第114回 ワークショップ
持続可能なインフラ事業運営
-今後の官民連携の可能性と課題-
講演
1.持続可能なインフラ事業運営 ―今後の官民連携の可能性と課題
原田 峻平氏(名古屋市立大学データサイエンス学部 准教授)
2.水道事業におけるコンセッション事業について
宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)
田代 浩次氏(若生工業株式会社 取締役顧問/元 宮城県企業局 副局長)
3.持続可能なインフラ事業運営 ―今後の官民連携の可能性と課題―
民間事業者の現場の視点から
大塚 淳氏
(インフロニア・ホールディングス株式会社総合インフラサービス戦略部 部長)
パネルディスカッション
<パネリスト> 原田 峻平氏、田代 浩次氏、大塚 淳氏
<モデレータ> 中村 絵理(神戸大学大学院経営学研究科 教授)
講演1 持続可能なインフラ事業運営ー今後の官民連携の可能性と課題

原田 峻平氏
(名古屋市立大学データサイエンス学部 准教授)
名古屋市立大学の原田と申します。今回は住民理解に関してのアンケート調査結果についてのご紹介と、コンセッションを含む水道事業の持続可能な運営に向けて、どういった施策が必要なのかについてお話しします。
自己紹介後に、水道事業の官民連携において官と民のどういう役割分担が必要なのかについて研究成果をお話しします。アンケート結果を紹介して、最後はまとめという流れで進めていきます。
2023年4月、名古屋市立大学にデータサイエンス学部ができて、私はそこに着任しています。名古屋市立大学経済学研究科で修士を取得しましたので、母校に戻ったような形です。専門としては公益事業論、公共事業を含めての官民連携、交通経済です。もともとは鉄道やバスなど公共交通を研究していましたが、そこから公益事業全般におけるPPP(Public-Private Partnership:官民連携)、PFI[1](Private Finance Initiative)について研究するようになりました。最近は水道事業関係でも、官民連携や住民理解について研究しています。
官民の役割分担について
最初にご紹介したいのは、官民連携において、官と民の役割分担はどうあるべきかということです。これは『公益事業研究』に掲載された私の論文で得られた知見です(図1)。海外でこのような研究がいくつかありますので、それらを調査してまとめました。

まず、水道事業の官民連携で民間事業者に委託することで効率的になるのはなぜなのか、という問題について考えていきます。もちろん非効率的になる可能性を示唆する論文もありますが、効率的になるとすればなぜなのかというと、自治体職員は自分たちの自治体のことはよく知っていますが、一つの業務を深く掘り下げるというよりは、その自治体での業務全般を担います。例えば、水を生産するというプロセスについて、各自治体で何十件と請け負っている民間事業者の方が経験を蓄積しやすいということを指摘する論文があります。自治体は3~5年で担当者が異動してしまうのに対して、民間事業者の場合は1から社員教育して担当者を育成したり、専門性を持った人材を確保したりします。そういった方々が各地で経験を積むので、民間が参加する方が労働面で有利である、ということがいわれています。
では、民間に任せれば常に効率的になるのかというと、そうではないことは海外でも論じられています。例えば、品質を評価に入れた場合どちらが有利なのかという点については、海外の研究では議論が分かれていて、民間が参加した方が有利になるという研究もあれば、逆の結果もあります。公営がやっているのは、質を下げるという間違った効率化ではないかという議論があるなど、品質面についてどのように捉えるのか、いろいろと指摘されています。また、民間が費用削減できるのは、さらに外注しているからではないかなど、様々な研究がされています。事業者に与える経営効率化インセンティブの問題も、海外では有収率[2]がとても低い場合、有収率が上昇したら報酬を与える契約をすると、民間はかなり頑張るという結果が得られています。有収率を上げる取り組みは、行政が管路の情報を開示するなど、官民でしっかりやり取りをしないと難しいと民間の方から聞きました。そのため、日本の現場に応用できるかというと少し難しいところもありますが、有収率を上げることを成果に掲げると、品質向上に貢献すると示唆されます(図2)。

海外文献からの知見を日本の実態に即した形で解釈してみます。まず、適切な役割分担について私がヒアリングした範囲では、労働者のマネジメントに関しては民間の方が優位であるということは、官民で認識が一致していました。
ただ、経営全般の意思決定、例えば、料金や投資をどうするかというところは、住民の理解も必要ですし、土地ごとで水源はどうなっているのかという地理的な事情もあるので、行政が引き続き役割を担わなければいけない部分もある、ということがヒアリングから得られています。全て民間に任せればうまくいくという完全な民営化ではなくて、コンセッションで官民が契約を結ぶことで、その契約の中で行政が引き続き担当するべき部分と民間の技術力を活用する部分があるべきだ、ということです。
では、民間が参加して効率化するためには何が必要かということですが、高齢化などにより人員確保が難しくても、民間に全てお任せではうまくいかないので、モニタリングを含めて行政側がどれだけ事業全体のマネジメントを担っていくことができるのかがキーになる、ということがヒアリングから得られた知見です。
サービス品質をどのように担保するか?
品質については、前提として水道法で水質が定められています。民間が入ると品質が上がり、それによって高価格になるということは、考えづらいといわれています。特に価格については行政がある程度コントロールする状況が、日本では今後も続いていくと考えられます。しかし、民間に今までの価格を前提として品質だけ上げるよう求める契約はなかなか難しいです。基本的には契約に縛られるというのが前提だと思いますが、ヒアリングした自治体の中で民間が頑張って自主的に品質基準を水道法以上にやった事例がありました。それは契約によって縛られているとか、報酬や達成をしなかったら罰則がある、ということではなく、現場では持ちつ持たれつでやっているということでした。これは今後の持続可能性を考えると、何らかの契約を結んでしっかりとモニタリングするという仕組みが必要ではないかと思います。インセンティブ型の契約を導入するとか、契約で明確化することが必要です。契約をどうするかについては、実際にインセンティブ型の契約を導入している事例もありますし、契約のあり方を検討する必要があると考えています。
まとめますと、官民連携をうまくやっていくためには、民間の強みを活かし、行政がやるべきところは行政が引き続き責任を持った上で民間の強みを引き出すような契約を結ぶことが必要です。では、民間の強みは何かというと、個別の業務の技術力などです。複数の自治体から業務を受託できるので、その業務に特化して技術を磨いていくことや人材を育成することが可能になり、効率性の高さを実現できます。一方で行政は地域の地理歴史や住民の意識をしっかり把握して、そこを民間と共有するべきだと考えています。特性を把握して計画を立てる部分で、行政は業務全体を統括することが必要だと思います。その上で行政と民間は契約を結び、インセンティブなどで、民間の強みを引き出す取り組みが必要だということになります。
インセンティブを引き出す官民の契約は、最近は災害時の対応で、突然、行政側が「民間さん、これ、やってね」と言っても、民間側で対応できるわけではありません。「こういう災害が起きたときにどういう対応をしますか」ということも、官民で事前にある程度の取り決めをして、リスク分担を決めておく必要があると思います。「民間にお任せしたから、もう大丈夫」とはならないことを、行政側も認識すべきではないかと思います。
自治体における人材育成の問題
行政側もモニタリングをして、適正に業務が遂行されているかをチェックしなくてはいけません。その能力をいかに維持していくかは大きな課題です。コンセッションの形で民間に委託する範囲が広がれば、モニタリング能力の確保は不可欠です。これは住民理解の促進の観点からも重要です。人材育成を広域行政が担うとか、県内でも大きな自治体が人材を確保して周辺市町村からモニタリング業務を請け負う形があってもいいかもしれません。
行政側が人手不足の中で、いかにその技術を継承して、民間側に委託した業務を把握できる体制を整えるか。それが住民理解の促進にもつながるのではないか。住民は行政をとても信用しています。民間事業者への委託について住民理解を促進させるためには、行政が「この分については、民間事業者さんがやっていることをちゃんとチェックしています。問題があればすぐに是正することもできます。だから信用してください」と言えるような体制を整えることが必要になります。実は官民連携推進のための三つの課題(図3)は、独立しているというよりは、全てつながっています。その体制構築が必要不可欠ではないか、ということを指摘していきたいと思います。

コンセッション導入における住民理解について
次に、住民理解の促進という観点でアンケート結果を紹介していきます。2022~2023年度にかけて宮城県と浜松市で各300名、住民にWebアンケートを行いました。淑徳大学の渡邊壽大先生と私の共同研究です。渡邊先生が2022年度まで石巻の大学に所属されていたので、最初は学生にアンケートをとって、そこから住民アンケートにつなげていきました。宮城県は実際に上・工・下水のコンセッションをすでに導入しています。浜松市はすでに下水道コンセッションを導入しています。水道コンセッションに関しては、導入を議論していましたが、当時の浜松市長が、住民理解が得られないことを理由に延期を発表しました。
実際に導入した地域と延期した地域で、どういう意識の違いがあるのか、どういう要因で住民は水道コンセッション導入の賛否を決定するのかを明らかにするのが目的です。それ以外にも、水道事業の経営課題の認知度など水道事業全体に対する住民意識についても聞きました。図4はアンケートの概要です。「コンセッションという用語を知っているか。あるいは宮城県に導入されたことを知っているか」を尋ね、浜松市周辺の住民に関しては、「浜松で議論があって延期されたことを知っているか」なども聞いています。

結果を紹介すると、賛否の比較では宮城と静岡でほぼ差は出ていません。どちらも半数弱が「賛成」と「どちらかといえば賛成」で、半数強が「どちらかといえば反対」と「反対」です。注目点は「どちらかといえば」と回答した人が多い点です。それはなぜかというと、そもそもコンセッション自体の認知度が非常に低い。実際に宮城でアンケートを取ったのは2022年11月です。2022年4月からコンセッションが始まり、半年後にアンケートを実施しましたが、「コンセッション」という用語の意味を知っている人は11%でした。静岡は8%でした。
水道事業のコンセッション実施後半年経過した時点で、コンセッション導入の認知度は宮城で4人に1人です。静岡で議論があり、延期になったことを知っている人は、12%で非常に低い。静岡県西部全体に対してのアンケートだったので、浜松と浜松以外で集計しましたが、浜松だから認知度が高いわけではありませんでした。つまり、水道事業の運営方式そのものがあまり関心を集めていない、ということが見てとれます。
これは「浜松だから」「宮城だから」ということではなくて、「自分が使っている水がどこから来て、どういう経営をされているか知ってますか」と聞いても知っている人はほとんどいません。私もこの研究をしていなければ知らなかったと思います。実態としてはこういう状況です。
「コンセッションという用語の意味を知っているかどうかが賛否に影響しているか」については、宮城で用語の意味を知っている人の賛成の割合は62%です(図5)。知らない人の賛成が約45%なので、用語の意味を知っている人は少ないとはいえ、その少ない人たちの中では賛成の割合が高く出ています。静岡でも同様で、知っている人の方が賛成の割合が若干高くなっています。つまり、用語の意味を知っている人は賛成しています。用語の意味を知ったから賛成なのか、そういう意識が高くて知る行動と賛成する行動が同時に起きているのかどうかの判別は難しいですが、用語の意味を知っている人の方が、賛成の割合が高いと言えます。

