第103回 ワークショップ
スモールビジネスの財務と成長戦略

日時/2020年9月20日(日)13:30~17:00
場所/Zoomによるオンライン開催

講演

① 西村 康浩氏(株式会社どこいこ 代表取締役)

② 斎藤 留理子氏(株式会社OIKEホールディングス経営企画本部 経営企画室長)

③ 堺 政人氏(株式会社プロネクサス営業開発本部IPOチーム 上席営業推進役)

 

パネルディスカッション

<パネリスト>
 西村 康浩氏、斎藤 留理子氏、堺 政人氏

<司   会>
 森 直哉(神戸大学大学院経営学研究科 教授)

講演1

西村 康浩氏(株式会社どこいこ 代表取締役)

生い立ちと逆境

 小さな会社ですけれども、創業17年で京都の飲食店の運営をサポートする業務をしています。ご想像のとおり、新型コロナウイルスが直撃しています。そういった現実も踏まえて、今後の方向性や経験をお伝えできればと思います。

 私はベビーブームのさなかに生まれました。京都の老舗呉服問屋の番頭を祖父に持ち、京都・室町が非常に栄えていた時代の商売人の家系です。喘息を患って生後30日ぐらいに発作で死にかけたと聞いています。その治療のために小学生の頃、水泳を習い始め、京都で1番になったという経験があります。このことは後々の精神育成に非常に功を奏しています。

 ただ、祖父が築いた大きな資産を父が食いつぶしました。結果、両親が離婚して、二つ上の姉と家族3人の母子家庭で育ちました。18歳の頃、今の仕事に直結する飲食店でアルバイトを始めました。行けば必ず「まかない」が出て、そこで食事がいただけました。母子家庭だったので、母がとても助かったということが記憶の中にずっと残っています。

 1994年、大学卒業と同時に、アパレルメーカーで京都に本社を置く会社に就職しました。そこは上場もしていたのですが、残念ながら2002年1月に約60億円の負債を抱えて自己破産しました。その会社に在籍中の20年前、当時30歳でしたが、ガンを患って手術をしました。この経験もその後の人生に大きな影響を与えています。

起業そして事業の縮小

 会社が破産したので、残務処理で在庫をお金に換える経験を約半年間積みました。そこで独立の意志というか、どこかに就職するのではなく、自分で何かやってみたいという気持ちが芽生えました。そこからいろいろと専門書を読んで、法務局の手続きや書類の作成などを独学で学び、2003年に会社を設立しました。

 学生時代のアルバイト先がホテルのレストランだったので、ホテルと飲食店の関係を意識していました。もともと京都は観光の街ですが、さらに街全体が観光において積極的に取り組もうとしていた時期でした。飲食店に新たな集客を生む手段として、ホテルの宿泊客を導くサービスができないかと考え、京都の食をPRする目的で会社を設立しました。

 当時は「株式会社グローバルメディアコミュニケーションズ」と名付けましたが、非常に長いですし、発行していた情報媒体が「doco-ico(どこいこ)」という名前でしたから、いっそのことと思い、社名を「株式会社どこいこ」に変更しました。大学は商学部でして、会計学が非常に好きだったので、そのときに学んだことが独立してからもずっと役に立っていると実感しています。私は営業畑の人間ですが、財務会計は実際に自分でパソコン入力しているので、これは非常に有意義かつ必要なことだと思います。

 スタート当初、「doco-ico(どこいこ)」はホテル周辺地域の飲食店をクライアントとしたものでした。当時はホテルに泊まると、よくテレビ番組表のコピーがフロントに置かれていることもありましたが、厳密に言うとこれは違法でした。そこで、我々が夕刊の番組表と地図、周辺飲食店の情報を一体にして印刷しました。京都では10万部、大阪では15万部という非常に大きな部数を発行しました。2011年に冊子の形を変え、趣旨は変えずに「わかりやすい京都」という名称にしました。

 このように、独立後は地元の飲食店とホテルをつないで、広告媒体のサービスを主として業務をしていたのですが、エリアも京都から始まって大阪、神戸と広げていきました。ここまでできるのであればということで、金融機関の後押しもあって東京支社を開設することになり、人材も豊富に抱えるようになりました。当時は金融機関からも数千万円の単位で資金を後押しいただいたので、ある種のイケイケドンドンで展開していました。さらに、大きな会社と組んで代理店契約という形で、名古屋、横浜などエリア展開を広げていきました。広げるごとに人も抱えながら、回収は1年ほど頑張ればできるだろうという見込みを立てていました。

 しかし、地元ネットワークがある関西とは違い、関東方面など知らない土地に広げることは難しいと痛感しました。当時すでに1億円ぐらいは負債を抱えていましたが、これを回収できないままで終わるのではないかととても悩みました。結局、その段階で東京支社も閉鎖し、一気に縮小して京都のみの展開に絞り込みました。

イベント運営という活路と新たな試練

 そんなとき、2011年に「京都レストランウインタースペシャル」というイベントに出合いました。これは京都の閑散期を何とかしたいということで、老舗料理店から新しいお店までをまとめ、2月のおいしい時期に食べに来てもらうことが目的でした。その事務局を担当しました。老舗の方々との関係がこれをきっかけに始まったのです。

 最初は参加店舗数も88店舗程度で、イベントでは特別メニューを用意してもらうのですが、全体の売上が2,700万円、1店舗当たり平均で約30万円、イベント運営予算自体も350万円程度で、その範囲でガイドブックを作りました。私自身、このイベントをしっかり育てていこうと考え、ひたむきに現場を一軒一軒歩きました。

 毎年続け、コロナ禍の影響を受ける直前の2020年2月には、参加店舗数が全体で204店舗まで増えました。当初から見ると2.3倍です。イベント限定メニューの売上も1億4,300万円で、5倍以上になっています。1店舗平均も70万円、全体の予算は1,500万円ほどになりました。この約8年間で閑散期の街を食で大きく盛り上げることができたことは、我々にとって大きな財産になっています。京都市の主催ではあるのですが、たくさんの企業が協力してくれています。

 私自身が心がけているのは、京都の飲食店とのコミュニケーションを徹底して行うことです。その結果、個別にコンサルティング契約もいただけるようになりました。京都の観光需要が特にここ5~6年で大きく成長したことにより、我々のビジネスも広がっていきました。東京やそれ以外で大失敗しましたが、1億円以上あった負債も何とか6,000万円ほどに減っています。この小さな会社が生きながらえるには、目の前のキャッシュをなくさないことに尽きるだろうと感じています。

 ただ、今回のコロナ禍は、まさに宿泊・飲食業を直撃しています。お店からは外国人のお客様がまるっきり消えましたし、京都が好きで来ていただいていた国内の方々もいったん消えています。そのせいで弊社も売上が激減し、コンサルティングの仕事がほとんどなくなりました。

 私が日頃心がけていることで、「ユダヤ人の成功法則」から拝借している言葉ですが、「逆境こそチャンスと考えましょう」は、まさに今がそうです。持論として「命があれば何とかなる」と考えています。30歳でガンを経験したとき、後で言われたのですが、3か月発見が遅かったら命はなかったそうです。手術してすぐに抗がん剤を投与して治療できたので、今こうして元気なのです。それから、「過信はせずに常に自信を持つ」。先ほど、水泳で1番になったと言いました。やればできる、結果はついてくるという精神が10歳ぐらいで身についています。また、「前向きに考えれば、チャンスはやってくる」と思います。さらに、「お金は頭を下げれば何とかなる」と思います。かっこ悪いかもしれませんが、頭を下げて謙虚にやっていけば何とかなります。銀行ともいろいろと折衝しているのですが、結果的にはハート・トゥ・ハートかなという実感があります。それから、「準備を整えることが成功につながる」は、まさにコロナ禍の今だからこそ、変わることにチャレンジするのが大切だと考えています。

