかった分、定期外の中では特急の方が回復としても力強いものがあります。ただし、足元では停滞感も少し感じています。

次に、定期外の需要予測についてです。図5の上段のとおり、定期外のお客さまはどういう目的で利用されているのかを、近畿日本鉄道が1年ほど前にアンケート調査を行い、アフターコロナにおける需要予測をしています。近鉄に乗っている定期外利用の方のうち、出張が2割、買い物が1.5割、近場のレジャーが2割、日帰りないし宿泊旅行が1.5割、定期を買うほどではない利用頻度の通勤目的が1割です。このほか、人に会いに行くなどのその他の目的の方が2割程度います。
この調査によって、どのように近鉄が利用されているか明らかになったのですが、これらが今後どのように推移するか、いくつかの手段で予測しました。一番厳しいのは出張で、3割ぐらいは戻り切らないのではないかと見ています。買い物に関しては、特に予測が難しいですが、戻り切ることはなく、購買行動がオンラインによって大きく変化すれば最大3割程度減るかもしれません。一方で、娯楽や旅行に関しては、やや期待的な要素も入っているのですが、大体戻ってくるのではないかと考えています。通勤に関しては、定期外としては定期からのシフトが増えますが、全体で見れば後ほど述べますが戻りません。まとめると、定期外全体ではコロナ前と比較すると、1割程度の減少で定着するのではないかという見立てになっています。
1年前の予測では、トレンドとして図5の下のグラフのような感じで戻ってくるのではないかと見ていました。幸いなことに、実際には1年前の予測よりも定期外の需要は戻りが早くなっています。ただ、予測以上の回復傾向がある一方、逆にここ1~2ヶ月を見るとそれ以上はあまり戻らないのではないかという停滞感も見えてきました。

特急については、主要路線で1日380本程度を運行しており、最近では、乗ること自体が目的となるような観光特急に力を入れています。その特急を、大阪―名古屋間の都市間特急、大都市から伊勢志摩方面に向かう伊勢志摩特急、それ以外の中短距離の特急の3つに分けて、2018年度を100として利用状況を指数化してみたのが図6のグラフです。

伊勢志摩特急は観光が中心なので、落ち込みが最も大きいです。戻り幅も大きいのですが、現時点でもまだ7割弱の回復にとどまっています。一方、同じ長距離でも大阪―名古屋間の都市間特急は明らかに違うトレンドを示しています。観光以外のビジネスや私用目的の利用もありますし、それ以上に2020年3月に新型特急「ひのとり」を導入した効果が見られます。コロナ禍での不幸なデビューとなりましたが、「ひのとり」はお客さまに非常に好評で、この車両のおかげでかなり力強い回復を示しています。特急の全体的なトレンドとしては、コロナ前の72%程度までの回復で、定期外に比べるとやや力強さに欠けるというところです。京阪さんのプレミアムカーが全体的に力強く、ほぼ戻ったのとは少し動きが異なります。
先ほど、出張利用が戻り切らない一方、旅行や娯楽による利用は回復すると予想していると述べました。しかし、伊勢志摩方面は、観光施設の今年の正月の入り込みなどを見るとコロナ前に戻ったと言われている一方、特急はそこまでには至っていません。従って、戻るという期待だけでなく、鉄道旅行ならではの魅力を追求したり、売り方(チケッティング)を工夫したり、いろいろ需要開拓の押し出しをしていくことが大事だと思います。
通勤定期は2割弱の減少で収束、通学定期はほぼ回復
定期で特徴的なことは、図7のグラフで、通勤定期(緑色)の近似線を引っ張ると、微減になり15%減に届くほどで、2020年1月から3年間の推移を見ても、ほとんど回復していない点です。これがコロナの影響が最も効いたところだと思います。一方、通学定期は、京阪さんと同じようにいったん大きく落ち込んだのですが、対面でないと難しいことが分かってきて、回復してきたことがはっきりと分かります。

通勤定期の需要が戻り切らない要因としては、全く通勤しない方、つまり出勤しない働き方に移行したという方が5%ぐらい、コロナで密を避けるためマイカーに切り換えた方が4%程度、それから定期外に券種移行する方が10%程度いると見ています。テレワークに関しては、在宅勤務の頻度をアンケート調査しているのですが、コロナ前の2019年に週1回以上在宅勤務していた方は18%だったのが、2022年には26%に増えています。週4回か週5回出勤するかが、定期を買う境目になると思っていて、この辺りが券種間移動の背景にあると思っています。
定期についてまとめると、通学に関しては回復すると予測しています。一方で通勤定期は2割弱の減少で定着すると見込んでいますが、2割弱の減少の半分くらいは定期券からの券種の変更で、残りの半分くらいが本当の減少と見ています。
アフターコロナで近鉄グループが目指す社会
ここまでの分析を踏まえて、今後の社会を展望してみたいと思います。アフターコロナの人の流れがどう定着していくかに関しては、出張、通勤、買い物は戻らないと思います。特に出張や通勤などこれまでマストと思っていた移動需要の一部が移動なしで達成されることが見えてきたので、この辺りは戻り切らないだろうと思います。買い物も別の手段に変えられることが分かっていますので、戻り切らないと思います。
一方、戻ってくるだろうと予測しているものとしては、通学や人に会うこと、娯楽、旅行などが挙げられます。また、インバウンドは様々な要因によって激しく増減する浮動需要ですが、今後は国の政策もあって、弊社の利用者数に占める絶対数は大きくないものの増えることを期待しています。これらは必ずしもマストではない移動需要といえるものですが、逆に移動しないとその値打ちが出ないということで、再評価されているのではないかと考えられます。
では、社会構造はどうなっていくかというと、出生減が加速するのではないかと予測されています。また、マイカーへのシフトが明らかに起こっています。さらに、モノの流れが大きく増える一方、全体的には人の流れが減りますが、やはり人間が動かないと活力が出ないし、経済的にも停滞するのではないかというのがネガティブな変化です。
一方、ポジティブに考えると、東京一極集中の緩和や是正の好機ではないかと考えられます。Z世代をはじめとする今の若い人たちの中でサステナビリティ意識や環境志向が高まっていることや価値観・生き方が変わってきていること、世の中全般に健康志向が高まっていることなどもポジティブな変化だと思います。また、コロナ禍で運営体制をスリム化しデジタル化なども更に進めてきたことで、否応なしに生産性も上がってきました。
このような社会の動きがある中で、リスク要因をいかに回避・抑制することができるか、チャンスの要因をどう取り込めるかを大事に考えていきたいと思っています。