一方で「事例を知っているかどうか」は、ほとんど賛否に影響していないことも、図5右側のグラフから分かります。まずは用語の理解を促す取り組みが必要なのではないかということです。それ以外にも水道事業の期待や満足度を聞いています。期待については、安さを求めるよりも安全な水、あるいは災害対応を含む水の安定供給を求める人の割合が高いことが分かります。満足度については、「どちらとも言えない」が4割で、「満足している」とは明確に言えない人の割合が高いです。しかし、「満足している」という人が「満足していない」という人よりは若干多いようです。
期待と満足度をクロス集計しても、安さを期待している人は「満足していない」割合が高く、それ以外に関しては傾向として大きな差はありません。
公共と民間のどちらを信用しますか、という質問については、「公共をより信用している」という人が34%です。「民間と公共、どちらも同じくらい」の人が32%、「民間をより信頼している」人が13%です。「どちらも信頼しない」人が21%です。ここから、公共への信頼度は非常に高いことが見てとれると思います(図6)。

図6の下のグラフは、信頼しているかどうかとコンセッションの賛否を聞いています。公共を信頼している人はコンセッションに反対する割合が高く、公共を信用しているので公共がやればいいと思っています。公共が民間に委託することの意味について、説明が十分できていないと考えられます。民間を信用する人は賛成が高い割合ですし、どちらも信頼する人も高い賛成の割合を示しているので、公共と民間のどちらも信用できる人は、官民で役割分担をして水道事業の運営にあたるコンセッション方針に対して賛成の割合を高めています。約3割の公共を信頼する人に対し、官民連携についての理解をどのように進めていくかというのが課題になると思います。
水道事業における経営課題の住民認知
それと関連して、「水道事業に関する経営課題をどれぐらい認知しているか」についての結果も得られています。民間委託や第三者委託などが進んでいるので、それがすでに行われていることを知っているかどうかも聞きました。民間委託の実施については、あまり知られていません。これを知らないということが、そのまま公共がやってくれたらいいという発想につながっていると考えられます。経営課題については、水道事業関係の施設の老朽化を知っている人が7割います。しかし、そのための投資財源が不足していることは、全体の半分以下の人しか知りません。投資しないといけないことは分かっていても、そのお金がないことまでは知らないので、公共のままでいいと思っているのかもしれません。
さらに、人手不足という点では、2割弱の人しか認識していないので、まさに公共を信用して今までやってきたのだから、今後も継続してくれたらいいという認識になっているのではないかと思います。
もう一つ問題なのは、経営課題を分かっている人の方が、コンセッションの賛成割合が高いことを想定して質問を作りましたが、クロス集計すると必ずしもそうではありませんでした。つまり、経営課題の認知度を高める必要があり、その点で官民のコミュニケーションは必要ですが、それとコンセッションの理解促進は、必ずしも結びついていないという点をどう捉えるかは検討課題だと思っています。
経営課題の認知度が高まるとコンセッションの賛成割合も高まる場合、経営課題をまず認識していただくと民間の参入にも理解を得られます、という流れになりますが、今回の住民アンケートでは、そうではない結果となり、話が複雑で難しくなっているように思います。
図7は、住民アンケート結果の賛否を回帰分析した結果です。用語を知っていると賛成割合が高く、水道事業に何らかの期待をしている人の方がコンセッションの賛成割合が高い。何も期待しない人は今まで通りでいいのではないかと思っているようです。

民間を信用している、あるいは官民どちらも信頼している人の方が、コンセッションの賛成はやや高い。高齢者あるいは女性という点では、浜松市の延期について特に女性の理解が得られていないことを当時の市長が発言しています。それは、統計的にも弱いですが有意であると確認できました。そして宮城県と浜松市に差はなく、住民の理解を得られたから導入できて、得られなかったから導入できなかったという違いは見られません。政治的なプロセスも含めて確認が必要であるということです。
まとめに入ります。水道事業の官民連携では、水道事業全体を見通す行政の仕事はこれからも残るでしょう。ただ、各業務の担当は、ある程度委託によって民間事業者に役割分担するのも望ましいのではないでしょうか。そのときは、インセンティブ型の契約をどうするか、あるいは技術をどのように継承していくか、住民の理解をどう得ていくか、これらは全て結びつく形で課題として挙げられるのではないでしょうか。コンセッションへの賛否は、ほぼ拮抗(きっこう)、あるいは若干差があっても、宮城でも浜松でも同じような傾向が見られました。そもそも水道事業の実態について住民から十分に理解されていない現状が明らかとなり、広報のあり方については検討が必要だと思われます。水道事業の実態を理解したとしても、コンセッション導入の賛成に結びついていないので、そこも含めて考えなければいけない。公共への信頼は厚いですが、課題に対する理解は不十分ということもあり、公共を信頼しているから民間が参入するのは駄目だということではなく、公共が民間とうまく役割分担して事業を運営していくことについて信頼を得ていく必要があることが、現在の住民意識だということも見てとれました。
講演1の質疑応答
中村 原田先生、ありがとうございました。参加者の皆さまからご質問などいかがでしょうか。
参加者1 意見も含めての質問となります。私は民間企業の法務部に勤めています。民間事業の強みを引き出すインセンティブ型の契約を課題として挙げられましたが、「そういう契約を作れ」と言われたら困ると思いながら聞いていました。どういう条項を設けたらいいのか考えてみましたが、答えが出ないと思いました。これが感想です。
住民アンケートで財源不足を分かっている方が少ないと言われていたと認識しています。一般論でいうと、地方公共団体でその地域に特別、大きな企業があるなどの事情がない限り、財政状況が厳しいことは何となく知っていると思っています。その中で水道事業がどうかと問われたら知らないと思いますが、聞き方によって答えが大きく変わるのではないのかと思います。私はそう思いますが、お考えをお聞かせください。
原田 ありがとうございます。1点目のインセンティブ型の契約が難しいというご意見ですが、確かにこれは非常に難しいと思います。水質の話を現場で聞いたときに、「契約には書いてないけれど民間が頑張ってやってくれている」と行政の方がすごくいいことのように話されました。しかし、これは本当にいいことなのかというと、契約が担保されていないということは、明日、急に止められても行政は何も言えません。それをしっかりと契約の中で「この基準を満たしたら、この額を支払う」と明示することができたら、その方が持続的ではないかと私は考えました。これは様々な意見があって、現場の方は書いてないからいいと捉えます。しかし、契約に明示されていないと、それを縛るものは一切ありません。まず、法律の定める水準は完全に満たすことが最低条件ですが、それプラス何か提案があればそこに対してプラスの評価をするとか、プラスの委託料に対して何らかの取り決めをする、といったことを契約の中で明示していく、ということです。住民は、民間事業者が利益を求めて何かするのではないかと思っています。それに対して、民間事業者は、住民の利益や公共の福祉に合致した行動をとることが、民間事業者にとっても利益につながるということを、契約でいかに担保するかが重要だと理解しています。確かに実務的にというのは、もう少し意見を伺いながら考える必要があると、そのように理解いただければと思います。
財政状況については、確かにそうです。今回は、水道事業で特に施設の老朽化について知っていると回答したのは約70%です。その投資のためには当然お金が必要です。その投資財源が不足しているから投資に回っていない、ということを知っているかどうかを聞いたつもりでお話をしています。行政全体の財源、財政事情が苦しいことを知っているかどうかと聞けば、確かに知っている人が多いかもしれません。それが水道事業で同じことが起きていることまで認識しているかを、今回のアンケートでは水道事業に特化して聞いています。つまり水道は独立採算でやっていることを書いていないので、住民がそもそも水道だけを切り出して財政の問題を考えなくてはいけない、という点を説明した上で、質問しなくてはいけなかったと思います。今回は、「投資の財源が不足していることを認識していますか」「それは知りません」という回答を得たということです。次の機会があれば、水道事業が独立採算であるという認識から聞いてみたいと思います。
参加者2 ステークホルダーとして議員の先生方がいらっしゃると思います。例えば、原田先生が海外研究を調査されたり、アンケート調査をされたりした中で、広義で言えば議員も住民になりますが、議会とか議員について調査されたり、知見を得られたりしていれば教えてください。
原田 今回は住民アンケートを取っていますが、私の理解でいけば、住民が十分に公共事業などについて認識すると、投票行動として議会の構成に対しても影響があります。つまり「コンセッションをやります」と言ったときに、それに対して推進派に投票するのか、反対派に投票するのかで、議会にも影響が及ぶだろうということで、議員は住民の代表だという理解で考えています。
アンケートではなくてヒアリングで聞いたところでは、議会に説明するのはハードルが高い、ということを官民連携において水道に限らずよくいわれます。経営課題の認知度は、議会であれば住民よりも高いかもしれませんが、さらに徹底的に認識をしていただく。議員の方の理解浸透については調査していません。議員の方が、このままのサービス供給を続けられるわけではないという経営課題を理解されれば、それに対して行政はこういう民間活用を考えているという理解が進みやすい。住民は今のところ、経営課題の認知度とコンセッションの理解とは結びついていないというのが先ほどの知見です。ヒアリングベースでいくと、議会に対してはそこをまず説明して、現状では水道事業が財政的に持続可能ではないということを理解してもらうところから始める。そうすれば、住民にどんな影響が出るのかということが議会から問われるので、インセンティブ契約の話や、モニタリングの能力をどう残していくかといった経営課題を認識してもらうことが、議会に対して必要だ、と考えております。
[1] PFI: 公共施設等の建設維持管理運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法
[2] 有収率:浄水場や配水場から送り出される配水量(給水量)に対して、水道管から蛇口を経て家庭や事業所、工場などで使用された水量の割合。数値が高いほど効率よく水を届けることができている
講演2 水道事業におけるコンセッション事業について
宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)

田代 浩次氏
(若生工業株式会社 取締役顧問/元 宮城県企業局 副局長)
宮城県企業局で水道事業におけるコンセッション事業を担当した田代と申します。今回は水道業界の中では大きな話題となった、われわれが「みやぎ型管理運営方式」と呼んでいる「宮城県上工下水一体官民連携運営事業」の概要について説明します。
今回お話しするコンセッションを導入した経緯や事業者選定のプロセス、県民の理解を得るための取り組みなどは、当時、担当した者が全て異動しています。私は、この事業の企画の段階から事業開始後の2023年3月まで一貫して携わってきました。
話の流れとしては、みやぎ型管理運営方式の概要を説明した後、検討の経緯や事業者選定の手続き、料金制度で工夫した点などを説明します。最後にその他として、今回のワークショップのテーマが「持続可能なインフラ事業運営」ということなので、事例の一つとして宮城県の第3セクターが運営している仙台空港鉄道の経営改善について紹介したいと思います。
宮城県における水道事業の現状
宮城県企業局では上・工・下水3種類の水道事業を運営しています(図1)。

