金賞
開発体制の変化が製品開発エンジニアのモチベーションと仮説創成力に与える影響
~自動車開発の事例に基づいて~

澤田 健
1.問題意識
筆者が所属する自動車業界はCASE[1]時代の到来により、100年に一度という大変革期を迎えている。
このような環境の不確実性が増す中、自動車会社A社は、効率的な車両開発を目指し、従来のマトリクス型組織[2]ではないプロジェクト型の新組織体制による開発という新たな試みにチャレンジしている。これらの組織の大きな違いは、従来組織では重量級のPM(プロジェクト・マネジャー)が、車両プロジェクトごとに機能別組織を横断して統括するのに対し、新組織であるプロジェクト型組織は、重量級のPM自身が組織長となり各機能のメンバーがグループとして組織長の直下に配置される点である。
また、効率的な開発業務を実現するためには、開発エンジニア個人が、いかに良い「仮説創成」を行えるかが重要である。仮説創成とは、ある車両目標に対して現状解決すべき課題を設定し、その課題を解くためのあらゆる方策の仮説を構築することである。
さらに、モチベーションの向上が仮説創成を高め、迅速な課題解決を可能とすることが先行研究で示されている。
これらの背景から、開発体制の変化が、開発エンジニアの中長期のモチベーションにどのように影響を与え、それはどのような要因によって起こるのか?そこに重量級PMの役割の変化がどのように影響を与えているのか?さらに、新組織から従来組織に戻ったときに、開発エンジニアにどのような変化をもたらすのか?という点について考察していく。
2.先行研究レビュー・リサーチクエスチョン
一般的に、製造業の製品開発組織体制は、機能別組織[3]やプロジェクト型組織[4]に分類される。この分類に基づくと、A社の従来組織はマトリクス型組織、新組織はプロジェクト型組織にあてはまる。延岡(2006)はプロジェクト重視型組織になればエンジニアのモチベーションが向上すると言及している。その理由として、エンジニアが特定の製品に関して強いコミットメントを持つことができ、機能別組織で特定機能の専門家として業務をこなすという意識以上に、特定の製品に没頭して優れた製品を開発しようとする意識が強くなるからであると述べている。一方、機能別組織においては、開発エンジニアは専門領域の技術や機能にコミットし、専門家としての自己達成やプライドがモチベーションを高める源泉となる。
一方、モチベーションについてのより基本的な理論のひとつとして、自己効力感の影響が指摘されている。Bandura(1991)は、社会的認知理論に基づいて、自己効力感という概念を提唱した。Banduraによると、自己効力感は「生理的状態」、「社会的説得」、「代理経験」に影響される。また、自己効力感が内発的モチベーションに正の影響を与えること(塩月, 2019)や開発エンジニア各々がリーダーシップを発揮する機会が増えれば、自律的に活動することについての喜びを感じられるようになり、自己効力感の向上につながることも明らかにされている(石川, 2007)。これらの関係は図1に示される。

さらに、Amabile(1988)は、創造性を「新規性と有用性を兼ね備えたアイデアを生み出すこと」と定義し、その創造性に影響を与える3つの要因として「専門知識」、「創造的思考能力」、「内発的モチベーション」を挙げている。この創造性は、製品開発においては、「仮説創成」であるといえる。なぜなら、製品開発エンジニアは、ある決められた車両目標に対して、それが満足できていない場合、設計目標、要素技術、工学理論の3つの要素をうまく組み合わせながら最適解を見つけるという「仮説創成」を行うためである。これは、Amabileの創造性の定義である「新規性と有用性を兼ね備えたアイデアを生み出すこと」と合致する。したがって、内発的モチベーションの向上が開発エンジニアの仮説創成に正の影響を与えると考えることができる。
リサーチクエスチョン(RQ)として、下記3点を挙げる。
RQ.1:組織的な変化によって、開発エンジニアの中長期におけるモチベーションは、どのような要因に影響を受け、どのように変化するのか?
RQ.2:組織的な変化が、プロジェクト・マネジャーのリーダーシップスタイルに変化を与えるか?それが開発エンジニアにどのような影響を与えるのか?
RQ.3:新組織から従来の機能別組織に戻ったとき、開発エンジニアにどのような変化をもたらすのか?
3.分析結果・考察
調査方法は、インタビュー調査とアンケート調査を行った。インタビュー調査でRQ.1~RQ.3の影響要因についての仮説を構築し、アンケート調査でそれらの仮説を検証した。
(1)インタビュー調査結果
① 開発エンジニアへのインタビュー調査結果
従来組織と新組織に所属した経験のある開発エンジニアそれぞれ7名と10名にインタビューを行った。その結果、図2のように新組織の開発エンジニアの多くが異動後からモチベーションが上がっており、さらに、開発プロセスの特に厳しいPHASE2~3において一番高いモチベーションで業務を行えていた。これは、従来組織の開発エンジニアと大きく異なっていた。その要因の共通項として「開発エンジニア個人の中のリーダーシップの醸成」、「他者視点の醸成」が捉えられた。