百貨店については、この3年間コロナ禍で思ったようにお客さまが来店されない中で、ESG(環境・社会・ガバナンス)の大事な行動指針として、「地域に寄り添い、地域と生きる」ことを掲げています。地域の魅力を発信するようなリアルな売り場を整えたり、来てもらってはじめて買い物の楽しみが分かるような工夫をしたりしています。例えば、スクランブルマーチャンダイジングといわれる、フロアによって分けていた食品や衣料品、生活雑貨などを全部混ぜて、ライフスタイルそのものを売り場で味わってもらうような形を取り、新しい機会を取り込もうとしています。
ホテルについては、日本のホテルは資産を所有した上でホテルを運営する形態が主流ですが、それでは急激な変動リスクに耐えられないため、20数軒のホテルのうち8つを投資会社に売却し、持たざる経営にシフトしました。より柔軟性が高く、しかも投資会社による投資で競争力も高めるという新たなビジネスモデルを作り、新しい社会構造に向き合おうとしています。
鉄道に関しては、持続可能な経営とするには、1割程度利用が戻らない前提の中では、現状の運賃水準を維持するのは非常に困難であることが明確になりました。将来のネガティブ要因とポジティブ要因を見据えて、本年4月に運賃改定を行いました。
最後に、近鉄グループが目指す社会を図式化したのが図8です。コロナ禍を経験して改めて私どもの事業がどんなふうに社会の役に立てるのかを再定義してまとめたものです。右側に「価値の創出」として、中長期的にグループの事業がどのように価値を生み出せるかを定義しています。「サステナビリティの重要テーマ」である、くらしを創造していく、元気なまちをつくっていく、観光を豊かにしていく、環境に向き合うといったことを通じて社会的価値を創出し、経済的価値を生み出して会社としてしっかり持続的に成長していくとともに、沿線を中心に豊かな社会を皆さんと一緒につくっていきたいと改めて考えています。

「社会的価値」についてお話しします。「住みたいまちで働ける社会」「心を豊かにする観光」「豊かな生活環境」「人が共に助け合う社会」「ボーダレスにつながる世界」を近鉄グループとして目指していくことをうたっています。
具体的に「住みたいまちで働ける社会」は、経済活動の拠点は東京ですが、人が住む場所としては別に東京でなくてもいいので、それならば地方創生を目指し、居住地と勤務地が異なってもいいという社会を何とか実現していきたいと思っています。
「心を豊かにする観光」については、来ていただいてはじめて観光地の良さが分かるので、それに資する取り組みを行うことで、地域おこし、地域の観光関係の雇用創出のお手伝いもしたいと考えています。
「豊かな生活環境」は、コンパクトシティによる省資源化やDXという新しい切り口でまちづくりができたらと考えています。さらに脱炭素・循環型社会の実現、歩いて暮らせるまちの再生に貢献ができたらと思っています。
こうした物理的な話の他に、コロナ禍で分断された人々のつながりも回復していきたいですし、人のつながりだけでなくモノも含めて、世界に目を向けて展開していきます。そのためには地方創生・国際化双方を推進する政策支援も大事です。
さらに、人と人がつながることで豊かな心を呼び覚ましていくことが、近鉄グループとしてより良い社会を目指す上で大事ではないかと考え、重点的に取り組んでいきたいと思っています。コロナ禍で図らずも露呈した危機を何とかチャンスに変えるべく努力しています。
講演4 新型コロナウイルス 不動産事業に与えた影響

原 友哉氏
(阪急阪神不動産株式会社開発事業本部開発推進部 課長)
私は現在、開発事業本部開発推進部に所属しており、主に関西圏を中心にオフィスや商業、物流などの賃貸物件を開発するセクションにいます。2007年に神戸大学経営学部を卒業後、阪神電気鉄道に入社し、これまで一貫して不動産事業に従事してきました。2018年にはグループ再編があり、阪急阪神ホールディングスに転籍しており、現在は不動産事業全般を取り扱っている阪急阪神不動産に出向しています。これまで沿線施設や梅田オフィスの賃貸物件に係るプロパティマネジメント業務や、賃貸資産の入れ替え業務(不動産売買業務)、不動産ファンドへの出資業務、不動産事業全般に関わる経営企画業務などを担当してきました。2021年度より現部署で、主に梅田におけるオフィス開発の事業推進業務を担当しています。
今回のワークショップには「コロナを契機にした土地利用の変化」というキーワードがありますので、私は、自身が所属しているデベロッパー(不動産開発事業者)の実務的な視点から解説していきます。ただ、デベロッパーの開発プロセスやビジネスモデルについてご存じない方もいらっしゃると思いますので、まずはそこから説明します。
次に、不動産事業におけるコロナの影響についてお話しします。一言で不動産事業への影響といってもその用途によって全く影響の受け方が異なっていることがポイントですので、その点を踏まえて解説していきます。当社グループでは業績管理上、大きな分類では賃貸・開発事業と分譲事業の2つに分かれますが、その中でも賃貸・開発事業ではオフィス、商業、ホテル、賃貸住宅、物流、そして分譲事業ではマンション、戸建住宅といった形に分類されます。これらの用途ごとに異なる影響を踏まえ、現状土地利用にどういった変化が生じているのかということを、当社グループの事業領域である首都圏・関西圏を中心に解説していきます。
最後に、社会の構造変化といった点もワークショップのテーマですので、コロナ禍でのテレワークの急激な普及により、コロナ禍初期によく叫ばれた「オフィスは不要なのか」といった問いに対して見解を述べた上で、当社グループの取り組みもご紹介します。
デベロッパーの開発プロセス:土地仕入れから売却まで
デベロッパーの開発プロセスについて、賃貸・開発事業を例に説明します。開発事業そのものがどのような流れで行われているのか、理解していただくために、図1を用意しています。開発の業務フローを示したものですが、この図のとおり、左側から右側に流れていきます。

まず、不動産の開発に絡んで「もやもやっとした情報」が、いろいろなところに渦巻いているのが開発のスタートになります。グループ外ですと、開発の種としては土地の売却情報に限らず、例えばテナントとして入居したいといった企業の不動産に関する様々なニーズなどもここに含まれます。その情報元も、個人や組織など様々な関係者がいますが、この中から情報をうまくキャッチしながら、開発の種をつかんでいくのがこの部分に当たります。
