第106回 ワークショップ
ミレニアル世代のライフ・ワーク・デザイン

日時/2021年9月12日(日)13:30~17:00
場所/Zoomによるオンライン開催

講演

1.現代における強い会社の条件とキャリア
   北野 唯我氏(株式会社ワンキャリア 取締役
2.「キャリア」と「子育て」の関係性のデザイン
   ①「地方移住」と「キャリア形成」の両立
   世良田 一輝氏(株式会社タイミー 西日本支社長)
   ②「キャリア形成」と「子育て」のデザインのリアル
   世良田 絵理氏
             (両備ホールディングス株式会社両備経営サポートカンパニー創夢本部)
3.「個人」と「家族 / 会社 / 社会」の関係性のデザイン
   廣岡 大亮氏(株式会社W 代表取締役)

パネルディスカッション

<パネリスト>
 北野 唯我氏、世良田 一輝氏、世良田 絵理氏、廣岡 大亮氏
<司   会>
 堀口 真司(神戸大学大学院経営学研究科 教授)

講演1 現代における強い会社の条件とキャリア

 

 

北野 唯我氏
(株式会社ワンキャリア 取締役)

 

 これまで各界の経営者やトップランナーの人たちと対談やインタビューをしてきたので、今日は、そこから見えた法則、現代の特徴などをお話ししていきたいと思います。

 最初に、日本の経営者の方々数百名を対象とした「あなたの会社が抱えている経営課題は何ですか」というアンケートデータの2007年から2017年の推移[1]を見てみましょう。面白いのは、「収益性向上」は、各時代において重要性が上下していることです。売り上げが伸びている状態では「収益性」の改善はそれほど重要ではない一方で、デフレあるいは景気マインドが悪くなったときは「収益性」はすぐに重要になるという上下がありますが、一つだけ10年間ずっと経営課題のトップ3に入っているものがあります。それが「人材の強化(採用・育成・多様化への対応)」です。これが経営課題として挙がり続けています。ただ、2020年にコロナ禍となり、それが大きく変わりました。先ほどのアンケートの直近3年間(2018~2020年)のデータ(図1)では、「収益性向上」がやはり上がってきています。特に2020年は多くの会社は経営が苦しかったと思いますので、「収益性向上」が上がり、一方で、コロナ禍においては「人材の採用」は優先度が下がります。とはいえ、相変わらずトップ3に入っているのは面白いと思います。

 

 ちなみに、2016年から2017年にかけて「働きがい」や「エンゲージメント」は、急激に注目されました。コロナ禍になると、この「働きがい・従業員満足度」がちょっと下がり、ここに経営者の本音が表れていると思います。ここから見える特徴として、一つ目は、「人材開発、採用」が、経営者から見て永遠の課題であることです。

 二つ目として、「新規事業開発に成功している」「成果が出ている」と答えた企業と「出ていない」と答えた企業の特性を分析[2]したものを見ると、統計的に有意な差が出ています。ここから、社員の自発的な行動を促進する職場の雰囲気がある方が成果は出やすい、あるいは、新たなことに挑戦する行動が人事評価でもプラス評価される方が成果は出やすい、と読みとれます。「人材開発が事業にヒットする」のは当たり前ですが、これがデータにも表れていると思います。

 最後に三つ目のマクロトレンドですが、就職や転職を見ると、これもコロナ禍により異常値で変わっていますが、コロナ前までは有効求人倍率[3]がとても高く、2018年は、1973年や1974年ぐらいの有効求人倍率の高さでした。また、少子化による『新卒者数の減少[4]』のデータは日本の世代別人口構成を4歳以下から25~29歳まで5歳ごとに区切って見たものですが、移民を取らない限り、確実に5年単位で日本の人口は5%ずつ減っていくことが確定しています。それは企業側からすると、採用したくても、そもそも採用できる母集団が5年ごとに5%ずつ減っていくことが確定しているということです。

 もう一つ、インターンシップ採用がこの5年、10年ぐらいの劇的な変化としてあります。私は2010年入社ですが、それ以前は採用活動においてインターンシップをやっている企業[5]は本当にごく一部だったと思います。2016年から2018年にかけて企業がインターンシップを実施した割合(図2-1)は59%から74%へと、たった2年で約15%も上がっていて、今はほとんどの企業がインターンシップをしています。インターンシップをやらなければ採れないというのが現状かと思います。

 

 一方で、学生が実際にインターンに参加した割合と、参加した企業数(図2-2)も劇的に変わっており、2015年卒では33%、1.6社しかインターンに参加していなかったのが、2019年になると79%、4社参加しています。これは就職活動が、旧来型の日本システムから、インターンを経て入社することが普通である米州的な流れになってきたということです。企業側から見ても、今後自然に採用環境が良くなることはほぼないことが、データで見ても明らかだと思います。

 

 次に、われわれがチームを率いる際、どういうことを意識していかなければいけないのかについてお話しします。それを踏まえて、現代における強い会社の条件として、「卒業生たちも活躍する会社」「居場所と役割がある会社」「生き方改革をした会社」について、一つずつご説明します。

卒業生たちも活躍する会社

 「卒業生たちも活躍する会社」について、今、「あの会社に行くと活躍できる人間になれる」という感覚が働く人にとても重要になっており、これを提供できている企業は強い。一方で、これを提供できていない企業はやはり弱いというのが、私がHRマーケット全体を俯瞰して思うことです。

 今日の登壇者の世良田さんがリクルート出身ですが、「元リク」という造語があるぐらいリクルート出身の人は各所で活躍されていて、まさにリクルートにはそういう感覚があると思います。

 また、Googleなど、働きがいのある企業ランキングでも高い評価を得ている企業は、卒業した後でも、「あの会社にいて良かった」「あの会社にいることで自分の実力が付けられた」と思われている方がほとんどだと思います。

 Google日本法人の元代表取締役で、Google本体の副社長に就任されていた、今は名誉会長の村上憲郎さんにお話を聞かせていただく機会がありました。お話しして一番印象的だったのが、「日本の企業は囲い込もうとする」ということでした。「すごく優秀な人やとても活躍する人は3年もしたら辞めてしまう。辞めてしまうけど、辞めるまでの3年間は一生懸命みこしを担いで頑張ってくれます。一方で、絶対にこの会社で最後まで働き続けようと思っている人は、みこしを担ぐふりをして乗っかっています。会社の人事部が大切にすべきなのは、どう考えても前者でしょう」とおっしゃっていました。私はHRの責任者でもありますが、今でも本当にそうだなとその言葉が心に染みています。

 私はワンキャリアという、新卒と中途のHRサービスを展開している会社を運営していますが、2年ほど前に、有名企業に内定した新卒の学生約200名にアンケートをしました。その中で一番衝撃的だったのは、6割が「転職も前提に入れて就職します」と答えていたことです。20年あるいは10年前ぐらいの新卒の時代には「この会社で少なくとも10年、20年、30年、最後まで頑張っていくぞ」と思う人の方が多かったと思います。

 タイムパフォーマンスの略語で「タイパ」という言葉があります。コスパではなく、今の人は「タイパ」を大切にすると言われています。これは電通が提唱している概念ですが、例えば何かアクションをするにしても、それに対して早く成果が出る、そのタイムパフォーマンスを大切にするという価値観の総称として言われています。

 恐らく就職活動や転職活動も、コスパよりも、自分が1、2年時間を投下したことに対してきちんとリターンがあるのかという「タイパ」の感覚が強いのです。ですから、就職活動の時点で次のステップアップを考えて就職を考えるようになってきています。

 実際に卒業生たちが活躍する会社の動きで、SMBC(三井住友銀行)や三井物産など、聡明な経営者に率いられている会社は、この4~5年ぐらいで変わりつつあると思います。三井物産には「元物産会」があり、テレビで特集が組まれていましたし、SMBCには「SMBCベンチャー会」があり、「Business Insider Japan」にも記事が掲載されています。メガバンクがOBや途中で辞めた人を大切にするというのは、10~20年前の日本では考えられなかったと思いますが、現在ではそのように対応しつつあるというのが一つ特徴です。

 つまり、「辞める人はいても市場価値を高めてあげられる会社>人は辞めないけど卒業生に活躍する人もいない会社」という式だと思っています。人は辞めないけれど卒業生に活躍する人もいない会社よりは、辞める人はいたとしても市場価値を高めてあげられる会社の方が強いし、今後も確実に選ばれ続けるというのが今の特徴です。

 私は新卒で博報堂に入社し、その後に外資系のコンサルティングファームで働きましたが、外資系のコンサルティングファームの方がOBをすごく歓迎していると感じたことがありました。企業にとってもOBの人たちが活躍してくれることはメリットだと思いますが、日本にはまだそういう考え方になっていないトラディショナルな会社も多いのではないかと思います。

居場所と役割がある会社

 二つ目に、今の時代だからこそ特に重要になってきているのが、年齢に関係なく居場所と役割を与えられる会社だと思っています。『福井モデル 未来は地方から始まる[6]』という本があり、これは福井県鯖江市のV字回復のストーリーですが、著者は現Forbes Japan編集長 藤吉雅春さんです。鯖江市はメガネの生産で有名ですが、日本で一番初めに中国にやられた地域といわれています。つまり、中国とのコスト競争に勝てず、一時期産業が追い込まれたことがありました。行政指導が功を奏し見事にV字回復していくのですが、そのときに重要視されたのは居場所と役割で、「そこにいていいよ」ということと「あなたの役割はこれです」という二つによって鯖江市が復活していったのです。

