銀賞
医療機関における情報の不確実性が組織に与える影響  ー COVID-19 流行下での病院を事例として ー

 

 

松岡 佑季
(めぐみ台クリニック)

 

1.研究の背景と目的

 2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行という未曾有の状況において、病院組織で働く人間に注目が集まり、社会的要請も大きくなった。今回、COVID-19流行下において不確実な情報が増大していく中、病院組織でどのように意思決定が行われ、医療者がどのように感じ、行動していたのかをインタビュー形式で調査した。そこから、非常時に強い組織形態と、その組織を平時・非常時ともに機能させるために必要な要素を明らかにするのが本研究の目的である。

2.病院組織の特性と先行研究

 まず病院組織は、ほとんどが国家資格を有する専門職から構成される。彼らは、勤務先への帰属意識は低く、専門的能力の向上を個人の目標としており、病院毎の組織目標への関心は薄い。20世紀初めに最も効率的な組織のあり方として「官僚制」が提唱されたが、いわゆるお役所仕事のことで、効率的だが逸脱行動を許さず、融通が利かない。今日の病院組織は、複雑化、高度化する医療を完璧な安全性で提供することを求められ、官僚制化が進んでいる。

 また、地震などの災害時は、処理すべき情報量が一気に膨大になり、トップが全てを把握できないため、意思決定はできるだけ組織下層で行うべきとされている。外部環境に応じて、組織の管理方針を適切に変化させるべきというコンティンジェンシー理論(図)でも変化に富む環境では、階層型の「機械的組織」よりも「有機的組織」が望ましいとされている。

 

 

 一方で、警察、消防、病院は、発災前後に組織形態が変化しない定置型組織とされる。非常時に平時同様の機能が求められる一方、平時はタスクにない業務を引き受けないことで組織内のストレスが抑制されている。平時は官僚制化が進む「機械的組織」で、災害時も組織形態が変化しないとされる病院組織だが、一般論では非常事態に相応しいのは「有機的組織」とされており、その実際を明らかにするために調査を行った。

3.研究方法

 COVID-19流行下の病院では、実際にはどのような組織形態がとられており、構成員にどのような影響があったのかを、関西労災病院(兵庫県尼崎市、病床数642床、医師135人、看護師660人、コメディカル170人、事務46人)でインタビュー調査を行った(表:インタビュー対象者:医師6名、看護師10名、事務職員1名)。COVID-19流行下で病院長・看護部長・事務局長などの管理職層を加えた感染対策本部会議が組織された。COVID-19陽性患者の入院受け入れを行わないという大きな方針の決定や、スタッフ感染時に病院としての外来・入院受け入れを継続するなどの判断が中枢部でどのように行われ、また現場がそれをどう受け止めて、どのように働いていたのかをインタビュー調査で明らかにした。

4.分析結果と考察

 インタビューから見えてきたことは、
 ①感染対策本部会議で発揮された院長の強いリーダーシップ
 ②看護部の「柔軟な機械的組織」の有効性
 ③自身の感染の恐怖と組織人、職業人としての使命感の中での葛藤
である。以下にその内容を簡略に紹介する。

①感染対策本部会議で発揮された院長の強いリーダーシップ
 病院長は、臨床医としての経験に基づく医学的な判断で、地域の中で担う自院の役割も含めて、その時点でのベストな選択肢を管理職層に明示して納得させ、自院の方向性を示していた。管理職層ですら、不確実な情報しか得られない中で決断していくことに大きなストレスを感じており、病院長の素早い決断に強いリーダーシップを感じていた。そして、病院長の決断は、COVID-19流行下では地震などとは違い、不確実な情報が時系列に出現してくる状況のため、トップが一元的に情報を管理し判断していくことが可能であり、これまでの臨床経験からもその判断を行うのは自身がベストであると判断していた。

②看護部の「柔軟な機械的組織」の有効性
 看護部は平時から規律ある機械的組織であり、それが徹底されることで、トップの意思決定と下層の情報をスムーズに階層化構造間で伝達させていた。一方で、感染症認定看護師の業務量急増に対してマネジメント力に長けた看護副部長が間に入ることで、専門性を組織内でうまく活用するような組織再編も行われていた。中間層の臨機応変な対応や、急性期病院特有の平時からの変化に富む業務に慣れていたことも、非常時の対応にも長けた「柔軟な機械的組織」を形作っていた。

③自身の感染の恐怖と組織人、職業人としての使命感の中での葛藤
 規律ある階層化構造は、迅速な情報伝達を可能にするが、一方で下からの意見が通りにくいという平時からの問題点が残る。実際に、組織人、職業人としての責任感から業務にあたっているが、感染の恐怖は皆感じていた。管理職層にみられた院長のリーダーシップは、現場スタッフまでは伝わっていなかった。「院長のリーダーシップ」 の内容を現場スタッフ層に具体的に伝えてみたところ、それを知っていれば、もっと前向きに業務に取り組めたのにという声が多く上がった。非常時には不安・不満を解消するリソースが存在しない。医療人は「患者志向」などの使命感があり、自組織の目標や役割の認識が少なく、管理層も周知させる必要性を強く感じていない。COVID-19流行下では、施設毎に業務に変化が生じ、医療者自身の身体の安全が脅かされた。その中で病院長の直接的なかかわりは、現場スタッフ層に自分たちのアイデンティティを改めて認識させ、使命感を高める可能性が示唆された。

5.結論

 非常時には、集権的なリーダーシップによる意思決定と階層化構造による迅速な情報伝達を基礎としながら、臨機応変な対応も行える「柔軟な機械的組織」がふさわしい。しかし、「柔軟な機械的組織」は、平時から様々な変化に富む業務に対応しており、構成員に高いストレスがかかることが危惧された。実際に現場スタッフ層は、職業人、組織人としての使命感から業務にあたる一方で、平時、非常時ともに葛藤を抱えながら働いている。安定して「柔軟な機械的組織」を維持するためには、平時には中間層・管理職層の現場スタッフへの丁寧な関わり、非常時には組織トップが、現場スタッフ層に直接、自病院の方針をその決定の背景まで伝えることが必要である。