何か考えられそうだということになると、右側の企画のフェーズに移ります。どんなことができるのか、どんな建物を建てられるのか、どんな街がつくれるのかといったところを考えていくフェーズになります。ここまでが用地取得のフェーズであり、デベロッパーが土地利用を考える上で大きな方向性が決まる部分となります。用地取得後は設計して建設して、その間にはテナントを誘致する活動も並行して行いますが、その後の対応は、保有と売却という大きく2つに分かれます。
保有し続けるケースでは、賃貸収入を得ることを目的に事業を継続していくことになりますが、これを事業計画の前提とするケースは、当社グループでは梅田エリアのような街全体に影響力を与える主要な資産の開発や、沿線では駅と密接に関連するような施設の開発が中心になります。賃貸事業は中長期的に利益を安定的に計上できるという点では良いのですが、投資回収に時間がかかる上、投資効率という点においても後述する短期回収型事業に比べて劣ることから、保有する資産はある程度限定するという考え方です。
一方、売却するケース(短期回収型事業)では、他者から仕入れた土地に建物を建設し、テナントを誘致して外部投資家に売却します。利益の源泉が何かということですが、保有する場合は賃貸利益でしたが、今回は売却利益を獲得する事業となります。こちらの事業の方が、保有し続ける場合に比べて投資効率が良いため、デベロッパーの基本的なビジネスモデルとなります。よって、今回は短期回収型事業のビジネスモデルをベースに説明を進めていきます。
事業計画の肝:出口の売却価格
短期回収型事業について説明します。この事業を展開していくためにはまず、用地取得をしなければ始まらないので、そのために競合する他者よりも高い土地代で売主から取得する必要があります。そのためには取得後の事業計画、すなわち、その土地に何をつくって、どうやって稼いでいくのかという点が重要になります。
図2の下に、短期回収型事業の事業計画の例を挙げています。デベロッパーの利益は、出口の売却価格から原価(土地代や建築費などの合計)を引いたもので算出されます。ちなみにここでいう出口とは「最終的な」という意味で、不動産業界ではよく使われる言葉です。

では、事業の入口となる土地代はどうやって導き出されるかというと、この式を組み替えることで算出できます。つまり、出口の売却価格からデベロッパーの利益と建築費を引けばよいことになります。よって土地代は、事業計画からの逆算で導いているということをご理解いただけると思います。
出口の売却価格はどう決まるか
では、出口の売却価格をどうやって決めるのかということですが、デベロッパーでは事業計画を策定する時点で決めるということになるので、将来をどう予測するのかということになります。
不動産価格の算出方法にはいろいろあるのですが、賃貸物件に関しては基本的に建物から生み出される純収益を、投資家が求める期待利回りで除することで算出されます。純収益の部分が分子になり、期待利回りの部分が分母になる形です。純収益は、年間の賃料収入(主にテナントから頂く賃料)から、建物の管理費用や固定資産税などの諸経費を引いたものであり、ネット(正味)のキャッシュフローのようなイメージで捉えていただければと思います。
具体的な数値で申し上げると、純収益を1億円、期待利回りを5%とした場合には、不動産の価格は20億円と算出されます。では、不動産価格を上昇させるためにはどうすればよいのかというと、分子である賃料を向上させること、または分母である投資家の期待利回りが下がればよいということになります。つまり、事業計画の肝である出口の売却価格は、それを立案するタイミングの不動産マーケット環境に大きく左右されるということになります。特にテナント賃料と投資家が求める期待利回り次第といっても過言ではなく、コロナによってこの2つの変数がどのような影響を受けたのかという点が土地利用の変化にも影響することになります。
コロナ禍でのテナント賃料と期待利回りの変化
次に、コロナ禍においてテナント賃料や期待利回りがどのような影響を受けたのかについて説明します。
初めに賃貸マーケットへの影響(事業計画でテナント賃料に関わる部分)についてです。各用途の影響が全く異なるので、主な用途を図3のように大きく5つに分類しました。その横にはコロナの影響度合いについてイメージしやすいように矢印を表示しています。

まず、オフィスについては、マイナスの影響ということで下矢印を表示しました。オフィス需要の好不調を判断する指標として空室率というものがありますが、じわじわ上昇している局面であり、空室率が高まるとテナントから賃料の下落圧力が強くなるので、今は徐々に借り手が有利な市場環境になってきています。
補足として首都圏と大阪のマーケットの違いを説明します。首都圏の方が深刻な状況になっていて、かなり経済条件を緩めないとテナントを誘致できないという話を水面下ではよく聞きます。テレワーク率が大阪に比べて高いことも背景にありますし、鉄道収入の数値にも表れていると思います。
首都圏では鉄道収入がコロナ禍前の8割程度しか戻っていないという話を聞きますが、それに対して当社グループでは9割ぐらいまで戻ってきていることも踏まえると、首都圏の方がマイナスの影響が大きいといえます。これは私見ですけれども、テレワークに適した業種、例えばIT系や本社機能、外資系といった会社は首都圏に集中していて、大阪に比べて多いということと、自宅と職場の距離が長く通勤時間が圧倒的に東京の方が長いという特徴も影響しているものとみています。
続いて商業施設は、特に都市型施設への影響が大きく、当社グループの梅田のショッピングセンターの売上についてもコロナ禍前に戻っていません。当然、賃料に対してはマイナスの影響を及ぼしています。これは、鉄道利用がコロナ禍前に戻っていないという影響をダイレクトに受けています。一方で、郊外は比較的堅調で、当社グループのショッピングセンターでもスーパーマーケットを核テナントにした日常使いの施設の需要は底堅いと感じています。
次にホテルは、下矢印が3つで影響が甚大です。一時期、宿泊需要が一気に蒸発し、正直とんでもないことになりましたが、足元では国内の観光需要も比較的堅調になっていますし、最近では訪日外国人もかなり戻ってきたと感じています。
ホテルについては、賃貸事業をしている当社の立場としては賃料の頂き方に変化がありました。これまで固定賃料を頂く方式が一般的でしたが、それがコロナ禍を契機にほぼなくなりました。テナントであるホテル側からすると、コロナ禍のように需要がないときにも決まった固定賃料を払い続ける形態を採用できなくなり、パンデミックが発生したときのリスクを貸主である建物オーナー側とシェアしていく形態が一般的となりました。具体的には売上に連動する変動賃料方式であったり、ホテルのオペレーションから生み出された利益を貸主と分配する方式だったり、またはホテル側がリスクは一切取らないでビルオーナー側が負う形(業務受託方式)だったり、様々な形にシフトしています。これが土地利用にどういった影響を及ぼすのかについては、後で説明します。