上水道は用水供給といいます。用水供給は、水源から市町村の受水タンクまでが事業範囲です。下水道は流域下水道といいまして、市町村が集めた汚水を県が管理している幹線管路で引き受け、下水処理場で処理をして川や海に放流するという事業範囲です。そのため、水道と下水道は直接的な顧客が市町村となります。
水道事業は装置産業です。ほとんど全ての投資を終えてから長い時間をかけて回収するビジネスモデルになります。人口減少や節水型社会、設備・管路の更新などの条件によって、今後急激に値上げをしなくてはいけません。これは宮城県だけではなくて、どこの市町村も同じだと思います。下水道はもちろんのこと、工業用水道も産業構造の変化などがあり、契約水量が伸びず逆に減っている状況で、大変厳しい経営環境です。
まずは、みやぎ型管理運営方式の事業の概要となります。目的と基本方針(図2)は、県が水道事業の最終責任をしっかりと持ち続けながら、民間の力を最大限活用して、持続可能な水道事業経営を確立しようというものです。基本方針の一番のポイントは一つ目の「安全安心」を大前提とし、その上で3事業全体での最適を目指します。つまり、大きなコスト削減を実現しようというのが一番の目的です。これを実現するために、制度設計においては、低リスク・低リターンの仕組みの構築を貫いています。

みやぎ型管理運営方式の対象事業は、水道用水供給事業が赤枠の2事業、工業用水道は緑色の丸印の3事業、流域下水道は、上水道と処理区域が重複する4事業の全9事業が対象事業となります(図3)。

宮城県では、以前から基本的に5年間、個別に浄水場や下水処理場の運転を民間に委託して運営していました。従前との違いは、20年間、9事業一括での契約となっていますが、現場レベルでは薬品と継続的に発生する設備機器の更新工事を民間としただけです。後ほど説明しますが、ポイントはこの設備機器の更新を民間に委ねたことです。なお、管路の管理については引き続き県が担っています。
コンセッション導入の背景
検討の範囲ですが、完全民営化は県民の理解が得られないだろうと考えていたため、包括発注からコンセッションまでとしました。比較結果は、県と民間が最適な役割分担のもとで事業運営ができるということで、コンセッション方式を採用しています。
図4は、宮城県がこの事業を導入するために、国にお願いして実現した水道法の改正の内容です。青色の「公営」がコンセッションを導入する前の宮城県の方式です。施設の所有権は県が持ち、事業者も県が務め、その上で運転管理や維持管理、更新工事などを県が民間に委託や請負という形で実施していたのが従前の体制です。それに対して、改正前の水道法で、コンセッションを水道事業に導入する場合は、赤色の「民営」でした。事業者も民間にしなくてはいけなかったので、完全民営化しか道はなかったわけです。われわれは、「最終責任は県が担えるようにしないと駄目だ」と考えていたので、国にお願いして改正していただき、実現できたのが緑色の「官民連携」です。これによって県・公共と民間が最適な役割分担のもとで事業運営ができる制度になりました。

この事業に反対する方々から、「民間は利益優先で何をするか分からないので、命の水を民営化するなんてとんでもない」とずいぶん言われました。しかし、われわれは、民営化とかそういうことではないと思っています。あくまで水道事業者それぞれが、それぞれの事業環境において「最適な運営体制はどうなのか」ということに尽きると思っています。そのような考えの基に選択したのがコンセッションだったということです。
コンセッション導入の手続き
検討の経緯と、制度設計をする上でポイントとなった、海外事例から得られた教訓を説明します。
検討の始まりは、2014年(平成26年)までさかのぼります。私が企業局に着任したとき、総務省と厚生労働省の求めに応じて、水道ビジョンや経営計画などを策定していました。その一連の作業の中で水道事業において保有資産の多くを占めるのが、償却期間が55年のダム建設に係る負担金の回収をする無形固定資産の「ダム使用権」と、同じく償却期間が40年の「管路」です。そのため、水道事業においては長期の経営見通しを立てる必要があることを認識し、担当者に30年間の超長期の経営見通しを作らせました。
以前から担当の間では、管路の更新が始まると経営が厳しくなるという話はしていたそうです。当時、下水道はまだ知事部局で所管していましたが、試算の結果、上水道と工業用水道で、事業によっては、1.5倍とか2倍に供給単価を上げざるを得ないということが明らかになり、企業局内部で危機感を共有し、翌年度から効率的運営に関する検討を開始したというのが始まりです。
その後、内閣府から予算をいただいて、導入可能性調査や資産調査を実施しながら、国や市町村はもちろん、外部の官民連携に詳しい有識者や多くの民間企業などから意見を伺い、制度のアウトラインを2018年(平成30年)3月に事業概要書としてまとめて公表しました。2018年度(平成30年度)に入り、改正水道法が成立し、県としてこの事業の導入を機関決定しています。さらに検討を進めて、2019年(令和元年)12月に、県議会に対してPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づくコンセッション事業の実施の是非を図る条例の改正を提案して議決を受けています。
翌年(2020年)3月に、これもPFI法の手続きで、この事業を正式にPFI事業として実施することを公にする特定事業の選定を行いました。そして、競争性を担保した上で、民間事業者の創意工夫を最大限に引き出すために、公募型のプロポーザル方式により事業者の募集を開始しました。日本を代表する三つの企業グループ、コンソーシアムから応募があり、1年かけて審査を行い、2021年3月に優先交渉権者を選定しました。
さらに、PFI法の最後の手続きとして、2021年(令和3年)6月の県議会に優先交渉権者が設立した特別目的会社SPCに運営権を設定する議案を提案しました。この事業では国内初の水道コンセッションということもあって、「民営化」とずいぶんたたかれました。議会では延べ400問を超える質問を受けています。特に、6月の運営権設定の議会のときは4日間の本会議で73問、1日20問近い質問を受け、委員会の審議は2日間かかりました。当時、私は課長だったので、6月の県議会はヘトヘトになり本当に大変でした。
その後、上工下水一体のコンセッション方式の1号案件だったこともあり、厚生労働省から厳しい審査を受け、約半年間を要して何とか事業許可が取得できました。
このように8年間という長い時間をかけて、2022年(令和4年)4月に無事に事業を開始しました。事業開始からまもなく2年2カ月になりますが、大きなトラブルはなく運営している状況です。
コンセッションの制度設計
制度設計に当たっては、国などが行った海外の様々な官民連携事業の調査を研究しました。海外で失敗した事業の原因は三つに集約することができます。一つ目は事業計画の実現可能性など妥当性をしっかりと確認すること。二つ目は事業期間中のモニタリングを確実に行うこと。三つ目は何といっても料金です。海外の失敗事例を調べると、何らかの理由で値上げをしなくてはいけなかったときに、利用者の理解が得られず大きな問題となったケースがほとんどです。
制度の構築と事業者選定の手続きについては、海外事例の教訓を踏まえて対応しました。図5のように、外部の様々な部門の専門家で構成する委員会を組織して、意見を聞きながら審査などを進めました。制度設計においては実施方針の審査からです。実施方針はPFI事業の仕様書のようなものですが、この一番初めの段階から最後の事業者の選定まで、ほぼ同じメンバーで一貫して行っていただきました。2018年度(平成30年度)から2020年度(令和2年度)まで3年間で延べ12回、審議は毎回2~3時間ぐらい、時には時間外の審議までありました。

図6は事業者選定の流れです。1年間かけて2段階の審査を行っています。第一次審査では参加資格の確認、次に最も重要な競争的対話、その後、第二次審査書類の提出を受けて最終審査という手順で行いました。第一次審査の参加の資格条件は「信用力」と「安全安心」という視点で設けた条件になります(図7)。
最も重要な競争的対話のプロセスでは、公募にあたって発注者側が提示した要求水準書やモニタリングの基本計画書、実施契約書などの内容を確認、調整しますが、三つのグループで延べ30日以上、半年間かけてしっかりと行いました。事業の成功の鍵はここだと思っています(図8)。



コロナ禍であったため出席者は絞りましたが、それでも、発注者、応募者、双方の弁護士、会計士、技術コンサルタントを含め総勢30名ほどになりました。技術、ファイナンス、契約書の内容などをお互い喧々諤々意見交換して詰めていき、調整するという手続きです。
私は課長だったため、ほとんどの質問に対応しましたが、これも本当に大変でした。意見交換を始めた頃、ある企業の方に「PFI事業の事業者選定は、パートナーを選ぶ作業だ」と言われたことを今でも覚えています。この競争的対話という作業は「発注者が民間から選ばれる作業」とも言えると思います。民間の方は、「宮城県は20年間しっかりと付き合っていける人たちなのか」という考え方で臨んでいたと思います。民間から信用を得ることができなければ、最終審査前に脱落するグループも出てきかねません。そうすると良い競争にならず、結果、失敗になってしまうかもしれません。
おかげさまでこの事業は高い評価を受けていますが、成功の理由は、企画段階から多くの企業に意見を伺い、制度を構築したことに尽きると思っています。公共機関は事業に対して、無条件で無限責任を負いますが、民間が事業に対して負うリスクは有限です。事業で負うリスクと得ることのできるリターンを定量化し、貨幣価値に換算して事業に参入するかどうかを判断します。「この事業の成功の鍵は何ですか」とよく聞かれることがあります。その際には、PFI事業では、発注者は自分たちの考えを民間に押し付けるのではなく、自分たちが考える「事業の方針」をしっかりと示し、民間とお互いが十分に納得いくまで意見交換を行うこと、そしてその上で、事業に応じた「最適な役割」と「リスクの分担」を共有して「契約内容を確定させることが成功への道であることを学びました」とお伝えしています。
第二次審査は、提案書類の審査項目と配点です(図9)。これも、PFI検討委員会で何度も意見交換しながら決定したものです。

ここからは料金制度についてです。この事業では役割分担に応じて、県が収受する料金と運営権者が収受する利用料金を合わせた全体額が、水道料金となります。水道料金の改定は従前と同様ですが、図10に記載の手続きの前に、基本的に5年に一度、県と市町村で契約水量の見直しを行います。その後、この契約水量に基づいて、県と運営権者で協議を行い、市町村との協議を経て、県議会の議決によって決定します。

