特集
コロナ禍と経営・経営学

  • 三矢 裕 (ビジネス・インサイト編集長・神戸大学大学院経営学研究科 教授)

コロナ禍で学者は何をしているのか?

 新型コロナウイルスは、一旦は収束しかけても、経済活動を再開させるとたちまち第二波となって襲い掛かる。これまで我々が経験してきた、リーマンショックのような急激な経済危機、東日本大震災のような大規模自然災害と違い、底が見えず、じわじわと社会や人々の心をむしばんでいく。

 このような時、我々経営学者は、医療現場の最前線で貢献できない。経済活動をV字回復させるような画期的なシステムを構築できず、苦境にあえぐ企業に対しても即効性のある処方箋を出せない。かろうじて学生に対してオンラインで教育指導ができるようになったが、多くの時間、我々は自宅で思索している。つまり、いろいろ考えている。これがリアリティである。

 しかしながら、その「考えていること」に意味が無いとは思わない。ビジネス雑誌やテレビ番組では、十分な根拠も無いまま、場当たり的に将来への「答え」が主張されている。垂れ流されていると言っていい。それらを否定する訳ではないが、おそらくはその「答え」はすぐに陳腐化し、後世に引き継がれることは少ない。それに対して、我々学者は、先人たちが積み上げてきた普遍的な理論をフィルターにして、世の中を見ながら考えを深めていく。目の前の現象を一般化し、既存理論を発展させる。いま、新しい経営学の理論が生まれようとしている。それは「答え」よりも汎用性があり、より良い方向を示し、人々の思考や行動のガイドとなるであろう。

ビジネス・インサイトの役割

 神戸大学の建学の理念は「学理と実際の調和」である。経営実務との調和はさまざまな方法でなされるが、本誌ビジネス・インサイトは創刊以来、我々にとって産と学を結ぶ重要な媒体である。阪神・淡路大震災が起こった1995年のビジネス・インサイトNo.10では、『復興のダイナミズム―震災・人間・組織・インフラ―』という特集が組まれた。執筆者は、神戸大学経営学部に属する8名の教員および外部からの8名の専門家であった。

 当時の編集長の金井壽宏教授はその特集に際して「われわれは、経営学で扱うべきことの広さと深さに誇りを持って感銘するとともに、同時に経営学やビジネスの側面だけでは扱い切れない問題を前に謙虚であることを学んだ」と言っている。神戸大学の大学院生であった私は、経営学はこんなこともできるのだと驚いた。その後、私自身が東日本大震災のクライシスマネジメントについて研究をする際、この特集号は多くのヒントをくれた。

 25年を経て、ビジネス・インサイトの編集長となった。このコロナ禍の中にあって、「経営学者がいま何を考えているかについて発信すべきである。現代経営学研究所および神戸大学経営学研究科として、このコロナの問題に対してきちんと向き合っている姿勢を示さねばならない」と考えた。そして、昨年までの同僚である松尾博文神戸大学名誉教授と話す機会があり、今回の特集号のアイデアに行きついた。

議論を起こす

 神戸大学大学院経営学研究科には50名超の教員がいる。彼らはそれぞれユニークであり、この組織に多様性をもたらせてくれている。それが我々の強みである。紙幅の関係上、この企画の声かけをできたのは19名にとどまったが、全員が本特集の趣旨に賛同し快諾をしてくれた。若手からベテランまで、そしてさまざまなバックグラウンドを持つ教員が、各自の専門の立場から考えた渾身の原稿を寄せてくれた。

 実は、原稿依頼をしたのが7月であり、我々が得意とするデータ分析をするためのデータも揃ってはいなかった。それ以上に、これからこの社会がどうなっていくかの見通しすら立っていなかった。学者の習い性として、このような状況で無責任な発言をすることには慎重になる。我々が今後、データ分析して導き出す研究の結論とは齟齬をきたすかもしれない。いささかフライング気味ではあるのだが、それでもなお、我々は「考えていること」をこのタイミングで発信して、議論を起こす必要があると考えた。

 なお、この特集では、19本の稿をあえてグループ分けしていない。その代わりに、各稿が緩やかに連携するよう、配置している。読者の関心に沿ってそれらを選択的に読んでもらえたらいいと考えている。

 ここにマスコミに溢れる「答え」とは違う、視点、主張があることに気づいてもらえたらうれしい。読んで腹落ちするものもあれば、ピンと来ないものもあるとは思う。もしかしたら、これを読んで早速にアクションを起こす人がいるかもしれない。一方、新しい経営学が生まれる予兆を感じ、一緒にドキドキ期待してくれる人がいるかもしれない。この特集が、学理と実際を調和し、より良い社会を作る一つのきっかけになってほしい。

 ところで、2020年7月に発行した本誌No.110では、松尾博文名誉教授が特別編集委員となって「コロナ停滞の非日常にビジネスとキャリアを考える」という特別企画を掲載している。これは、ゴールデンウイーク前から緊急事態宣言解除直後の5月末までに、神戸大学MBAプログラム修了生の方12名に同テーマで依頼し、寄稿してもらったものである。極めてアーリーステージの状況で、ビジネスの最前線でがんばる彼らの声は示唆に富むものであり、大変好評であった。そこで、本号においても、引き続き19名のMBA修了生に稿を寄せてもらった。前号からは数か月経ち、少し落ち着きを取り戻した中で、果たして実務家たちは何を感じているのであろうか。前半の学者の稿と後半の実務家の稿を合わせて読むことで、何が同じで、何が違うのかも感じられるのではないだろうか。

 この特集の企画の趣旨に賛同し、協力してくださった皆さまにこの場を借りて感謝します。そして、一日も早く、社会が、人々が元気になることを祈っています。