特集
不確実性に直面してやってはいけない三つの間違いとは
-エフェクチュエーションとOODAループ-
未来を予測し決断しなければならないとき、あなたならどうするだろうか。「将来の最適予測変数は過去である」。これは私がある著名な留学プログラム奨学金の審査を行ったとき、ガイドラインに記載されていたセンテンスである。応募者が留学してどれだけ成長するかを判断するには、かれらの過去のキャリアを詳細に検討する必要があるということだ。しかし、過去が将来の最適予測変数になるケースはどれだけあるのだろうか。
1997年、優秀だが経験の浅い2人の大学院生が、当時、人気のある検索エンジンを開発したExciteのオフィスを訪れた。かれらは同社のCEO、ジョージ・ベルに会い、最近開発したBackrubと呼ばれる無名の検索エンジンを160万ドルで売りたいと申し出た。かれらは両方の検索エンジンで「インターネット」という用語を検索したところ、Exciteの検索エンジンでは、インターネットという言葉が目立った中国語のウェブページが優先的に表示された。一方、Backrubは、ユーザーが興味を持ちそうなリンク先を的確に提示した。
ベルはこの結果に興奮しただろうか。驚くべきことに、Backrubはあまりにも優れすぎていたため、かれはこのオファーを拒否したのである。というのも、Exciteのビジネスモデルは広告であり、ユーザーがExciteのサイトに長く滞在し、頻繁に戻ってくるほど、同社は利益を得る仕組みになっていたからだ。ベルの今までの成功体験からすると、関連性の高い検索結果を提供することで、ユーザーを別の場所にすばやく誘導するのは利益に相反していた。実は、この2人の学生とは、Googleの創業者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジであった。ベルは、現在1兆ドル以上の価値があるGoogleを、わずかなお金で買う大きなチャンスを逃したのである。
このベルの決断は、明らかに過去の成功体験にもとづいている。かれの過去の体験は、未来の最適予測因子にはならなかった。もちろん、不確実性がない世界であれば、過去の延長線上で未来をとらえるのは合理的だ。しかし、ランダムウォークのように、将来が予測的でない場合、どうすればいいのだろうか(ちなみにランダムウォークの将来の期待値は、現時点に等しくなる)。
未来の予測を放棄する:エフェクチュエーション
不確実性が高いということは、因果関係(causation, 以下、コーゼーション)が明確でないということを意味する。計画とは、基本的にはコーゼーションを前提とする。目的を達成するための手段の体系が計画だとすれば、特定の手段が選択されるのは、その手段を実行することが目的達成の確率を高めることになるからにほかならない。つまり、そこに何らかのコーゼーションがあるからこそ、最も確率の高い手段を選択できることになる。
では、不確実性が高い場合、どのようにして目的を達成するための手段を選択すればいいのだろうか。ここではコーゼーションは存在しない。ランダムな確率過程に直面していることになる。エフェクチュエーション(effectuation)とは、このような状況で適用されるべき思考パターンのことを意味する(Sarasvathy, 2008)。これは、次に述べる五つの原則から構成される。
通常の計画では、目的から手段を考えるのに対し、エフェクチュエーションでは手段のみを取り上げる。そして、いま手元にある手段、能力、リソースを用いて試行錯誤することを奨励する。目的重視から手段重視への転換。これが「手中の鳥の原則」(Bird in hand)と呼ばれているものである。
その際、未来を予測するのではなく、現時点でコントロールできることに注力しつつ試行錯誤を繰り返していくことになる。このことは神学者、ラインホールド・ニーバーの有名な祈りを想起させる。それは次のようなものだ。「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ」。つまり、コントロールできることとそうでないものを識別し、前者に集中せよ、ということになる。これが、「飛行機のパイロットの原則」(Pilot-in-the-plane)である。
手段を用いて試行錯誤する場合、当然ながら数多くの失敗に直面することになる。しかし、失敗は成功の母であり、そこから何を学び、次にどうつなげていくかが問われることになる。これが、「レモネードの原則」(Lemonade)だ。レモネードという言葉は「レモンを与えられたらレモネードをつくれ」という格言からとられたものである。
とはいえ、失敗するということはコストがかかることを意味し、予算の制約があるなかで、そんなに多くの失敗を積み重ねられないというのが実情であろう。そこで登場するのが、「許容可能な損失の原則」(Affordable loss)だ。期待利益ではなく、期待損失にもとづいて意思決定すべきだというものである。不確実性が高い場合、将来生じる利益を正確に予測することはできない。それならば、予想される損失が予算からみて許容可能かどうかという観点から決断すべきであろう。ここには期待利益と期待損失の非対称性が認められる。将来の利益や収益を予測することは難しい。しかし、損失についてはある程度正確に予測することができる。それならば後者にもとづいて、それが許容可能かどうかで判断したほうが合理的であろう。