運営権者が利用者から収受する利用料金をこの事業では、「運営権者収受額」と呼んでいます。これも海外事例を教訓にして、制度設計で一番こだわったのがこの運営権者収受額の改定のルールです。このコンセッション事業は契約期間が20年と長期間のため、改定は県と運営権者のその時々の担当者が恣意的に変更できないように、そして、利用者に説明しやすく、理解していただけるように、使用する経済指標から図11に書いてある算定式まで、全て実施契約に規定しました。
また、「予測できない事態」が発生した場合の協議項目も規定していますが、県と運営権者で調整がつかなかった場合には、モニタリングの要となる条例で規定した外部の有識者で構成する「経営審査委員会」(海外事例を教訓に設置)から意見を聞いて「県が決定する」ことにしました。つまり、民間側には料金改定の裁量を与えないという制度にしました。これは一つのポイントだと思っています。
みやぎ型管理運営方式は「民営化」ではありません。外形的には県が水道事業者で、実質的には料金改定の裁量が民間にないからです。

コンセッション導入による効果
図12で示す従来の体制で、県が9事業を20年間実施した場合の3314億円という事業費に対して、提案を踏まえた予定事業費は2977億円。削減率は約10%で337億円が削減額となります。

次が運営権者の提案におけるコスト削減の主なものになります。私たちがコンセッションにこだわった理由の答えがここになります(図13)。一つ目のICT機器導入による人件費の削減と、三つ目の更新投資の削減、この二つでほとんどだということが分かっていただけると思います。このようなコスト削減の内容については、他の二つのコンソーシアムも同様の傾向でした。検討の当初の段階から、民間と意見交換をする中で、継続的に発生する設備機器の更新を民間にお願いしなければ「大きなコスト削減」は実現できないということが分かっていました。コンセッションにこだわった理由が分かっていただけるかと思います。
この削減額は、今後の料金上昇、供給単価の抑制に使用していきたいと考えています。

社会におけるインパクト・社会からの評価
県民の理解を得るための取り組みについては、水道3事業一体でのコンセッション方式の1号案件として注目を浴びていたこともあり、多くの対応をしました。しかし、初めから何をするのか、どの程度するのかということを考えていたわけではありません。結果的にこうなったというものです(図14)。
また、この取り組みによる効果についての調査はしていません。例えば、調査の結果(理解度が)「10%だったらどうなのか」「30%だったらいいのか」などの取り扱いは公共機関として大変難しいものになります。
今、私の中に答えはありませんが、住民の理解が必須であることは間違いないので、これからは、その事業の性質や対応策の難易度などを踏まえ、「どの段階」で「どのような方々を対象」に、「どのような方法」で対話をして、「理解を得るか」をしっかり考えて事業を進めていかなくてはいけないと思います。

図15は、運営権者が受けている融資・プロジェクトファイナンスに対して、日本格付研究所が最も高い格付けを付与したプレスリリースです。評価は運営権者の事業計画だけでなく、この事業の「目的や制度」を含めた全体を対象としたものです。つまり、この事業が「社会性、公共性」を含めて債券格付けの専門家から最上級の評価をいただいた証であり、事業に携わった者としては大変誇らしいものでした。

今後の官民連携で何が必要か?
最後に仙台空港鉄道の経営改善をお話しします。仙台空港鉄道は2007年(平成19年)に開業しました。私はこの年に担当課に異動になりましたが、開業まもなくから経営は思わしくありませんでした。事業計画が甘かったのが一番の理由です。
会社が借り入れた融資の据置期間である開業後5年間が終わり、元金弁済が始まると数年のうちに資金ショートしてしまう状況でした。そのため、開業時から元金弁済の繰り延べなど、資金繰りについて銀行と協議しなくてはいけない状況で、銀行回りがこのときの仕事でした。こんな状況の中で2011年(平成23年)の東日本大震災での長期の運休による減収と多額の復旧費により、資金ショートが目前になってしまいました。そのために水道事業同様に、私が作成した30年間の長期の経営見通しをもとに、抜本的対策として考えていた上下分離を2011年(平成23年)10月に実施したというものです。
上下分離の仕組みは、鉄道会社が保有する固定資産である橋などの構造物(ほとんどが橋梁構造の鉄道)を県が有償で買い取り、会社はその資金で銀行からの融資を一括繰上弁済してキャッシュフローを改善します。さらに、会社会計からの下部構造の分離によって損益もあわせて改善するというものです。
図16は、上下分離の課題をいくつか挙げています。当時、担当者は3人でしたが、全国の事例研究や各課題における関係法令等の確認など、実現可能性の検討を行い、この対策が最適で実施可能という結論を得るまでに2年ぐらいかかりました。
今回は水道と鉄道を例示しましたが、人口減少社会になり、宮城県だけではなく多くの自治体で様々な問題が発生し、大変困難な検討をせざるを得ないという状況にあります。その問題に対して、各担当者が解決のためにそれぞれの事業環境において最適な仕組みを考えます。その仕組みの一つが官民連携だと思いますが、ほとんどの場合、既存で用意された制度ではないと思います。その仕組みを実現するためには、多くの課題を洗い出した上で、一つひとつ越えるべきハードルの高さを整理して解決しながら前に進むという作業になります。公務員にとっては、大変高度で複雑で困難な作業です。

今回紹介した水道と鉄道の対応策が何とか実現できたのは、優れた仲間に支えられたことに尽きます。
これは個人的な意見ですが、今後ますます困難になるインフラ事業の運営を安定的に継続していくために最も重要なのは、自治体内部の人材だと思います。今回紹介したような高度で複雑で大変困難な問題に対して、真摯に誠実に向き合い、そして全体を柔軟に適切にファシリテートできる人材、自治体職員の人材育成こそ、最も大きな課題ではないかと思います。
講演2の質疑応答
中村 田代様、ありがとうございました。ご質問やご意見などいかがでしょうか。
参加者3 変動指標を決定したときに、官が物価上昇を受け持つということで整理されたと思いますが、そうすると公共側でお金を払わないといけないと思います。その辺の財源も含めて、決められた経緯をご説明いただければと思います。
田代 物価変動は、事業の執行体制にかかわりはないので、公共側が持つというよりも、料金に反映するというだけです。県側の持ち分も若干ありますので、そういったものも含めますが、基本的には物価変動は利用者の負担、「値上げ」で対応するという考え方です。
参加者3 ありがとうございます。そうすると県側も含めて必要になったとき、県が主導で上げて民間の利用者負担にするということですか。
田代 そういうことになります。全て「最終責任は県が担う」という考え方をしていますので、県民であれ県議会であれ、市町村に対しても全て県が説明する、その責任を県が有するという考え方になります。
参加者3 大変クリアになりました。ありがとうございました。
参加者4 人件費のところで組織体制を最適化されたということですが、それまでいた職員はどのようになっていますか。退職とか他の部署に異動したとか、どのように最適化されたのでしょうか。
もう一つが企業債の発行や償還期間の考え方についてです。設備がどれぐらいもつかという耐用年数を平均して計算されたのか、それとは関係なく銀行との交渉で償還期間等を決められるものなのでしょうか。
田代 一つ目の人件費ですが、図13で示している人件費はあくまで民間側の人件費の削減です。例えば、われわれがいろんな測定を(従前の委託方式で)50人で実施しているところを、民間側の提案で様々なセンサー機器を設置して30人でやりますという形で、民間側での削減額を出したものです。県側の人件費については、これは正直積み上げたものではありませんが、5年間で10%削減しますと公表していて、今、少しずつ減らしている状況です。宮城県の浄水場などの運営は全て委託していたため、県側には現業職がいないのでデスクワークをしている職員だけの削減となります。
二つ目は、県が引き続き管理する管路については、今から15年ぐらい先になりますが、本格的な更新が始まります。事業によっては1000億円とか2000億円とかの更新投資になるだろうと試算しています。当然、手持ちの内部留保資金では足りないので、借金をせざるを得ない。このシミュレーションでは、今の制度で国から借り入れる仕組みで試算しています。実際に借り入れる場合には、起債枠は県全体の枠の中で国から借りる枠がないと民間から縁故債で借りることもありますが、その条件はその時々で変わります。この試算については、現在、制度がある国からの借り入れの条件で設定しているシミュレーションです。
参加者4 どうもありがとうございました。
講演3 持続可能なインフラ事業運営 ー今後の官民連携の可能性と課題ー 民間事業者の現場の視点から

大塚 淳氏
(インフロニア・ホールディングス株式会社 総合インフラサービス戦略部 部長)
インフロニア・ホールディングスの大塚と申します。今回は、民間事業者の視点から現場の生々しい話も含めてご紹介できればと思います。
まず自己紹介です。私は今の職場に4年半ほど前から所属しています。それまではコンサルタント会社にいました。コンサル在籍時に関西エリアでは、大阪市のクリアウォーター大阪の設立や神戸ではポートアイランドの処理場の更新に携わっていました。また田代様がお話しされた宮城については、有識者として関わった後、現職となり応募者の一人でした。残念ながら取れなくて非常に苦い思い出です。
インフロニア・ホールディングスは、前田建設工業、前田道路、前田製作所の株式を保有する持株会社です。「インフロニア」は、「インフラ」「イノベーティブ」「エンジニア」などを組み合わせた造語です。インフラ事業運営を開拓して、技術を持って進めていくという思いで作った会社です。
私どもが取り組んでいるのが総合インフラサービスです。これは自治体が担っている上流から下流のところを、われわれも担えるようになっていくことです。複数のインフラでやっていくということで、「インフラマネジメント」という言葉がありますが、それに非常に近い概念です。官民ともに担い手が非常に不足してきていますので、代替として担えるようになっていくことを目指しています。
実際に、どんな実績をあげてきたかを年表にまとめています(図1)。PFI法が1999年に施行され、その第1号案件を取りました。また、コンセッション法が制度化されて、第1号である仙台空港、道路の第1号である愛知道路コンセッションを取りました。水の分野では、大阪市の工業用水、三浦市の下水コンセッションを開始したところです。

民間事業者から見たインフラ事業運営の課題
ここから、当社の時代変化についての認識をお話しします。1970年代、80年代は、整備が中核にあり、工事が中心でした。ある程度整備が進み、そこから維持管理、運営の時代になってきたと認識しています。つまり、安定的にモノを作っていくところから、維持管理してコストを下げていく、より経営的なフェーズに入ってきていると思います。また、時代の変化で気候変動が注目され、SDGsやカーボンニュートラルなど経営に影響が出てきている状況だと認識しています。そのような中で、今回のテーマである「持続可能性」をどのように担保していくか、を考えていかなくてはいけなくなってきています。
この経営を果たしていく中で、どういう要素が不可欠で、何が持続可能である必要があるかを私なりにまとめてみました。図2の上段で「ビジョン・戦略」があり、それに規定されて必要な組織が定まってきます。SDGsや気候変動にどのように対応するか、また、地元企業を含めた外部とどのように取り組んでいけばいいのかを整理していく必要があります。そこから、具体的に何をやっていくかが業務に展開していくところになります。