飲食店をサポートする新しいアイデア

 これまで10数年間、ずっと飲食店とコミュニケーションをとってきたおかげで、大きな展開を迎えることになりました。地元や近隣、あるいは東京や遠方から「京都でおいしいものを食べたいのだけれども、どこかないですか」と聞かれることが多いです。さらに、「グルメサイトを探しても店が多すぎてよくわからない」という意見も多くあります。私自身、延べにすると数千軒レベルのお店と非常に懇意にさせていただいていますし、相手の顔が見えている店舗は、カジュアルなお店から料亭、レストランまで、京都だけでざっと500軒ぐらいあります。これは非常に大きな自分の強みであることに改めて気がつきました。

 そこで、このコロナ禍だからこそ生まれてきたアイデアが「京都美食倶楽部」で、「歳時記と楽しむ京都の食」というプランです。この5~6年、特に地元の人が行きたいお店に予約しようとしても、「すみません。今日は満席です」と断られることが非常に多かったようです。お客様は2回、3回と断られてしまうと、「もうあそこはいっぱいだから、聞いてもダメだろう」という刷り込みが入ってしまいます。一方、コロナ禍のせいで、飲食店側は予想以上にお客様が来なくなって、売上が全然立たなくなっています。こうしたお客様とお店側の乖離に私は気がついたのです。これをつないで、お客様にきちんと実態を伝えていくことで、お店側に新しいお客様を生み出す役割を担う。これが今まさに弊社に求められていることではないかとモデルを組み上げました。

 それと同時に、ひとつのビジネスとして成立させるために、「美食会員」をサブスクリプション、あるいはワンコインで募っていくことにしました。SNSを使って、「京都で美味しいものを食べて、自分なりにお伝えしていくのだったら、いくらであれば出せますか」という質問をしました。バラツキがあるのは予想どおりでしたが、一番とっつきやすいであろうワンコインに設定しました。

 お店側とは、最初はお金をいただかなくてもいいという思いでお話をしていたのですが、実は「0円はありがたいけれども、いろいろお願い事がしにくくなる」という意見が多数ありました。そこで最終的に管理費を3,000円に設定し、今は着々と加盟予定の店舗が増えています。実際、すでにリリースを出していて、サービスを始める準備を進めています。

 こういったモデルも、長年の経験が後押ししています。「ユダヤ人の成功法則」にもありますが、「他人とは違うものを発見しなさい」という心得から、京都という街と食の世界という属性、あるいはユーザーのニーズをかなえる精度の高さという、自分にしかできない部分に着眼しました。

 また、いただいた会費の一部を、ほんの5%ですが積み立てて、持続可能な開発目標(SDGs)の社会貢献のツールとして活用しようと考えています。ひとり親世帯の子どもたちが、将来的に飲食業やサービス業で活躍してもらいたいという思いをこめて、プールしたお金を使って子ども食堂を開いたり、農業体験をしてもらったり、ホテルに協力してもらってマナー教室を開いたり、子どもたちにいろいろと体験してもらいます。それで将来的に食の仕事に就いてもらい、さらに上を目指す子どもたちが成長することに役立てたいと思っています。私自身が小学生の頃から母子家庭となり、自分がこうして食の世界で生きていられていることへの感謝の思いをこめた形です。

 食のスペシャリストたちも増え、世界で活躍する料理人たちがミシュランの星を取ったり、世界のランキングに入ったり、昔と違って食の世界もどんどん変わっています。外側からですが、私たちはこの京都という街の特性を大いに活かして、全体を盛り上げていく事業に今後はシフトチェンジしていきたいと考えています。

スモールビジネスと財務

 弊社は小さな会社ではありますが、目の前のキャッシュフローさえしっかりと回していけば何とかなると実感しています。弊社の財務諸表をプロの目で見ると、「何ですか、これは」と思われるぐらい、負債があったり、累積損失があったりします。ただ、時代に合うサービスをしっかり提供し、今後もユーザーに求められ、お店の相談相手にもなることをしっかりとやっていけば、売上や利益は後からついてくると信じています。

 昔は見た目がきらびやかなアパレルの世界にいたのですが、最終的には泥臭い裏側をいかにこなせるかが重要でした。飲食の世界は今、非常に大変な状況ではあるのですが、この状況下でいかにチャンスに変えていくか、いかにファンを作っていくかが大事だと思います。話をしていると、「この5~6年、自分たちも観光需要に乗り過ぎて、地元の大事なお客様を忘れていた」とおっしゃる店主は非常に多いです。そこをもう一度作り直すことを、今回の「美食倶楽部」では提案しています。おそらく、インバウンドが戻ってくるまでには少なくとも2~3年かかると見ています。それまでにお店がつぶれてもらっては困ります。お店側が今まで観光に頼っていたのをもう一度基本に立ち返って、まずは地元に軸足を置くためのかけ橋になりたいと思っています。

 世間では、よく「教えたくない店」とか「自分だけのお店」と言う人も多いのですが、私は自分のミッションとして、「これだけ京都に美味しい素敵なお店があるのですよ」ということを伝えたいと思っています。お客様を増やすことでお店の財務体質も良くなっていきます。このまま放っておけばつぶれる店は増えると思うのですが、しっかりとサポートしていきたいと思っています。

 小さな会社であっても、個性を持ってピリッと動かしている会社があることを知っていただけたらうれしく思います。本日はありがとうございました。

 

講演2

斎藤 留理子
(株式会社OIKEホールディングス経営企画本部 経営企画室長)

ホームドクターとしての税理士

 都市銀行に入行して5年弱働きました。その後、専業主婦のときに税理士試験の勉強をして、税理士事務所で5年ぐらい働きました。その後、メーカーで一度働いてみたいと思い、現在の会社に入社しました。一昨年、ホールディングス制に変わり、そちらの経営企画室に所属しています。昨年4月に神戸大学のMBAに入学し、先日すべてのカリキュラムが無事に修了しました。

 スモールビジネスで資金が必要となるときを少し考えてみます。まず、起業や事業拡大では絶対にお金が必要になります。成長戦略には必ず資金調達がセットになります。しかし、経営者はビジネスを大きくすることや新しい製品・サービスを出すことには非常に熱心であるのに、必ずしも資金調達のことが頭にあるわけではなく、いざ必要になったときに困って、慌てて取引銀行や税理士に相談することが結構あります。

 私が税理士をしていたときの経験をご紹介したいと思います。儲かっている会社は莫大な税金を払わなければならないので、やはり期末になると節税の相談が多くなります。次に多いのが相続やファミリー内の困り事についての相談です。おじいちゃん、おばあちゃんのことから、今度生まれるお孫さんの名前のつけ方まで、思いもよらないことを相談されます。それから、書類を作るのが苦手な方が多いので、銀行や官公庁への提出書類を作ってくださいと言われることも多いです。私は前職が銀行員だったので、資産運用について相談されることも多かったです。

 税理士は、よく中小企業のホームドクターといわれますが、まさにそういう仕事だと思います。

スモールビジネスの資金調達

 スモールビジネスの資金調達に複雑な方法はあまりなくて、銀行借入、経営者一族からの借入・出資、第三者のスポンサーからの借入・出資、数は少ないですけれども補助金の4種類ぐらいだと思います。私の感覚では9割以上が銀行借入で最も多いです。

 そこで、スモールビジネスとの付き合いが多いと思われる地方銀行が何を見ているのかを知人から聞いてきました。新規で取引する場合、まず決算書は最低3期分、できれば5期分は提出してもらうようです。それから、税務申告書も出してもらうそうです。

 私が銀行員だった頃は、貸借対照表と損益計算書がもらえれば御の字という感じで、銀行も随分変わったと思います。税理士だった頃には、京都は信用金庫がとても厳しく、嘘の税務申告書を提出しないように、電子申告済みの証明を出せとか、税務署の受付印のあるものを出すように言われていました。ただし財務内容を重視するのは大企業の場合です。