 他の研究でも同じようなことがいわれています。大きな会社の中であまり活性化していない40~60代の方に対してある調査を行いました。活性化していないというのは、端的に言うとパフォーマンスが出ていないということです。そのパフォーマンスが低い人たちに対して、いろいろな人事施策、役割などを与えていきます。その中で活躍する人と活躍しない人の差を一番大きく決めるのが、役割です。「あなたにはこういう役割があります」と明確な役割を与えられた人はパフォーマンスが回復する一方で、役割を奪われた人はさらにパフォーマンスが下がるという結果が出ました。この結果はとても面白いと思いました。なぜかというと、駄目な会社はパフォーマンスが低い人がいると、「これをやらなくていいよ」と役割をさらに奪おうとします。そうすると、さらにパフォーマンスが下がるという結果が出ていて、これは人間の心理だと強く思ったのです。

 もう一つ、経営者などリーダーの役割が「指示命令」ではなくなったということです。本当に優秀な人や高いパフォーマンスを出せる人は、ある意味どの会社でも働けます。そういう人は、やはり指示命令では定着しなくなってきているので、今のトレンドは面白い仕事を持ってくること、あるいは「この仕事はこういう意味があるのだよ」と意義づけすることが、経営者やリーダーの役割になってきていると思います。

 経営者の方に向けてよく言うのが、居場所と役割はリーダーやマネジャーが考えないと定義できないものだということです。自分のチームや自分の配下にいる人たちに対して、居場所・役割を提供できているか、定義できているかは、誰もが考えるべきテーマだと思います。「人生100年時代」という言葉は、解像度を上げると「役割再定義時代」だと思います。人生が65年や70年で寿命を迎える時代は、役割が1、2個でよかったと思います。100年になるということは、役割を再定義し続けなければいけないと思います。

 これがビジネスやキャリアにおいて一番難しいのは、誰もその再定義のタイミングを教えてくれないということです。例えば、20代はばりばりのプレーヤーで現役の営業マンだったとしても、30代になると今度はマネジャーにならなければいけない。そこからさらに出世していくと、今度は経営者にならなければいけない。経営者になるということは、ある種投資家としての役割やステークホルダーに対して説明責任を持たなければいけないし、人材育成もしなければいけない。採用担当としての役割も持ちはじめるので、「人生100年時代」は悩みが多く難しいですが、それは役割を再定義しなければいけないからだと思います。

生き方改革をした会社

 三つ目は、働き方改革を生き方改革までに落とし込める会社ということです。これはどちらかというと個人のキャリア論についてのお話になります。1、2年前に、当時のカゴメの社長とお話しさせていただく機会がありました。当時カゴメは働き方改革をして、かつ業績も伸ばして、最高益を連続で出していたので、私はなぜそんなことができたのかを伺いました。

 そのときにものすごく面白いと思ったのは、「カゴメでは、働き方の改革をすることが、従業員一人ひとりにとってどういう意味を持つことなのかをきちんと発信し、なおかつ自分で考えさせることに重きを置いています。3か月ごとに発行している社内報のほか、行事や研修などのあいさつでも、『働き方の改革は皆さん自身のためのものである』と毎回伝えています。従業員アンケートなどで見ると、かなり浸透しているようです」とおっしゃっていたことです。

 つまり、「働き方改革というのは生き方改革です」ということを経営者は伝えなければいけないとおっしゃっていました。例えば、「これまで7時や8時に帰っていた方は5時や6時に帰ってください」と周知する場合、働き方改革の文脈で言うと、働いている人からしたら、「そんなことを言われても、業務量は減らないし、残業代も減るし、そんなの企業の都合でしょう」で終わります。しかし、それを生き方改革まで落とし込むと「7時に帰っていたのが5時に帰るということは2時間空くということです。その2時間をあなたは何に使いたいですか。例えば、家族との時間に使いたいですか。あるいはこれまでやりたかったけれど、やれなかった趣味に使いたいですか。あるいは読書や勉強のために使いたいですか」といったところまで考えさせるのが経営者の役割だとおっしゃっていました。「働き方改革という企業側の文脈ではなく、一人ひとりの生き方に対する問いかけまで、経営者はつくらなければいけない」とおっしゃっていて、これは私たちミクロの個人のキャリア論としても真実だと思います。

 私は今、オンラインコミュニティをやっていて、日本全国の約170名の20~50代の人たちとFacebookのグループでつながって、Zoomなどで交流会や勉強会をしています。ある人が、「コロナになって一つ悩みが増えました。それは『暇じゃないけど暇』問題です」というのです。職業によると思いますが、コロナ禍で在宅勤務になって、通勤時間がなくなるなど空いた時間は生まれました。「別に暇なわけではないのだけど、暇という感覚を持っている」ということです。つまり、余った時間を自分は何に使えばいいのかが分からないという状態だと思うのです。会社に行っていたら拘束されるので、別に何も考えなくてもよかったのですが、時間が空いた分、「この余った時間は何に使えばいいのかな」となった。自分は何かやりたいと思っているけど、何をやればいいのか分からないということを、みんなが抱えているのではないかと思っています。これからの時代に、これは絶対に考えなければいけないテーマだと私は思います。

 『転職の思考法[7] 』を出版したときに、「北野さん、転職の本は日本では絶対に売れないですよ」と言われました。「転職は日本でタブーではないですか。しかも今の時代はSNSでシェアされるかどうかが重要なので、『転職の思考法』をSNSでシェアしたら、この人は転職しようとしているとばれるので、誰もシェアしようとしません。絶対に売れませんよ」ということでした。私はそう言われたら、絶対に売ってやると思うタイプなので、頑張りました。

 20、30年前では売れなかったと思いますが、今は一人ひとりが自分のキャリアの武器を持つようになってきたし、持たなければいけないと思いはじめてきたから売れたのだと思います。明らかに時代のマクロトレンドが、男女関係なく、みんながキャリアに対して真剣に考えるようになってきているのです。

 今は、ワンキャリアもそうですが、世の中にそういう働く人たちや従業員のデータがたまるサービスが出はじめてきています。例えば、どんな人気企業でもあまり良い説明会でない日の口コミで1点と付けられることもあります。働く人たちの声は、直接は世の中を変えられないかもしれないけれど、それが大量のデータになって、企業を動かせるようになりつつあります。今日参加されているMBAの修了生や在籍者の方は、マネジャーや経営するレイヤーに行かれる方が多いと思いますが、一人ひとりのキャリアに関する声は無視できなくなってきています。

 事業の方向性と働く人のキャリア戦略が一致している、同じ方向を向いている会社が強い会社であると思いますし、これからも伸び続ける会社であると考えています。


[1] 当面する経営課題(主要項目)の10年間の推移:一般社団法人能率協会日本企業の経営課題2017年調査p.12  http://www.jma.jp/img/pdf-report/keieikadai_2017_report.pdf

[2] 新規事業開発に成功している企業:一般社団法人能率協会日本企業の経営課題2017年調査p.23  https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/keieikadai_2017_report.pdf

[3] 有効求人倍率:独立行政法人労働政策研究・研修機構 完全失業率、有効求人倍率1948年~2018年 年平均https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0301.html

[4] 新卒者数の減少:統計でみる日本 e-stat 年齢(5歳階級)、男女、月別人口-総人口、日本人人口 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200524&tstat=000000090001&cycle=7&year=20180&month=0&tclass1=000001011679&tclass2val=0

[5] インターン実施社数:株式会社リクルートキャリア「就職白書2018 -インターンシップ編-」https://www.recruit.co.jp/newsroom/recruitcareer/news/20180215_03.pdf p.3

[6] 福井モデル 未来は地方から始まる:藤吉雅春(著)2015年 文藝春秋

[7]転職の思考法:北野唯我(著)2018年 ダイヤモンド社

 

講演2「キャリア」と「子育て」の関係性のデザイン

①「地方移住」と「キャリア形成」の両立

 

 

世良田 一輝氏
(株式会社タイミー 西日本支社長)

 

 今回、「キャリア」と「子育て」の関係性のデザインということで、私から見た「地方移住」と「キャリア形成」の両立と、妻から見た「キャリア形成」と「子育て」のデザインのリアルの2本立てで、お伝えできればと思います。

 私はこれまで、主に西日本エリアに住み、働いてきました。元々出身は関西ですが、2014年から地方在住です。新卒でリクルートに入って東京に5年、そこから転勤で大分、広島、岡山に行きました。飲食ベンチャーに転職して高松、インバウンドベンチャーに転職し京都、タイミーで大阪、福岡、広島で働いています。営業、マネジメントというスキルを軸にキャリア形成してきました。

 リクルート在籍時に岡山に住んで以来、岡山に拠点を置いて丸6年になります。3社目のインバウンドベンチャー以降、平日は単身赴任で、週末、妻と娘がいる岡山に帰るという生活を丸3年しています。どういった思いで今までキャリア形成してきたかというと、リクルートの時代は東京で働いてみたいという、すごくシンプルな思いで東京に行きました。池袋に住んで、渋谷と東京駅付近で約2~3年働いていたのですが、満員電車が、仕事を辞めたいと思うぐらい苦痛でした。ただ、ここで辞めるのもどうかと思い、地方勤務の希望を人事に出して大分に行くことになりました。

 大分で非常に楽しくやっていたのですが、いわゆる地方都市にある閉塞感がありました。そこから広島や岡山に異動しました。30歳になり、みなさんも「このままでいいのかな」と感じてこれからのことを考えることがあるかと思います。私は元々飲食店経営に関心があって、リクルートに辞める前提で入りました。そこで飲食ベンチャーに転職したいと妻に伝え、いろいろ夫婦間でも話し合って転職しました。

 転職した飲食ベンチャーは岡山でした。年間休日40日、朝6時まで働いて午後起床の昼夜逆転の生活でしたが、非常に楽しくやっていました。2店舗新たにオープンさせたりしましたが、子どもが生まれてから2歳ぐらいまでのタイミングで、年間休日40日で朝6時まで働くとなると、子育てに関してはほぼ妻に任せっぱなしの状況となります。やはりこの状態のまま仕事を続けることは難しいと考えはじめた頃、北野さんの『転職の思考法』を読みました。