業務をいかに標準化していくか、求められた効率にどう対応していくか。一方で装置産業なので資産設備については、例えば、豪雨災害にどのように対応するかなど技術戦略が必要になってきます。需要が下がってきているので、施設をどのようにダウンサイジングしていくか。また、長寿命化を図るためにどのようにアセットマネジメントをしていくか。それらを実現するためにITDXや技術開発で対応していきます。財務会計については、使用料が非常に大きなテーマになるので、どのように対応していくかというところです。最後は人が基盤ですので、人材管理になります。技術継承をどうするか、地元企業を含めてどのように育成していくか。こういったところが「持続可能」という点で求められてくると思います。
実際、今の組織でどうなっているか整理してみました。まず、公共組織の重要なところでもありますが、基本的には柔軟性に乏しいところがあると思います。新しい組織を作ることはありますが、年度ごとや期中に変えるのは難しい。また、産業として地元企業育成ができるかという点でも非常に難しいところがあります。業務についても、個々人は非常に優秀で熱心な方はたくさんいますが、属人的なところでその方に依存してしまう傾向があります。資産については、データに基づいて管理をしていくことが必要になりますが、自治体の方と話をすると「データはあります。ここに全部入っているので見てください」と書庫を指して言われます。つまり、電子データ化されておらず、ほとんど紙で保管されています。データ化されている場合も、PDFなので加工できません。データをどう加工し分析していくかは非常に難しい。
どのように課題を解決していくか?
こうしたときに、どのように解決していくかの選択肢を整理しました。一つは、電力会社やガス会社のように大きな組織にしていくことがあると思います。東京都ぐらい大きくなると、ある程度安定してくると思います。実際に、イギリスではサッチャー政権の時に、広域化が図られたそうです。
一方で、この選択肢は難しいところもあると思います。例えば、奈良県が水道事業団を作っていますが、奈良市は離脱してしまいました。広島県は広域企業団を作りましたが、広島市、呉市、福山市と大きな市がいずれも参画していません。そういう中で考えると、今回のテーマの「官民連携」は、大きな組織が担うことで図2の六つの視点をカバーしていくところが、一案ではないかと思います。一番効果的なのは、官民連携することで六つの視点でどのように対応できるのかというところです。官民連携なので自治体は大きな方針を作り、それを具現化していくのが民間の役割です。そうすれば公共の制約を民間でカバーすることができるのではないかと思います。
官民連携する中で、様々な機会があると思います。図3は水源で取水して導水し、浄水して水を送っていく水の供給の流れになります。この中でも様々なノウハウを使うことで、できることがあると思います。

例えば、浄水場で今後課題になってくるのは、運転管理や保守点検をする人材不足です。そこをいかに戦略的に対応していくかが大事になります。できるだけ遠隔監視をして集中化を図り、設備を自動化して少人数でやることが必要になってきます。そして、コストの問題があるので、修繕費、更新費に対応しようとすると、長寿命化、内製化が大事になってきます。
配水では、最終的に各家庭に送るところになりますが、水圧がやや過剰になっているケースもあるのではないかと思います。2階、3階まで水を送れるようにするのが、各事業体の中で意識されているところです。結果、それを超えていれば「よし」とする部分があり、少しでも抑えようというところでインセンティブが湧きにくい部分があります。しかし、これを抑えることで動力費が下がりますし、また管の漏水も減っていくことになります。また、水圧が下げられるので、結果、長寿命化に効くというプラス面があります。給水では、管の更新になります。能登半島地震でも大きな課題になっていますが、なかなか更新が進まないし、耐震化も進まないところがあります。こういったところを、設計施工一括発注で進めていくことも重要になってきていると思います。
課題解決における民間事業者の貢献
われわれ民間が担当したときに、実際、どんなことが可能になるかという点で、更新計画の最適化を説明します。先ほどデータ不足の話がありましたが、データを整備するためには、どのようなデータを持つべきかを考えなくてはいけません。まず必要なデータや定義を整理して、関連データをどう収集していくかのデータ設計をします。次に状態監視のステップです。管の劣化状況を把握する方法がいろいろ出てきていますが、それぞれ使える技術は変わってくるので、適切に選択して採用していきます。さらに、得られたデータに基づき精度の高い劣化予測を実施し、余寿命分析を行います。
次は重要度評価です。例えば、病院につながる管であれば、より耐震化、更新化をしっかりしていく必要があるといったように管ごとに重要性が変わるという判断です。これを管ごとに設定していきます。あとは予算と人的リソースなど集まったデータをもとに最適化を図れば、最適更新計画が立てられます。余寿命分析に弊社が活用している一つがFracta社の余寿命診断です。管路ごとに様々な要因で劣化が進みます。管種や敷設年度、酸性土壌、重量車両がどれだけ走っているか、鉄道などが近隣に走行していれば迷走電流で管路が劣化することもあります。こういった分析を、スーパーコンピューターを使いAIに検討させるのが余寿命診断の仕組みです。それによって、最終的にどの管路がどれくらい持つのかという解析ができます。これも民間ノウハウの一つです。
コストをいかに抑えていくかも重要なテーマになります。特にコストがかかるのが、作ったメーカーに依存する問題です。老朽化した設備の例ですが、製造停止となったモーターが故障してしまいました。メーカーに問い合わせると、丸ごと更新してくださいという回答だったので、当社は町工場に依頼して部品を作りました。作った部品に交換したら、モーターが使えるようになりました。これは非常に小さな話ですが、他にもたくさんの設備があります。このようにメーカーへの依存を改善し、コストダウンを図っていく。また、メーカー更新になると、時間がかかりますが、より短期に対応できるという意味でも、安全性の面でもメリットがあるということです。
次に人材管理についてです。先ほど人材の育成が難しいと少し触れました。通常、人材育成は、採用から育成・評価して、昇進、ローテーションしながら人材を育てていく、という流れがあります。自治体の場合は、様々な職種の中での異動があるので、機械、電気、化学、土木、建築分野で必要な人を採用して、一貫して育成していくのは難しくなってきました。そこで、自分たちでできない部分を民間に任せるということを考えています。
地元企業管理については、地元企業にはいろんな側面がありますが、災害時などを考えたときに、普段から設備を触っている人がいることで、何かあったときにどこに問題が生じたかを即座に把握することができます。そういった意味では地元企業をしっかり維持していくことが必要です。一方で、複数年の契約の活用など、自治法上の制約を考慮しなければならず、難しい部分があります。こういったところは官民連携を使うことで、産業政策的な意味合いも含めて、地元企業をしっかり育てることもできるのではないかと思います。
最近、非常にショッキングなことがありました。京大生でインフラとDXに非常に関心を持っている方が、就職活動をしたけれど、魅力的な職場がないので自分でスタートアップを立ち上げました。こういうことが続くと、優秀な人材はこのマーケットに来てくれないという危機感があります。優秀な人材を確保するため、旧来的なやり方から脱却して、DXやAIなど新しいことを取り入れて効率性を向上していく。結果、その方々の裁量も増えていくと思います。理想論になりますが、報酬に還元して優秀な人材を確保していく流れを、ぜひ作りたいと思っています。
私はドイツ、イタリア、フランス、スペインと海外のいくつかの浄水処理場の現場を見てきました。現場の方は非常に活き活きと仕事をしています。彼らは、どのように水処理を考えて対応しているかなどデータ分析や解析を行い、非常にレベルの高い論文なども出されています。海外ではそういう方々がどの現場にもいらっしゃいますが、日本では見たことがありません。そのような現場環境を作っていくことで、持続可能性を高めていくことが重要だと思っています。
一方、民間の経営や品質を行政がどのようにチェックをしていくかについては、仕組みはできていると思います。例えば、上水道は極めて厳格な規定がありますので、その中で運用していくことで、官民どちらが担っても同じような基準、品質は十分に担保できると思います。もう一つはコストの上昇です。これも上限が設定されており、競争することで低減が図られるため、そこで十分牽制が効きます。また、われわれは原価開示方式という、どれだけ原価がかかったか、単価がいくらかという情報に対する透明性を高めていきたいと思っています。アセットマネジメント計画を共有することで、どういう形で判断しているのか、それをどのように変えるかは、全てチェックが可能です。適正な料金水準を担保する仕組みはいくつかあります。
官側・民側それぞれの今後の課題
最後に、官側の課題、民側の課題について、私なりの考えをお話しします。まず、非常に大きな社会変化がありますので、それについてしっかり認識して対応いただく。住民・議会の認知・理解の促進、経営課題についての認識をしっかり共有することも非常に重要だと思います。自治体側にも人が必要ですが、中で育てるのは難しくなっていると思いますので、民間人材の登用も重要ではないかと思います。IT分野ではCIO(Chief Information Officer:情報統括役員)が一般的になっています。そういう人材をインフラ分野のリボルビングドア(官と民間を人材が自由に出入りする)で交流させることで、よりお互いの理解が深まると思います。
それから、地元企業の担い手不足の認識もしっかりする必要があると思います。自治体の方も疲弊して離職してしまう人がたくさんいます。また、地元企業も非常に弱体化しています。実は、中核自治体、政令市の統計で調べると、管工事組合の受注は、3~4割ほどで非常に少ない。こういった面からも、すでに危機はかなり広がっていると感じています。
一方で、民間にとっては、官側のノウハウの吸収は非常に重要です。われわれも自治体の方を採用して、いろいろ吸収していますし、出向で出していただいた方から吸収している部分もあります。そういった中で、事業運営に関わるノウハウ体制の強化も必要です。今、われわれもいろんな現場で四苦八苦しながらやっているところです。
最後は事業運営のビジネスモデルへの転換です(図4)。モノを売ってもうけるのと、事業運営しながらコストを最適化するのは、全く違うモデルです。われわれもゼネコンやメーカーとしてそれをやるのは、外形的に課題もあると思うので、将来的には解決していく必要があると思います。