 スモールビジネスの場合、不動産担保の有無が今でも重視されます。それ以外には、社長の人柄、社風、業界での評判などです。たとえば、工場を見に行って整理整頓ができているか、都合の悪いことを隠すような社長ではないかなど、銀行員としての経験が増すほどにわかるようです。結局は人と人との信頼関係を重視するということで、先ほどの西村さんのお話は、まさにこういうことかなと思って聴いていました。

納税の重要性

 ここからは、税理士の頃に経験した資金調達のケースをご紹介したいと思います。

 最初に、銀行借入のケースです。建設業の方ですが、一人親方の腕のいい大工だったようで、仕事が多く裕福な暮らしをしていたようです。ところが、屋根の上から落ちて大怪我をしてしまい、仕事が1年弱できなくなりました。

 奥様は資金繰りや財務に疎い人だったようで、ご主人が寝たきりの間、消費者金融からお金を借りてしまいました。とても金利が高いですし、返済のために次の業者から借りるようなことをしたために、多重債務になってしまいました。

 ご主人が治ったとき、とんでもない事が起きていると気づいて、慌てて銀行に飛び込みました。しかし、銀行からは「まずは税理士事務所に相談して、今年分のまともな申告書ができれば、そのときは融資の相談に乗ります」と断られました。そこで私が担当することになり、5期分の確定申告書を見ましたが、とても驚きました。収入が毎年きっちり900~990万円で端数がなく、よく分からない経費がたくさん書いてあり、税金がかかる所得額は100万円で、税金は毎年0~数万円に収まる申告書でした。所得が100万円しかない人に銀行は1,000~2,000万円を貸せません。

 この人は建設業のある協会に入っているのですが、確定申告の時期に毎年そちらに相談すると申告書を作ってくれるそうです。労働者は搾取される立場なので税金を払う必要がないというポリシーで、売上は900万円台で書くように指導されていたそうです。

 これはもちろん脱税ですが、本人にそのような意識はなかったようです。資金が必要なときに大変なしっぺ返しを食らうということでご紹介しました。

親族からの借入

 次は、親族からの借入のケースです。開店や開業のときは資金が結構必要になります。私は何店舗か飲食店も担当していましたが、居抜きでお店を借りても開業資金は数百万~1,000万円ぐらい必要になるようです。皆さん最初から独立しようと思っているので、貯金はしていますが、それでも足りないことが多くて銀行借入をします。勤めていたお店のオーナーが貸してくれるケースもあります。この場合も利息をつけて返しますし、返済の資金繰りが結構大変だったりします。

 会計を学んだことのない飲食店オーナーが多く、元本の返済資金を経費だと誤解することが往々にしてあります。「毎月こんなにお金を返していて、手元にキャッシュが全然残っていないのに、どうしてこんなにたくさん税金がかかるのですか」と言われることがよくあります。起業される方はぜひ会計を学んでいただきたいです。消費税や所得税が多く発生して、その分の資金繰りに困ることはよくあります。キャッシュと利益は別とよく言いますが、本当に注意が必要です。

 それから、実家が富裕層の場合も結構あります。有名なお店で裕福な場合、ご子息が新しい店舗を出すときにお金を出すこともあります。この場合、返済もそんなにうるさく言われませんし、利息も払わなくていいときがあります。ラッキーと思うかもしれませんが、実は注意が必要で、貸付ではなく贈与だと税務署がみなすことがあります。

 一番困るのは相続のときです。貸した人が亡くなると、その貸付金は相続財産になり、当然に相続税が課されます。ある企業ではオーナーが会社に数億円も貸付していました。私的な費用もすべて会社の経費にしていましたが、売上が縮小しており、資金がまったく足りなかったと思います。とても返せませんが、放っておくと数千万円の相続税がかかるため、慌てて相談に来られて会社を清算しました。

 オーナーは会社の名前や歴史にこだわるため、すぐに清算したがらないことも多いです。親族の貸付はこういったリスクがあることに注意しなければなりません。

スポンサーからの出資

 三つ目のケースは、スポンサーからの出資です。地方にある新しいワイナリーですが、もともと出資を予定していた資本家が降りてしまいました。それでも諦めずにいたところ、周囲の人の紹介によって別の起業家が出資することになりました。この人は経営自体は自分たちでやりたいので、議決権がない代わりに利益を手厚く分配する配当優先株を発行して出資を受けています。まさに経営者のビジョンと熱意でパトロンを動かしたという、ベンチャービジネスとしては素晴らしい事例だと思います。

 しかし、税理士の目線で100%の賛成はできません。この人に「株式公開(IPO)を目指しているのですか」と尋ねたところ、「目指していません」という回答でした。株式公開(IPO)をしない場合、創業家以外の株主がいると後々困ることがあります。最初は「おまえの好きなようにしてやる」と言ってくれても、途中でけんかすることもありますし、気が変わることもあります。

 また、亡くなったとき、この株を相続する人が出てきます。株が散逸して誰が相続したのかがわからなくなることもあります。最初の出資者はビジネスに賛同したけれども、相続人にとってはどうでもよく、株を持っていても仕方がないので買い取ってほしいと言われることもあります。歴史が古くて財務内容が良い会社では、最初は100万円の出資であっても数千万円の価値に上がっていることも珍しくありません。その場合、いくらで買い取るかで非常にもめます。

 ですので、株を創業家以外で持つのは、株式公開(IPO)を目指さない場合、熟慮したほうがよいと思います。

スモールビジネスに必要とされる長期的な視点

 補助金の活用についてですが、申請は結構難しく、必要な書類は事業計画書、収支計画書、決算書などです。書くことが本当に難しいのでハードルが高く、専門家に相談する人が多いです。

 もちろん、補助に値する事業であることが大前提なのですが、それだけではなく、事業を成し遂げる能力が審査されます。決算書は3期分を出すように言われることが多く、債務超過になっていると最初から不適格です。補助金は返さなくてもよいお金なので、事業を運営するうえで非常にありがたいのですが、ある程度の健全な財務内容であることが必要です。

 資金調達は、相手が銀行であっても、親族であっても、パトロンであっても、補助金であっても、経営者の熱意やビジョンがまさに試される場だと思います。それを大前提として、私の経験からは正しい申告書がマストだと思っています。節税はいくらでもしてよいのですが、脱税や粉飾は絶対してはいけません。

 それから、どのような形態であっても資金調達にはコストがかかることを理解する必要があります。銀行借入は利息を払うのですが、出資であっても配当を払ったり、経営に口出しされたり、「買い取ってください」と言われたりします。親族からの借入も、全然違う形でコストになるときがあります。ですので、どのコストが一番高いのかというのは考える必要があると思います。

 一時点だけを考えて判断するのではなく、スモールビジネスの財務にこそ長期的な視点や戦略が必要ではないかといつも思います。思いもよらぬ環境変化が起きて、事業戦略を変えなければならないことがたくさんあります。財務については、長期的に見て自分が株式公開(IPO)をするのかしないのか、誰に継がせるのか、自分の死後まで考えて資金調達する必要がスモールビジネスにこそあるのではないかと思っています。

 ご清聴ありがとうございました。

 

講演3

堺 政人
(株式会社プロネクサス営業開発本部IPOチーム 上席営業推進役)

財務管理のコツ

 大学を卒業してからは都市銀行で約30年間勤め、定年後は主にベンチャーキャピタル、現在は証券印刷で株式公開(IPO)を準備している企業のお手伝いをしています。現在、二足のわらじを履いていて、京都大学のMBA生です。

