特集
コロナを機に国土が変わる、社会が変わる
―不動産と鉄道から見える人々の本源的需要―
第110回ワークショップは「コロナを機に国土が変わる、社会が変わる―不動産と鉄道から見える人々の本源的需要―」と、かなり大きなテーマを掲げました。私は普段、交通を研究しているのですが、「交通」をメインに掲げると、交通だけを扱うような誤解を与えるといけませんので、あえて大きいテーマにしました。交通というのは、世の中の様々なところと関係していて、誇張ではなく国土や社会全般に大きな影響を与えています。私も普段、交通について考えるときに国土や社会全般について全く意識しないということはありません。そこで、今回のテーマは、交通を中心に据えてはいますが、その範囲は国土や社会全体にも関係することを強調したいと思います。
2020年から始まった新型コロナウイルス流行の影響は、世の中のあらゆるところに出ています。ここで、鉄道を含む交通事業者について考えると、人々が外出をしなくなったために、利用者が減少し、経営が大変厳しくなりました。人々が取りやめた外出は、自らの意思で減らすことができる、買い物や観光などにとどまりませんでした。個人の意思では自由に減らすことのできなかった、通勤・通学といった移動も、社会が減らすことを要請しました。そこには、これまで在宅勤務を認めていなかった企業が在宅勤務を認めたり、多くの学校や大学で初めてオンライン授業・講義を取り入れたり、といった社会の側の変化がありました。
鉄道事業者に対する異例の要請
鉄道事業者に関する象徴的な出来事として、令和2年(2020年)2月24日付で国土交通省鉄道局総務課長より出された「新型コロナウイルスの感染症対策の再徹底について」を取り上げたいと思います。皆さんも鉄道の車内や駅構内で次のような内容の放送を聞いたことがあるのではないかと思います。
「国土交通省、厚生労働省から新型コロナウイルス感染症対策に関するお願いです。混雑した鉄道車両内は一般的に感染を拡大させるリスクが高いことから、車両混雑を緩和することが有効です。このため、乗客の皆様においては、テレワークや時差通勤といった取組を積極的に行っていただきますようお願い申し上げます。」
これは、鉄道を現に利用している人に対して、テレワークや時差通勤をお願いするものです。時差通勤は時間帯を変えて引き続き利用をお願いするものですが、テレワークは鉄道を使わないようにお願いしているという意味で異例だと思います。どのような企業(特に民間企業)も自らの提供する商品やサービスを購入・利用してもらうことによって利益を上げています。しかし、自らの提供する鉄道サービスを利用しないようにお願いし、それが聞き届けられたとき、企業の利益が減少するのは当然の帰結です。この放送には私自身、大変違和感を覚えました。調べてみると鉄道局総務課長からの要請にたどり着き、その中に前述の放送文案が例示されていました。
交通は派生需要であるという常識に立ち戻る
私自身も、今回のコロナ禍で交通について改めて考えることになりました。そこで立ち戻ったのが「交通は派生需要である」ということです。派生需要というのは本源的需要と対比して説明すると分かりやすいと思います。本源的需要としての交通は、「移動したいから移動する」というもので、鉄道好きの人が鉄道に乗るとか、観光列車に乗る、といったものです。しかし、日常の通勤や通学で、鉄道やバスで移動するのが楽しいから乗っている、という人はあまりいないと思います。多くは、勤務先で仕事をしなければいけない、学校で授業を受けなければいけない、という理由で仕方なく混雑した鉄道やバスに乗って移動していると思います。
交通が派生需要であるというのは、交通研究者や交通事業者であれば誰でも知っている常識です。通勤先や通学先での活動がなくなれば、移動の必要がなくなることは至極当然です。しかし、通勤先や通学先での活動が非常に安定していたために、過去、そのための移動である通勤需要や通学需要がこれほどまでに大きく減少したことはありませんでした。
移動先での活動も本源的需要といえるのか
「交通が派生需要である」という議論は、ここで終わることが多いのですが、今回は、さらに話を続けたいと思います。交通が派生需要であるのなら、その需要をもたらしている勤務先や通学先での仕事や勉強は、本源的需要であって派生需要の可能性はないのでしょうか。これは、今回「不動産と鉄道から見える人々の本源的需要」という副題をつけていて、不動産業界からも話題提供をいただくことと深く関係しています。
まず、勤務先について考えたいと思います。企業は本当に都心にオフィスを構えたいと思っているのでしょうか。都心のオフィス需要は本源的需要なのでしょうか。仕方なく都心にオフィスを構えているという派生需要の側面はないのでしょうか。