次に賃貸住宅は矢印が横ばいで、特に大きな変化がなかったと感じています。住む場所は当然必要ですので、住む人の需要への影響は賃貸住宅というセグメントではそこまでなかったと理解していますが、事業者側の観点では、他の用途との相対的な比較において、非常に収入が安定した資産ということで、注目度が高まっています。
最後に物流施設は唯一プラスの影響となっています。Eコマースの市場拡大に一気に拍車がかかったため、賃料は上昇傾向です。Eコマース市場はコロナ禍前から拡大基調が継続し、インターネットで物を買うのが当たり前になってきましたが、コロナ禍でその傾向が一層加速したのではないかと思います。そうした需要に応えるために、各物流事業者も消費地に近い場所に配送拠点を設けたいといったニーズが旺盛になってきています。
次に、投資マーケットへの影響(事業計画における期待利回りに関わる部分)について説明します。不動産価格を算出するときの分母に当たる部分です(不動産価格=純利益/期待利回り)。図4は投資家の期待利回りの推移で、日本不動産研究所が公表している不動産投資家調査を基に作成したものです。2019年10月と2022年10月を比較すると、オフィス、賃貸住宅、物流施設は低下傾向を示しています。また、商業施設やホテルはおおむね横ばいの傾向を示しています。

これは、投資マーケットそのものはコロナ禍のマイナスの影響は受けておらず、非常に活況であるということです。期待利回りが下がるということは不動産価格が上昇するということです。当社のようなデベロッパーからすれば不動産価格が上昇しないことには会社の利益が増加しないため、期待利回りが低下傾向という事業環境は歓迎すべき状況です。背景としては、日本の金利は非常に低い状況が継続していることが挙げられると思います。
あくまで1つの考え方ですが、不動産の期待利回りはリスクがないといわれる10年国債の利回り(いわゆる長期金利)に対してどれだけリスクプレミアムを乗せるかという考え方でもあるので、ベースとなる長期金利がまだまだ低いという状況は、不動産価格を下支えすることにもつながっています。
マンションの販売価格はコロナ禍でも高騰が続く
最後に、分譲事業(マンション事業)について説明します。デベロッパーによる土地値算出にあたっては、出口の売却先が一般消費者となるので、今まで説明してきたテナント賃料や期待利回りとは異なる変数で判断する事業とはなりますが、参考までに説明します。
図5は国交省の不動産価格指数ですが、2019年と今を比較してもコロナ禍など関係なくマンションの販売価格は上昇し続けています。原価となる土地代や建築費は上昇しておりますが、それに伴って販売価格が上昇しても、底堅い消費者の需要に支えられていることが分かります。

この構造的な背景としては、住宅ローン金利が非常に低い状態が続いていることが考えられますが、コロナ禍を切り口にして申し上げると、リモートワークの普及によって、長時間過ごす場所の環境を少しでも良くしたいということで、住環境への意識が向上したことが挙げられます。
事業計画から見た土地利用:どの用途で土地代が高いか
ここからは、土地利用の変化について、デベロッパーの事業計画を切り口に説明します。まずオフィスですが、借り手であるテナント側はテレワークなどが普及して新しい働き方への対応の過渡期でもあるので、需要としては少し弱いという点を踏まえると、デベロッパー側としては立地を厳選した開発が中心にならざるを得ないと考えています。将来の賃料を強気で見立てることができないことから、投資家の購入意欲(=期待利回りの低下)でカバーせざるを得なくなっています。投資家はコロナ禍に対してそこまでネガティブな反応を示していないことが救いで、不動産価格は比較的安定しているといえます。そのため、デベロッパー側の判断としては立地さえ間違えなければ良いということになり、当社グループでいえば梅田に経営資源を集中させるといった戦略にもつながります。
次に商業施設ですが、こちらもテナント賃料に直結するショッピングセンターの売上が徐々に回復してきてはいるのですが、まだ見通せないので、開発にはやや消極的だと思います。
また、郊外のロードサイドでも、以前であれば当然に商業利用されていた立地でも、物流施設が優位になるケースが出てきています。例えば、私の経験では、最近までショッピングセンターだったという案件がありましたが、先ほど説明したようにテナント賃料や期待利回りを基に土地代を算出していくと、物流施設の用途を選択した方が高い土地代が導き出せるというケースがありました。
次にホテルは、需要の先行きが読めないので、安定した賃料収入を見込みにくいことから、開発には消極的と考えています。賃料収受のスキームとして固定賃料型がほぼ消滅した点とリンクしていて、事業計画を策定するデベロッパー側の立場からすると、固定賃料でないことは、事業のキャッシュフロー計画の蓋然性が高められないことと同義であるという事情があります。例えば、歩合賃料やホテルの利益連動で賃料を決定する場合、テナントであるホテル側の売上予測に完全に依拠しないといけないことになるので、結局その売上予測を信じられるかどうかという事情もあるということです。
続いて賃貸住宅は、コロナ禍でも賃料が安定する用途であることが確認できたので、相対的な注目度が高まりました。居住の適地だと判断される場所では、かなり積極的に開発が進んでいくと考えられます。当社グループでも、賃貸マンションの開発事業は積極的に推し進めています。
最後に物流施設ですが、特に交通至便な立地、主に高速道路のインターチェンジ付近などを中心に開発が一気に加速しています。先ほど説明した郊外のロードサイドの例もそうですが、それ以外にも山や農地など、これまで低利用だった土地の評価が一気に見直されました。当社グループでも茨木市に「彩都」という広大な山を切り開いて開発した場所がありますが、ここ数年で物流用地として土地の評価が一気に高まりました。
このようにデベロッパーの事業計画を切り口にすると、土地値が一番出る用途は何かという逆算の発想になり、市場原理において土地利用が決定します。大阪の都心部のように、オフィスや商業地、ホテル、場合によっては分譲マンションなどが混在するエリアについては特にこういった影響を顕著に受けます。
御堂筋はオフィス街のイメージがあると思いますが、インバウンドが押し寄せたときには、これまでオフィス立地だった場所でホテルの開発が進んだ時期がありました。それは結局、賃料の逆算の発想であって、オフィスよりもホテルにした方が高い賃料が収受できる(=高い土地代が出せる)という話なのですが、今度はインバウンドが完全に消滅したような状態になったときにはホテルは難しいということで、御堂筋のような都心に近い所にもタワーマンションが分譲されるようになりました。