 銀行員として街の企業の社長と話をする中で、いろいろな質問が出てきました。今からいろいろなものをとり上げていきたいと思います。

 まず、「家賃を払い続けるより自社で不動産を購入した方がいいか」という質問はいかがでしょうか。「家賃が高いので、何か物件を買うから融資してください」という話はよく聞くのですが、キャッシュが社外流出してしまうので注意していただきたいです。たとえば、今はコロナ禍ですが、多額の借入をして設備投資した途端に売上が9割減になってしまうと、運転資金も銀行から出なくなる恐れがあります。損益計算書で家賃は経費ですが、借入は経費ではありません。

 「売上や利益が増えると会社にお金は残るか」という問いはいかがでしょうか。昔から「勘定あって銭足らず」と言われます。売上が上がると支払のサイトと受取のサイトにずれが生じて、運転資金がどんどん膨らんできます。これをいかに調達できるかを把握しないと、資金繰りが回らなくなって倒産することがあります。それから、年度で資金運用表のようなものを作って、前期に儲かった金がどこに流れているのかを把握する必要があると思います。

 「運転資金は短期借入金で調達できるか」という問いはいかがでしょうか。経営者としては短期のほうが金利は安いし、利息がもったいないから得だと考えるのですが、銀行にすれば、短期の場合はだいたい手形貸付であり、期日が来たら耳をそろえて返してもらうという話になります。「折り返し」(短期貸付の更新)ができないこともありますし、そもそも短期というのは、決算賞与や納税のための資金という形でしか基本的には考えていないので、そこはよく注意したほうがいいと思います。

 「利益を圧縮して節税したほうが得か」という問いはいかがでしょうか。節税には限度があります。やはり税金をしっかり払って内部留保を高めていかないと企業価値が上がらないので、後々に資金調達ができなくなります。それから、「レバレッジドリース」が流行った時期もありました。よく知っている人からは「節税ではないのではないか」と聞かれることもあるのですが、これは利益の繰り延べという形になります。いずれにしても内部留保を上げていくことが大事だと思います。

 「運送会社のトラックは減価償却か」はどうでしょうか。理論上は減価償却なのですが、与信判断の上では減価償却としては見ていません。利益がトントンの会社で、「トラックは100台あって、減価償却はたくさんあるからもっと貸してくれないか」という話はあるのですが、銀行はまったくキャッシュフローとして見ていないのです。パチンコ台も同じく事業資産として見ており、キャッシュフローとしては見ていません。

銀行との付き合い方

 では、「銀行が不動産購入を勧めるのは信用があるからか」はいかがでしょうか。これはただノルマがあるからです。以前、あるクッキー職人がケーキ屋をオープンしたらバカ売れしました。それで銀行の口車に乗せられて2軒目をオープンしたのですが、かなりの借入を起こしたものですから、返済に追われて大変な思いをしたようです。

 「リスケジュール(返済計画の変更)はしたほうがいいか」はいかがでしょうか。以前の銀行では「リスケ」は御法度だったのですが、ずいぶん前に金融庁から「銀行もリスケをしなさい」と要請があってから180度変わり、銀行も「倒産するよりはリスケをしたほうがいい」と考えるようになっています。何かあれば早めに相談されるといいのではないかと思います。

 「銀行は一つにまとめた方がいいか」はいかがでしょうか。西洋のことわざに「卵は一つのかごに盛るな」というものがありますが、銀行もまさしく一緒です。一行取引にすると、業況が悪くなったときにいろいろな交渉事で不利になります。ですから、残しておくべきです。スモールビジネスであれば日本政策投資銀行や日本政策金融公庫(以前の国民金融公庫)も一度借りたらずっとリピートしたほうがいいと思います。与信判断基準が全然違うので、通常の銀行で貸してもらえなくても公的金融機関からは貸してもらえることがよくあるため、複数行といろいろ取引を続けたほうがいいと思います。

 「借入は一つにまとめた方がいいか」はいかがでしょうか。これは一つにまとめたほうがいいです。複数行にわたっているなら残さざるを得ないのかもしれませんが、一行の中で借入の期間が違っている場合であれば、これを丸めて、より長期で借り換えをすると、毎月の返済が以前よりも少なくて済みます。その分だけ資金調達をしたような効果が出てきます。ですので、資金繰りが苦しいときはできるだけ長期で一本にまとめたほうが得策だと思います。こういったことは銀行としてはよくやっていますし、営業が「この部分をまとめませんか」と仕掛けている場合が多いと思います。

 「取引先の支払いよりも銀行借入金を返済したほうがいいか」はいかがでしょうか。これはやめたほうがいいと思います。特に税金などは必ず払っておかないと痛い目に遭いますし、給与の支払もしっかりしないと後々いろいろな面で困ると思います。払うべきものは優先的に払い、そのうえで銀行に払う元金や利息がないとなれば、銀行も相談に乗ってリスケの形で受け入れることが多いです。

粉飾決算の実態

 さて、先ほどからいろいろ「粉飾決算はしないで」という話がありましたが、長い銀行員生活の中で突き当たってしまうことが何度かありました。おそらく、粉飾決算を見つけてやろうという銀行員はいません。ところが、何かがおかしかったり気持ち悪かったりするので、すぐに分かってしまうのです。先ほども決算書を数期分もらうという話があったのですが、実際に銀行員は何をしているかというと、1期分だけで見るのではなく、並べて時系列的に見ています。

 たとえば、売上高は下がっている一方、利益(粗利)が上がっていることがあります。商品が変わったり、販売先が変わったり、何か要因があるのかとは思われます。それに伴って営業利益が上がっています。にもかかわらず、経常利益は下がっています。なおかつ、当期利益が経常利益と一緒です。総資産はひたすら増え続けています。しかも自己資本も上がり続けています。これはどう見てもおかしいですね。直感的に粉飾であることがバレてしまうのです。

 笑い話にもならないのですが、中小企業をいろいろ回っているとき、社長に「決算書をください」と言うと、「わかった」と金庫のダイヤルを回して、「どのファイルだったっけ」と言われたこともありました。「いや、ちょっと待ってください。一つしかないはずじゃないですか」みたいな経験が何度かあります。つまり、銀行用、税務署用、取引先用で決算書を分けているような会社もあるということです。

 特に、建設業には経営事項審査(経審)というのがあって、建設業の許可証を市町村からもらうときに決算書を提出します。それは誰でも閲覧できますので、建設会社の決算書で「ちょっとおかしい」と思ったら、役所で閲覧させてもらうこともありました。原本と突き合わせして「ちょっとこの科目の残高が違うな」というふうに、昔はよくチェックしていました。お客様には言いませんが、やはりバレていることがあります。ポイントとして、まず売上が減っているのに総資産が増えているのは粉飾です。先ほどのお話にもありましたが、毎期同じような利益を上げているのはちょっとあり得ないことです。

 自分の経験ですが、東証1部上場のある会社が粉飾でダメになりました。複数行との付き合いはあるのですが、融資などに関してほぼ一行取引でした。手形を月1~2回、財務の常務から預かりに行きますが、なぜか残高が合わないのです。残りの何億円かはどこに行ったのかと聞くのですが、「これは回し手形にしている」と言われました。「回し手形」というのは、その手形を裏書きして取引先に回すことですが、いろいろ曖昧にしていました。結果的に、それは粉飾をしていたことになります。

 もう一つの話も粉飾です。以前は貸借対照表や損益計算書など、ペラッと薄いものしかもらえなかったのですが、平成時代になってからは金融庁の指導がかなりきつくなり、附属明細や税務申告書もフルセットでもらうようになりました。ところが、ある会社で頑張ってやっともらえたのは、表紙と中が2~3枚のペラペラのものでした。いろいろ見ていると直感的におかしいのです。経理をしていた奥様に電話で聞くと、すぐに切られてしまいました。翌朝、社長が泣き崩れて土下座し、「すみません。先代から40年間、粉飾をしていました」と言われて、腰を抜かしたことがありました。粉飾をやるとなかなか手を洗えないので、まずは手を染めないことが大事だと思います。

