プロフェッショナルの仕事術
MBAでの学び直しの効果

  • 一宮 泉 (ダイドーグループホールディングス株式会社)

<略歴>
1991年 上智大学法学部国際関係法学科卒業
1991年 住友銀行(現 三井住友銀行)入社
2000年 PwCフィナンシャルアドバイザリーサービス株式会社及び
株式会社産業再生機構等で複数企業の事業再生計画の立案、実行、企業売却業務に従事
2011年 ダイドードリンコ株式会社(現 ダイドーグループホールディングス株式会社)入社。現在に至る
2019年 神戸大学MBA修了

◆MBA出願時の狙い

 私が50歳で神戸大学MBAを出願したのは、たまたま勤務先のダイドーグループホールディングス株式会社で、神戸大学で博士課程を取得された栗原道明氏に指導を受ける機会があり、受験を勧めていただいたことがきっかけでした。60代の栗原さんから、社会人としての豊富な実務経験とアカデミックな知見に基づいた的確な指導を受けたことと、50代以降の社会人にありがちな過去の経験を押し付けない物腰の柔らかい姿勢にあこがれて、難関のMBA受験を決意しました。

 私は当時、経営戦略部戦略投資グループでM&Aの業務に従事しており、投資後の成長プランを起案する必要がありました。当時は、過去に経験してきた金融機関での実務経験に基づいて業務を進めており、自分が経験していない未来の成長プランを策定するためには能力開発が必要だと感じていました。

 栗原さんから三品和広先生の経営理論をご教示いただいたこともあって、特に高収益事業を構築するための経営理論を体系的に学びたいと思い、神戸大学MBAに出願しました。

◆MBAで得た学び

 MBA入学当初は業務と課題との両立に苦労しましたが、職務経験を積んだ後に様々な経営理論や企業のケースを学ぶことは大変楽しいひとときでした。特に二つのプロジェクト研究を推進する際に、幅広い業界から参加している異なる年代の同級生と議論することで、プロジェクトを検討する際に年齢や職業経験による能力差はほとんどないことを実感したことは良い経験でした。

 また、経営戦略の授業でアマゾンや日本電産、セブンイレブンといった高収益事業の経営戦略の事例を、そこに勤めている同級生や経営者の方から直接講義を受けたことも、他業界の動向や戦略に目を向けるきっかけになりました。このように数多くの魅力的なカリキュラムの中で私が得た最も大きな学びは、三品ゼミで「食と健康関連領域における事業基盤の構築について」という修士論文を執筆した経験でした。論文を執筆する際に、三品先生から他業界の成功事例や海外の飲料業界をめぐる展望のお話を伺いながら、視野を広げ、かつ建議相手の視点に立って論文の構成を考えることの重要性を指導していただきました。

 また、成功事例を収集するために、複数のヘルスケア業界の高収益企業の関係者の方々に実際にインタビューを実施して企業戦略の背景にある考え方を伺ったり、論文の主張の裏付けとなる経営理論を習得する中で、「高収益事業を構築するには事業立地が何よりも重要で、規模や過度な成長を追ってはいけない」ということと、「中長期的に存続する事業を構築するためには、地域や社会から必要とされる製品、サービスを顧客に提供しなければならない」ということを頭にたたき込んだことが大きな収穫でした。

 このように、論文執筆を通じて「経営課題について広い視野、様々な関係者の視点に立って深くものを考える」という経験を積めたことは何よりも貴重な経験となりました。

◆修了後の働き方の変化

 2019年9月にMBAを修了後、論文で研究検討した投資テーマの内容を勤務先の経営陣の方々に提案したところ、幸いにも内容に理解を示していただき、業務で建議した投資テーマを推進することができました。しかしながら、その後の投資候補先との交渉の結果、投資の実行までには至りませんでした。その後も引き続き投資活動を継続し、現在は新たなヘルスケア関連の新規事業の検討を進めています。

 私の場合、MBA取得後も従前と同じ投資業務に従事しており、業務の内容は変わっていません。また、仕事上で大きな成果を上げたり華麗な転身を果たしたわけではありませんが、日々の仕事の進め方は変化しました。まず、MBA在学時に業務との両立を進めたことで、業務に優先順位をつけ、優先順位の低い業務を捨てる習慣がつきました。さらに、投資案件を企画する際に、MBAで学んだ経営理論や他業界の戦略を念頭において企画するようになったことで、思考の軸が広がりました。

 同時に会社の同僚との関わり方も変化しました。以前は30年の職務経験が邪魔をして、若い世代の社員の意見を素直に聴けずに頭ごなしに反論することがよくありましたが、MBAで若い世代の同級生と多岐にわたるディスカッションを行ったことで、若い世代の社員の意見に以前より素直に耳を傾けるようになりました。

 また、MBAで学んだことを仕事の成果につなげている数多くの修了生の方々のお話を伺う中で、成果を上げている同窓生の方は、「学んだ内容をすぐに仕事で実践する」という点と、「関係者に礼節をもって接している」「失敗を恐れずに新しいことに挑戦し続けている」という点が卓越していると感じました。MBAで学位を取得したことは、あくまでも新たな働き方や学び方の型を伝授していただいたに過ぎません。学びを仕事上の大きな成果につなげるためには、日々の業務で愚直に実践し続けることが何より重要で、まだまだ更なる鍛錬が必要だと反省しています。

◆今後の目標

 論文で提言した「食と健康関連領域における事業基盤の構築について」に関して、当初の提言は投資先との交渉の結果実現できなかったため、異なるアプローチで新たなヘルスケア事業の構築を実現することが私の目標です。

 また、MBAでの学びをきっかけとして地域社会の課題により関心を向けるようになりました。仕事と並行して身近な地域社会の課題の解決にも挑戦していきたいと考えています。

◆おわりに

 今回、人生の折り返し地点でMBAに挑戦したことで、残りの人生を年齢や環境を言い訳にせず、より良いものに開拓していきたいという思いが強くなりました。現状、コロナの影響で先行きが不透明な環境ではありますが、まずは日々の業務に全力を尽くし、金融の実務経験とアカデミアの知見を駆使して企業価値を向上する職人になりたいと考えています。

 最後になりましたが、MBAで懇切丁寧な指導をしていただいた三品先生をはじめとする神戸大学の先生方と同級生の皆さま、50歳の私に受験を勧めてくださった栗原さん、ならびに業務との両立に協力していただいた勤務先の関係者の皆さまに深く感謝して結びの言葉といたします。