郊外に目を向けると、コロナ禍を契機に物流施設の建設が一気に進んでいます。どこまでこのような流れが継続するか分からないのですが、デベロッパーの事業計画の切り口から、将来の土地利用の変化が少しだけ見えてくるかもしれません。
一方、コロナが不動産事業に与えた影響が大きかったのは事実ですが、他の要因とも密接に関係していることにも留意すべきです。例えば、行政が主導する都市計画は、デベロッパー側の立場では規制緩和の観点で非常に重要な関心事ですし、金融政策(特に長期金利の動向)も密接に関係しています。正直に申し上げれば、コロナ以上にそれらの動向に注目しながら事業を進めているのが実態です。
オフィスは不要か
次に、オフィスは不要かという問いに対しては、コロナ禍における行動制限により、誰しも在宅勤務を経験されたのではないかと思います。これに伴って、オフィスの一拠点集中型は崩壊し、オンライン会議が習慣化してきました。
以前は、オフィスか自宅しか働く場所の選択肢はありませんでしたが、昨今シェアオフィスやコワーキングスペースなど働く場所の新たな選択肢が増えていて、企業側の制度もそれに追いつき、ハイブリッドワークといわれるような働き方が定着してきたのではないかと思います。働く場所を増やしていくという点では、デベロッパーがそうしたニーズを拾ってビジネスに変えている部分が大いにあると思っています。
一方で、偶発的なコミュニケーションや新しい出会いによって関係性をつくるという点では、対面でないとうまくいかないことは皆さんも感じられていると思います。そういう意味では、オンラインとオフラインはある程度役割分担ができているのではないかと思っています。
そうしたことから、センターオフィスをイノベーションの創出拠点とする捉え方や従業員の帰属意識やエンゲージメントを高める象徴にするなど、単なる働く場所というよりは別の要素として経営上重要な位置付けにする企業も増えていますので、出社してきた従業員同士のつながりの質を高めるような取り組みが注目されていると思っています。
オフィスは不要どころか、今後も会社を経営する上での重要性は増すと考えています。通勤による鉄道需要が完全には元に戻らないと認識しているので、リモートワークで明らかになった様々な問題点を、今あるオフィスである程度カバーしていく必要もあります。出社率そのものは減少していて、10%ぐらい戻らないと予測されますが、不動産の観点でいうと完全比例してオフィスの床面積は減るかというと、完全に一致しないのではないかと考えています。
また、イノベーション創出拠点や採用の観点、仕事が終わった後に何も楽しみがないのは困りますので、例えば当社で展開している梅田のような都心のオフィスの役割は終わらないと思います。個人的に在宅を経験して良かった点としては、家族との時間が増えました。一方、ビジネスという点で捉えると社内外を含めて人と会ったり話したりすることから新たな発見が生まれたり、また訪れた街から人生を豊かにするための刺激や活力を得たりもするので、家だけで仕事をすることだけでは得られない体験も人生においては必要なものだと感じています。
ニューノーマルへの取り組み
最後に、ニューノーマル時代への対応として当社グループの取り組みを簡単に紹介します。1つ目に2022年に竣工した大阪梅田ツインタワーズ・サウスです。低層階に阪神百貨店、高層階にオフィスを設置した新築建物ですが、オフィスのテナント向けにオフィスワーカー専用フロアを設けました。昨今の健康志向のニーズに応えるために健康的な食事を提供するカフェをつくったり、フィットネスや仮眠室の機能を提供したり、テレワーク時代に対応できるようにミーティングから個人ワークまでいろいろな働き方のニーズに応えることができるラウンジがあります。そうした創造性豊かな仕事、多様な働き方を、われわれ開発事業者側としてもサポートするような仕組みを導入しています。
従来、賃貸事業とは大家(おおや)として単に床を貸すだけだったのですが、それだけではなく、オフィスワーカーをサポートすることで付加価値を提供しており、新たな働き方を模索している企業(テナント)がオフィスビルに期待している役割や機能をどんどん先取りしていければと考えています。
また、ハイブリッドワークに対応していくために、当社グループでもサテライトオフィス事業を沿線ターミナル駅を中心に展開しています。また新業態のオフィスとしてフレキシブルオフィスも展開しています。従前は長期での契約で、内装はテナントが用意するのがオフィスの貸し方の基本だったのですが、短期契約が可能で、かつ家具も付いていて、賃料に水光熱費も含むサービスの提供を、梅田駅直結の立地で始めています。コロナ禍を契機にこうした新しいオフィスの取り組みを始めながら、事業環境の変化に対応しています。
こうした新しい働く場所の受け皿が増えてきていることも踏まえると、単純に空室率という従前の指標だけでオフィス需要の実態を把握するのは難しいのではないかと感じています。こういったサテライトオフィスなどの受け皿を足していくと、オフィスや働く場所の需要は全体では低下しているとはいえないという捉え方もできると思っています。
パネルディスカッション
<パネリスト> 水谷 淳、前田 勝氏、森本 耕司氏、原 友哉氏

<モデレーター>三古 展弘
(神戸大学大学院経営学研究科 教授)
三古 今回は「コロナを機に国土が変わる、社会が変わる―不動産と鉄道から見える人々の本源的需要―」をテーマに講演いただきました。そこでですが、今後の社会の方向として大きく次の2つを両極にとって考えると話しやすいと思います。1つ目の極にあるのが、地理的な制約にとらわれずに、就職してもオンラインで働くので引っ越す必要はないだろう、進学してもオンラインで講義を受けるので引っ越す必要はないだろう、という社会です。もう1つの極にあるのは、基本的にコロナ前と同じ社会です。
交通の定義を、樗木・井上(2002)[i]の教科書から引用すると「人々は社会あるいは地域において、生活、生産および余暇に関連したさまざまな活動を行っている。この多様な活動を根底から支え、円滑化し、発展させるものとして人と人の交流、財貨(物、金銭)の移動・交換および情報の伝達がある。すなわち人、財貨、情報は社会の流通媒体であり、それらが空間の制約を克服して移動することによって社会や地域の活動は活性化し維持されるが、こうした事象を交通という」とされています。