 それまで、ずっと飲食業に関わる仕事をしていましたが、この本の中で「いかに伸びる業界に身を置くことが大事か」という言葉が印象深く、今でも覚えていて、この飲食を軸にどうやってキャリアピボットするのか考えてみました。今はコロナ禍で元気がありませんが、当時伸びていたインバウンド業界で、インバウンドと飲食を一緒にやっている会社が京都にあったので、そこで1年半ほど仕事をしました。

 そして、2020年にタイミーに入りました。これも私のキャリア形成にとって非常に大きかったと思います。3月に入社して、即、緊急事態宣言が出て、勤務が岡山からのリモートワークになりました。そこから半年ほどで西日本支社長になりましたが、その当時、大阪・福岡の2拠点でしたが、拠点に行かず、リモートでZoomを使ってマネジメントする仕事をしていました。2021年1月になって、それまで採用を止めていたのですが、毎月2~3名が入社する拡大期になりました。私の入社時に社員は60名ほどでしたが、今では約150名となり約1年半で2.5倍ほどになりました。

 その後、大阪と福岡以外に広島拠点も設立することになり、関西・中四国・福岡の3拠点に1か月に1週間ずつ滞在して出勤し、状況に合わせてリモートワーク、オンライン商談、オンライン面接をやっています。オフラインもオンラインも、セールスとマネジメントの本質は変わらないというのが、この1年半ぐらいで私が感じてきたことです。特にリモートワークが普及して、キャリアと家庭が両立しやすくなったことが、今回お伝えしたいところです。

 リモートワークの普及によって、キャリアの選択肢が増えたと思います。地方でも私のようにキャリア形成していくことは可能です。ただし、妻や家族の協力はもちろん必要というのが、私が本日お伝えできる地方移住とキャリア形成の両立です。他方、地方を転々とする夫を持つ妻は、私以上にキャリア形成は大変です。そのリアルなところをこの後、妻がお伝えします。

 

 ②「キャリア形成」と「子育て」のデザインのリアル

 

 

世良田 絵理氏
(両備ホールディングス両備経営サポートカンパニー創夢本部)

 

 では、ここからは、妻から見た「キャリア形成」と「子育て」のデザインのリアルをご紹介していきます。働く1人の女性として、また母として、ライフイベントごとに実際どういった選択をしてきたか、そして振り返って、どう感じてきたかというリアルな部分や、リアルなプレーヤーとして働く側から、ちょっと泥臭い部分をお話していければと思っています。

 まず大前提として、私たちの家庭は生計の主軸は夫、家事・育児の主軸は妻です。今の時代、どちらかがその役割を担わなければいけないということもないですし、いろいろな家族の形があると思いますが、私たちの場合は、夫は子育てに対してすごく協力的ですが、家事については全く不向きでビジネスの方に長けています。向き不向きの観点から、こういった選択をしています。これを大前提として、夫のキャリア形成と今の子どもの状況に合わせて築くことができる私のキャリアはどういったものだったのか、ライフイベントごとにお話ししていきます。

 まず、1社目の東京のIT企業で5年間営業として勤めていたときに結婚しました。結婚した当時は、特に何の障害もなかったので変わりなく勤めていたのですが、私は自分が前に出るより支える方の仕事をしたいと思っていました。バックオフィスの業務に異動する話が出ていたのですが、その矢先に夫がリクルートで地方移住のことを考えて大分に転勤となったので、泣く泣く転職することになりました。

 そういった経緯もあって、2社目はバックオフィスをメインに正社員で働けるところがないかと転職先を探しました。大分の家賃保証会社で社長秘書と総務を募集していたので、応募してこちらの業務に就くことができました。この総務の業務が非常に楽しくて、この経験を積んでいきたいと思った矢先に妊娠しました。出産後も復職しようかと考えていましたが、そこでの勤務期間が1年未満で規定上育休はもらえません。では、どうしようと考えていたところで、夫が1年で広島・岡山に転勤になりました。こんな短期間で異動になることを想定していなかったので、私も正社員で勤めていましたし非常に心苦しいところはありましたが、初めて子どもを妊娠して出産しなければいけないときに夫と離れることは考えられなかったので、仕事を辞めてついていきました。

 1年で転勤となったので、その後またいつ異動になるか分からないと思い、専業主婦として岡山で娘を1歳になるまで育てていました。それまで私が働かなくても生活できるぐらいの年収があったのですが、夫から飲食ベンチャーに転職することを相談され、夫が転職すると年収が3分の1になるので、私も働かなければいけないということで、私の子育てと自分のキャリアをどうしていくかという2本立ての問題が出てきました。社会復帰のために就活と保活という、この二つをやらなければいけなかったのですが、就職に関しては専業主婦を2年していたということと、元々やりたかったバックオフィスの経験が半年しかなかったので、一番経験のあったITの営業経験をどうしても見られてしまい、非常に苦戦しました。

 この就職活動が少し長めにできればよかったのですが、保活も並行して行っていました。所帯年収が下がるため、ずっと無認可の保育園に預けるのは非常に厳しいと思っていたので、保育園の申し込みが始まる前までに何としてでも仕事を決めなければいけないという、タイムリミットを感じながらの就活になりました。元々バックオフィスの求人が出にくいことや経験が少し足りないこともあって、今までの営業経験を活かせるということで、3社目は岡山のIT企業で契約社員として営業事務の話を頂いたので、とりあえず就職して保活を優先しました。

 キャリア面では、ずっと営業事務をやっていくのではなく、バックオフィスをやりたいということを念頭に、働きながら転職活動も並行してやっていました。無認可の保育園に預けながら転職活動していたところ、今の4社目の岡山の交通・運輸企業である両備ホールディングスに総務として雇っていただけました。システム部門が単独でない会社でITチームを総務でも持っているので、1社目の経験を活かせるのではないかということで、何とかご縁をいただけました。

 保育園もその当時、岡山県は待機児童国内ワースト3でしたが、働いている実績も付けられたので、現職で働く頃には認可の保育園に預けることができました。娘を1~6歳まで、朝8時半から夜7時まで預けて仕事をしています。娘が小さかったこともあったので、何かと夫に助けてもらえればと思っていましたが、夫が転職して、京都のインバウンドベンチャーに単身赴任することになりました。平日は私が1人で見るところが一つハードルとしてあったのですが、最初の大前提として夫が生計の主軸を担うことを考えると、やはり岡山でこのままずっと働き続けるよりは、もう少し都市部で勤務してもらった方が生涯年収は増えるのではないかという思いもありました。「やはり私が家庭を担いましょう」ということで、子育てと仕事の両立は大変でしたが今もこのままやってきています。

 キャリア的に総務の業務は、やはりある程度長く勤めなければ経験させてもらえない、正社員でなければ責任を持たせてもらえないところも非常にあると思いながら仕事をしてきました。今5年目を迎えて少しずつ経験させてもらっている実感はあります。

 コロナ禍以降、テレワークやフレックスタイム制が導入されたこともあって、少しずつ働く環境は変わってきています。テレワークは在宅で働けるので、通勤時間がないという非常に良い面もあります。子どもを保育園に預けてのテレワークのしやすさは実感していますが、他方で子どもを家で見ながらのテレワークは、非常に難しいと感じました。

 フレックスタイム制も、今の会社ではコロナ禍になってから導入された仕組みです。コアタイム10~15時、それ以降は月に規定時間働いたら通常のお給料を頂ける仕組みになっているのですが、これは非常に良いと感じています。子育てでは、子どもの機嫌が悪かったりすると、朝ちゃんと起きてくれない、ご飯を食べてくれない、決まった時間に出てくれないということが日々あります。子どもが小さいこともありますが、そういったことに対応しながら、フレックスタイム制でコアタイム以外は自分の時間に合わせて出退勤できるのは、非常に良いと思っています。

 両備ホールディングスはカンパニー制を採っていて、例えば、スーパーを経営するストアカンパニーや物流をやっているトランスポートカンパニーがあって、そういったところでも事業会社の総務があります。元々ずっと総務として経験を積んでいきたいと言っていたのですが、やはり正社員で5年目になると、いろいろな現場を知ることも私の経験になるのではないかということで上司に異動を打診されることがあります。異動して現場の経験を積んで、総務の仕事を充実させるというのは仕事面で良い面はあります。その反面、働く環境が変わり、プライベートをそれに合わせていかなければいけないというのは、想定以上の不安と負担が大きいと感じています。

 例えば、職場が今より遠方になると、移動時間が長くなるので、母子ともに今より早い時間に起きなければいけなくなります。また、子育てに理解ある職場かどうかは実際に働いてみなければ分かりません(今は保育園のお迎えがあるので残業ができませんし、子どもが病気になったときなど、急に休みを取らなければいけないこともあります)。環境が変わることは、私だけであれば柔軟に対応できるかもしれませんが、子どもにも今の生活を変えてもらわなければいけないということが一番の不安と負担だと感じています。今、そういった壁にぶつかってきています。

 子育て面としては、この状況で2人目の子どもをどうするか、私が平日働いているので子どもに土日にしか習い事をさせられないけれど今後どうするのか。来年小学校に上がるので学童の活動(学活)はどうしていくかなど、いわゆる小1の壁が今後課題になってくると思っています。

 私たちの状況は少し特殊かもしれません。計画的に行動してこのようになったわけでもないのですが、その当時を振り返ってどう感じたかを少しお話しできればと思います。感じたことは三つあります。

