第16回 加護野忠男論文賞
入賞論文
金 賞
建設業の人材定着マネジメント
-建設業特有のものづくりプロセスと離職に関する研究-
秦 真人氏(朝日土木株式会社・京都大学大学院工学研究科博士後期課程)
銀 賞
高齢者のがん医療における便益形成と治療への参加意欲を高める要因に関する研究
-便益遅延性に着目して-
桐島 寿彦氏(地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院)
銅 賞
農業協同組合におけるデータ包絡分析法による効率性分析と経営実態に関する研究
竹村 誠氏(大阪府信用農業協同組合連合会)
加護野忠男論文賞 講評
受賞された皆さま、まずはおめでとうございます。
神戸大学MBAで重視しているのは「修士論文」です。どういったものが優れた修士論文として評価されているのか、新入生の皆さんが論文のテーマを選ぶ際にも、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
金賞の秦さんは、ご自身の会社での経験から、建設業において人を定着させるためにどういうことが必要なのか、という建設業の人材定着マネジメントの点で試行錯誤してきた結果を分析されています。そして、定着のためには、働く人々の心理的な特性を理解することが必要なのではないか、という提言をされています。この提言のコンセプトは、秦さんの会社だけではなく、多くの企業、とりわけ中小企業に役立つコンセプトになっているのではないか、ということで評価されました。
修士論文で重視するのは、足元の問題を深く考えていく、ということです。キーワードは「井の中の蛙、天を知る」です。「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、井の中の蛙は、井戸の上を毎日眺めているうちに、天の本質を理解できるかもしれない、という側面もあるのです。いろいろな世界を見なくとも、自分の足元の問題を深く考えていけば、経営の本質的な問題についての理解が深まる、というのが神戸大学MBA修士論文の一つの存在意義です。秦さんは、非常にうまく論文にまとめられていたと思います。
銀賞の桐島さんは、がんに罹られた高齢者の事例をとりあげています。今、医学の世界では、統計データは重視されています。事例研究だけにこだわるとリスクはありますが、統計的なデータよりも少数の事例を深く考えていくのは、実際の問題を理解する上で重要なのではないかということを、身をもって論文に示されました。私の恩師の奥さんが、がんで入院され、たまたま私の弟がその病院の精神科で働いていて、奥さんの痛みがひどいため精神科医である彼もチームに加わりました。彼によると、精神科医がやったことは、ほとんど効果がなかったそうです。奥さんは、カトリック信者として洗礼を受けてから痛みがとれ、非常に落ち着かれて、安らかな死を迎えられたそうです。弟は「やっぱり宗教には勝たれへん」と言っていました。終末期の医療は、未解決の問題がたくさんあります。その中で、患者自身の積極的関与をうまく引き出す方法を考えていくことが必要だというのが、この論文の鍵です。
銅賞は竹村さんの農業協同組合についての研究です。竹村さんは、農協の金融事業が本当に今のままでいいのか、という問題意識をもたれ、金融事業だけでなく農協の事業全般を分析されました。農協のこれからのあり方を探っていこう、という非常に面白い内容になっています。ここでは、データ包絡分析法というユニークな分析手法を使って、農協の財務データの分析をしっかりされた点が高く評価されました。神戸大学MBAでは、こういった新しい手法をマスターして、それをうまく使って新しい発見をしていく研究も評価されます。新しい分析手法、分析枠組みを勉強して、それをご自身の企業をはじめ、多くの事例に適応することができるのも、MBAで論文を書く意義だと思います。
加護野忠男