講演3の質疑応答
中村 大塚様、ありがとうございました。フロアの方からご質問などいかがでしょうか。
参加者5 最後にいくつか出てきたキーワードに関してですが、地場のゼネコンとして、しっかりと地元でのインフラを持っている会社が、今後、自治体に対して、どういった準備をしていけばいいのか何かアドバイスをいただけたらと思います。
大塚 ありがとうございます。私どもの立場からすると、ぜひ、一緒にやっていきたいと思っています。いろんなところで地元の会社の方とお話ししますが、「仕事を取っていくんでしょう」と言われしっかりした対話になりません。われわれは、実際の仕事を取るつもりはありません。地元企業には、地元のノウハウやそこでいつもやっているからこそ、何かあったときにすぐに対応できるというところがありますので、一緒にやっていく必要性があります。
アドバイスというよりは、われわれは、今回お話しした概念でやっていきたいと思っているので、これを実現する形で御社のような地元企業が成長することも目指したいところです。そういうところを見据えて、協議させていただけるとありがたいです。
参加者6 私は、人材の確保や教育面の仕事もしており、資料を非常に興味深く拝見しました。育成や評価、昇進などは、仕組みを作り上げていくのか、あるいは教育自体はそれぞれで実施し、足りない部分をローテーションや出向といった形で補っていくのか、方針がどういったものなのか可能な範囲で教えていただければと思います。
大塚 ありがとうございます。複数パターンあると思います。例えば、一定程度の大きな組織であれば、その組織の中で完結するのが理想的だと思います。一方で、われわれは三浦市下水をやっていますが、会社の中で仕組みを確立して、ローテーションを本社と現場で進めていく形で考えています。
参加者7 水道は地方公営企業法の財務規定、役所の部門の中でも損益計算書と貸借対照表を作っているわけで、企業経営的に出ているものと思われがちなものが、なぜできていなかったのかご意見を伺えればと思います。
大塚 なかなか難しいご質問です。私はコンサルもやっていたのでその経験から考えると、それほど必要性がない、経営責任が明確にはないということではないかと思います。一応ルール上はあると思いますが、何人かの管理者の方と「将来的にこういう課題が出てきます。こういう更新投資をしたときに、料金をどうしますか」という話をしたことがありますが、「そのときに考えたらいいです」と言われました。これでは経営責任ではないと思ってしまいます。
官民連携は非常に難しく、難易度の高いことだと思います。これを自治体の方が意思決定するのも難しい部分があって、公務員に求められていることと反する部分もあるのだと思います。安定的に同じサービスを提供していくところと大きく変化するのが、性質的に難しいという部分もあるのではないかと思います。
参加者8 「マーケットの魅力を高める重要性」について、自治体側がマーケットの魅力を高めたいと思っていると捉えました。「報酬の向上」が入っているので、公務員の報酬が上がるということは、納税者からすると税金が増えるという話につながっていると思ったのですが、これについてお伺いできればと思います。
大塚 ありがとうございます。このままではこのマーケットには誰も来なくなってしまう、というのが現状だと思います。そういった意味でも、官民連携を使った方がいいということです。もちろん「公共性」というところで、関与したいという方はいらっしゃるかもしれませんが、そこにはあまり将来性がないというのが私のメッセージになります。
これは一人ひとりのレベルの話で、特にエンジニアに着目して、エンジニアをこのマーケットに引き込むという意味で言っています。状況を変えない限りは、自治体の水道事業に携わりたい方がどんどん減ってしまうだろうという意味です。
参加者8 より優秀な人材が入ると、より効果的な方策を打って、より改善していくという理解でいいですか。
大塚 そうですね。それもありますし、どの分野もそうだと思いますが、仕事に関心を持ってその仕事をやりたいという人がどんどん減っています。問題意識としては、インフラやデジタル化に興味がある。でも、今のやり方の維持管理やメーカーには魅力がないというのが、今、私が学生から受けているメッセージです。そういう人たちを、このマーケットに10年後、20年後も来てもらおうとすると、こういうサイクルを一緒に作らないといけませんね、というメッセージでした。
パネルディスカッション
<パネリスト> 原田 峻平氏、田代 浩次氏、大塚 淳氏