 一つ目は、やはりキャリアが分断されるということは、転職が非常に難しかったです。夫の転勤や転職に合わせて、それぞれの会社を自分の意思ではなく辞めることになり、一つひとつのキャリアが非常に短くなり経験を積めていないということが、私の転職時に大きなマイナスになったと思います。特に営業は、業績が数字になって目に見えるので非常に成果が見えやすいのですが、バックオフィスの業務は、成果を可視化しにくいです。そのため、業務経験が可視化できることを評価ポイントとされてしまうので、非常に難しかったと感じています。ではどういったところを武器にしていけるのかと考えたときに、キャリア経験が短くても、その中で能動的に業務効率化、生産性向上を行った経験を積み、自分の経験の質を上げていければ、転職時でも自分の武器になると思いました。あとは何でもいいのですが知識、資格、人脈など自分の武器をちょっとずつ増やしていく努力をした方が、今後のキャリアを考えた上で活きやすいと思います。

 二つ目は、譲れないものを認識することも非常に大切だったと思っています。どんな状況でも、そのとき譲れないもの。私だったら子どもなので、基本的には子どもに合わせた時間、あとは自分がやりたい業務内容、そういったことを自分の中でよく考え、認識しておくことは、その後いろいろ行動する上で非常に重要になると思います。企業に勤める以上、やはり異動の打診があります。子育ての状況や自分のありたい姿を考えて今のタイミングではないと思ったら、「ちょっと今は無理です」とすぐに言えるような覚悟をしておく。いざというときに迷わないように、自分の譲れないものを認識して、パートナーとも普段からしっかり話をしておくことも大切なことだと思います。

 三つ目は、理解者を増やすことの大切さです。やはり自分一人で戦うのではなく、パートナー以外にも子育ての状況やありたい姿を周りにオープンにしていた方が、私の場合は味方が増えたし働きやすくなりました。もちろん仕事なので、普段から業務で貢献し、努力することが大前提ですが、オープンにしておけば周りが導いてくれることも実はありました。異動打診があったときに、上長は「ちょっと今は無理だよね」といったような、自分の方に寄り添った考え方でいてくれましたし、普段業務をしている中でも「もうお子さんのお迎えだよね。帰りなさい」と声をかけてくれます。私が総務をやりたいと入社したことも皆さんに伝えていたので「だったら、こういう業務をやってみないか」「こういう話があるんだけど、やってみようよ」という話を持ってきてもらえます。自分の家庭環境やバックボーンはオープンしにくいと思いますが、テレワークでなかなかコミュニケーションが取りにくくなったときこそ、やはりそれを伝えて味方を増やし、お互いが働きやすくなるようにしておくことが、非常に重要だと思います。

 最後に、今は子どもの年齢が低いので、子どもをメインに私のキャリアを考えていかなければいけない状況です。今は基本的に仕事以外は子育てなのでやることはありますが、子どもの年齢によって、もっと若い世代や、逆にもう少し上の世代、子どもが就学や就職する世代になると、選べるキャリアや考え方のバランスが変わってくると思います。ですので、私自身も、そのときになってみないと分からない怖さがありますが、その時々でバランスを見てパートナーと子どもの理解を得ながら、状況に合わせてデザインしていく必要があるのではないか。そういった働く側、プレーヤー側としてのデザインと、それをいかに雇い主側にオープンにして、擦り合わせしていくかが、今後必要になってくるのではないかと思っています。

 

講演3「個人」と「家族/ 会社/ 社会」の関係性のデザイン

 

 

 

廣岡 大亮氏
(株式会社W 代表取締役)

 

 私からは「個人」と「家族/会社/社会」の関係性というタイトルでお話しさせていただきます。まず、私の尊敬する人の言葉を借りて、どのような思いで今日お話しするのかを表明したいと思います。

 「我々が注目する兆しは、ニッチと言えばあくまでニッチだが、コーヒーに垂らすティースプーン一杯のミルクのように、その小さな質量が全体の在り方に変化を与えるような、新しいオルタナティブだ。メインストリームの大きな流れが、それと違う角度の小さな流れと出会うときに合成ベクトルが生成されるような変化である。大きな力と小さな力の合成ベクトルは、元の大きな流れの側に引かれるが、元の軌道からは僅かにだが確かにズレていく。そのような変化である。」

 これは、2012年に当時リクルート住まい研究所主任研究員だった島原方丈氏の言葉です。

 さて本題ですが、Career and Life Designについて、どのような人生を描いていくのかというお話をしたいと思います。最初に、私はこのコロナ禍となって、自分と家族もしくは仲間、社会との関係性を改めて見つめ直す、むしろ好機の期間だと思っています。多くの医療関係者の皆さまや、ご家族を亡くされた方など厳しい状況に置かれた方々が実際おられますが、われわれとしては、改めてこの世の中との関係性について自分を中心にデザインし直す、そのような機会に恵まれたと捉えています。また、自分自身の生き方に真剣に向き合う必要がある時代が来たのではないかとも思います。

 以下では、「世界の潮流」「企業の在り方」「個人の在り方」「活躍する人の要件」の四つの視点に基づいてお話ししたいと思います。

世界の潮流

 まず一つ目は「世界の潮流」です。自分自身の人生やキャリアを考えていくときに、世の中はどのような大きな流れになっているのか、にフォーカスを当ててみたいと思います。

 皆さんよくご存じのVUCA時代[1]、予測不可能な時代に来ているということは、コロナ前から言われてきました。そしてもう一つは、持続可能な開発目標(SDGs)です。SDGsは2030年に向けての世界の目標と言われていて、私自身は、もう少し先の未来をそろそろ見据えなければならないのではないかと考えています。では、このSDGsの次に来る潮流は何なのか。以下の三つがよく言われています。一つ目がdiversity and inclusion、二つ目がテクノロジーとの共生、そして三つ目がwell-beingという概念です。

 一つ目のdiversity and inclusionは、今年のオリンピックでも言われていましたが、実際に社会でも企業でも積極的にいろいろ取り組まれています。ある程度定義もしっかりしていますし、取り組み自体も方向性は見えていると感じています。

 二つ目のテクノロジーとの共生に関しても、従来のテクノロジードリブンから、もう少し人間の暮らしを軸にしたテクノロジーの活用という視点を持つ若いIT家がどんどん生まれはじめています。こちらもどのような世界観に向かおうとしているのか、そして具体的な取り組みについては、ある程度議論が深まってきたと思います。

 三つ目はwell-beingです。一般にwell-beingというと、WHOの定義で「身体的・精神的・社会的に健康な状態」と言われることが多いのですが、正確な訳を見ると少し違っていて、「健康とは、身体的・精神的・社会的にwell-beingな状態」という表現になっています。このwell-beingの語源はイタリア語のbenessere(ベネッセレ)で、「良く在る/居る」「良く生きる」ということを意味する概念です。言い換えればwell-beingというのは「充実/幸せ」な状態であると言うことができます。また、このwell-beingは、客観的なwell-beingと主観的なwell-beingに整理されると言われています。客観的well-beingというのはGDPや健康寿命など、定量的にある程度測れるものです。一方、主観的well-beingというのは、いわゆる人生の充実度、幸福感、満足度などと捉えられています。

 この客観的well-beingと主観的well-beingの関係性はこれまでどうなっていたのか。興味深いのですが、実は1958~1987年のトレンドでは、戦後GDPは右肩上がりでしたが、生活満足度はほぼ変わっていなかったと言われています。そして日本では、2006年から2018年にかけて、GDPは一応上がっているのですが、主観的well-beingはむしろ下がっていると言われています。これは、経済成長の反面、人が本当に幸せになっているのかについて、懐疑的だということです。

 この主観的well-beingを上げるには、大きく二つの方法があります。一つは、そもそも期待するから現状とのギャップが生まれ、well-beingが下がるというもので、現世に対する期待値を下げてしまえ、という考え方です。もう一つは近代化です。経済発展や民主化は最低限必要だと言われていますが、それを支える社会的寛容度の高さが主観的well-beingを高めるために必要だと言われており、まさにdiversity and inclusionという価値観が近しいものになっています。これは、まさに生き方の選択肢が増えるということです。今までは固定概念の中でレールに乗った選択しかできなかったものが、自分の意思決定を軸にして生き方を選ぶことができる。働き方、学び方、遊び方、いろいろな選択肢が増える。それにチャレンジして失敗したときにも、この社会的寛容度を持って助けてくれる人たちがいる。そういう循環が生まれることで、人は幸せを感じ、満足すると言われています。

 すなわち、われわれがポストSDGsの中で、特にこのwell-beingという未知なる概念に向けて実現していくべきは、互酬性ある社会を実現して安心・安全な環境をつくるとともに、自分自身で生き方を選択していく、自己決定を促す機会をつくっていくことではないかと考えています。

企業の在り方

 次は「企業の在り方」です。成功したベンチャー企業の統計上の希少性を表すために神話に出てくる幻獣に例えた、ユニコーンというスタートアップの代表的な表現の企業成長の観点があります。急カーブの成長を求められ、ユニコーンのスタートアップを目指そうという世の中の流れが、コロナ以前にありました。しかし、このユニコーンは、100人のうち1人の成功者を出すけれど99人の脱落者を生むとも言われています。社会的寛容度が特に乏しい日本は、脱落者にとって再挑戦しやすい環境が整っているとは言い難く、ユニコーンが誕生しにくい環境にあると言えます。また、ユニコーンが生まれる背景には、金融資本主義社会という仕組みが前提にあり、VCの収益性を高めるため、起業家は急成長を否応なしに課されることになります。

 一方で、最近よく見られるのが、ラクダ型やシマウマ型と言われる、安定的な成長を目指しましょう、社会利益を追求していきましょうというスタートアップの形態です(図1)。

 

 分類(図2)すると、成長志向が非常に高いものはユニコーンといわれ、安定的な成長を求めるのは従来からあるようなローカルビジネス、スモールビジネスというものがあります。ユニコーンほど成長志向が高いわけではないものの、何かしらチャレンジングな環境で、伸びる可能性があれば一気に伸びていくという志向性を持ったスタートアップがラクダ型、シマウマ型です。

 