銀行の視点

 今は決算書をもらっても、財務登録センターにアウトソーシングしていて、銀行員もなかなか自分で計算したりはしないのですが、私は昭和時代の入行なので、電卓でいろいろな比率をたたいて稟議書を作りました。当然、経常損益比率や経常収支比率もたたいていました。上司からは「計算違いではないか」とよく言われたものです。でも、計算違いでも何でもなくて、本当に決算書上に乖離があるため、それでピンと来ることはありました。売上を今期に押し込むか、来期に延ばすかという、若干の決算調整を企業側でしているように思います。

 それから、支払金利が異常に低いときもあります。他行借入金の明細をもらえないケースはよくありますが、どうやらあそこの銀行から借入があるということで、いくら借りているのかは、いろいろ支払利息から逆算して引き出します。それが異常に低かったり高かったりするので、その場合はしつこく調査します。

 一部しかご紹介できませんが、粉飾決算を把握する方法は他にもたくさんあります。たとえば、前期と今期の売上が同じで、いろいろな回転期間や回転率が同じであれば、発生する運転資金は同じはずです。それが根底にあるので、売上などが変にいじられた場合は回転期間がおかしくなると見ています。回転期間が同業他社と比べておかしいかどうかをチェックするのです。

 それから、直近3期の経常損益と経常収支を平均で見て、おかしいところを発見することもあります。通常、粉飾されている決算書は、現金ベースの経常収支がマイナスになっているのに、発生ベースの経常損益は大きくプラスになっています。たいてい経常損益から経常収支を引くと大まかな粉飾額が出てきます。また、経常収支比率が100%を超え、経常損益も100%を超えている企業は優等生ですが、それはそれで気持ちが悪いです。決算書があまりに良すぎると、疑ってしまうことはあります。

 あとは、資金繰り表からでも発見できます。単純に利益を5,000万円上乗せして赤字から黒字に粉飾した場合、仕方がないから売上も5,000万円を足したとすれば、貸借対照表の棚卸資産や受取手形にしわ寄せが来ます。そこに落ち着かせる企業は多いのですが、回転期間が長期化しているため、おかしいことが丸見えになります。

 最近、企業間ではファクタリングなどを使って、手形は少なくなっていると思いますが、企業同士で手形を振り合って融通手形を使ったり、架空の売上、簿外仕入、架空在庫といったものを使って粉飾するというパターンもあります。

 次に、与信判断のポイントですが、銀行の営業担当者が企業に行ってヒアリングしたがるのは、資金使途、返済原資、返済条件などです。たとえば、担保はないけれども、将来性があるので銀行としては貸したいということを所見として書いたりします。ただ、融資できないことはあります。資金使途が明確でないとか、反社会的であるとか、コンプライアンスに問題があるとか、経営者自身がチャランポランであるとか、使っている税理士に問題があるといった場合です。

 会社がつぶれそうだけれども、つぶすわけにはいかないときのよりどころはあります。たとえば、経営者に個人資産があるとか、メインバンクがしっかり支援しているとか、そういったことをいろいろ調査します。銀行自体は「誰がババを引くのか」「誰が最後に焦げ付きをやるのか」「誰が逃げ切るのか」みたいなのもあって、駆け引きのような部分もあります。

 銀行員の目線からすると、内部留保を高めていくことが重要です。それから、一つの基準として、貸付金をキャッシュフローで割った値を10年以内に抑えることも重要です。現預金を増やしていくことも大事だと思います。借金をしても現預金はある程度は手元に残しておくといいと思います。

 私自身、コーポレートファイナンスとどうつながるかを考えたところ、銀行員の目線ではペッキングオーダー理論というか、企業が資金を崩していくのはまずは内部留保から、それから負債、それから最後に株式の発行というのはまさしくそのとおりだと思います。あとは、多めの余剰資金が重要です。一方で、ベンチャーキャピタリストの目線では、やはり株式のエージェンシーコストです。こちらが投資した資金を使って社長が高級外車を何台も買いまくり、夜な夜な新地に遊びに行くのはどうかと思います。投資した資金がきちんと事業に回っていることが大事だと思います。

 

パネルディスカッション

<パネリスト> 西村 康浩氏、斎藤 留理子氏、堺 政人氏
<司   会> 森 直哉

ファイナンス学者としての問題意識

 今日お招きした3名のうち、1人目の西村さんは、私と同じ大学、同じゼミナールの一つ上の先輩です。当時から仲が良くて、よくご一緒しました。2人目は斎藤さんですが、神戸大学のMBA生で、昨年、私のファイナンスの授業を受講されていました。税理士の視点からお話を伺いたいと思い、ご講演をお願いしました。3人目の堺さんは、京都大学のMBA生ですが、単位互換制度で私の授業を受講されていました。元銀行員、元ベンチャーキャピタルで、現在はIPO(株式公開)の支援業務をされています。もともと堺さんと西村さんは仕事のつながりで知り合いだったことが決め手となり、ご講演をお願いしました。

 私自身がスモールビジネスの財務をどのように考えているのか、問題提起ということで先にお話ししたいと思います。それはお三方からいただいたお話と必ずしも脈絡的につながっているわけではなく、単に4人目の見方だと思ってください(特集の拙稿と内容が重複するため、以下の発言は概要のみ)。

 自分自身に課した宿題として、この1か月の間にスモールビジネス向けに書かれた財務の解説書を5~6冊集めて読みました。普段読むような学者が書いた論文や本ではなく、実務家が書いた実務家向けの本です。得られた感触として、それらの本に書かれている内容は、ほぼ「財務分析」と「管理会計」と「財務管理」だとわかりました。これらの科目はファイナンスというよりも、会計学の色が非常に強いです。良いことも書いてあるのですが、私から見るとかなり偏った書き方になっています。しかも、著者の経験則です。理論的に考えると一般にそうであるとは限らない助言も多くて、モヤモヤ感が残りました。

 ところで、何十年か前に大学で教えられていた「財務管理」の内容は、今の大学においては絶滅したのではないか、あるいは、科目間で分散してしまっているのではないかと思います。私の専門は「コーポレートファイナンス」ですが、これは大企業向けの財務でして、使っている道具はミクロ経済学です。昔とは違って、短期の資金繰り(運転資本管理)はマイナー扱いされていて、大学の講義ではカットされる傾向が強いです。私自身の講義では説明していますが、それでも1回分(90分)にすぎません。ですから、本当は3~4コマ分ぐらいはしゃべりたいという願望はあります。

 経営学部や商学部がスモールビジネス向けのファイナンス教育を提供できているかという点については、だいぶ抜け落ちているのではないか、体系だったプログラムを一つの科目で提供しなくなっているのではないか、かえって昔よりも劣化しているのではないのかというのが私の問題意識です。

銀行員に必要な知識

 私は学者の観点から述べましたが、実務の側から見てどんな印象を持たれますか。堺さん、どうでしょうか。

 まさにおっしゃるとおりで、アカデミックな分野では、たぶん昔の財務管理はもう古すぎて面白くないという認識なのかなと思います。銀行で考えると、何十年も遅れた形でやっているのが実態です。一方、ベンチャーキャピタリストとして考えると、ファイナンスはやっています。やはり、中小企業とスタートアップ企業というのはまったくものが違うので、考え方自体も変わってくるし、金融機関の対応自体も変わってきます。

 先ほどの財務分析、管理会計、財務管理の話は、銀行員を30年ぐらいもやっていたら、だいたい何となく経験則で「そうだな」と思うことがあるのですが、誰も教えてくれないというか、自分で経験して覚えるような世界でもあるので、アカデミックにどこかで教えてもらうこともなかったという感じです。

