銅賞
職場における「嫌い」の研究
~上司に対する「好悪」がコンフリクト発生時の行動に与える影響~

 

 

澤田 浩佑
(株式会社神戸製鋼所)

 

問題意識およびリサーチクエスチョン

 人間関係にまつわる「個別労務問題」は後を絶たない。中でも最近はパワーハラスメント(以下、パワハラ)に対する社会的関心の高まりもあり、その相談件数は高止まりの傾向にある。一方でこうした相談の中には、必ずしもパワハラとは認定されないような事案も一定数存在する。

 この認識の乖離について相談者の側から考えてみよう。相談者にとって何かしらの苦痛を加害者(一般的に上司層)から受けると、当該の加害者に対して嫌悪や忌避の感情を有するようになる。その結果、通常は苦痛と思わない、あるいは多少嫌に思っても耐えられ我慢できるようなことまでも、苦痛と感じるようになる。それをパワハラと考えて相談しても、社会通念上のパワハラとは認められない。こういったことが認識の乖離につながっていると考えられる。

 つまり、パワハラを含めたこうした労務問題の多くは、上司と部下の関係性(上司に対する好き嫌い)の問題ではないかと考えられる。上司がパワハラと呼ばれる言動を慎む以前に、日頃から部下に嫌われず良好な人間関係を保つことによって、労務問題のない「明るく、風通しのよい職場」を実現できるのではないか?

 こうした問題意識から、『職場における「嫌い」の研究~上司に対する「好悪」がコンフリクト発生時の行動に与える影響~』をテーマに、その問いとして「好きな上司と嫌いな上司で、もめ事が発生した際の行動に変化はあるか?」「上司を嫌いな理由(傲慢さ・自己中心的等)が上司とのもめ事発生時の行動にどのような影響を与えるか?」の二点を掲げ、研究に取り組んだ。

2.先行研究

(1)コンフリクトの種類
 コンフリクトの中には、「課題のコンフリクト」や「過程のコンフリクト」のように集団の目標達成を支援し、業績を向上させる生産的なコンフリクトがある一方で、「感情のコンフリクト」のように集団業績を妨げるような非生産的なコンフリクトがある。
 今回の研究では「感情のコンフリクト」を対象に考える。

(2)コンフリクト解決方略(方法・行動) 
 鈴木・服部(2019)によれば、Thomas(1976)は相手への配慮と自分への配慮の2軸(次元)で分類した際に、コンフリクトの解決方法には大きく分けて、以下図1のとおり「統合・協調」「妥協」「主張・強制」「服従」「回避」の五つの方法があるとしている。この中で「統合・協調」「妥協」については、お互いに納得できるポジティブな解決方法と考えられ、「服従」「回避」は、対象者のいずれかに不満が残るというネガティブな解決方法と言える。「主張・強制」については、相手に「強制」するという点で一般的にネガティブな解決方法と考えられているが、部下が上司に意見を主張するという意味ではポジティブに考えられることから、本研究では「主張」としてポジティブな解決方法の一つとして考えていきたい。このコンフリクト解決方略の尺度としてRahim(1983)がROCI-Ⅱという尺度を開発し、その日本語版を浅原(2000)が開発している。

(3)対人的嫌悪尺度
 感情のコンフリクトについては、心理学の分野で「対人葛藤」あるいは「対人嫌悪」等として研究が蓄積されている。
 この中に、相手のどのような点に「嫌悪感」を抱くかという「対人嫌悪の研究」がある。この対人嫌悪研究はいくつか存在するが、架空の人物や不特定な他者に対する好悪に関する調査が多く、実在する特定の他者に対する嫌悪に関する調査、研究としては斎藤(2003)等が挙げられるに過ぎない。斎藤の研究は嫌悪対象者の特徴に着目し、「自分との相違」「相手の主張過剰」「相手への妬み」「自分との類似」「相手の傲慢さ」「相手の外見」「相手の自己中心性」「相手の話し方」という八つの因子を見出し、「対人的嫌悪尺度」を開発している。