最後の原則は、「クレイジーキルトの原則」(Crazy-quilt)だ。これは、多様な関係者との協力関係を築き、パートナーシップを確立していくことを重視する原則である。エフェクチュエーションは、もともとはベンチャー創業者の思考パターンを調べていくなかで発見されたものである。これらの起業家が成功を収めたのは、多様な関係者とパートナーシップを構築したからにほかならない。他人の力をうまく活用し、事を成し遂げていくことが重要であり、すべてを自分でやろうとすると時間、コストがかかり、パフォーマンスも必ずしも高いものにならない。キルトは、もともとは余った布や端布をつないで作ったのが始まりといわれている。ここでは多様なピースをつなぎ合わせていくことが成功の鍵となる。
このような五つの原則にもとづいた思考パターンがエフェクチュエーションであり、不確実性に直面した場合にとるべき考え方になるだろう。重要なのは未来予測の限界を理解して今できることに注力し、多くの関係者の協力を仰ぎながら試行錯誤を繰り返していくということである。
試行錯誤の仕組み化
このエフェクチュエーションという考え方は、起業家の行動を説明するには非常に適した概念になる。成功した起業家は、最初からその事業の構想を持っていたのではなく、試行錯誤するなかで徐々にそれを発見していった、ということが大半であろう。プランAがその通り的中することはなく、創造された事業が斬新なものであればあるほど、それはプランAから乖離し、プランB、プランCへと展開していくなかで明らかになっていったものである。ミンツバーグは、このような戦略を創発戦略(emergent strategy)と呼んでいる(Mintzberg, 1985)。
しかし、このような長期のタイムスパンのものばかりでなく、より短中期的なタスクにも不確実性の高い非定型業務は存在する。エフェクチュエーションを思考パターンの原則としてとどめるだけでなく、それをマネジメントとして仕組み化していくことで、これを日常業務の中に組み込んでいくことが重要であろう。この仕組み化を意図したものがOODAループと呼ばれるものである(Richards, C., 2004;原田, 2019)。
この概念は、元米空軍大佐、ジョン・ボイドによって提唱された概念であり、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)という四つのステップから構成される。これは、アメリカ海兵隊で採用され、湾岸戦争など現代戦で顕著な成果を上げている。現在、先進国の軍事組織は、ほぼ例外なくこのOODAループによるシステムを導入している。また、このOODAループは、マネジメントの領域にも応用され、必ずしもOODAループという言葉を使っているわけではないが、リーン開発、アジャイル、デザインスプリント、デザイン思考といったアプローチの源流はOODAループにある。これらはOODAループを個々の状況に応じてアレンジして構築されたものであり、その意味では、OODAループはマネジメントの領域でも大きな成果を上げているといえるだろう。
このOODAループに類似したものとしてPDCAサイクルがある。これは言うまでもなく、計画(Plan)、実行(Do)、チェック(Check)、是正(Action)から構成されるマネジメントサイクルであり、多くの日本企業で取り入れられている。OODAループとの相違は、計画を前提とするかどうかという点にある。OODAループは観察から始まる。それに対してPDCAサイクルは計画を出発点とする。上述のように、計画とはコーゼーションを前提とするため、PDCAサイクルは、コーゼーションが明らかな領域で適用されるべき手法となる。
一方、OODAループは計画を前提とせず、まずは事実の観察から始める。これは必ずしもコーゼーションを前提とするものではなく、エフェクチュエーションと親和性が高いといえる。観察した事実、データをもとに直観的に判断し、行動に移していく。これを何度も繰り返すことがOODAループである。換言すると、これは試行錯誤を意図的に実施していくということにほかならない。
では、ここでどのようなマネジメントが成立するのだろうか。実は、OODAループをコントロールするためにはPDCAが必要なのである。水平的な関係としては、PDCAとOODAは代替的な関係にある。コーゼーションが明確な定型業務ではPDCA、それが不明確な非定型業務ではOODAを適用するというすみ分けが行われる。しかし、垂直的には、OODAループを実施する現場組織をPDCAでコントロールしていくことが求められる。ただし、ここでいうPDCAは通常のそれとはやや異なる。ここでの計画は、ミッションを意味する。つまり、プロジェクトの期限を明示し、それまでに何を達成すべきかというゴールやその意義を明確化する。一方、手段については明示せず、それは現場でのOODAループで発見していくべきものとなる。OODAループの上位管理者は、ミッションを明確にし、ミッション達成のために必要なリソースを提供する。次の実行の段階では、上位管理者は全く関与せず、現場の組織に一任される。そして、所定の期日でチェックされ、必要に応じて是正されることになる。
このようにOODAマネジメントにおいては、その上位において通常とは異なる意味でのPDCAサイクルを回していくことが鍵となる。このようなコントロールをかけることにより、リソースの浪費や行き当たりばったりのOODAループを回避することができるのである。
やってはいけない三つの間違い