<モデレータ>中村 絵理 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)
住民理解をどうやって得るか?
中村 それでは、ご登壇いただいた3名の方にパネリストを務めていただき、持続可能なインフラ事業運営で今後の官民連携の課題となる話題について議論いただこうと思います。
私の方で3点ほど話題を挙げさせていただきます。一つ目は、原田先生の研究にも関わるところですが、水道事業のコンセッション導入をこれから拡大していく上で、住民理解が一つの大きなハードルになるのではないかと考えています。水道事業は議会の議決が必要など、一般の事業と比べて自治体や政府の干渉が強いということがあります。自治体や議会は、住民の理解を得られるかどうかを気にします。また、住民の方々は「命の水」を民間事業に任せてよいのか、ということを非常に心配しています。あるいは契約後にモラルハザードが発生するのではないかということで、特に品質基準などはある程度は規制されていますが、料金水準についてもどうやって理解を得ていくかということがあります。
また、災害時に、公務員は自分の家が倒壊していても現場の復旧のために駆けつけるけれども、民間事業者はそこまでしないのではないか。そうなると復旧が遅れるのではないかと言われる方がいます。災害大国といわれる日本では、災害時などの緊急対応はかなり気になるところであり、住民理解をどうやって得るかという問題もあるかと思います。
非常に難しいテーマですが、パネリストの皆さまのご意見やお考えなどをお伺いしたいと思います。
原田 まず、「命の水」については、宮城県で取り組まれているような実績を積み上げていくしかないように思います。実際に、そういった事例の住民への認知度はまだ低いですが、「こういう実績がすでにあるのだ」という事実を積み上げていくことです。水道事業の浄水場についての民間委託がかなり進んでいることも3割程度しか認知されていません。われわれが飲んでいる水の生産に関して、民間事業者が携わっている部分は多いという実績を示して、民間に委託しても実際には問題は起きていないということを強調していくしかないと思っています。
二つ目のモラルハザードについては、教科書的に言うと、モラルハザードが発生するのは情報が非対称だからです。事業者の行動が見えないところが問題なので、その事業者の行動を見えるようにするにはモニタリングが必要です。行政側がモニタリングをしっかりやる、つまり、民間に100%委任するわけではなくて、チェックやコントロールは行政がやるというのが一つ。
もう一つモラルハザードについて言えば、事業者が利益を求めて行う行動が公共の福祉と合致するような契約を結ぶことも重要で、そういったモラルハザードは起きないような制度設計をして、住民にも理解していただく。非常に難しいことですが、実績を積み上げて「ある程度水道事業に民間事業者が参画しているのが普通なのだ」という住民理解が得られれば変わっていくと思いますし、そこに至るためには、契約の話し合いでモニタリングの話などを、実務的に一つひとつクリアしていくしかないと思っています。
田代 住民理解はすごく難しいです。私自身、宮城県に40年以上勤めましたが、自分のやった仕事以外、宮城県の仕事をどのぐらい知っているかといえば、知らない仕事の方が圧倒的に多いです。県職員だった私でさえそういう状態なのに、一般の方が役所のやっていることを全部理解することは不可能です。「宮城県の人がやっているから、たぶん大丈夫。そんな変なことをやってないよね」といったぼんやりとした信頼のもとに、様々な公共事業が成り立っていると思います。それが住民理解の実態なんだと思います。
新しいことをするためには、各都道府県や市町村、国会などで議会の手続きを踏んでいく制度が構築されています。今の(議会の)制度はしっかりした仕組みで、担当者にとっては大変な業務で条例もそうでした。議会では、やろうとしていることに対して、様々な角度から意見や質問が出されます。宮城県の運営事業は、マスコミにもかなり注目されたので、興味がなくとも、ある程度の県民が耳にしたり、目にしたと思います。
答えになっていませんが、「理解いただくことは難しい」ということと、答えは「本当に難しい」というのが一つ目の私の意見です。
品質や料金については、われわれがコンセッションでもこだわった点で、法改正もお願いしましたが、公共機関がしっかりと説明していかなければならない。県議会もそうですし、(県民などには)マスコミも使って説明していかないといけない。これは役所側の責任だと思います。
災害復旧については、みやぎ型管理運営方式も、全て既存の災害復旧の制度を使っています。他の水道事業体が導入したとしてもおそらく同じだと思います。災害復旧の制度も厚生労働省から国土交通省に所管が替わり、新たな災害復旧の制度ができたようです。日本の災害復旧制度は手厚いです。そういったものを「大丈夫ですよ」「変わりませんよ」と、しっかりと自治体側が説明し続けるしかないと思います。
大塚 お二人のご意見を伺っても、なかなか難しいテーマだと思います。まず実績を積む、説明をしていくというところで、民間側もしっかりと説明責任を果たしながら信頼を高めていくということが、まず必要だと思います。
水道というと料金値上げの話があって、政治家が避けたがる部分があると思います。ここを政治アジェンダにして官民連携をやるとか、こういったところに取り組む首長が評価されるような雰囲気が作れるといいのではないかと思います。
これは官民連携ではありませんが、世界的に有機フッ素化合物のPFOS(Per Fluoro Octane Sulfonicacid)やPFOA(Per Fluoro Octanoic Acid)という課題が注目される中、ヨーロッパでは対応を規制で定めて料金値上げをもっとすべきだという議論も出ていると聞いています。こういう議論喚起がなされることは大事だと思います。
モニタリングは、ある程度、統一的な基準を作って官のみでも官民連携でやっているところでも、同じ指標を出すような形でやっていくと、よりベンチマークしやすくていいと思います。東大の先生によると、フランスではすべて同じ指標で公表することが義務づけられているそうです。そうすると透明性が高まってきて、官民連携でやっているところも従来的にやったところも差がないようにしなくてはいけないのですが、そういう結果が出てきていいと思います。
災害時については、非常に悩ましいところですが、私の立場からすると災害時の対応も含めて官民連携を進めるべきだと思います。ある自治体の方から、震災の際、ガス事業は非常に対応が早かった。それに比べて水道事業は遅れてしまった、と言われました。これは組織の規模、資本力の差だと思います。これが災害時の対応にも効いてきますので、そういう意味でも規模を大きくして運営していくのは、大事なのではないかと思います。そういったことをやることで、より民間への信頼度も上がっていくと思います。
中村 ありがとうございました。個人的な感想になってしまいますが、マスコミ報道は、影響力が大きいです。水道事業の民営化というテーマが、数年前に議論されましたが、「命の水を民間企業に任せるなんてけしからん」といった論調の番組がいくつかあったように記憶しています。SNSで影響力のあるインフルエンサーの人たちが、ネガティブな発信をすることで世論が形成されていくところもあると思います。
フロアの方で、住民理解に関連して、ご意見やご感想はありますでしょうか。
参加者9 私も建設業をしていますので、水道工事関係をどのようにやっているのかをよくチェックします。私どもの会社も、水道関係、あるいは下水処理場などに関わったことがあります。宮城県が官民連携で運営をされているのは、とてもいいと思いました。
工事をする部分は水道局なので役所です。役所から民間企業が受けて、小さな工事から大きい工事までやります。その部分では何の心配もないです。官民連携で自治体が発注元になっているから、いけるのではないかと思います。宮城県のような形で、民間企業が水道工事を受注できる状況でやっていけば大きな問題もなく、運営可能で、そして安心もできるのではないかなと思います。
中村 ありがとうございました。まさに原田先生がおっしゃっていた、官民で役割分担をして、官に対する信頼を通して民も信頼していただくこと、責任分担で最終的な責任は官が持つというところが重要な点だと思います。その点を住民に対する情報に盛り込むことは大事だと、今のお話を伺って思いました。
事業選定手続きの事務コスト
中村 二つ目の話題は、事業者選定手続きの事務コストです。「取引費用理論」という理論があって、契約を行うときに、その契約に付随して発生するコストのことを取引費用と言います。目に見える取引費用だけではなくて、目に見えない、金銭化されないようなコストも含みます。例えば、相手がどこにいて、信用に足る相手なのかという、契約相手に関する情報を収集する探索コストがあります。また、相手が見つかった後に契約に必要な情報を収集したり、書類を作成したり、契約条項を特定化・明確化するための相談や交渉をしたりするコストもあります。さらに、契約が締結された後に発生するモニタリングコストとパフォーマンス評価コストがあります。評価のために報告書など書類を作成する、あるいは視察するコストなどです。こういうコストが大きいです。また、取引費用理論を提唱しているWilliamsonが「maladaptationコスト」と呼んでいる、機械主義的行動から生じるコストもあります。これは水道事業では起こりにくいかもしれませんが、当初予定していた費用よりも大幅に費用がかかることが分かったので、契約条件を再交渉させてほしいとか、特定の事業者に契約がロックインされてしまうことで、その事業者が交渉力を獲得し、機会主義的なスポット利益を取りに行く行動をとるのではないかということです。これらのコストがかかると、契約そのものが避けられてしまう。それを事前に察知した取引主体が「こんなにコストがかかるのだったら契約はやめておこう、コンセッションなんてやめておこう」といった話になるのではないか。そうなると事業者も入札に参加しなくなる、自治体もコストが増えることを懸念して、コンセッションの導入を見送ることになるのではないか、というのが二つ目の話題です。
原田 取引費用の交渉コストは、コンセッションに限らず行政の方に聞くと、「横展開して何か他で事例があるとそれを参考にします」とよくおっしゃいます。すでに宮城県では実施されているので、田代様のような担当者がノウハウを持っているということはすごく貴重なことだと思います。いろんなノウハウを横展開していくことで、そのコストを下げていくのが一番だと思います。当然、国交省は、そういった契約に関する情報を取りまとめて展開していくことも必要だと思います。
モニタリングコストは、下水道は下水道事業団の技術的なところを基本としているように、何らかの形で人材育成機関があればいいですが、今のところはありません。イギリスのOfwat(上下水道事業の経済的規制を所管する水事業規制局)のような規制機関が、モニタリングに関する人材育成を担うように、別の機関でモニタリングの能力育成ができればと思います。自治体の中で育成するのは難しいので、今後のあり方としては、事業団などの規制機関などが人を集めて人材育成して、各自治体からモニタリングの委託を受けて実行する形で、ノウハウを継承するというのもモニタリングコストを低減する一つのやり方ではないかと思います。広域行政の話もしましたが、例えば、東京水道という会社は、東京都水道局からの仕事がほとんどですが、6%ぐらいは外部から仕事を受けているとWEBに書かれていました。それなりに大きな自治体の人材を、その周辺の自治体のモニタリングに関してノウハウを提供するような形で、公共同士で委託していくこともありうると思いました。
最後の再交渉のコストは、現場で聞くと、行政側が「民間に任せたので、いろいろやってね」ということに対して、民間側が「それは契約にないですよ」ということで、理論的なところとは逆のことが起きていると思います。
災害対応などもそうで、能登半島地震があって、他の自治体が「民間さん、こういうときは、やってくれますよね」「いや、それは契約外ですよ」となると、そこでもう一度、災害時の対応について別の契約を起こさなくてはいけません。そういったところで、明確化していく再交渉は、現実には起きていると聞きました。
民間の方に聞くと、「何でもうちに言ってこられても困る」という話も聞きますし、行政側からすると「任せたのにやってくれない」。でも、それは契約にないので、機会主義的行動を起こしているのはどちらかというと、行政が契約しているから全部契約に入れていると勝手に思い込んでいる部分を交渉して、適切にリスク分担を含めて契約する。これはコストがかかるかもしれないけど、あり方としては望ましいと思いました。
田代 公共施設等運営権契約は、とても難しいです。私は土木の職員だったので、工事でも業務でも国が作っている標準契約約款通りにやっていればよかったわけです。役所で公共事業に関わっている担当者が契約書まで作り込まないといけないのは、PFI事業しかないと思います。しかも、コンセッションでは、民間は損得ギリギリのところで勝負してくるので、細部まで詰めていきます。
民間側の交渉コストのことは分かりませんが、参加された方が「1社あたり○億円払いました」と言っていたという話を耳にしました。役所側も委託しています。FS(Feasibility Study:実現可能性調査)とDD(Due Diligence:適正評価手続)で約1億円でした。契約までのアドバイザー契約が約3億円です。役所の人件費は細かく計算したことはありませんが、専属の担当者も含めておそらく年間10人ぐらいで、約3年かかっているので5~6億円ほどだと思います。そうすると、役所側のコストはトータルで10億円ぐらいかかると思います。そう考えると、コンセッションをやるためには、小さなところでは成立しないのは間違いないと思うので、そもそもある程度の事業規模がないと民間が参入してこないと思います。コンセッションはそこがスタートだと思います。
モニタリングについては、浜松市は事業団にお願いしています。われわれはそういった組織がなかったので、独自に作りました。信用してもらえるように、「宮城県企業局経営審査委員会」を設置する条例を作りました。議会にも「年間の経営状況を報告します」といったことなども全て条例に入れて、「間違いなくこの通りにやります」と約束しました。
1号案件だったので、そういうことがありましたが、これからある程度件数が出てくれば、モニタリングの組織や専門の人たちも出てくるかもしれません。
宮城県のモニタリングについては、契約変更の交渉にも関わりますし、何といっても難しい契約です。いろんな契約の条文については、逐条解説が欲しいぐらいの内容になっています。その条文の裏にはどういうことが想定され、どういうことがあるのでこの条文ができている、というようなことが分からないと契約変更はできません。役所は人事異動があるので、継続してアドバイザー契約をしています。私が担当していた頃は、年間で1000万円ほどのオーダーだったと思います。大幅な契約変更があると変わると思いますが、アドバイザーの方に加わっていただかないと、コスト計算、料金計算などもかなり専門的で難しいので、そのようなコストは必要になると思います。経営審査委員会は、最低年2回以上開催することにして、メンバーは約10名だったと思います。報酬は宮城県の規定です。旅費交通費を含めて1年間におそらく100万円程度だと思います。
大塚 交渉コストについては、2人がおっしゃった通りだと思います。みやぎ型のときも対話はかなりさせていただきました。他の案件でも、同じような対話になったりします。1回前例があるので、不要な部分を省略すると短縮できると感じたので、原田先生がおっしゃったような横展開の仕組みは、非常に重要だと思いました。