企業が都心にオフィスを構えるメリットを考えると、他社とのやり取りがしやすい、従業員を集めやすい、情報を集めやすい、ということが挙げられます。一方、都心の賃料は高く、望み通りの物件を見つけることは難しい、といったデメリットもあります。都心でなくても十分に仕事ができるのなら、わざわざ賃料の高い都心にオフィスを構えなくてもよいはずです。都心にオフィスを構えたいと思わないのに、仕方なくそうしているのであれば、都心のオフィス需要も派生需要かもしれません。
次に、勤務先とは反対側の自宅について考えたいと思います。人々は、本当に都市やその近郊に住みたいと思っているのでしょうか。都市やその近郊の住宅需要は本源的需要なのでしょうか。仕方なく、都市やその近郊に住んでいるという派生需要の側面はないのでしょうか。
人々が都市やその近郊に住むメリットを考えると、多くの職場や学校が近くにあり選択肢が多い、商店や娯楽施設が多い、行政サービスが充実している、ということが挙げられます。一方、住居費を含む生活費が高い、満員電車や渋滞に悩まされる、空間的にゆとりがない、などのデメリットがあると思います。地方に住んでも、都市やその近郊でしか得られないメリットを享受できるのであれば、わざわざ都市やその周辺に住む必要はないかもしれません。都市やその近郊に住みたいわけではないが、仕方なくそうしているのであれば、都市やその近郊の住宅需要も派生需要かもしれません。
コロナを機に考える
コロナを契機として、テレワークやオンラインでの活動が大変な勢いで普及しました。これまで、テレワークやオンラインの活動を促進しようとしてもなかなか進まなかったのとは対照的です。コロナをきっかけにして、初めてテレワークやオンラインの活動を経験した人も多いと思います。経験が全くないか1回でもあるかは大変な違いで、1回でも経験したことによって、元には戻ることができないという不可逆的な変化につながるかもしれません。
私にとって印象深いのは、オンライン会議による出張の減少です。私は学会の仕事で年に何回か、片道3~4時間かけて東京に行って、2~3時間の会議に出席して、また3~4時間かけて帰ってくることがありました。移動の時間には気分転換の要素もあり、全く無駄とは言いませんが、できれば減らしたいと思っていました。
コロナ禍以前に、何とかこの移動を減らせないかと、オンライン会議の可能性について調べてみたことがあります。そのときに考えたのは、関東と関西からの参加者が多かったので、東京と大阪の2ヶ所に集まって遠隔会議ができないかということでした。調べたところ、設備の整った貸会議室を見つけることができました。
遠隔会議が受容されるかについて、まず、費用の面から検討しました。関西から東京までの1人あたりの交通費が往復約3万円として、参加人数分というと結構な金額になります。概ね交通費の削減で貸会議室を借りることはできそうでした。
そのときは正式に提案するには至らず、世間話として何人かの先生とお話をして終わりました。多少の不便を感じる人がいても、システムとして機能している以上、積極的に遠隔会議を検討することにはなりませんでした。
しかし、コロナが流行し始めるとどうでしょうか。オンライン以外の方法がなかったということもあって、あっという間にオンライン会議が普及しました。貸会議室など使わなくても、個人のパソコンでオンライン会議が実施可能であったことに、そのときに気づきました。対面が不可能になったときに、対面以外の方法で実施可能な技術がそろっているという点にも大変に関心がありますが、可能であったのに可能とは思っていなかったという認識は、大きく変わったと思います。
コロナ後はどうなるか
最近では、対面での会議が実施可能であったとしても、オンライン会議が第1選択肢になる場合もあるほどです。オンライン会議であれば、その時間さえインターネットに接続可能な環境にいれば出席可能と返事ができます。これに対し、対面会議は会議時間に加えて移動時間も都合がつかなければ出席可能という返事ができません。会議の日程調整もかなり様子が変わってきました。
第110回ワークショップは、鉄道を中心にするものの、国土や社会もその対象としている点に特徴があります。重要な点の1つとして、土地利用の観点から不動産業界の話題提供をいただきました。最近は都心のオフィスの移転や縮小、テレワークのための自宅のリフォームや地方への移住、といったことも起こっています。今後の国土と社会を考えるうえで極めて大切なテーマであろうと思います。
最後にご参考までに、以前Business Insightに寄稿した、コロナについて交通の観点から書いた記事を紹介します。
三古展弘:「COVID-19でも広義の交通は減らなかった?」,現代経営学研究所会報『Business Insight』第28巻第3号(No.111),23-25,2020年10月.