 よく分からないので教えていただきたいのですが、銀行員は就職して、そこからのオン・ザ・ジョブ・トレーニングの割合のほうが大きいのではないでしょうか。

 もちろんそうです。学部生時代に習ったことは活かされません。研修や何だかんだで独自に閉ざされた社会の中で教育されていきます。

 大学で教える科目で言えば「銀行論」や「金融論」ですが、銀行がこんなことをやっているのだとアカデミックに教えられる内容と、実務的に必要なことはやはりまったく違うのではないかと思います。おそらく、銀行員にとって本当に必要な知識というのは、財務分析や財務管理のあたりではないでしょうか。あとはやはり手形や小切手など、どちらかというと法律の知識だと思うのですが、どうでしょうか。

 そこは非常に大事で、入ってからもいろいろたたき込まれる部分はあるのです。銀行業務検定協会というのがあって、法務3級とか2級といった試験があります。そういう形で法律も触りでしょうけれども、銀行に関するところだけを学ばせる感じですね。

 銀行業務検定試験を銀行員が受験するのは義務なのですか。

 銀行にもよるのでしょうけど、何級以上というのを取っていないと、まず役席者になれません。昇進試験に引っかからないことになるので。

 私も多少なりとも銀行業務検定試験の問題集などをのぞき見たりもするのですが、良くも悪くも実務家が書いた実務家向けの本という感じで、学者が見て何か興奮するようなものではないですね。あのあたりをすごく真面目に勉強されるのが、銀行員の典型的な出世のための努力なのですか。

 そうですね。私は文学部の出身なのですが、それでも何とかなったのですが。

 西村さんと私は商学部で、会計学や金融など基礎的なところは一通り教わりますが、文学部を出て銀行に入られたときに、正直なところ「なんだこれは」という世界だったのですか。

 そうです。すべてにおいてハンディキャップですね。商学部や経済学部の人はアドバンテージがありますし、法学部の人は法律などが分かっていますが、私は両方分かっていないところからスタートしたので。社内教育で一からというのがあるので、何とかなるという世界ですね。

 斎藤さんも銀行員だったわけですが、法学部のご出身ですね。

斎藤 はい。法学部出身ですが、法律の知識がゼロでも大丈夫でした。今は分かりませんが、当時の法学部生はそんなに真面目に授業に出ていなかったと思うのです。学部は関係ないですよね。

銀行や税理士との関係

西村 私は会社をやらせてもらっていますが、弊社はメガバンクや地方銀行と取引があります。京都の食の仕事をしているのに、地元の金融機関と取引がないという大きな問題に直面しています。ですので、ある信用金庫と今いろいろと話を進めています。言いにくい部分ではあるのですが、正直なところ、メガバンクの方々からは我々のような小さな会社に対して細かいアドバイスは何もありません。書類をいろいろやりとりするだけという感じになっています。

 それに対して地元の金融機関はいろいろ情報を共有したり、ときには私に対して「もっとこう考えたほうがいいのではないですか」と言ってくれたりします。創業当時と今の状況は本当に変わっているなというのが実際に現場でやっていて実感します。どちらがいいか悪いかという話ではなく、最終的にその先にあるエンド・ユーザーだったり、売上を作ってくださるのは誰なのかという目線まで、一緒に考えているかどうかなのです。

 それはたぶん税理士なども一緒だなというのは分かります。私もこの4月に税理士を替えてから一気にいろいろな方向性が変わったと実感しています。それぞれの会社によって合う・合わないはあると思います。

 西村さん、御社と取引のあるメガバンクをいくつか挙げられましたが、私の側では意外に思ったのです。つまり、地方銀行や信用金庫のイメージを持っていたのです。京都というのは特に信用金庫、信用組合が強い地域だという意識を持っていました。ただ、西村さんにとって、メガバンクはかゆいところに手が届いていないということなのですね。

西村 最初の金融取引が始まったのも、人のご縁から始まったことなのです。私は元々アパレルの世界にいたのですが、大阪に本社を置く会社に出向していた過去もありました。その会社のメインバンクが都市銀行だったので、会長の「紹介してやるよ」という一言で取引が始まったり、別の都市銀行に勤めている先輩のお世話になって口座を開いたり、地方銀行も友達がメインでやっていたところからの紹介で始まったりしました。地元の金融機関とコミュニケーションを図る前に、そういうご縁をいただけたのがこれまでだったのです。その当時はありがたく進んでいたのですが、やはり状況がこの十数年間で変わってきたのに伴って、私自身の考え方も変化しているという状況です。

 なるほど。つまり、メガバンクは京都で弱いとか、メガバンクだったら中小企業は相手にしないという先入観を持ちがちですが、そうとは限らないということなのですよね。

西村 そうですね。やはりタイミングはあると思います。

 西村さんが仕事上で関わっている飲食店の方々も経営者ですから、金融機関と接点があると思うのですが、飲食店と付き合いが深いのは信用金庫と考えてよろしいですか。

西村 信用金庫も多いですし、年商でいうと10億円を超えているところは都市銀行なども多いですね。規模によりますが、圧倒的に地元金融機関が多いのは確かです。

 だいたいスモールビジネスになると、会計事務所の力を借りる度合いが強いと思うのです。斎藤さんに聞いてみたいのですが、税理士事務所にお勤めのときに、会社が「そんなものは自分で考えられるだろう」ということまで聞いてきたりすることはありましたか。

斎藤 そんなことはなかったですね。事業のことについて相談されることはそんなにありませんでした。経営者の方はやはり事業についてはご自身で考えたいようです。どちらかというと、事務周りのことです。また、法律は何でも知っていると思われているので、「弁護士じゃないのになあ」ということまで聞かれたりします。「お店を出したいから土地を持っている人を紹介してほしい」というお話はあったのですが、事業経営の相談はそんなになかったですね。

 小さい企業が困って何か相談したいとき、銀行に相談するのか、会計事務所に相談するのかというのは、それは両方だという答えもあるのでしょうけれども、堺さんにもちょっと聞いてみたいです。

 言いにくいところもいろいろあるのですが、担当者の資質が一番大きいです。どこの銀行だからというのではなくて、担当者の能力や熱意が大きいです。企業との相性もあります。前担当者が入れ込んでいる先は新しい担当者が行かなくなったり、そういうのもいろいろ関わってくると思います。

斎藤 でも、銀行には「取引先を紹介してほしい」などとお願いすることがありますよね。

 ありますね。でも、どちらかというとハズレだった場合が多いのです。こういった場では言いにくいことを言いそうになったのでやめておきますが、ハズレがありますね。

 銀行の側から見て「これはヤバイ」という税理士事務所もあるのですか。

 はい。私がいた銀行についてはデータベース化をきっちりしていましたし、もちろんメガバンクですから全国に拠点があって、たとえば兵庫県であっても京都の情報はしっかりつかんでいるわけです。税務申告書の右下のところに税理士のサインが入っているのですが、そこを見て、ちゃんとした会社であっても「この税理士だったらダメだな」という判断はあります。

 あくまでも教科書的に言うと、その企業自体がしっかりしていて財務状況も良かったら、金融機関は貸してくれるものだと思うのですが、今のお話だと、使っている税理士事務所が悪いから貸せないということですか。

 書いてある数字が信用できるか、できないかというところがあります。もしかしたらまったく違うものかもしれないということがあるので。

 メガバンクも一時期つぶれそうな時期がありました。私が昔いたところは、難局を乗り越えるために、これまでやっていなかったスモールビジネスで稼ぎまくるのだということで、ビジネスローンを組んで、どんどんお金をばらまいた時期があります。そのときに一定数の焦げ付きはやはり出てきて、その中で税理士や会計士をリストアップすると、だいたい集約されていくのです。要注意というのはありますね。

経営者の心意気

 西村さんに伺いたかったのは、今回のコロナ禍もありますけれども、やはり経営者としてすごいと思うのは、いろいろな不測の事態が起きた中で、転んでも這い上がってくるところなのです。その原動力はどこにあるのですか。

