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書籍紹介

加護野忠男(編著)
『MBAが考えるヘルスケア経営:その戦略と組織』

三矢 裕(神戸大学経営学研究科 教授・専門職大学院専攻長)

2021年 碩学舎・中央経済社

 2021年度、私は神戸大学MBAの専攻長となった。神戸大学MBAのクオリティを高めるために、教員側の不断の努力も必要だが、それと同じくらい質の高い人に入学をして欲しいと考えている。そのために、神戸大学のMBAを知らない人に、他大学との違いを知ってもらい、興味を持ってもらう必要があると考えている。

 一般に、在職中のMBA生には、すぐに実務に役立つ経営知識を教えるべきで、修士論文なんか書かせるのは意味が無いという考えは根強い。米国のMBAで修士論文を課すところはほとんど無いと思う。しかし、神戸大学では、学生全員がゼミに所属し、それぞれの関心に合わせて修士論文を書く。

 私が考える修士論文の第一の意義として、学生たちは論文執筆のために、関連する理論について学ぶことになる。長い時間をかけて鍛え上げられた理論は、ネットに転がる経営ノウハウやテンプレートより実務に対して役に立つと思われる。第二の意義として、主体的に研究テーマを選び、必要なデータを収集して分析し、論文執筆を行うという一連のプロセスで、ロジカルな考え方を身につけられる。第三の意義として、ゼミで、自分の意見に対して指導教員や同級生たちから批判的な意見をもらい、考察を深めることで、気づきや学びを得られる。修士論文は、経営知識よりも、学び方を学ぶのには適している。

 とは言え、神戸大学で修士論文が具体的にどのように作られているか、どのような成果が生み出されるかについて、外部の人は知る機会がほとんど無かった。前置きが長くなったが、2021年に出版された『MBAが考えるヘルスケア経営:その戦略と組織』は、外部の人が神戸大学MBAで、誰がどのように、どんな修士論文を書いているかを知る貴重な手がかりとなる。本書は、神戸大学特命教授の加護野忠男氏が編著者となって第1章と第2章で神戸大学MBAや書籍概要を紹介した後、2012年にMBAを修了した11名が修士論文をベースとして第3章以降で一章ずつ執筆している。彼らは、病院、大学医学部、製薬メーカーなど全員がヘルスケアに関連する職場で働くメンバーである。

 本書の各章のタイトルは以下のとおりである(紙幅の関係で個々の論文の内容までは踏み込めないが、タイトルからだけでも、どのような問題意識で修士論文が書かれたのかを推測することはできるだろう)。

 第1章 神戸方式MBAのコンセプト
 第2章 MBA体験からのヘルスケア産業への提言
 第3章 MRチームの組織学習をうながす
 第4章 ユーザー起点の医療機器開発
 第5章 大手製薬会社と創薬ベンチャーの協業
 第6章 バイオクラスターにおける
                    創薬イノベーションの形成要因
 第7章 創薬におけるアカデミアの役割と課題
 第8章 新薬の販売段階における提携の形成要因
 第9章 医薬品の探索研究段階における
                       プロジェクトマネジメント
 第10章 医療用医薬品の市販後における価値拡大
 第11章 研究者をマネジャーに育てるために
                                  何が必要なのか
 第12章 次世代リーダー育成
 第13章 医薬品企業のコーポレート・ガバナンス

 各章では、「なぜMBAを目指したのか」「神戸大学MBAでの学び」について、各筆者が述べた後に、自身の修士論文を紹介している。私自身、ヘルスケアの専門家ではないが、我が国のヘルスケアが直面している課題が非常に複雑で、多様であることがわかった。彼らの分析は定性的なものが多く、決してエレガントなものではないが、最後に述べられる提言はとてつもなく迫力があって直感に訴えかけてきた。そして、長年現場の実務をやってきた人たちが経営学のフィルターを通して研究するからこそ、研究と実務の真の相乗効果が生まれると実感できた。編著者の加護野氏の言葉を借りると「実践を通じた学習の深化」ということになるのだと思う。

 さらに、これは私の想像の域を出ないのであるが、この11名の修了生たちが修了後にもこうやって力を合わせてこれだけの本を作ったということに感激をした。おそらくは、神戸大学のMBAで彼らは一生の友と出会えたんじゃないだろうかと思うのである。

 冒頭に述べた通り、神戸大学MBAの最大の特徴である修士論文の実態は外部の人が知る機会は乏しい。もし神戸大学MBAへの入学に関心を持っている方がおられたら、是非に一度お読みになることを薦めたい。神戸大学MBAで、何かすごい経験ができるんじゃないかと期待を高めて欲しい。このようなチャレンジングな本を作った筆者の皆さんに敬意を表したい。

 末筆ながら。彼らはMBA修了から約10年が経過している。先が見えないコロナ禍だが、神戸大学MBAでの学びを活かして、この社会を少しでもいい方向に変えて欲しいと願っている。