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松尾健治准教授による『組織衰退のメカニズム:歴史活用がもたらす罠』 出版記念講演会のご報告
2023年2月1日 (水)、大阪公立大学大学院経営学研究科 松尾健治准教授(講演時:熊本学園大学 准教授、2011年 神戸大学MBA入学、2017年博士課程後期課程修了)をお招きして、松尾先生の著書『組織衰退のメカニズム:歴史活用がもたらす罠』の出版記念講演会を、オンライン(Zoom)形式にて開催しました。

2022年、白桃書房
例年、MBA Cafeでは神戸大学大学院経営学研究科の先生方を講師にお迎えして講演会を企画してきました。
他方で昨年は、神戸大学MBAのOGである大阪経済大学経営学部 船越多枝准教授(講演時:大阪女学院大学 准教授、2012年 神戸大学MBA入学、2019年博士課程後期課程修了)の出版記念講演会を企画しました。
これは、MBA修了後にアカデミアの世界に入ったOB/OGの出版記念講演会として初の試みでしたが、非常に好評だったため、今回、第2弾を企画しました。
平日夜の開催でしたが、多くのOB/OGの方にご参加いただき、企画として定着してきた感があります。本企画にご協力くださった松尾先生、渡邉先生(岡山大学 教授)、船越先生ならびに当日ご参加いただいた皆さまには、この場を借りて御礼申し上げます。
当日は、2022年12月からMBA Cafe会長に就任した吉形圭右さん(2020年入学)が開会のあいさつをし、松尾先生による講演、渡邉先生と船越先生を交えた鼎談の2部構成で実施しました。
まず、松尾先生から著書について、つまみ食いでは間違った含意を引き出してしまうことや、書籍在庫が限られてきていることから、通読・精読する意思のある人にのみ購入してもらいたいとの想いが語られました。松尾先生は「本講演では著書のわかりやすいサマリーや結論は示さず、研究における理論や方法論に関する問題提起、実務家が学術研究書の内容を読む際の留意点を中心に話したい」と強調しました。そのため、安直なHowや成功の秘訣、失敗の教訓などはあえて示さず、「もやもや感を残す講演内容になる」という、スパイスの効いた言葉からスタートしました。
最初に著書における研究の問いが「成功した経験をもつ組織が衰退するとしたら、なぜ・どのようにして衰退するのか?」であることが示されました。既存の組織衰退研究では、長期的な分析を欠いているがゆえに、成功した経験をもつ組織の衰退が「成功の罠」による説明に偏り、「成功の罠」によって失敗したのちに、その「失敗から学習」する場合がありうることが見過ごされているとのことでした。また、「失敗から学習」すれば成功がもたらされるということが既存研究における所与の前提となっているものの、文脈次第で「失敗から学習」しても、なおも失敗してしまうことが見過ごされていると指摘されました。それゆえに、著書における研究の問いは、一見手あかが付いているように見えても、改めて問い直すべきものであると説明されました。
こうした既存研究の限界を踏まえ、長期的な時間展開や文脈を十分考慮し、事例に関わった当事者の主観的解釈を理解する分析を行う必要があると述べられました。そのために、著書では事例の歴史的説明を行うとともに、歴史的説明から理論的貢献をもたらすために認識論および存在論上の仮定として批判的実在論を採用したと説明されました。本書の事例としては、戦後の鐘紡を取り上げています。鐘紡は戦前に大きな成功をおさめた企業ですが、戦後は徐々に衰退していきました。戦後の鐘紡の衰退は、既存理論だけでは説明することのできない逸脱事例であり、逸脱事例の研究によって理論的に貢献できるとのことでした。
最後に、著書の方法論が学術研究のみならず実務家にとっても有用たりうる点について説明がありました。それは、事象の生起について普遍の法則の存在を前提として捉えようとするのではなく、文脈依存的であることを踏まえたうえで、人間、集団、社会を理解する態度です。他者の事例から(思考をサボって)単純化した成功の秘訣や失敗の教訓を導き出しても、害をもたらしかねない。むしろ、他者の事例は、その固有の文脈を精査し、自分の文脈と相対化することで、自分の状況について深慮するための契機とするべきとのことでした。そもそも、神戸大学MBAで学んだ(学ぶ)はずのことも、安直に他人に答えを求めることでなく、自ら未来を切り開くために必死に調査し、事象の因果メカニズムを考え抜くことだったのではないかと指摘されました。そのうえで、思考をサボり安易に単純化したポイントを押さえようとするのはかえって害をもたらすと、大いに刺激を受けるメッセージをいただきました。
続く第2部では、渡邉先生と船越先生が加わった鼎談形式で、本書の読みどころが紹介されました。
船越先生は、本書のすごさとして、武勇伝を語りたいインタビュイーから失敗を聞き出していることや、鐘紡の経営者の人物像について、様々な人々の視点を統合して多様な側面を活き活きと描いている点を列挙。「本書は良質の小説を読むような感覚で読み進められる」と感想を述べられました。
渡邉先生は、本書における先行研究レビューが単に網羅的なだけでなく深い内容であり、松尾先生自身の論が緻密に組み立てられている点を強調。さらに、方法論についても「様々なものをレビューし、深い考察を経たうえで、研究目的に即して批判的実在論を選び取っている」と言及し、MBA現役生にとっては論文の書き方として参考になる書籍であると評価されました。
また、登壇者三名が苦労の経験として口をそろえて挙げられたのが、MBA論文と博士論文で求められるものの違いについてです。MBA論文では、実務経験を踏まえて書きやすいことをテーマにしがちであるが、博士論文はそれでは厳しいとの指摘がありました。
一方で、三名とも「Ph.D.で過ごした時間はとても幸せなものであった」と語り、神戸大Ph.D.の魅力が改めて示されました。登壇者の皆さんに共通していたのが、最も興味があることをテーマとして研究し、いつもそのことを考え機会を探索している点で、だからこそ出会えたセレンディピティの経験談がとても印象的でした。
鼎談のあとには、事前に参加者から寄せられた質問に松尾先生が回答されました。Ph.D.における苦労を尋ねた回答のなかで、松尾先生が「MBAは勉強をする場であり、Ph.D.は研究をする場である」という違いを言い切られたことが印象的でした。「Ph.D.は孤独な戦いであり、強い知的好奇心と探求心を持って、圧倒的な努力をする覚悟と執念がなければお勧めしない」というメッセージがありました。他にも、博士論文提出直前の大晦日から正月三が日に、アカデミア館自習室にピザなどをデリバリー注文して論文に取り組んだエピソードも紹介されました。参加者にとっては、社会人Ph.D.の厳しい世界を垣間見る機会となったのではないでしょうか。最後は、今後の研究についての質問があり、松尾先生から展望が示されプログラムは終了しました。
MBAを修了し、社会人Ph.D.を経てアカデミアにキャリアを拡げられた方々の実際の声を聞ける機会を提供できたことは、MBA Cafeの活動として有意義なものだったと思います。神戸大学MBAで学んだ、あるいは学び続ける同志・仲間同士がつながる場を提供できるように、そして会員にとってのアルムナイネットワークのさらなる価値を探索しながら、今後も諸企画に取り組んでまいります。OB/OGはじめ、ビジネス・インサイトご購読の皆さまにも各種ご協力賜りますよう、この場を借りてお願い申し上げます。

当日の松尾先生の講演の様子