交通は人の移動を対象とするものもあり、それは人流などと呼ばれています。それ以外に物の移動を対象とするものは物流と呼ばれています。そして情報を移動させる通信もあります。ここでは、日常生活で使うときよりも広い範囲から交通を見てみます。これまでいろいろな技術が発展してきたわけですが、過去には直接対面でしか人と意思疎通をすることができなかった時代があったと思います。その後、手紙を書いてポストに投函する郵便が登場すると、人が移動しなくても情報のやりとりができるようになりました。電話は人の移動の代わりに音声を移動させて情報をやりとりしています。ファクスやEメールも同じように説明できると思います。
最近のオンラインやテレワークも、技術発展によって可能になったと考えられると思います。しかし、歴史を振り返ると、これまでにも様々な技術発展があってそれによって社会は多少変わったけれども、依然として人に会うことが重要でした。今回のオンラインやテレワークの活動が進んできたことも、大きくはこの流れの延長にあって、社会はコロナ前とは大きくは変わらないという考えもあると思います。まずは、コロナ後の社会が、先ほどお話しした2つの極のどちら側に行きそうか、というのが問いになります。これはビジネスの領域・対象をどこに置くかということとも関係していると思います。例えば、情報も含む移動全体をビジネスの対象にしていれば、人が移動することによって行う意思疎通を支える鉄道事業の需要が減少したとしても、全体としては大きな影響は受けないかもしれません。しかし、社会の在り方が事業の対象の枠を超えると影響があると思います。今後の社会が2つの極のどちらに行きそうか、またそれが事業にどのように影響を与える可能性がありそうか、皆さんにお伺いします。
水谷 私が教えている大学では、オンライン授業は減っていますが、受講した学生の習熟度を考えても、やはり対面の方がいいと思っています。評価もレポートではなくテストで行った方がいいと思うので、まず学校に関しては「進学しても引っ越さない」というのは限られると思います。
通信教育は以前からあるので、新しいものではなく、単に通信教育のツールとしてZoomなどが出てきたということです。通信教育は自分を律して続けるのが非常に難しく、入学できても卒業できずに途中でドロップアウトしてしまう人が少なくありません。その点からも、対面授業に戻っていくと思います。
「就職しても引っ越さない」というのは、グループとして仕事をしなければならないかどうか職種によると思います。私のような研究者であれば、個人レベルで仕事をして成果を出せばよいので、テレワークは選択肢として十分あり得るし、やりやすくなったと思います。
前田 私も水谷先生に近い感触を持っています。少なくとも学生に関しては、オンラインで授業を受ければいいのであれば、大学に行かなくても通信教育でいいのではないかと思います。大学の価値は授業だけではなくて、学内で先生方や友人とじかに触れ合ったりすることで人間関係をつくっていくことにあるのではないかと思います。よって、部分的にオンラインを併用して利便性を上げることはあると思いますが、オンラインで学べるから行かなくてもいいということにはならないのではないかと思います。
就職に関しても同様です。特に新入社員に仕事を教えたり、会社のことを学んだりするのを本当にテレワークでできるのだろうかと疑問に思います。ただ、どんな職種でも一部の業務については、テレワークを取り入れることで格段に効率が上がることはあろうかと思います。例えば、私たちも土日に少し作業したり資料を作ったりしなければならないときに、1時間以上かけて会社に行き、2~3時間仕事をするのは非常に効率が悪い。こういったことをテレワークで代用することは十分あり得ますが、テレワークで全てが解決することにはならないと思います。
また、周りの目がないところで仕事をして、本当に同じだけのことができるのかと考えたときに、意識や能力が高い人であるとか、研究職あるいはコンサルティングのような職種の場合はテレワークに合うと思います。一方、エッセンシャルワーカーなど作業的な仕事が多い職種はテレワークに適さないと考えます。つまり、テレワークで置き換えられる部分は仕事の全てではなく一部ではないかと思います。従って、テレワークができるから引っ越さなくてもいいという事態にはならないのではないかと思います。
ただ、平均して週5日通勤しているのが3日になったり、あるいは職種によっては半分以上がテレワークになったりする人もいらっしゃると思いますので、通勤利用は間違いなくコロナを境にして減るだろうと思います。交通事業者としては、そこの部分の運賃収入は間違いなく減るわけで、その分をそれ以外の需要でどう取り込んでいくかということが次の経営課題としては大きく、放っておいても戻ってくるものではないと認識しています。
森本 「就職・進学しても引っ越さない」と「基本的にコロナ前と同じ」というのは、結局どちらで賄うのかという話ではないかと思います。「進学しても引っ越さない」というのは、この3年ではっきりしていて、限りなく少ないと思います。学校教育をリアルでやらないのは、社会的にあんまりだという評価がされているように思うので、この部分は基本的には今までとあまり変わらないでしょう。
一方、「就職しても引っ越さない」の方は、例えば八ヶ岳山麓に移住し、都心の企業にオンラインで勤める人がマスコミで取り上げられていますが、マスで見たらこの形も今後ものすごくマイノリティにとどまるのは間違いないと思います。ただ、コロナがなければそういうことがそもそも起こっていなかったと思います。数は少ないけれども、職種によって、あるいは今後の政策的な誘導などがあれば、一定数起こってくると思います。
一方で、人流が減るということは、逆にモノが動いていくことになります。近鉄グループは近鉄エクスプレスという物流の会社と一緒になることでビジネスチャンスを広げようとしています。不動産業でも同じように物流拠点の方が、芽が出てくると思いますし、情報に関してもしかりです。人以外の動きが激しくなる部分をビジネスチャンスとして捉えるという点では、コロナが間違いなく大きく後押ししたと考えます。
近鉄グループでは「住みたいまちで働ける社会」を目指しています。これはまさに、本社機能は東京ですが、そこに必ずしも住まなくても居住地≠勤務地でいけるのではないかという思いです。ただ、全体的に見たらマイノリティであるということも併せて理解しておかなければならないと思います。
原 私は電話などの従来の技術とそれほど変わらないと捉えていて、オンラインは電話とメールを合わせただけの技術で、結局リアルではないという点で一緒だと思っています。ビジネスをしている立場としては、特に不動産は英語でreal estateというのですが、現場に行ってなんぼというところもあります。今はGoogleマップなどを使って簡単に不動産情報を見ることができますが、行ってみてはじめてその場所の匂いや音など全体の雰囲気を把握できます。そういった五感を駆使しないとわからないことは画面越しだけでは感じられませんので、やはりオンラインが代替できるのは一部に過ぎないというのは私も同感です。
