銀賞
勤続年数が情緒的コミットメントに与える影響
 -創業第一世代の葛藤-

 

 

渡瀬 小百合
(株式会社ウィル)

 

1.はじめに・問題意識

 本研究の目的は、ハイコミットメント型人的資源管理(以下、ハイコミットメント型HRM)を実践する中小企業(研究対象:W社)において、勤続年数が所属社員の組織コミットメントにどう影響するかを明らかにすることである。そのなかで、創業第一世代に注目し、考察を行った。

 私が勤務するW社は、ハイコミットメント型HRMを実践し、成長を続けている。しかし、成長の裏で、急速な社員数・拠点数の増加による組織風土の変化が問題を引き起こしている。例えば、事業部長等の中核社員の退職である。20年ほど勤務している社員、中には役員や事業責任者等の重要な役職についていた中核社員でさえ、退職を選ぶ人がいる。退職に至ったケースの多くは突然で、その社員がもつノウハウや経験知識が継承されることもないまま別れがくる。既存社員にとって中核社員の突然の退職の通知はショッキングなものであり、「自分もいつかこうして退職するのだろうか‥」という不安を醸成する要因となり、また学習機会の損失も生じる。ハイコミットメント型HRMを実践しているからこそ、組織風土を残したまま成長し、多くの中核社員が辞めることも避けたいと考える。しかし現状はそうはなっていない、というのが問題意識である。

2.先行研究レビュー、リサーチ・クエスチョン

 先行研究では「組織コミットメントは勤続年数とともに上昇する傾向にある」ということ、「ハイコミットメント型HRMは組織コミットメントに影響し、高業績という結果をもたらす」ということが明らかとなっている。

 しかしW社においては、勤続年数が長く、組織への愛着や同一化が進んでいるはずの世代が、組織との不一致を感じて退職している。この事実は、これまでの先行研究の理論では明確に説明できない。

 そこで、組織コミットメントを「(a)組織と従業員の関係を特徴づけ、(b)組織におけるメンバーシップの継続もしくは中止に関するインプリケーションを持つ心理状態(Meyer et al.,1993)」と定義し、測定指標として用いることとした。なかでも情緒的コミットメントに着目をし、次のリサーチ・クエスチョン(以下、RQ)を設定した。

 RQ1:ハイコミットメント型HRMを実践するW社において、勤続年数によって情緒的コミットメントはどのように変化するのか。
 RQ2:RQ1の結果として差異が生じるとすれば、それはなぜか。

3.分析結果と考察

 調査方法は、定量分析と定性調査を組み合わせた。RQ1を定量調査(W社全社員を対象としたアンケート調査)で明らかにし、RQ2を定性調査(退職社員・既存社員に対するインタビュー調査)で明らかにした。

 まず、アンケート調査では、全正社員のうち91.3%からの回答を有効データ数とし、調査項目である14項目に対して因子分析を行った。そのうえで、勤続年数を5年ごとに区切り(1~5年、6~10年、11~15年、16~20年、20年以上)X軸に、情緒的コミットメントをY軸にとったグラフが以下の図である。

 

 図から読み取れる特徴としては、以下の2点があげられる。この特徴を含む全体的な発達傾向は先行研究には見られない形であり、「S字型」とした。

 特徴1:1~4年目の初期キャリアでは情緒的コミットメントは弱くなっていくが、4年目以降は上昇傾向に反転し、徐々に強くなっていく。
 特徴2:4年目以降上昇傾向にあった情緒的コミットメントは勤続年数21年目以降で再度反転し、弱くなっていく。

 特徴1については、W社が若手社員の活躍推進施策を行っており、4年目以降の多くの社員が人事昇格していくことが主な原因として考えられた。年功序列ではなく業務の成果による公正な評価を行っていることの功績がこの「4年目以降の立ち上がり」に表れていると考える。

 特徴2については、まさに第一創業期に入社した「創業第一世代」が属するフェーズの特徴であり、彼らにインタビュー調査を行った。計7名を対象としたインタビューの結果、組織の愛着に対する自覚を高くする/低くする要因として、「『組織の変化』に対する感情」「『組織内の中心性』に対する自己認知」「『将来の職務の曖昧性』に対する自己認知」という三つの観点があることがわかった。

 

①「組織の変化」に対する感情
 先述しているように、W社では、創業から現在に至るまでに組織の変化が生じている。自分が惹かれて入社を決めた時の組織や長く自分自身が過ごした組織の変化にネガティブな感情を抱き、組織に対する愛着を低下させていることが分かった。

②「組織内の中心性」に対する自己認知
 E.H. Scheinの「組織の3次元モデル」を参考に、本研究では「自分が会社の中心で責任を果たしたり職務を行っていたりするかどうか」と定義した。
 インタビュー対象者は、すべて課長以上の役職経験者を選出したが、「組織内の中心性」に対する自己認知については差異が見られた。客観的にみると役職が高い人でも、組織内の中心性について「低い」と自己認知している人が、組織への愛着が低いグループに属していた。

③「将来の職務の曖昧性」に対する自己認知
 「将来の自分の仕事について、どういう内容で、どの役職となっているかのイメージや見通しが不明瞭という状態」と定義した。この部分に関しては、組織への愛着が高いと自己認知しているグループからも、ネガティブな意見が多くみられたのが特徴である。
 創業第一世代の宿命ともいえるが、彼らにとって先を歩く「先輩社員」がいないからこそ、自分自身のキャリアの着地点を自ら考えないといけない。特にW社の場合は、事業の変化も多く、若手社員の活躍が推進されるなか、勤続年数の重なりとともに「自分の居場所」が不明瞭になりやすい。大企業のように多くのポストもなく、「役員になる」か「独立する」という選択肢のどちらかのみが明確に見える世界である。役員にもなれず、独立志向のない人にとってはキャリアのゴールが見えないことが、「職務の曖昧性」へとつながり、情緒的コミットメントを低下させていることが分かった。

 この続きとして、創業第一世代の背中を見ている創業第二世代にもインタビュー調査を行った。その結果、第一世代の葛藤が伝わることで、第二世代もキャリアの不安を抱く人がいることも明らかとなった。

4.結論

 RQ1については、「S字型」の変化が生じ、これまでの研究事例は見られない特徴的な形であった。

 RQ2は、若手社員の活躍推進施策の効果が生じていること、勤続20年目以降の情緒的コミットメント低下については、先述①~③の三つの観点があることが分かった。

 多くの含意が得られたが、特に注目すべきは、ハイコミットメント型HRMにおける「従業員のキャリア形成」という観点の重要さである。そして、「人を大切にする経営」の難しさを感じずにはいられない。今後、自分の実務のなかで活かしていきたい。