どの辺で交渉コストがかかるかについては、一つはDD(適正評価手続)があります。これはいろんな資産情報などを得るのですが、紙が多いのです。われわれは紙をPDFで全てデータ化して、そこから必要なデータを抜き出すので、相当な時間とコストがかかります。この辺は、あらかじめ自治体側でデータ整理しておけると、効率を上げるのが可能なところです。
最近、難しくなっているのは、工事などの難易度が非常に高くなっている部分があります。基本的に今の敷地の中で更新していくので、自治体や技術コンサルが更新できると思っていたところが、われわれが設計施工のプランを立てると足りないところが出てくることがあります。姫路市や大津市などでは、入札不調になっていて、それこそ○億円が複数グループで消えていくことになりますので、結局のところ、基本設計で精度を高めるということが一つですし、もう一つは道路や鉄道はECI(Early Contractor Involvement)方式という、施工者が参画し技術協力するやり方も今後必要になってくるのではないかと思っています。
モニタリングコストについては、お二人に同意します。お互いに初めてだからしょうがない部分もあると思いますが、自治体の方も厳しくチェックしようとして、ある事例では、1個1個の単価を確認することまでされたそうですが、数年経って改善されたそうです。モニタリングでどこまで開示すべきなのか、そこにお互いにどれだけ時間をかけるかというのは、標準化していくべきだと思いますし、原田先生がおっしゃったOfwatのような組織は、非常に有効ですし期待したいと思うところです。
再交渉コストでは、管路はあらかじめ読みにくい部分があり、実際始まってみて分かる部分があります。これは設計変更などが生じてきます。必要以上の費用増加は望ましくないので、この辺のルール作り、単価をあらかじめ決めていくとか、客観性をどう担保するか、こういったところの仕組み作りは重要になってくると思いました。
中村 ありがとうございました。フロアの皆さまからご意見いかがでしょうか。
参加者10 取引交渉コストは、いろんな場面で出てくると思います。というのも、運営権者と実際の発注者の官側が、非常に細かく役割分担やコストの負担などを調整した上で契約を結びます。ただ、実際に事業をやってみると、契約書ではカバーできていなかったところが出てくることがあります。その都度、どうしましょうという話をしたときに、どちらかが損をしたらどちらかが得をするといった関係性が発生する場合があるのではないかと思います。要するに、どちらがコストを負担して、どちらが負担しないかというところです。官民連携では、そこはきっちりと議論する必要があります。
そういったコストを防ぐために、海外の事例では、コラボラッピング契約やオーストラリアのアライアンス契約と呼ばれる契約があります。簡単に言うと、両者に同じインセンティブが働くような形で、コストもリンクもシェアしようという契約の仕方があるということで認識しています。
責任分担を明確にするところに、かなり労力がかかるというお話もあったので、そういう契約の仕方も今後発生する可能性があるんでしょうか。きっちり責任を分担するという方向で舵をきるのか、同じ方向性でどちらかが損しないような契約をするとか、官民連携の今の動きを教えていただきたいです。
田代 プロフィットシェアについては、実はわれわれも入れるか入れないかずいぶん議論しました。しかし、あるかないか分からないものについては、民間と議論しても難しいということで、最終的にはプロフィットシェアの条項は入れていません。そのため、予想できない事態が発生した場合の協議項目を作って、第三者委員会(経営審査委員会)から意見をもらう形にしました。将来の担当者に任せた形になっています。
管路管理は、われわれは事業の中に入れませんでした。これはリスク測定が大変難しいからです。しかも用水供給は管路の口径が大きいので、漏水した場合のリスクがものすごく大きい。これを民間に委ねてしまうと、コスト最適化に向かわないことが予想されたことが一つです。もう一つは、東日本大震災の関係で、管路の耐震化を進めていたこともあって、(中途の段階で民間にお願いするのは)なかなか難しいだろうということで管路については官側に残しました。また、われわれの場合は、低リスク低リターンを目指し、いい制度を作れば(管路を含めなくても規模が大きいため民間が)競ってコストが下がっていくと予想していました。
しかし、市町村の末端給水の場合は、管路も入れないとコンセッションは成立しないと思います。これから末端給水を想定した制度を、誰かが先行して考えてルール作りをするのではないでしょうか。難しいとは思いますが、民間と意見交換しながらやっていく。工業用水では、すでに入っている事例があります。その工業用水道では使用発注に近いそうです。そうでないとリスク測定が難しいので、ある程度、発注者側が譲らないと民間は乗ってくれません。
そういったルールを一つずつ作って事例にして、皆さんで共有して積み上げていくことで、広めやすくなると思います。
大塚 コストシェアも一つだと思いますが、そうするといい案がない限り対応はできないので、本来、かかった費用がしっかりとチャージできるというのが、この事業のあるべき姿だと思います。合意形成を見据えると悩ましいですが、料金を上下させることを今後は考えるべきだと思います。ここで関係してくるのがOfwatのような客観的組織です。このような組織でチェックすることが前提であれば、必要に応じて料金を値上げしていく。必要なければ下げていくことも重要だと思います。
例えば、Ofwatを参考にしたのがチリですが、チリの場合は5年に1回料金の上げ下げをします。利益の水準ROA(総資産利益率)の7%というターゲットがあって、これをベースに上げ下げをします。あくまで予測なので、実際に運営してみるとROAが 10%にいきましたとなると次は下げることができます。逆にROAが3%とか赤字だと、次は値上げするという形です。このような方法で10年、20年やっていると安定化してきます。今後は確実にいろんな変化が出てくるので、本当に持続可能な事業にしようとすると、これは避けられない話だと思っています。
スペインは、各自治体に料金の規制機関があるそうです。これは自治体関連機関ですが、自治体から独立した形なので、料金の妥当性はその機関がチェックするそうです。Ofwatや規制機関は今後、必要になってくると思います。これは民間的な視点かもしれませんが、思ったところです。
ロックイン、資産特殊性と人材育成
中村 ありがとうございました。話題提供の三つ目として、特定の事業者にロックインされるという問題を事前に考えていました。ですが、これまでのお話を伺い、重要な問題はむしろロックインではなくて、人材育成の話ではないかと感じています。ロックインは、1回民間事業者と契約すると、その事業者がノウハウを獲得するので、次の契約でもその事業者が有利になって契約を獲得する。このような状況が継続すると、事業者間の競争でコストを下げるように導入したはずのコンセッションで、委託額や費用が上がることになるのではないかということです。これはイギリスの鉄道事業などで観測されている現象です。実際に免許入札制で逆にコストが上がったことがありました。
ロックインは資産特殊性が原因で起こります。資産特殊性は、特定の取引やその契約のみにおいて価値を持つ一方、他の契約では価値がなくなる資産・知識・技術のことです。例えば、地域固有の地理特性や事業特性に関する知識やノウハウなどがそれに当たると思います。既存事業者が特殊的な資産を蓄積することで契約に有利になれば、その事業者に契約が固定化されるという問題がロックインです。
しかし、水道事業においては、ある程度、資産特殊性は必要ではないかということが、これまでのお話を聞いて思ったことです。地域固有の情報などは自治体が役割分担して保管し、民間事業者がよりジェネラルな情報をノウハウとして提供する形がいいのではないか、と感じました。この問題は人材育成にも関わってくると思います。民間側から提供されるジェネラルな情報を評価・モニタリングできる人材が自治体側で必要なはずですが、委託実施により、事業者側に情報が蓄積される一方で自治体側からは失われていくことになります。その自治体側と事業者側の情報の非対称性が問題だと思います。そのため、ロックインに関わらず、資産特殊性とそのような知識を持つ人材育成に関する課題ということでコメントをいただければと思います。
原田 基本的には資産特殊性や特殊性の高い取引の場合には、行政がある程度、投資をする必要があるのではないかと思います。実際に下水道の担当者にヒアリングさせてもらったときに、民間に委託してどのようにパフォーマンスが上がったかというと、他で使用してすごく良かったIT機器や管理に使う機器を導入して、それでコストが下げられた、ということがありました。こういう場合は特殊性がありません。他の自治体での業務で活用して、うまくいったものを当てはめて効率化されていく場合、特殊的ではないものについては委託がうまくいくと思います。逆に特殊的なものを委託に出してしまうと、まさにロックインのような問題が起こるので、切り分けとしては行政が担うべき部分は、特殊的なところで必要だと思います。
民間がそういった投資をするためには、それなりの契約期間を用意します。3年や5年の短期間では投資もできないので、契約期間はその設備を導入して償却できる期間を設定することで、民間側の投資を促すことができると思います。
私は、火葬場のPFI案件を手伝ったことがあります。火葬場は基本的には、火葬炉のメーカーがその後のメンテナンスも担当するそうです。それを前提に、DB(Design-Build)という設計施工一括発注でやるのか、DBにメンテナンスも含むDBM(Design Build Maintenance)か、発注について議論をしたので、炉のメーカーがその後のメンテナンスをやるのであれば、メンテナンスも含めた発注のDBMがコスト的にもいいはずだということをお話ししました。そうした資産特殊性も含めて、行政はその後の発注においてロックイン的なことが起きるのかどうかを把握した上で、契約期間や発注方式を決定する必要があると思います。
田代 ロックインの話は両面あると思います。宮城県では、浄水場、処理場の運営を民間に3年もしくは5年で委託していたのですが、民間業者はずっと変わりませんでした。つまり、短期間で委託すると、新しい業者は(競争で負けてしまうため)投資できないので、委託先が固定化してしまいます。今回は20年間という長いスパンで大規模に公募したので、別業者になりました。ですので、正直、ロックインはどうなのか分からないです。
特許と知的財産についても議論しましたが、これについては、事業期間中には支払わないことにしました。あくまで3種類9事業一括という中で、新たな技術を導入して横展開してもらい、そこでもうけてくださいという制度になっています。
SPC(特別目的会社)なので、20年後にはなくなり別の業者にいずれなりますが、そのときの技術を使わざるを得ない期間は必ずあります。次の契約なので、今から約15年後の担当者に委ねています。特に規定は設けていません。法外な知財料が出るとは想定していませんが、後輩たちが良い契約を作ってくれると思います。
大塚 今のお話で人的側面と設備的な側面があると思いますので、それぞれコメントします。人的側面は、人を抱えていることでロックインにつながっているのは実際にあると思います。みやぎ型でも、20年経ったら人を移転させます、と書いてあって、本当にやるのか確かめようと思っていますが、こういうやり方がいいと思います。
フランスでは、処理場、浄水場に人が張り付いて、運営がスエズでもヴェオリアでも現場では同じ人がやることになっているので、この問題が生じにくい。同じような環境にしていくのが望ましいと思います。
設備的なところは、原田先生がおっしゃった炉の問題を考えると、標準化が必要だと思いました。細かい話でいくと、下水道のマンホールの開け方が自治体ごとに違うらしいです。その違いが災害時にも障害になっているようです。バルブなどでも同じようなところがあり、標準化していくべきだと思います。
特に設備のロックインで災害時にも問題になるのは電気設備です。重電メーカーは、各社が独自のプログラムで作成しているので既設メーカー以外は扱うことが困難です。データを取り出すのもコストがかかり、デジタル化の障壁にもなりえます。ヨーロッパには欧州規格があって、その中で標準化が全て決められていますので、どのメーカーが作っても規格は同じだと聞いており、DX推進の観点では今後重要な論点かと思います。
あとは長く携わることで、内製化が図れますし、設備の要素を細分化していくと、全体では取り扱えなくても個別で取り扱える部分があるので、そういう取り組みも必要になってくると思います。
中村 ありがとうございました。フロアの方から何かありますでしょうか。
参加者11 話題の二つ目と三つ目のモニタリングコストやロックインの問題は、全国的にこのようなインフラの設備はまだ少ないと思いますが、指定管理などでも同じような問題はあると思います。私も実務としてスポーツ施設の指定管理の仕事に携わったことがあります。最近、指定管理の期間を長くするのが、全国的な傾向として高く、10年間で指定管理を更新したところです。そうなると、ノウハウを知っている担当職員がいなくなってしまうことが、現実的な問題として出てきます。下水道事業の包括委託では、例えば、特殊なプラントの契約をするとモニタリングコストやロックインのような問題が出てきて、これは非常に気になるところです。
指定管理を公募したときにロックインが発生するかと当初予想していましたが、実際にふたを開けてみると業者間競争が起こって、既存の指定管理者とは別の事業者が取ることもありました。実務経験から、これはひょっとしたら担う民間の事業者数によっても変わるのではないかというのが、感想です。
田代 おそらくその通りなんだと思います。われわれもコンセッションを議論するときに、10年の指定管理について、今のような話をしていたこともありました。やっぱりそういうことなんだとお話を聞いて思いました。
大塚 「10年」というのは一つのキーワードだと思いました。より競争が奨励されやすくなることが期待されます。
田代 コンセッションの契約期間については、みやぎ型管理運営方式の事業期間を決めるときに、前例がなくロックインについてのイメージもあったので、「10年、20年、30年のいずれがいいですか」というアンケートを(事業に関心を示していた企業から)とりました。「20年」に決めたのは、回答が一番多かったからです。「その心は何か」ですが、管路は入れない形のコンセッションです。ただ、設備(更新)は絶対入れることにしたので、会計上の耐用年数は8年とか10年ですが、実質的な耐用年数は約20年です。回答に「20年」が一番多かった理由は、このような耐用年数の事情と、(水道の)コンセッションは初めてだったので、30年では長すぎるという思惑が事業者側にあったのかもしれません。
中村 ありがとうございました。産業組織論の理論の中で、1回目契約のときに今後ロックインが起こるであろうことを見越して赤字覚悟の低い委託額で受けてポジションを獲得し、2回目契約で1回目の赤字分を取り戻すために委託額を上げることがあるという議論があります。これによると、もしかしたら1回目契約時のコスト削減はそのために起こっていて、2回目以降の費用が本来の適正水準ではないのかということも考えられます。2回目以降に費用が上がったときに、ロックインで費用が増えたのか、適正価格に戻っただけなのかは判別が難しいです。このような現象は特に参入障壁が高い産業で起こるとされていますが、コンセッションの場合、契約年数が通常の委託より長いということでそれだけ大きな契約になるので、最初の契約時の取引費用が高くなり、それが参入障壁になりうる可能性を考慮しておかなければいけないと思いました。
参加者の皆さま、ご参加いただきありがとうございました。パネリストの皆さまには、貴重な事例やお話を紹介していただきお礼申し上げます。