もちろん「就職・進学しても引っ越さない」という選択肢そのものは、コロナを契機にあくまでも企業側も学校側も許容できるようになったという捉え方をしており、単にオンライン会議やオンライン授業に対応できる物理的な環境が整ったということではないでしょうか。従って、学校の話は分かりませんが、企業側のケースではそもそも労働人口が減る中、オフィスに出社しなくてもよいという選択肢を与えることで、人材を確保している側面もあるのではないかと思います。働く場所というのは、ビジネスにおいてイノベーションを起こせる場所であり、雑談ベースでも構わないので、やはり人と人がリアルに交わることが重要だと思います。リモートワーク関連事業を展開するメーカーは、率先してリモートワークを中心とした働き方をアピールしますが、現実的にはそれが難しい業種もたくさんあると思います。
三古 オンラインでの活動が対面での活動を完全に代替するのは難しいけれども、今回のコロナ禍の行動変化が社会にインパクトを与えたことは間違いないと思いました。
次に、通勤・通学需要と観光・余暇需要を考えてみたいと思います。
これまで、通勤・通学需要は価格弾力性が小さいので、通勤の費用が半分になったら通勤回数を2倍にするということや、費用が2倍になったら通勤回数を半分にするということはあまり考えられなかったわけです。つまり、コロナ前は通勤・通学はしなければならないもの、必須であると思われていたので、安定的な傾向にあると考えることが多かったと思います。
それに対して、観光・余暇需要は価格弾力性が大きいので、費用が上がると観光や余暇活動は諦めてしまいます。それは、観光や余暇活動は必須の活動とは考えられていなかったからだと思います。
ところが、コロナになって、必須であると思われていた通勤・通学もテレワークやオンライン講義で減少しました。そういう意味では、通勤・通学の移動は必須ではなかったという部分もあったことになります。
一方、観光や余暇は、名所などを写真でも見ることはできますが、オンラインでレジャーや海水浴をするのは難しいです。また、その土地の名物料理を食べるのは、そこに行かなければできない経験です。そう考えると、実は観光や余暇に関係する移動や事業のほうが代替できないという考え方もできると思います。
皆さんの対象とされている事業の中で、このような考えはどの程度当てはまるのかについてお伺いできればと思います。
原 不動産の観点で言うと、通勤需要の変化はオフィス需要に影響を与えると考えられますが、通勤人数が減ってもリモートワークのマイナス面を補うためにリアルなオフィスの重要性は一定程度増すのではないか、そうしないと恐らく産業は育たないのではないかという捉え方をしていますので、そこまで大きな構造的な変化はないと考えています。だからといって決して手をこまねいているわけではなく、コロナ禍に合わせた商品企画や、企業の働き方の変化に合わせたサテライトオフィスの新規開発などで対応しています。
また不動産の観点で観光需要について言及するとすれば、ホテル事業の動向だと思うのですが、宿泊だけ(主に出張需要)を目的にして、かつリーズナブルな価格を追求してきたようなホテルはやや減少傾向だと思います。実際にそのような、オペレーションが難しくないホテルが減ってきているというのは、業界にいても感じるところです。ただ、都心部などでは最近、宿泊に特化していても出張需要と観光需要の両方に対応しているホテルが増えています。ざっくりとした価格のイメージで恐縮ですが、ビジネスホテルというと、1万円を切るような感覚ですが、そういうホテルは減っており、今は出張、観光の両方に対応できるような1万2000~1万5000円ぐらいのホテルが主流になっているという印象です。
コロナ禍でのホテルのトピックとしては、ブランド力やコンセプトがしっかりしていて、高価格帯・高価値で、会員制などで集客力を持っているホテル、具体例としてマリオットのような外資系チェーンなどは、個々にブランドごとの違いを打ち出しており、価格競争にそこまでさらされていないという印象です。本日の講演では「ホテルはすごく弱い」という論調で説明しましたが、実は外資系チェーンに関しては、日本ではまだまだ高価格帯のホテルが少ないというところに目をつけ、積極攻勢をかけています。一方で、従来型のホテルは、新規出店を抑えつつ、現状に耐えている状況だったりします。
森本 通勤・通学利用は価格弾力性が小さく、必須であると思われていたのはそのとおりで、コロナがもたらしたものとしては、結果的には通勤については、仕事の一部はオンラインで代替可能だけれども、通学はそうではないことが見えてきました。観光・余暇需要については価格弾力性が大きく、余暇というぐらいですから必須ではないと思われています。しかし、現地のものを味わったり、現地で何かを楽しんだりするのをオンラインでやるのは難しいです。
それを踏まえて事業者の目線でお話しするならば、観光・余暇需要は、例えば海外の観光地との競合であったり、交通手段においては競合するマイカーに流れないように公共交通で楽しんでいただいたり、ということにずっと心を砕いてきたのですが、せっかく観光需要が戻ってきても公共交通がそこまで追いついていないということも残念ながら少し見えてきました。
これに対しては、もはやオンラインの影響がどうかという話にとどまらず、鉄道なら鉄道、公共交通全体なら公共交通全体で、そこにしかない付加価値を付けて、数が戻り切らないならば単価を上げることが必要です。単価を上げるというのは、事業者がもうかることよりも、高いお金を払ってより楽しんでもらう機会を提供するものを沿線でつくっていく、しかもそれは事業者だけでつくるものではなく、地元と共につくっていくことがアフターコロナにおいては特に大事だと思っています。
前田 私はこの仮説に対して少し違う意見を持っています。まず少なくとも京阪神都市圏においては、本当に通勤・通学の価格弾力性が小さいかということに疑問を持っています。確かに昭和の頃の通勤定期は会社から支給されるもので、あまり厳しく言われなかったかもしれませんが、少なくともバブルがはじけて長い不景気の時代が続いてから、多くの会社は代替の交通手段がある場合、最も安い経路の定期分しか支給しません。大阪市内で最後1駅だけ地下鉄か私鉄に乗るときにも、1駅分は徒歩対応で支給されない会社がたくさんあります。そういうこともありますので、やはり通勤についてもそれほど価格弾力性は低くありません。現金支給になって、自分で選ぶ方も増えてきているので、そこの部分も相当シビアになってきています。