 組織論については、VUCAに象徴される先の見通しが難しい世の中で、『ティール組織[2]』が有効だとされていると思いますが、GREEN組織(その人らしさを表現可能であり、主体性を発揮しやすく個人の多様性が尊重されやすいことが求められる)やTEAL組織(組織の目的を実現すべくメンバー全員で共鳴しながら行動する)が必要になってくるということも言われています。

 経営指標についても、従来のGDPという指標、売上重視や利益重視という話ではなく、例えばトヨタの中間決算で「幸せ」というワードが出てきたり、Well-being Initiative[3]という大企業を中心としたコンソーシアムができたりしています。まさにこれまでのGDP至上主義から、gloss domestic well-being(GDW[4])という経営指標へと変化しているのです。

個人の在り方

 このような世界の潮流と企業の方向性が変化していく中で、では、われわれ個人はどうあるべきかということをお話ししたいと思います。人生100年時代に関する興味深いアンケートがあって、「人生100年時代をどのように捉えていますか」という質問の回答はネガティブ、ポジティブがほぼ半々になっています。一番ポジティブに捉えているのは20代で、世の中をまだあまり分かっていない、逆に言えば可能性に満ちている世代だと思いますが、実は50代も結構ポジティブに見ています。ところが、「人生100年時代における老後の生活をどのように捉えていますか」という質問には、一気に悲観的な回答が増えてきて、楽観的な割合が先ほど50歳は50%ほどでしたが、この質問では30%ぐらいになっています。「100歳まで生きたいと思いますか」という問いについては、ほとんどの人が100歳まで生きたいと思っていません。人生100年時代といいながら、ほぼ生きたいと思っていないということです。しかし、あと2年もすれば50歳以上が日本の人口の半数を超えてきます。人生100年時代といいながら、100歳まで生きることに、ネガティブな人たちが半分以上いる。こういった世の中がやってくるというふうにも言えるかもしれません。

 このときに個人の課題としては、Y世代、Z世代の人たちと話していると、非常に「個」というものを大切にしていることが分かります。インスタグラムなどでも自分らしさなどを発信していますが、その一方でとても不安がっています。何か自分自身というものを強く持って強く表明したい気持ちはあるのですが、実際に他人から批評されるとすぐに消沈してしまいます。これは、Z世代では、「個」としての自立と自律というものがいまだ達成されていないのではないかということです。

 一方でX世代の個人の課題は、「孤独」の解消だと思います。専業主婦の皆さんは50歳ぐらいで、それぞれ家庭や子育てから自立し新たなコミュニティをつくっていくことができるのですが、20代からずっと20年、30年会社の方向性に沿って進んできたサラリーマンたちは突如として、50代、60代、そして定年になった後に会社以外のコミュニティがないことに気付き、結果孤独にさいなまれるということがよくいわれています。本当に「個」としての自立が求められていると思います。

 最近、サントリーの新浪社長が45歳定年時代という話をして、炎上していましたが、私は「すごい、そのとおりだ」と思っていました。あの話の本質は、もっと早い段階から自分自身、個人が自分のキャリアや生き方を見つめ直す、まさにそういうことが必要だというメッセージだと理解したのですが、ニュースなどのコメントでは、ほとんどの人たちが批判しています。終身雇用を前提にキャリアを構築されてきたサラリーマンにとっては、自身の前提が覆される話であり、否定的に捉えてしまいます。しかし、新浪社長の用いた表現に問題はあったにせよ、これからの時代において本当に必要なのはどちらの視点かについては、今日感じ取ってもらえたらと思っています。

活躍する人の要件

 では、今後はどんな人たちが活躍するのでしょうか。これまでは会社に入ればよく、そして会社や周りの人たちが提示する正解探し、まさに大学受験や高校受験でやってきた延長線上の中に社会人生活があったと言っても過言ではないかもしれません。そして周りの顔色をうかがいながら、組織としての周囲への影響を考えながら調和を図っていく。このような人材が企業からも請われていたのです。しかし、これからは自分自身の生きる意味を主軸に考えて、自分の人生も会社の中における自分の仕事も自ら舵を取っていく。そんな人材が求められているのではないかと思っています。

 このような背景の中で、実際に私自身がこの個人を中心としながら、家族、会社、社会との関係性をどのように構築しているのか、解像度を高めるためにお話しします。

私と家族の関係性

 まず一つ目、私個人と家族という関係性です。2人目の誕生のときに丸1年、3人目の誕生のときに約半年長期育児休暇を取りました。長期育休を取っていたある日、会社の人たちから「ちょっと息抜きに飲みにおいでよ」と誘ってもらいました。妻に子どもをお願いして夕方5時半ぐらいに都心に出かけました。今でも目に焼き付いているのですが、帰宅ラッシュの時間帯だったので都心から郊外に向けて人の流れがありました。周りはサラリーマンの人たちで、私一人だけ私服で座っていました。突如として、「自分がいなくても本当に社会は回るんだな」と電車の中で改めて痛感し、恐くなりました。同時に、妻を含め出産した女性は終わりが見えない育児に同じような不安を感じているのではないか、ということに心が震え、電車の中で少し涙してしまいました。

 私は自分のキャリアを考えて、こうありたいと努力をしてきました。一方で妻は、自分のキャリアに向き合って必死に頑張ってきた中で、実際に子どもを持ったときに、ずっとそばにいて子育てしたい気持ちもありながら、子どもを保育園に入園させるのかとか、自分のキャリアにも向かわなければいけない。では、私はいつになったらキャリアに戻れるのか。そして戻ったときにどのようなキャリアの継続ができるのか。そんなことも本当に分からないまま、子育てに向き合わなければなりません。このように「女性のキャリアというのは非常に大変なものなのだな」ということを体感したのが、この長期育休の一つの学びでした。

 もう一つ、子育てをしながら感じた印象深い体験があります。朝、会社に向かうために靴を履いているときに、廊下を走ってきた長女が「パパ、遊ぼう」と言いました。私は当然のごとく、「ごめんね。仕事があるから行ってくるね。また帰ってきたらね」と言って玄関を出ました。そこから駅までの10分間、自分のこの行動がとても恐ろしくなりました。何かというと、子どもに「遊ぼう」と言われて、子どもと遊びたい気持ちが芽生えましたが、瞬間的に、仕事あるからと自分の気持ちに蓋をして、あたかも自分が仕事に行くことが正しいと思い込ませる作業を頭の中でしていることに気付きました。

 しかし、私たちは誰のためのどのような幸せのために貴重な人生やお金を費やしているのか、大企業であっても個人事業主であっても、向き合わなければならないと感じています。私が大企業の新規事業開発から踏み出したきっかけは、一人の生活者として、もっと大切な、内的な動機付けのもとで事業を生み出していきたいという思いに駆られたからです。左脳だけで捉えられない、言語だけで捉えられない、無自覚的に認知している機微とか非合理性があるからこそ、人生は豊かになるのではないだろうか。決して合理性、機能性、利便性だけではない、そんな豊かさがこの世の中には必要ではないかと感じています。

私と会社の関係性

 このように個人と家族との関わりを持ちながら、自分のキャリアに向き合っていったのですが、次は私と会社という関係性の中でお話しします。実は私が新卒で2010年に入社したシグマクシスという会社は、2008年に設立されました。設立2年目に新卒1期生で入社しました。入社当時、「この会社の文化をつくるのは自分だ」という思いを強く持っていました。私はこの会社に就職活動中に出会った瞬間、ここに入ると確信を持ちました。その理由が、今も会長をしている倉重という創設者の考え方でした。

 彼は本質を突いた考え方をしますが、その一つに個人と会社の関係性の話があります。これは2008年の彼のメッセージですが、一般の企業は会社の中に個人を捉えます。一方、シグマクシスは個人の中に会社を捉えると話していました。その理由は、前者だと会社はつい個人を押さえ付けがちになる。個人も会社の枠内でしか動けないということで、会社の成長がなかなか起きない。一方、個人を外に置くと、個人が成長すればするほど会社はそれに引っ張られて成長する。だからシグマクシスは個人に最大の投資をする。あなたが何をしたいのか、それを応援するのが会社という器であるということを、会社設立当時のビジョンとして強く掲げていました。

 ワーク・ライフ・バランスと当時からいわれていましたが、ずっと彼はライフ・ワーク・バランスだと言っていました。社内でGoogleカレンダーを使っていましたが、みんな基本的にはプライベートも公開で入れていました。それぞれが自分の仕事や個人の活動を見て、相手のことを考えて仕事を進めていく。そのような思想がありましたし、私が1~2年の長期育休を取った後、後輩たちも丸1年の育休を取るなど、まさにキャリアとライフをきちんと自分自身で考えていく文化がこの会社にはあり、私自身にも培われてきたのではないかと思います。こうやって卒業生も活躍できる会社であるシグマクシスや神戸大学を、私もちゃんと背負って、これからも生きていきたいなと思っています。

私と社会の関係性

 そして三つ目の個人と社会との関係性ですが、これはまちづくりの視点でお話しします。兵庫県立大学の小林郁雄氏が、まちづくりを「地域における、市民による、自律的・継続的な、環境改善運動」と定義しています。ここではまちづくりを市民と環境改善運動で考えていきます。今までは利用者は最後に出てきましたが、われわれは企画部分から入ることが大切ではないかと考えています。

 ここで武蔵新城のエリアリノベーションの事例をご紹介します。ある個人のオーナーさんが古い建物をリノベーションすることになりました。彼は土着の人だったので、まちをどうにかして良くしていきたいと思ってまちづくりに取り組んでくれました。ところが、まちを良くしたいと言いつつも、カフェに入ってもらいたいけれど、ここでは収支が合わないから、難しいのではないかと、突然経済性を優先したことを言い出しました。そこで私が、このまちを変えたいんでしょ?とそのオーナーさんと検討を重ねてまちづくりを進めていくと、カフェの店主をやりたかった主婦の方が現れて、彼女がそのカフェの店主になってくれました。他にも器好きで副業したい女性が現れたり、このオーナーの奥さんがシフォンケーキ屋さんをやりたいと言い出したり、どんどん個人の自己実現の場がまちに現れてきました。こうして建物をまちに開いていくと、コロナ禍でも小学生が遊びに来たりしました。2015年に私も一緒になってスタートしたプロジェクトが、今6年ほど経ちますが、まちに関係者がたくさんできました。

