銅賞
農業協同組合におけるデータ包絡分析法による効率性分析と経営実態に関する研究

竹村 誠
(大阪府信用農業協同組合連合会)
1.研究の概要
本研究の目的は、全国に存在する537の農業協同組合(以下、農協)の財務データ等を通じて、経営の効率性が高い農協を抽出し、その農協の経営実態に関する分析結果を活用し、農協の経営効率を高めるために求められることを示すことである。先行研究では、国内の農協全体や都道府県単位、特徴的な農協の分析は行われているが、全国の農協の経営の効率性を網羅的に分析したうえで、その経営実態を調査した研究は行われていない。また、筆者の問題意識として、世界的に食糧安全保障が危ぶまれるなか、我が国の農業は様々な問題を抱える環境下にあり、その担い手である農業者と関わる組織としての農協の重要性は高まってきている。よって、農協の経営効率を高めることが、農業における問題解決につながると考えている。
また、本研究では、データ包絡分析法(Data Envelopment Analysis:DEA)を用いて、農協の経営について、収入(売上高)の効率性と利益の効率性の2つの側面から分析した。その結論として、収入の効率性の高い農協は、経済事業を中心に組合員が積極的に利用する事業運営を行っており、農業政策の活用や特産品への集中投資、6次産業化など組合員と農協とのWin-Winの関係性を構築している。利益の効率性の高い農協は、金融資産や不動産を保有する組合員を対象に信用事業、共済事業が中心の金融機関としての事業運営を行っていることが分かった。また、将来的な農協の在り方については、農業を中心とした本来の農協経営と金融機関としての農協の2つの方向性へ深化していくと考えられる。
今後の農協研究については、継続的に個別の農協の基礎データや財務データを蓄積することで、時系列でのデータ包絡分析法(DEA)を用いた多面的な分析・研究に期待する。

2.リサーチクエスチョン
農協は、農業従事者の出資により設立された組織であり、昭和23(1948)年7月に施行された農協法にその設立根拠を持つ。農協には、専門農協と総合農協が存在し、専門農協は、貯金や貸付等の信用事業は行わず、畜産、酪農、果樹の販売・購買等を行う農協である。一方、総合農協は、信用事業に加え、農家への営農・経営指導を行う指導事業(代表・総合調整・経営相談事業)、野菜や米など農畜産物を扱う販売事業と肥料・農薬等を扱う購買事業を合わせた経済事業、保険業務を行う共済事業など様々な事業を行う農協のことであり、本研究では、農協数も規模も大きい総合農協を対象とする。下図のとおり、農協は様々な事業を行うことに加え、株式会社等と目的や組織の性格が異なり一部に農協固有の会計が適用されていることから、一般的に行われている財務データを通じた経営分析が難しい。そこで、リサーチクエスチョンとして、①農協における経営の効率性をどのように測定するのか、また、②経営効率の高い農協はどのような取り組みを行っているのか、の2つを解き明かすこととした。
【農協グループの組織】

3.分析結果
調査方法は、財務データの分析としてデータ包絡分析法(DEA)、経営実態の把握としてインタビュー調査を行った。
(1)データ包絡分析法とは
データ包絡分析法(以下、DEA)とは、複数の企業体の相対的な効率性を測定する方法で、評価対象の具体例としては、銀行・病院があげられる。組織に対し、何らかの入力を行った際に出力されるものを最大化するもの(もしくは出力に必要な入力を最小化するもの)を効率的と考える。また、規模の影響を考えないCCRモデルと規模での効率性を評価するBCCモデルが存在する。
例えば、下表のとおり、A~Hまで8店舗あり、それぞれの人数に対し、売上を確保している。このうち少ない人数(インプット)に対し、大きな売上(アウトプット)を確保している最も効率的な店舗はB店である。原点からBを通過する直線は、CCRモデルによる効率的フロンティアと呼ばれる。一方、それぞれのインプットに対し、最大となるアウトプットを結んだ線をBCCモデルによる効率的フロンティアと呼び、このモデルにおける効率的な店舗は、A、B、E、Hの4店舗となる。

(2)農協におけるDEAの利用
農協におけるDEAについては、投入要素(インプット)を事業管理費、産出要素(アウトプット)を事業収入とする「収入の効率性」、インプットを事業管理費、アウトプットを事業総利益とする「利益の効率性」の2種類の分析を行う。さらに効率性の高い農協における財務分析やインタビュー調査を通じて、経営実態を明らかにするとともに、効率性の低い農協についても財務分析を行うことで、DEAによる分析の確からしさを示す。
(3)DEAによる分析結果
農協におけるDEAによる分析結果は以下のとおりである。さらに、効率性の高い農協へのインタビュー調査を行った結果、収入の効率性の高い農協の特徴として、経済事業を中心に、農家組合員である正組合員の利用拡大に注力した事業運営を行っている。組合員との関係性において組合員への指導的立場を維持しつつ、積極的な対話により、いかに農協を利用してもらうかを重視した経営である。特に、経済事業においては、農業に関する国策をうまく取り込むなかで、大規模化やスマート農業への支援を通じて、特産品への集中投資を支えている。また、農協としても、積極的に設備投資を行い、農畜産品の調理、加工など6次産業化により付加価値を増大させることで、農家組合員と農協の双方にとってWin-Winの取り組みを実現している。

利益の効率性の高い農協の特徴として、金融資産や不動産を保有する正組合員・准組合員を中心とした事業運営を行っている。信用事業・共済事業の占める割合が大きく、もともと農家であった正組合員が離農した准組合員や近隣住民で農協に出資した准組合員が、金融機関として農協を利用している。また、経済事業においても、農業関連の取り扱いよりも、正組合員の保有する農地の転用・賃貸・売却をサポートする宅地供給等事業が中心である。但し、一部の農協では、収入の効率性の高い農協が行っているような特産品への集中投資を行うことで総利益を引き上げている農協も存在する。

4.研究成果・結論
リサーチクエスチョン①の農協における経営の効率性をどのように測定するかについて、DEAを通じて、測定することができたと考える。また、収入の効率性と利益の効率性の2種類のDEAを行ったが、その分析結果に対し、財務的アプローチを加えることで、DEAによる分析の確からしさを示した。収入の効率性においては、農協の存在意義は、組合員に利用されることであり、それを端的に示した事業収入をアウトプットとした分析は、農協の価値そのものを示す。また、利益の効率性においては、利益の確保は組織の永続性に多大なる影響を及ぼすものであり、事業総利益をアウトプットとした分析は、農協の経営の安定性、組織の永続性を示す。
また、リサーチクエスチョン②の経営効率の高い農協はどのような取り組みを行っているかについて、DEAの結果から導出された農協について、財務的アプローチとインタビュー調査を通じて、可視化することができた。
最後に、今後の農協の経営については、農業を中心とした本来の農協経営と金融機関としての農協へと2つの方向性に深化していくと考えられる。
農業を中心とした本来の農協経営については、地域性を生かした特産品の生産指導を行うとともに、加工・流通を農協が担うことで農業の付加価値を高める。結果として、信用事業、共済事業、経済事業のバランスを確保した範囲の経済を重視した農協経営が求められる。
金融機関としての農協経営については、引き続き農家組合員である正組合員を確保しつつも、准組合員が増加するなかで、金融機関として、一定の貯金残高や共済契約が必要とされる。また、資金運用や業務運営において、厳しい競合環境のなかで、高度化・専門化が求められることから、地域性を維持したうえで、適正規模での合併により、管理費の抑制を図るとともに、積極的な人材投資により経営の効率性を高めていくことが求められる。