(4)LMX理論(Leader-member exchange theory)
 LMX理論(Graen & Uhi-Bien 1995)は、リーダーシップ理論の一つで、リーダー(上司)とメンバー(部下)の二者の関係性から捉えたという点が特徴である。リーダーは自分の部下全員に同じような態度を示すのではなく、気に入った部下と気に入らない部下との間に仕事上の面で違いをつけるとし、関係が良好な部下とは配慮やサポートなどを含めた関係をもつが、関係が良好ではない部下とは職場限りの関係しかもたないとしている。その結果、リーダーとメンバーが良好な関係(in-group)であれば高い信頼が築かれて期待以上の働きがあるが、良好でない関係(out-group)ではその逆となる。

3.調査・分析

(1)分析の枠組み(質問票の構成尺度)
 先行研究を踏まえ、以下の尺度(一部和訳や設問の選抜等の改編を実施)を組み合わせた上で、製造業A社の工場現場で働く技能系社員約400名を対象に質問票調査を実施した。これまでの経験における好きな上司と嫌いな上司それぞれ1名ずつ想起してもらい、その両方の上司との関係性やもめ事があった際の解決方法について質問した(以下①、②)。加えて、嫌いな上司について嫌いな理由を調査し(以下③)、その上で重回帰分析を行った。
①上司―部下の関係性:
 LMX7点尺度『Graen & Uhi-Bien(1995)』
②コンフリクト解決:
 ROCI-Ⅱ日本語版『浅原(2000)』
③嫌いな理由:
 対人的嫌悪尺度『斎藤(2003)』のうち「自分との相違」「相手の主張過剰」「相手への妬み」「相手の傲慢さ」「相手の自己中心性」「相手の話し方」の六つの変数を活用した。

4.結果

(1)上司との関係性(好悪)がコンフリクト解決行動に与える影響
 以下図1のとおり、好きな上司、嫌いな上司の2群に分けて、関係性(LMX)がコンフリクト解決方略に与える影響について回帰分析を用いて検討した。なお、説明変数にダミー変数を入れて重回帰分析とした。
 その結果、好きな上司であっても嫌いな上司であっても、回避以外の四つの解決方略に正の影響を与えるということに違いはなかった。すなわち、上司に対する「好き嫌い」で解決行動に大きな変化はないといえる。

 

(2)上司を嫌いな理由が上司との関係性およびコンフリクト解決方略に与える影響
 上司を嫌いな理由が上司との関係性に与える影響(重回帰分析の結果)は、以下の図2のとおりである。また、上司を嫌いな理由がコンフリクト解決方略に与える影響(重回帰分析)は以下の図3のとおりである。
 ポイントとしては、部下が上司に対して図2のとおり「傲慢さ」「自己中心的」「相違」を感じると、関係性に負の影響を与える結果となった。また図3のとおり「傲慢さ」「相違」といった嫌悪感情が、ポジティブな解決行動に負の影響を与え、嫌悪感情はコンフリクト解決に影響を与える結果となった

 

 

5.考察・インプリケーション

 部下は自身の思いとして、上司の好き嫌いに関係なく上司とのもめ事を円満に解決しようとしている。

 一方で、部下が上司のことを、相手を受け入れない「傲慢な人」「自己中心的だ」と感じたとき、あるいは「自分と違う(相違)」と認識したとき、関係性に負の影響を与えるのではないか。特に「傲慢さ」が「統合・協調」や「妥協」「主張」等、コンフリクト解決にあたってポジティブな解決方略を妨げることを見出した。

 このように「傲慢さ」は、上司ともめ事が発生した場合に、部下に「言っても無駄」という感情や、「承認してくれない」という不満を想起させ、上司に対する嫌悪感を発生させ、円満な解決行動を阻害すると考えられる。

 「明るく、風通しのよい職場づくり」に向けては、部下に対して傲慢だと感じさせるような行動等を上司に留意してもらうことで、無用な人間関係の悪化を防ぐことができるであろう。その点において、この研究の意義があると考える。上司に対して研修などを通じて研究成果を伝えていこうと考えている。