以上のように、エフェクチュエーション、OODAループはともに不確実性に直面した場合の代替的なアプローチを提示するものであり、コーゼーション、計画を前提とした従来のマネジメントモデルとは大きく異なる。多くの企業では、依然としてコーゼーションをベースに経営されている。いわばモデル・ドリブンの経営である。それに対して、エフェクチュエーション、OODAループは、データドリブン経営を志向するものである。データドリブンでは、計画にもとづいてデータを集めるのではなく、集まったデータが起点となってそこから新たな方向性、手段、解決策が見いだされていく。
このような不確実性に直面した場合、やってはいけない第1の間違いは、コーゼーションの適用である。コーゼーションが成立しない環境で、これを当てはめることは明らかな間違いである。
第2の間違いは、将来生じる収益、利益を予測し、それを意思決定の基軸にすることである。ファイナンスにおける企業価値評価、事業価値評価とは、最低、将来10年程度のフリーキャッシュフローの予測を前提としている。しかし、そもそもそのような予測は成立しないケースが多い。昔、アップル社でインタビューを行ったとき、「わが社の予算は3か月で回しており、事業計画とは3か月計画のことを意味します」と言われたことがあった。そこで「1か年計画は何というのですか」と尋ねると、「それは中期計画と言います」との回答。「では日本企業に見られる3~5年の中期計画はどう呼んでいるのですか」と質問すると、「それはドリームと言います」とのことであった。同社では、10年程度の財務予測をベースとした事業価値評価は実施されていない。IT業界では、10年先、否、1年先のことは砂上の楼閣にすぎないからだ。それに代わり、コーゼーションが成立しない領域では、許容可能な損失の原則に従い、収益や利益ではなく、損失をベースに予測し、それが許容可能かどうかで判断すべきであろう。ただそこに一点付け加えるとすれば、損失が許容可能かどうかだけではなく、それをやることがミッション達成に向けてどれだけ意味を持つのか(失敗してもやる価値があるかどうか)、という学習可能性の観点も判断基準として大切である。
第3の間違いは、拘束的な計画を重視することである。OODAループでは観察から出発するといっても、決して計画を否定するものではない。例えば、スケジュールを考えずに思い付きで行動しても周りに迷惑をかけるだけであり、決して仕事は効率的に進んでいかない。観察するにしても、何らかの計画を事前に想定して動くことになる。その意味では、「限定された合理性」を持つ私たちは、決して計画の呪縛から逃れることはできない。私見で言えば、エフェクチュエーションにおいても、計画を全く前提としないことはあり得ない。試行錯誤するにしても、何らかの仮説や期待がなければ、そもそも学習ということは成立しない。哲学者、カール・ポパーの言葉を借りれば、われわれは仮説の反証を経て学んでいくことができるのである。仮説なくして学習は成立しない。ただし、PDCAとの違いは、計画は暫定的であり拘束的ではないという点にある。PDCAの場合、計画遵守が絶対的な要件になる。確かに生産計画などは必達が求められるだろう。しかし、それはそこにコーゼーションを前提とすることができるからにほかならない。それが成立しない場合は、計画は必要だが、臨機応変、柔軟にそれを変更・修正していくことが求められる。
最後に
不確実性に直面した場合、失敗は不可避である。物理学者であるニールス・ボーアは専門家のことを「とても狭い領域で、考えられるすべての間違いを経験した人間」と定義している。このような過ち、失敗を組織で許容できるかどうかが不確実性への対応でポイントとなる。試行錯誤における思考パターンとしてのエフェクチュエーション、マネジメントとしてのOODAループへの切り替えができるかどうかが重要になるのである。
ただし、試行錯誤とは日々失敗に直面することであり、メンタル的に決して楽なものではない。ギリシャ神話に登場するシーシュポスは、神々の怒りを買い、その罰として、巨大な岩を山頂まで運び上げ、その岩が絶えず転がり落ちていくことに耐え、その作業を永遠に繰り返すことを強いられた。企業もまた、その絶えざる試行が反復されることに耐えねばならない。しかし、このシーシュポス(=企業)は、前進することができる。岩が転がり落ちても、そこから学習し、改善に向けて貢献らしきことを何ほどかなしうる。成長を伴う試行錯誤が反復される限りにおいて、私たちはシーシュポス(=企業)を幸福と考えることができるのではないだろうか。
<参考文献>
- Mintzberg, H. and J. A. Waters (1985). "Of strategies, deliberate and emergent." Strategic Management Journal 6(3): 257-272.
- Richards, C. (2004). Certain to Win, Xlibris(原田勉(訳・解説)『OODA LOOP(ウーダループ):次世代の最強組織に進化する意思決定スキル』東洋経済新報社、2019年)
- Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of entrepreneurial expertise. Cheltenham, Edward Elgar Publishing.(加護野忠男(監訳)、高瀬進・吉田満梨(訳)『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎、2015年)
- 原田勉(著)『OODA Management(ウーダ・マネジメント): 現場判断で成果をあげる次世代型組織のつくり方』東洋経済新報社、2020年