西村 それこそ30歳でガンになったときに「死んでいたかも」というのはあります。「2~3か月遅かったら命はなかったよ」と本当にハッキリと言われましたので、一度捨て身になったというか、精神的などん底を味わいました。それと、会社が倒産した経験から起業精神が芽生えたので、何とかなるというのが根底にある気がします。あれ以上の最悪はないだろうという思いが常にあります。

 特に私は食のプロモーションをやっているので、食べて美味しく、楽しく、笑顔にすることをやり続けたいです。こんな状況でも常にチャレンジをされている方々が好きですし、どうしたら役に立てるのかを一緒に考え出すと、その大変さもどこかで吹っ飛ぶと思うのです。

 それで、後づけで数字をくっつけている感じがあります。実際、周りにいろいろアドバイスをしてくださる方がいます。あとは、どれだけ仲間を増やしていくのかは意識しています。何とかなると信じてやっています。

 スタートアップの話になりますが、イスラエル人の友達に聞いてみると、経営者というのは、だいたい「あなたは何回失敗したのか」と聞くそうです。海外ではそれが当たり前らしくて、そういう経験がないと事業は上手くいかないのではないかと考える風潮があります。

 逆に、日本は失敗イコール「もうダメ」というイメージがあって、特に中小企業ではそうかもしれません。経営というのはメンタルがどれだけ強いのか、何があっても事業を成し遂げていくのかというところで、最終的には失敗の経験であったり、幼少期の体験であったり、そういうところが非常に大きいと感じます。そういうのを感じられるところは、ボロボロであっても、金融機関はこの案件をなんとか通そうと動くように思うのです。

西村 そうですね。堺さんがおっしゃったように、金融機関も担当者次第なのです。私の担当をしてくださっている方は、私よりも一回り以上の年下ですけれども、すごく興味を持っていただき、「そこまで考えてくれているのだ」と感じます。ですから、「これはちょっと処理し直してください」とか、「いろいろなことを通すためには、ここをちゃんとやってください」という指導も入ります。

 私が東京で大失敗したと言ったのは、各地域に展開していたときの印刷代などを、印刷会社に未払いの状態で残していたりしていたのです。相手は大きいから大丈夫だろうという自分勝手な都合でやっていました。でも、「それは書面にしてちゃんとしてください」と言われました。いろいろな指導をしていただいて、今この融資にたどり着けているので、まさに人ありきだなというのを実感しています。

 西村さん、負債が6,000万円残っているというお話でしたが、さっき斎藤さんが「6,000万円ぐらい何とかなるだろう」と言っていました。私のような人間が6,000万円と聞いたら「うわぁ」と思ってしまうのですが、それはやはり年商との関係ですね。

斎藤 そうですね。メガバンクだと1ロットは億なので、6,000万円は返せます。

西村 10年ぐらいあれば何とかなると思っています。

創業資金の調達

 創業時のことを、もうちょっと西村さんに聞いてみたいと思います。斎藤さんが作った資料ですが、スモールビジネスの資金調達法をまとめた箇所があったと思います。9割以上が銀行から借りて、他は経営者一族から借りる、スポンサーから借りる、補助金を活用するということでした。西村さんは会社を作ったときに、お金をどうやって工面されたのですか。大学生の頃からいずれは自分で商売をすると思っていたでしょうね。

西村 いや、商売をするというか、そこまで予定はしていませんでした。

 でも、どこかの時点で自分は会社をやるのだということで、積極的にお金を貯め始めただろうと思うのです。

西村 いえ、これはプライベートな話になりますが、私は2回結婚しまして、1回目は勤務先であるアパレル会社の社長専務の娘だったのです。結婚当初は桁外れのお金があったので、金銭感覚は自分の中にあまりなかったのです。ましてや会社がつぶれるなどと思ってもいなかったです。

 ですから、その当時は目の前にあるものをバンバン使いまくって、突然目の前で会社がつぶれたという状況から始まりました。残務処理をしているときに起業の意思が芽生えました。それから1年ほどでまったく違う畑のベンチャーに行ったのですが、そこでは手元のお金が100万円ぐらいしかなかったのです。当時は祖父がまだ生きていたので、贈与ではなくて400万円を借りています。

斎藤 返しましたか?

西村 返しました。最初は共同経営で500万円ずつを出して、1,000万円の会社をつくったのがそもそもです。

 では、西村さんの実感としては、自分で会社を作ることになったとき、純粋に自分の資金だけでは足りないという感覚がやはりありましたか。最初にいきなり銀行というのは、ないでしょうね。

西村 もちろん、自分の資金だけでは足りません。最初にいきなり銀行というのもないですし、貸してもくれないだろうと頭から思い込んでいました。当時、そこまで勉強もできていませんでしたし、その後に何をするかというのは、学生のときや社会人を8年間やったときに作ったネットワークや経験が活かされています。

 元々いた会社の会長が出資してくださったり、いろいろと出資を募るとそれなりに出してくださる方がたくさんいました。結局、弊社は資本金と準備金で7,800万円の会社なので、お金は全然残っていないのですが、株主のおかげで生きながらえているというのは正直あります。

経営者が自分で財務を見ることの重要性

 普通、大学で学んだことが役に立ったとか、そういう実感はあまりないとは思うのです。西村さんは「会計学の勉強をしておいて役に立った」とおっしゃるけれども。

西村 これはできたらと思うのですが、私は年商3億円までは自分で会計をやろうというつもりで、パソコンに向かって自分でつけています。自分で財務をつけると、いいこと悪いことが全部見えてくるのです。これはまずかったなとか、交際費の使い過ぎとか、私たちは販売促進費と称してご飯を食べに行っているのですが、ちょっとこれは使い過ぎているというのがいろいろ見えましたし。

 それって、販売を「促進」しているのでしょうか(笑)。

西村 東京には月2回ぐらい行っていて、1泊2日の宿泊費と交通費、行くと誰かと食事をするので、だいたい5~6万円かかりますよね。これが年間になると120~130万円ぐらいになります。しかし、コロナ禍になってから半年以上、一切行っていないとなると、旅費・交通費の項目がドーンと減るわけです。でも、仕事自体はリモートでミーティングをして動いています。これを会計に置き換えて、「ああ、ありがたい」となります。財務を自分でつけていると、実感として分かります。

 財務の数字は車の運転に例えるとメーターだと思うのです。メーターを見てマネジメントをやるなんて、普通に考えれば「それはそうだろう」と思います。でも、私が読んだ実務家向けの本の中には、「それができていない中小企業の経営者が多い」と書いてありました。そんなに大事なことを会計事務所に丸投げして、「どう思う」なんて聞いていては、経営者としてダメですよね。

西村 会計事務所の先生などとは、いろいろと方向性のミーティングはします。ただ、実務自体を丸投げしてしまうと、たぶんそこの実感がないと思うのです。自分でやっていると、質問を受けたときに全部答えられるので。いいことも悪いことも。

 その部分は大きいですね。金融機関にとっても、決算書を社長から見せていただいたときに、ちゃんと社長の口で説明できるかどうかが一番大きくて、自分の口で説明できない社長はやはり信用できないというのはあります。

銀行はどこを見ているか

 堺さんは企業に融資する立場の銀行員をされていたということで、ちょっと聞いてみたいのですが、実際には貸借対照表や損益計算書だけでは判断せずに、やはり経営者からのヒアリングなども当然あると思うのです。企業の工場を見せてもらったりもするのですか。

 やります。ガンガンいろいろなところを見に行きます。極端なことを言うと、その企業の玄関を入ったらすぐにどんな会社かが分かるのです。そんなことはないだろうと思うかもしれないのですが、皆さんも経験上、飲食店で考えると分かると思うのです。パッと知らない店に入って。