一方、PHASE 3でのモチベーションが上がらない事例がシャシー設計エンジニアへのインタビューから見つかった。図3のように異動直後のモチベーション低下が見られた。ここで明らかになったのは、元部署(従来の機能別組織)とのつながり方が、モチベーションの高低に影響を与えていそうだということである。

② PMへのインタビュー調査結果
新組織のPMであるK氏自身が組織長となって、開発エンジニアが直属の部下となったことによりPM自身に変化が見られた。部下が考察を深く行えるように敢えて口出しを行わない姿勢や、信頼をして徹底的に任せるといった態度は、開発エンジニアが主体的に問題解決策を考え対策実行するという行動に大きく影響を与えていた。
さらに、巡回タイムのように困りごとを吸い上げながら直接コーチングを行っていたことは、従来組織のPMでは起こりえないものである。こうしたPMからの直接の指導が、エンジニア個人が自らの意志で主体的に動ける要因となっており、そこにはPM自身のリーダーシップスタイルの変化も伴っていた。
上述のインタビュー調査結果より図4のような仮説が構築され、新たに「元部署とのつながり方」が影響要因として確認された。

③ 新組織から従来組織へ戻ったときの変化
従来組織に戻った直後、モチベーションはキープ、もしくは緩やかに下がるが、その後時間をかけてモチベーションが低下するという傾向が複数のエンジニアで見られた。これは組織内同形化圧力により従来の機能別組織の強制的な圧力にあらがえないことで、無力に同質化されたためである。
一方、開発エンジニア個人の中の「マインドセット」に変化が起こっているということが新たに捉えられた。新組織での経験によって、自身の中の判断領域が、担当部品に特化した「自部品最適」という狭い範囲から、「車両全体最適」というより大きな判断領域に拡大し、俯瞰して問題の本質を捉えられる能力が醸成されていた。
(2) アンケート調査結果
新組織を経験した開発エンジニア40名と従来組織のみしか経験したことのない開発エンジニア30名を対象に、アンケート調査を行った。
結果として、構築した仮説の中で、個人のリーダーシップの醸成が自己効力感を高めること、PMからの影響で個人のリーダーシップを醸成すること、自己効力感が内発的モチベーションを高めることについて先行研究と一貫性が確認された。
一方、今回新たに追加した「他部署とのつながり方」については統計的に有意な結果を得ることができなかった。この点について、シャシー開発グループのタスク依存性への記述統計量を確認すると、他のグループ平均よりも1.4程度高いことが確認された。つまり、インタビューで確認した新組織と元部署である機能別組織との依存関係が複雑化していることが定量的にも示唆された。
4.結論・インプリケーション
RQ1は、組織的な変化により、開発エンジニアの中に「個人の中のリーダーシップ」と「他者視点」を醸成し、そこには「PMの直接的なコーチング」による影響が存在する。プロジェクト型組織特有の「元部署とのつながり方」も新たに開発エンジニアのモチベーションへの影響要因として確認された。
RQ2は、「カリスマ性」だけでなく、「知的刺激」、「個人重視」を重視するリーダーシップスタイルへの変化があり、それらが開発エンジニアの主体的行動へ好影響を与えた。
RQ3は、組織内同形化圧力によりモチベーションは低下する一方、新組織の経験により、「自部品最適」から「車両全体最適」という判断領域が拡大し、問題の本質を捉える能力が高められていることが確認された。
本研究を通じて、開発体制の変化が開発エンジニアへ与える影響要因を明らかにしたことで、組織設計を実施する上での重要なインプリケーションとなると考えられる。
[1]CASE:「Connected:コネクテッド」「Autonomous:自動運転」「Shared & Service:シェアリング・サービス」「Electric:電動化」の頭文字をもとにした造語。自動車業界における技術変化のトレンドを表している
[2]マトリクス組織:機能、事業、エリアなど、異なる組織形態の利点を掛け合わせ、同時に達成しようとする組織形態。組織形態に縦と横の関係を持ち込んでいる組織
[3] 機能別組織:営業、生産など経営機能ごとに編成された組織形態。同じ機能の専門性を担当するスタッフが集結するため、スキルや知識の伝達・共有化がしやすく、機能ごとの専門性を高めやすい
[4]プロジェクト型組織:特定の仕事を遂行するために異なる知識やスキルを持つ人で結成される組織形態。一般的に、目標を達成したら解散になることが多い