 自分自身がやりたいと思ったことをはじめれば、社会が変わっていくという事例でした。

 人生100年時代、well-beingをテーマに私がやっているのは、白秋共同研究所の活動です。人生100年時代は50歳以上75歳未満の世代を白秋世代と呼びます。今まで人生は青春時代がピークだといわれていましたが、人生の収穫期を楽しもう、そんな時代をつくっていきたいということです。皆さんと共に美しい文化、営みを一緒につくっていきたい。その中心でわれわれ自身がキャリアとどのように向き合っていくのか。そのような観点で、ぜひ後のディスカッションを進めていきたいと思います。


[1] VUCA時代:VUCAは「Volatility(ボラティリティ:変動性)」「Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)」「Complexity(コムプレクシティ:複雑性)」「Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)」の頭文字を並べた造語。変動性が高く、不確実で複雑、さらに曖昧さを含んだ社会情勢を示す。

[2] ティール組織:フレデリック・ラルー・嘉村賢州(著)、 鈴木立哉(訳)『ティール組織 ― マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』2018年 英治出版

[3] Well-being Initiative:日本経済新聞社が2021年3月に公益財団法人Well-being for Planet Earthを参画企業とともに、「日本版Well-being Initiative」として創設。https://well-being.nikkei.com/news/well-being-initiative-prospectus_20210319.pdf

[4] GDW(Gross Domestic Well-being):物質的な豊かさだけでなく、既存のGDPでは測ることのできなかった精神的な豊かさ(主観的ウェルビーイング)を測るための新しい尺度。

 

パネルディスカッション

<パネリスト> 北野唯我氏、世良田一輝氏、世良田絵理氏、廣岡大亮氏

 

 

<司会>堀口 真司
(神戸大学大学院経営学研究科 教授)

 

堀口 4名の皆さま、本日は講演いただきありがとうございました。それでは、パネルディスカッションへ移りたいと思います。事前に私の方で、質問を準備させていただきましたので、前半は私の質問にお答えいただき、後半は参加者の皆さまと一緒にディスカッションができればと思います。

 今日のテーマはどこから来ているのかというと、先行きが不透明になっているこの時代に、比較的若い世代がどのように生き方を形成していくのか。特にスマホやSNSをコミュニケーション手段として、その時代のネイティブとして生まれ育ってきた方々が、現代社会あるいは企業社会とどう関わろうとしているのか、という論点です。私自身がこの世代からは少し外れるのですが、今日は登壇者全員がY世代(ミレニアル世代)ということで、この世代の方々がどのように現状を捉えているのかを中心に質問したいと思います。

ワーク・ライフ・バランス

堀口 一つ目がワーク・ライフ・バランスです。「ワーク・ライフ・バランス憲章」というものが内閣府から出ています。ここでは多様な選択肢を可能にする、ワーク・ライフ・バランスの必要性がうたわれています。特にワーク・ライフ・バランスが実現した社会のことを「国民一人一人がやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義しています。

 具体的にどのような社会を目指しているかというと、就労による経済的自立が可能な社会、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、多様な働き方・生き方が選択できる社会です。このような社会を確立していく、目指していくとされているわけですが、今日の登壇者の方々にぜひお伺いしてみたいのは、ここでうたわれているような社会が本当に実現可能なものと思われているのかどうか、またそもそもこういった社会は目指すべき社会像として正しいのかどうかということです。廣岡さんから順にお聞きしてもよろしいでしょうか。

廣岡 私の立場からになりますが、まずこれらの社会は実現可能かという問いについては、実現したいと思うかどうかというだけで、実現したいと思う人がそれを実現すればいい。そのため、正しいかどうかは分からないという感覚です。

 まず、ワーク・ライフ・バランス憲章に書かれていることの解像度がすごく粗いと思います。これを読んで自分がどのように動けばいいのか、これはどういう人たちのことを言っているのかというのが全然見えてこない。これはおそらくこの表現を考えた人たちがワーク・ライフ・バランスを取れていないからだと思います。この方向性の大きなベクトルは別に否定するものでもなく、これを逆にわれわれ世代が良い口実として、「こう言っているんだから、こういう生き方をしていいでしょ?」というぐらいのスタンスでいけば、結果的にこうした社会が実現できるのではないかと思います。

世良田一輝 多様な働き方・生き方が選択できる社会は、まさにタイミーが目指している社会でもあります。いろいろなワーク・ライフ・バランスの実現の仕方があると思いますが、長期就業が当たり前だった世の中から時間単位での雇用も選択肢の一つに挙げることで、働く側としても採用する側としても柔軟な働き方ができるというような世界観は実際に実現しつつあるのではないかと私は考えています。さっき廣岡さんもおっしゃったとおり、これはその価値観を許容するかどうかというのが社会的にも会社としても必要になってくるのではないかと思っていますので、私自身はワーク・ライフ・バランスのこういった社会に関しては実現可能だと思いますし、目指すべき社会像としては目指せる価値観を多数派にしていくことが必要なのではないかと思います。

世良田絵理 いち働く立場としての意見になりますが、実現されたらいいなと思いますが、廣岡さんが言われるようにやはり解像度が粗い。一企業に落とし込んだときに、ではその会社でどこまで実現できるのかは会社によって違うので、どこまでその会社に落とし込まれているかによると思います。

 あと自分の気の持ちよう、プレーヤーレベルではどこまで実現できるかというのは非常に難しいところがありますが、希望的には、やはり多様な働き方・生き方というのは選択肢が多い方がいいと思います。コロナ禍になって本当に大変なことが多いですが、良かったのは、テレワークが普及したことで、10年を一気に飛び越えたような形になっていると思います。私が今勤めているバス会社でもテレワークは一部の人間がやることだったのが、やらざるを得ない状況になったことにより、本当に一気に進んで、みんなやるようになったのです。だから、個々人の状況はそれぞれ違うので、テレワークをしたり、フレックスを取り入れてみたりなど、会社が提示できる多様な働き方というのは選択肢が多い方がいいと思っているので、そこら辺は私も考えなければいけないですし、会社としても実現していってほしいことだと思います。

 本当に希望的になりますが、それぞれ個々人が目指せば実現可能になるのではないかということと、目指すべき社会像として、そうあったらいいですよねという希望的な正しさではないかと思っています。

北野 15年後ぐらいには、そうなっている割合が高くなっていると私は思います。世良田さんが勤めておられるタイミーさんの社長の小川さんは私も何度かお話ししたことがあって、24歳ですが、間違いなくすごい経営者になります。もちろんお金も稼いだ上で、ただ単にお金を稼ぐのではなくて、社会を変えていこうというマインドをそもそも持っています。大学時代から起業していて、2回目の起業で今そのサービスをつくろうとされています。スタートアップの経営者界隈の中でも、間違いなく変わってきているのは、尊敬される経営者の質やクオリティです。例えば、メルカリの山田さんは最近、山田進太郎D&I財団を設立して、女性の理系の就職に対して20億円出資することを始めています。D&I (Diversity&Inclusion)という文脈では、スタートアップの経営者、特にアラフォーぐらいの今の経営者からすると、SDGsに数十億円とか数百億円という単位で自分の私財を使ってやりはじめています。

 やはり世の中を変えるのは30代とか40代ぐらいの方々が多いと思うのですが、今20代の経営者の方が15年後ぐらいに年収のトップランキングに入ってくる時代になると、そういう人たちはそもそも多様な働き方のマインドを持っているので、メジャーになったときに多分変わると思います。結局ソフトウェアが変わったとしても、そのソフトウェアを使う側の人間がアップデートされないと使いこなせずに終わることがあると思います。今60代とか70代の経営者の方が、今はリモートワークしなければいけないと思っているとしても、コロナ禍が落ち着いたときに、その人自身が変わっていないと元に戻ってしまうと思うのです。だから、多分すぐには変わらないと思いますが、15年後ぐらいには変わっていると思います。

堀口 マインド自体を変えることは難しく、世代が変わると世の中も変化するというようなお話だと思いました。ありがとうございました。

テレワーク

堀口 次に、テレワークについてお伺いしたいと思います。首相官邸が成長戦略ポータルサイトに出している「新しい働き方の定着」では、新たな働き方が拡大しており、特に新型コロナウイルス感染症がきっかけとなって注目されておりますが、兼業や副業、フリーランス、多様な働き方を通じて新しいルールの整備が必要であると考えられています。ここでも目指すべき社会というものが提示されており、新しい働き方の定着と、その背景には大都市一極集中を何とか変えていこうという思惑があります。兼業・副業やフリーランスなど多様な働き方の環境整備、テレワーク・在宅勤務・時差出勤等の推進・支援、中途採用・経験者採用の促進、70歳までの就業機会確保といった具体例があがっています。こういった支援が具体化され進められようとしています。

 この新型コロナウイルス感染症によって企業におけるテレワークが、かなり一般的に受け入れられるようになってきました。その例として、時間と場所にとらわれないリモートワーク。またバケーションとワークをくっつけたワーケーションでは自然環境が豊かなところでそれを満喫しながら働く。特に遊びながら働くといったことがよくいわれているわけですが、この遊びと仕事をどう捉えるのかも非常に面白い論点であると思います。それからパラレルワークです。複数の仕事で、サブの「副」ではなくパラレルの「複」という意味で「複業」と呼ばれたりしますが、こちらも徐々に広まっています。それから多拠点生活や移住です。先ほど世良田さんご夫妻のお話でも出てきましたが、移住も最近よく注目されているワードになってきています。