通学につきましても関西の場合、ほとんどの路線は競合路線がそばにあり、その代替路線との間でどちらの通学運賃が安いかをお客さまは非常にシビアに比べているので、必ずしも価格弾力性は低くないと思います。ただ、学校や職場に行くことに関しては、今まで否応なしに行っていたのが、回数が減ることは想定しておかなければならないでしょう。
観光・余暇利用については、公共交通の他の路線よりもむしろ、マイカーとの比較になります。3~4人で移動するとなると、ほとんどの場合、マイカーの方がはるかに安くなってしまうので、その場合に何をもって鉄道あるいは公共交通を選んでもらうかは非常に難しい課題になってきます。場所によっては、道路状態が悪かったり、定時性の点で鉄道が圧倒的に有利だったりする場合は一定の競争力を持っていますが、それがないような地域の場合、かなり苦戦を強いられることになります。
そう考えると、通勤・通学であろうが観光・余暇であろうが、何らかのことで他の手段よりも優位性を持たないと結局選んでもらえません。選んでもらうために何をするかというと、場合によっては何をしても勝てない場合もあるので、そういう場合はそこにどれだけ経営資源を投資するかという話になってくると思います。そういった意味ではどこに魅力を付けて、どこに価値を設けていくかが大事なのだろうと思います。
今後は、通勤・通学よりも観光・余暇の方が伸びしろがあると思いますので、地域や自治体などと少しでも手を組んで、ポテンシャルを上げるために努力していくことが必要だと理解しています。
水谷 通勤・通学需要の価格弾力性が小さいというのはそうなのだとして、オンラインで代替できるのもそのとおりだとすると、まずポジティブなところではピーク時の需要量が確実に減ると思われます。これまで都市鉄道は、朝のラッシュ時のために投資をしていて、その投資分をどこかで吸収しなければならなかったわけですが、ピークが平準化されればコストカットできます。
鉄道会社にとって、これまでは積み残しなく満員電車で人を運ぶのが最大の使命だったので、ラッシュ時に着席サービスなどを有料で提供しようとしたら逆にクレームが出てしまっていたわけです。それがピーク時の輸送力に余裕ができれば、クオリティの高い着席サービスを朝の時間帯でも提供して、お金を払ってでも座りたい人への選択肢を提供することも可能になります。さらに追加で料金収入を得ることができるので、今後、このようなサービスもマーケットとして面白くなってくるのではないかという気がします。
もう1つは、通学定期についてです。通学定期はとても安いものの、需要の価格弾力性は大きくありません。価格弾力性が小さかったら安くする必要が全くないわけです。しかしながら、過去からの慣習だと思うのですが、現実として非常に運賃が安いです。これは経済学の理屈から考えると全くおかしく、高い通学費用のために進学をあきらめることがないようにという発想ならば、世の中全員でそのような人たちを支えなければおかしくて、そうすると税金をある程度入れる方が合理的です。私は、一民間企業である鉄道事業者にその分のコストを負わせているのはおかしいとずっと思っています。
学割は、例えばボウリング場や映画館などでは少し安くしてたくさんの学生に使ってもらおうという、むしろ増収に狙いがあります。学生の携帯電話を安くするのも、卒業後50年間ぐらい使ってもらうための青田買いをしているので理屈が通るのですが、通学定期に関する割引はこうした合理的な説明ができません。もし、通学定期を維持するのであれば、ある程度社会全体で支えなければならないという視点は必要だと思います。
三古 水谷先生から登壇者の方にお伺いしたいことがあるそうなので、お願いします。
水谷 大阪メトロのマイスタイルと私鉄のPitapa区間指定割引についてですが、これは単券の切符プラス1ヶ月分の定期で完全にキャップをかけてしまうということで、経済学から見ると非常に優れています。コロナでテレワークが定着して、通勤回数が週5~6回ではなく週3回ぐらいになってくれば、この運賃制度の価値が上がってくるのですが、実はこの制度はコロナ前から、阪急・京阪・近鉄・大阪メトロでは始まっていました。実際コロナパンデミックになって、区間指定割引を利用する人が増えたのかどうか、お伺いします。
森本 これが興味深いところで、増えていってもよさそうなのですが、現実には全くそうはなっていません。定期のお客さまが減ったらその受け皿としてPitapa区間指定割引が増えるということもなく、定期のお客さまと同じ、ないしはそれ以上にコロナ禍以降減少していて、実数としては区間指定割引を適用される方の数は減少しています。恐らく今まで適用になっていた方の出社頻度が落ちて、区間指定割引の適用対象外になったという事情も一部あるでしょう。いずれにしても経済学的に優位な行動を実際にお客さまが取っているかというと、そうではないという結果が出ています。
価格的な面では、区間指定割引は6ヶ月定期ほど安くならないので、その影響もあると思いますし、そもそもPitapaをご利用のお客さまが全体としてそこまで多くなく、どちらかというとICOCA定期の利用が中心という事情もあると思います。
前田 私どもも、直近の状況は確認しておりませんが、区間指定割引が特段増えている状況にはなっていません。そもそもこの制度がある一方で、ICOCAの定期もできたときに、お客さまがどちらを選ぶかということなのですが、ある程度棲み分けはしています。しかし、ICOCAの定期を選んでいる人の方が数的にはかなり多いです。
1つ考えられるのは、区間指定割引というのは結局1ヶ月定期との比較になります。3ヶ月、6ヶ月になると定期の割引率がさらに高くなりますので、その辺はお客さまの感度が非常にシビアです。さらに、定期であれば1ヶ月の途中の日から1ヶ月間とか、自分の好きな期間で一番有利なところを取れるのですが、マイスタイルの場合は月初めから月末までになるので、そういう意味でもお客さまはより割引率の高い定期を選択する方が多いと想像しています。
ただし、弊社の場合はそうなのですが、大阪メトロさんに乗車される方については、マイスタイルはいろいろ有利なプログラムがありますので、大阪メトロだけPitapaの区間指定割引を使って、それ以外はICOCAの定期でという方は多くいらっしゃいます。
三古 最後にまとめますと、コロナを経験して、突如として社会の考えが変わったように思います。今後社会がどうなるかというのは、その分野や対象にもよると思いますが、依然として注目に値するのではないかと思います。
今後もコロナに関係なく人の移動は変わっていくと思いますし、人の移動が変われば国土や社会が変わることにもつながっていくと思いますので、引き続き検討していきたいと思います。
[i] 樗木武、井上信昭(2002)『交通計画学 第2版』共立出版