 アフターコロナと呼ばれる時代がそろそろ来るかと思いますが、その時代において、これらの新しい働き方が今後も普及していくのか、それとも元のライフスタイルに戻ってしまうのか。このあたりをどのようにお考えか、お伺いしてみたいと思います。今回はテーマの関連性からしても、まずは世良田さんご夫妻からご意見をお伺いできればと思います。

世良田一輝 自分の働き方としてはこのまま定着してほしいと思いますが、なかなか難しいのではないかと思っています。ただ、テレワーク自体が新しい働き方というよりは、私が今やっている働き方の選択肢を与えるということです。選択肢がキーワードになりますが、働き方を選べることを許容する社会になるかどうかがポイントになってくるのではないかと感じています。今コロナ禍でも実際に出社して仕事をすることも選択可能なタイミングだと思います。そこはコロナ対策のためにリモートワークをしているのだというのではなく、テレワークも可能だという価値観が定着することが今後必要になってくるのではないかとは思うものの、大体の会社においては恐らく違うのだろうなと私としては感じます。難しいのではないかと感じますが、個人的にはそうなってほしいと思います。

世良田絵理 私は個人的にもテレワークはこれからも広がっていけばいいなというか、働き方の選択肢の一つとして残っていけばいいなと思っています。実際今もテレワークをしながらやっていて、コロナだから仕方なくまずはやっているというところから普及しはじめたものなのですが、弊社の社長は、例えば、無駄な出張費がなくなるなど、良い面もあったようです。テレワークをしてみて思うのは、会社に出ると何かしら相談や話しかけられたり、電話を取らなければいけなかったり、末端の者だとそういう雑務に追われて集中して仕事ができないところも、テレワークだと家で集中してできるという良い面もあると思うので、個人的には広がっていけばいいなと思っています。

北野 お二人と一緒ですが、良い会社はハイブリッドになっていくと思います。あまり良くない会社は元に戻ると思います。ただ、ハイブリッドになれることがある種、富の格差を生み出すと思うのです。いわゆる知的生産業の人は移動コストや場所は関係ないと思いますが、そうではない、現場に行って張り付かなければいけない仕事があると思うので、富や生産性の格差は生み出すとは思います。それはまた別の論点だと思いますが。

廣岡 今取り上げられているリモートワークやワーケーションの話は、恐らくコロナ前からやっていた人もしくはやれる人がたまたまメディアに取り上げられているだけで、本質的、基本的には何も変わっていないと思っています。既存の取り組みをたまたま動画でやっていますというサービスはよくあるし、会議もたまたまテレビでやっていますみたいなものもあります。それは何も変わっていなくて、多くのマジョリティはそれだと思っているのです。だから、15年後ぐらいにわれわれがメインになってくると変わるかもしれませんが、多くの流れはそんなに変わらないし、結局生き残るところだけが流れに合わせていくのだろうと冷静に見ています。

堀口 ということは、アフターコロナでは元に戻りそうというご印象ですか。

廣岡 いや、元には戻らないと思います。どちらかというとこの議論で失われがちなのは、リアル側の良さです。リアル側にもっと振った議論が全然なくて、今でもそうですが、例えば、学生と話をすると、オンライン授業でキャンパスに行けないからキャンパスライフが楽しめない。1年間、2年間全然大学に行けませんという話になりますが、われわれ社会人とか街の商業は普通に動きはじめています。そうなると、実際に学生のキャンパスライフは、大学の拠点に行くことだけがキャンパスライフではないので、もっと街に出て小商いでもチャレンジしていったらいいのにと思います。思考が止まってしまっています。これは既存の物事の中でしか、コロナやテレワークを捉えられていないからそうなってしまうのであって、これをどう転じてポジティブにするのかという思考の変換ができる人もしくは会社が生き残るのだろうと思います。

堀口 コロナがきっかけになる可能性は大いにあるということですね。ありがとうございました。

IT / AIの未来

堀口 では次に、ミレニアル世代と言えばITやAIが比較的身近な存在、あるいはネイティブとして育ってこられたわけですが、どのような未来を考えているのかお伺いしてみたいと思います。

 内閣府が掲げているSociety 5.0では、狩猟社会(Society 1.0)から始まって、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)というのは恐らく現在で、ネットワークでつながる世界を想定していると思います。今後のSociety 5.0は、仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムによって経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会と定義されています。現在このSociety5.0が提唱され、さまざまな分野に提示されていますので、この世代の方々であれば既によくご存じだと思います。

 私の疑問は、学生時代に見た「マトリックス[1]」という映画から来ています。「マトリックス」の世界観がSociety 5.0のさらに一歩先の世界として想像できる一つの可能性ではないかと思っています。古くから「フランケンシュタイン」や、「ターミネーター」などでこのようなストーリーはよくあり、AIによって人間が疎外されていく、特に労働が奪われていくといった議論はこれまでもよくされてきました。エンジンが発明されたときやチャップリンの時代等です。しかし、ITネイティブの世代の方々が今後どのようにIT、AI、VRの世界が浸透し、どのような世界になると想像しているのか。おそらく答えはないので、あくまでもイメージとしてお伺いしてみたいと思います。

北野 デジタルが主、リアルがサブという時代にもうなってきているという一言かと思います。コロナになってリモートワークするようになって私も最初に感じたのは「マトリックス」の世界になったと思ったのです。例えば、1時から神戸大学のこのワークショップに参加して、2時から全く別のグローバルな会議に参加することもできる。Zoomの素晴らしさはRoomの概念をつくったことだと思います。そこにわれわれは家から入って、ミーティングが終わったら出て、家事が必要なら10分やって、10分後には新しい違うRoomに入ってミーティングをする。これはそのまま「マトリックス」の世界だと思うのです。

 最初Zoomはセキュリティが低かったので、Roomの中に関係者外のハッカーみたいな人が入ってきてデータを盗むケースがあって、サイバーセキュリティが問題視されていました。Zoom社がセキュリティのレベルを上げてそれに対抗したことで、それは構造が全く「マトリックス」と一緒で、その世界にもうなっていると思います。

 では、それは良いことなのかというと、基本的に私はすごく良いことだと思っています。なぜかというと、例えば映画「アバター」も「マトリックス」も、主人公は最初はリアルの世界でイケていない人でも、仮想空間の中ではものすごく自分らしく生きられて、そこで自分らしさを発揮していったので、かなりフェアになると思うのです。

 一方でリアルがなくなるかというと、やはりリアルはなくならない。足が速い人は小学生だと多分モテると思いますし、すごいと言われると思います。選択肢の幅が広がってきているというのがリアルで、もう少し発展させると、シンガーソングライターの米津玄師さんは、ボーカロイド[2]に作曲を提供して、デジタル上でずっと活動していて、そこからリアルに出てきました。今はリアルで日本に圧倒的なブームを巻き起こしています。それはデジタルがない時代ならできなかった成長ストーリーだと思います。だからある程度テクノロジーで、スマートフォンも、5G、6Gになっていくと思いますが、それがある限りは選択肢が広がるという意味で良いことなのかなと思います。ただ、親の教育のリテラシーが低かったら大変だと思います。

廣岡 総論は北野さんの意見をそうだなと思っていますが、足りないのが「ドラえもん」の世界だと思います。ドラえもんののび太みたいな子が助けられる世界のユニークさや、心温まるテクノロジーの世界の話が少しでも確実に根付いていれば、結果人間がロボットに追われることはないと思っています。

 もう一つは、すごく不思議なのですが、ロボティクスの議論はちょっとした恐怖感を覚えるのに、パラリンピックで障害を持った方の義足など、技術が行き渡った状況を見ると、みんな「すごい」「素敵だ」「良いことをした」みたいな話になります。あれは物事の考え方の基点がどこにあるのかという、まさに顕著な例だと思います。テクノロジーのつくり手の人もそうだし、実際に生活者側の私たちが使い手としても何をどう選択するのかといったときに、私は人間らしさを失わずに向き合っていきたいと思っています。

世良田一輝 難しいなと思いながら、お二人のお話を聞いていました。ただ、リクルートやタイミーのマッチングの観点でいうと、ITやAIはすごく歓迎する変化なのかなと思っています。アナログなマッチングはすごく無駄が多かったり、実際にマッチングの成果に関しては行き当たりばったりだと思うのですが、デジタル化・AI化していくことによって、マッチングの精度が上がったり、今まで空気や雰囲気で行動を決定していたのが、こうした方が恐らく幸せだろう、こうした方が恐らくいいというものがデータ化されるようになる。実際にタイミーの中でも、データサイエンティストも入れながら、マッチングの精度を上げる取り組みをしています。まだ全然成果は出ていないのですが、これから5年後、10年後は、「マトリックス」のような形で、「こうした方があなたはいいです」というのがレコメンドされる機会が非常に増えてくるのではないかと予想しています。

世良田絵理 私も結構大きな話だと感じたのですが、地場の岡山の企業でもIT・AIはやはり取り入れていかなければいけないという流れになっていて、一つの経営課題にはなっています。例えばバスを例に取ると、観光の事業はまだまだFAX文化なのが現実なのです。そういったところにいきなりAI・IoTと言われてもなかなか難しいところがあり、しかも1社だけではなく業界全体が変わらないと変わりにくいので、業界全体がそういうふうに押し上げられればいいなというのと、1社単位では、AIに使われるのではなく、こちらが人間の良さを生かしながらロボティック化していくというところはやはり検討していかなければいけないのではないかと思っています。

堀口 ありがとうございました。

地球環境問題

堀口 次は、SDGsと呼ばれている、最近の環境問題と持続可能性に向けた目標です。特に環境問題にどう対応していくのかということに重点があるように思いますので、ここを少し掘り下げてお伺いしてみたいと思います。

 昨年出版された、斎藤幸平著『人新世の「資本論」[3]』という書物があります。特に気候変動や環境問題について真っ正面から批判しています。著者の斎藤氏は、「SDGsは大衆のアヘンである」と述べています。どういうことかというと、政府や企業がSDGsの行動指針を幾つかなぞったところで気候変動は止められない。SDGsはアリバイづくりのようなものであって、目下の危機から目を背けさせる効果しかないと批判していて、経済成長からむしろ脱成長へという方向転換が必要ではないかということです。

 具体的には、何か物を使用したときの自分にとっての価値(使用価値)に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。労働時間を削減して生活の質を向上させる。画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。生産プロセスの民主化を進めて、経済を減速させる。最終的には使用価値経済に転換して、エッセンシャルワーク(例えばケア労働や、家事と育児等)を重視していくべきではないのかといった議論になっています。

 ここでお伺いしてみたいのが、環境と経済と社会のバランスをいかに取っていくかということです。

廣岡 斎藤さんの話については、半分は理解するし、共感するけれど、半分は違うなという感覚になります。

 一つ目のSDGsがアリバイだという話はそうで、私もこんなものは100年前からみんなやっているのではないかと思っているぐらいです。それに踊らされている企業の皆さんから、「SDGs、何をしたらいいですか」とよく聞かれます。

 とはいえ、そこを一つ目標にして、考えだしたり行動が変わったりするのはすごく意味があることだなとも思っていて、アリバイづくりであろうが何であろうが、身近な話でいえば主婦の考え方だって変わるし、子どもの考え方だって変わるので、決して否定する話でもないというのが一つ目のSDGsの位置付けという話だと思っています。

 「脱成長へ」というのはちょっと論点が違うかなと私は思っています。経済成長はあってよくて、単純に視点とか投資の配分の違いだけだと思っているので、得てして経済の成長を止めよとか、では農耕民族に戻れと言うのかとか、人口を半減すればいいのではないかとかそんな議論にしかならないので、生産性のない議論になると思ってしまいます。ただ、結果として、使い方とか何に重きを置くのかという話の基点をどこに置くのかということが重要で、そこはそれぞれの生活者自身がどうありたいのかということなのかなと自分の中では整理しています。

世良田一輝 私はSDGsについて、あまり分かっていなくて、そんなに構えて言うことかなという認識しかないので、私からは特にコメントはありません。

世良田絵理 考えるきっかけになるというのは、廣岡さんの言うとおり良いのかなと思うのですけど、企業に落とし込もうとすると、本業と照らし合わせたときに、持続可能性を持つのをどう考えるかという話が身近なところではメインではないかと思っています。

北野 これは現実世界を見ていない人の発言だと思います。グローバルのリーダーたちは本当に地球規模のことを考えています。ただ、それが下りてくるまでに時間がかかります。まだSDGsにピンときていない人の方がマジョリティなのは間違いなのですが、グローバル単位で考えている人は、取り組まなければいけないと思っているというのがリアルで、それがちょっとずつ下りてくるまでに時間がかかるという状態なのです。

 SDGsという言葉をつくることの重要性は、言葉をつくることでそれを知識に転換できるので、知っているか知っていないかという論点に持っていけるということが価値なのです。そこからでないと教育は始まらないのです。もちろん実態に追い付いているかというと全然追い付いていないのは間違いないと思います。

堀口 ありがとうございました。では、ここからは参加者の方からのご質問に答えていただきたいと思います。北野さんに参加者Nさんから「企業における従業員の年齢構成の変化(中高齢層の増加および若年層の減少)が経営に与える影響(①業績、②従業員のエンゲージメント、③企業の人的資源管理)について、ぜひ経営者のお考えや展望をお聞かせください」とチャットで質問が寄せられました。まずこちらにお答えいただければと思いますが、いかがでしょうか。

北野 私が観測する限り、年齢による影響があるのは間違いないと思います。リクルートの創業者の江副さんは一度も就職することなく、リクルートというあれだけの企業をつくったのですが、彼が創業当時から設計していたのが30歳とか35歳の定年制で、退職したらボーナスを出すというシステムでした。それはなぜかというと、どれだけすごい人や優秀な人を採ったとしても、年齢には勝てない。10年、15年たつとエネルギーが落ちるということを読み切っていて、創業時からそれを設計していたのです。本当に鋭い人間洞察力を持った天才だと思います。

 やはり人間も動物なのでエネルギーが下がるというのはあると思いますが、ただ、本質的に一番影響を与えるのは、経営者が変化しているか、トップが成長しているかどうか、トップが挑戦しているかどうかです。その挑戦率のみが会社全体の変化の対応度というか挑戦度を変えるのです。社長が挑戦しなさい、変化しなさいと言うだけで、社長自身が全然挑戦していない会社はたくさんあると思うのです。50代、60代になってもトップの人が挑戦していたり変化したりしていれば、そういう会社は30代、40代のミドルの人も挑戦しています。それが一番大きなKPI (Key Performance Indicators:重要業績評価指標)だと私は思っています。

堀口 ありがとうございます。続いて、参加者の方で質問等ございましたらぜひご発言いただければと思います。

三古 経営学研究科の教員の三古と申します。最近インターネットで分からないことはいつでも調べられます。しかし、昔は新聞に関心のある記事が掲載されている場合、この機会を逃すと次にいつ掲載されるか分からないため、スクラップしていました。「この機会を逃すと次にいつ掲載されるか分からない」という感覚は私には未だに残っていて、インターネット時代を生きてきた人は違う感覚を持っているのかなと想像したりします。あとは、テレビ番組を録画できるようになって便利になりましたが、昔は番組の放送に合わせて走って帰ったりしなければいけなかったのです。そういうのが懐かしく貴重な体験のような気もします。

堀口 難しい質問ですね。現在のように便利になりすぎた社会をどのように捉えれば良いでしょうか。どなたかお答えいただけますでしょうか。

北野 そうですね、一つ目は形が変わったと思っています。今はブックマークとかツールがたくさんあって、それで恐ろしいぐらいスクラップしている人がたまにいます。あるいはメモに入れています。だから、手段が変わったけれど、人間の知的収集心みたいなものは変わらないと思っています。

 二つ目に関しては、先生の意見と結構同意の部分もあります。不便だからこそクリエイティビティが育つ側面が大いにあると思うのです。何でもある場所で育った人からクリエイティビティや創造性が育っていくかというと、長い目で見ると育たない側面が絶対あると思います。以前、建築家の谷尻誠さんと対談しました。彼も不便なものを便利にしようとするところから創造性は生まれるので、それがない環境で育つと良い建築家は生まれないとおっしゃっていました。だから自分の子どもをわざと不便なところに連れていくらしいです。それはやはりあるのかなと私は思います。

三古 ありがとうございます。

堀口 廣岡さんからも「黒電話がすごく好きです。ベルが鳴ってから、受話器を取るまでの時間、『誰かなー』というワクワクがたまらなく好きで。“余白”がある暮らしが、人を豊かにすると思っていますし、合理化・効率化だけが良いわけではないと思います」とチャットでコメントいただきました。皆さんの中にも共感される方がおられるかなと思います。

 それでは最後にご質問がございましたらよろしくお願いします。

参加者I 貴重なお話をありがとうございました。私もミレニアル世代で、お話をすごく興味深く聞かせていただきました。

 皆さんは会社で社員の方にメッセージなどを発信するような立場だと思うのですが、人の意識や文化や行動を変えるには、プラスのメッセージと、冒頭で北野さんがお話しされた、人口動態的にはどんどん新卒の方が減っていって、人を採るのが難しくなるという、こうしないと危険だよというメッセージのどちらが有効なのでしょうか。使い分けもあると思うのですが、皆さんは上の立場、リーダーとしての立場でどう考えているのかを教えていただければと思います。

堀口 廣岡さん、お願いします。

廣岡 生き残れない人をふるいにかけるのなら環境を変える、強制力を働かせる、悪夢を見せるというやり方がいいのですが、それが本当にポジティブな動機付けになるのかというのは、なかなか難しいかなと私は思っています。いつもポジティブな話をして、夢を描き、そこに向かっていくという世界をつくりたいと思っているのですが、組織などで振り落とすときは環境を変えてしまうのが一番いいです。これはコンサルの鉄則です。

 堀口 登壇者の皆さま、貴重なお話と共に、かなり細かな質問にも丁寧にお答えいただきまして、ありがとうございました。

 ミレニアル世代ということで、40歳以下の方々が、これからどのようにキャリアやライフプランを描こうとしているのか。デジタルネイティブの世代の方々が今後、企業社会とどう対峙していくのか。社会的な問題をどうクリアしていくのか。これらの論点を踏まえながらディスカッションができればと思っていました。

 それぞれのテーマについて異なる視点でお話しいただいたと思いますが、世代としてはミレニアルに属していて、現代社会の問題を真剣にお考えになった上でのライフデザインであると思います。今後この世代の方々が社会の中心になっていく頃に、どういう企業社会・経済社会が実現しているのか。その一つの道しるべ、あるいは風見鶏として、今日のお話をお考えいただければよいのではないかと思います。


[1] マトリックス(The Matrix):1999年のアメリカのSFアクション映画。ウォシャウスキー兄弟が監督・脚本。史上最高のSF映画のひとつと考えられており、2012年には「文化的、歴史的、美学的に重要な作品」として、米国議会図書館のアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。2003年には続編の『マトリックス リローデッド』と『マトリックス レボリューションズ』が公開され、2021年には『マトリックス レザレクションズ』が公開予定。

[2] ボーカロイド(VOCALOID):ヤマハが開発した歌声を合成する技術の一つ。ヤマハの登録商標。この技術を応用したソフトウェア製品の総称にもなっている。初音ミクはその代表的なキャラクター

[3] 人新世の「資本論」:斎藤幸平(著)2020年 集英社

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