 トイレが汚いとか。

 それもあるかもしれませんが、のれんをパッとくぐったときに、この店は美味しくないのではないかと感じることがあると思うのです。ラーメン屋でもいいと思うのですが、パッと入って、ここのラーメンはまずいのではないかと。そういった第六感が銀行員としても企業訪問時にあります。

 私が聞いてみたのはなぜかというと、これは銀行の話ではなくて証券アナリストの話なのですが、まず「工場を見せてくれ」と言うそうです。見に行ったら廊下に段ボール箱が積んであって、「これはダメだな」と思うそうです。商品が売れていなくて、倉庫に置けないほどの在庫量だから廊下に積み上げているのです。それは作り過ぎでもあるので、生産管理や販売管理がまるでできていないと判断するらしいです。だから、銀行の融資も同じ発想で「工場を見せてくれ」と言うのではないかと思いました。最初に持った第一印象と違って、最終的に貸さなくてよかったというのはありますか。

 あります、あります。作業員が挨拶をしてくるかどうかというのはやはり大きいです。社長の方針が末端まで伝わっているかをどこで判断するかというと、実際に作業している方々を見たり、工場であれば床の掃除ができているかも見ます。もちろん、何の在庫かまでは見ただけでは分からないのですが、倉庫に行くと段ボール箱などは感覚的に何となく見ますね。

税理士や経営者のモラル

 参加者の方からご質問はありませんか。

Q1 良くない税理士について、銀行側でわかってしまうというお話があったのですが、そこはお願いしている企業側でコントロールするのはなかなか難しいと思いました。世間ではそういう情報が回っていたりするのでしょうか。それとも、企業としてどうしようもない世界なのでしょうか。

 正直言ってどうしようもない世界ですね。これは銀行としても言えないのです。すごくピカピカの会社で、真面目に決算しているのだろうけれども、税理士ではじく場合というのは、「あなたが取引している税理士が悪いから今回は出しません」とは口が裂けても言えません。「総合的判断で」みたいな言い方をすると、「うちはかたぎでちゃんとしている会社だよ」と言われてしまうので難しいところはあるのですが、口が裂けても言えないですね。

 それは企業側にすればたまったものではありませんね。断られて、理由を考えても分からないし、本当の理由は使っている税理士が悪かったなんて、たまらないです。

 前にいた銀行は、自分で言うのもなんですが、業界では結構ベンチマーク化されているというか、「あそこが取引を始めたから行ってみよう」「あそこが引いたから貸金を渋ろう」と見られている部分がありました。税理士であるとか、いろいろなものを裏でつかんでいたりするのです。ただ、それは表に出せない部分ではあります。

斎藤 堺さん、そういう税理士が担当している会社は粉飾している方が多いですよね。

 多いですが、真面目な会社もあるのです。だから、担当者としてはせっかくいい案件を見つけて、成果も上がるはずだったし、意気揚々となっていたのに、泣く泣く断らなければならないこともあります。

斎藤 この税理士は脱税させてくれるとか、そういう噂が企業の中で回っていたりして、税理士を替えたりすることがあるので、集まるのかなと思っていたのですが、そればかりではないということですね。

 オーナーでそういう税理士を探している人もたくさんいます。

斎藤 そうですよ。もうちょっと脱税させてほしいというリクエストがありますよね。

 他にご質問はないですか。

Q2 先ほどの税理士の話で、中小企業のところで思ったのですが、行動コンプライアンス的なルールは中小企業にはまだまだなくて、資金繰りのために粉飾してしまったり、儲けすぎて脱税してしまったり、そういうマインドがすごく普及してしまっているのでしょうか。言える範囲でいいので教えていただければと思います。

 オーナーにはいろいろあります。極端な話、高級車を乗り回して、ベルサイユ宮殿みたいな家に住んでいる社長なのに、会社は債務超過でボコボコというのもあります。逆に、社長がボロボロの車で通勤しているけれども、すごくいい決算をしている会社も存在します。それはもう経営哲学というか、生き方の問題になってきます。それぞれの価値観の違いだろうと私は思っています。

Q2 では、やはり投資する側というか、資金を融資する側も、斎藤さんがおっしゃっていたように、経営者を見ることが大事というのが一番の勘どころになってきますか。

 はい。金曜日の夕方に「会社がつぶれそうです。何とか助けてください。もう全然お金がありません」と言っておきながら、土曜日にゴルフ場へ行ったら社長とバッタリ会ったり。やはり、人を見ないといけない部分はあります。

銀行への返し渋りと手形の取り扱い

 では、私から質問を。銀行の返済は後回しというのはやはり興味深いです。昔から銀行の「貸し渋り」は問題になっていましたね。銀行は「雨の日には傘を貸してくれないけど、晴れの日には貸してくれる」なんて言われます。実務家向けの本には、いったん銀行から借りることができたら、「返し渋り」をしなさいというアドバイスが書いてありました。これはやはり銀行員の実感としてありますか。逆側の立場になりますが。

 ありますし、極論を言えばつぶれてしまうと元も子もないので、つぶさずに利息だけでも取っていくという判断も当然あります。あるいは、1年か2年かしばらく利息も何も取らないという判断も当然あるのですが、真面目にきっちりと返しているところと同じ土俵に乗せることはできないので、そこはさじ加減が難しいですね。

 真面目に返しているがゆえにキャッシュが足りなくなると、元も子もないということですよね。西村さんが先ほどおっしゃっていたのは、とにかくキャッシュが底をつかないように気を配っているということでした。

西村 もろにコロナ禍の影響を受けて、私もいったん銀行の元金は止めています。

 すると、「返し渋り」は実感的にあるのですよね。

西村 そうです。世の中が実際こういう状況になっているので、既存のところはいったんリスケで止めて利息は払っていますが、そうやりつつ緊急で水を引っ張っているので、それで生きていけるという実感は正直あります。その分、給料も家賃も当然払うべき費用は払っていますし、まさに堺さんのアドバイスどおりにやっています。

 それから、実務家向けの本を読んでいて面白いと思う発見がありました。手形ほど怖いものはないから「あんなものはやめてしまえ」という書き方をする本もあるのです。法律に強く縛られるから、手形で決済ができないと取引停止処分で事実上の倒産になります。あっという間に資金繰りに詰まってしまいます。

 それと比べて、銀行から借りていると融通が利くと言うのです。つまり、銀行員に「これではつぶれるから、どうにかして」と言うほうがよほど上手くいくのだから、「手形なんてやめて、銀行から借りなさい」と書かれています。極論だとも思うのですが、これについてどう思われますか。

 偏ってはいるのでしょうけど、間違いではないと思いますね。ただ、一つ言いたいのは、短期の借入は「手形貸付」なのです。与信という部分もあるのですが、「単名手形」という約束手形を切るので、手形期日到来という法律面が関わってきます。

 つまり「証書貸付」ばかりではないということですね。

 そうです。短期で証書貸付というのは1年以内ではまずないので、そういう意味では長期にしなさいというのはそういう話なのです。

 西村さん、手形は結構使っていますか。製造業ではないので、在庫品を持ったりする商売ではないのですが。

西村 いえいえ、手形はまったくないです。扱ったこともないです。

 相手から代金を受け取るときは、具体的にはどういった手段になりますか。

西村 たいてい請求書を出して、締めの支払いで現金で振り込まれるのと、自動振替の契約も持っているので、自分で振り込むのが面倒くさい方にはそれを書いていただいて、期日に必ず入ってくるようにはしています。

 そのあたりで日々苦しんでいるという感じではなさそうですね。

西村 ただ、今回のコロナ禍では、4、5月でたくさん止まりました。たとえば、コンサルティングなり何なりで契約期間はあるのですが、「状況を理解して」というお願いをされて、我々のような小さな会社は大きなグルメサイトではないので、そこは飲まざるを得なかったという状況が数か月前に現実に起こっています。

資金繰りの重要性

 一般的に言われているのが、連鎖倒産は怖いということです。つまり、相手方からお金が入ってくるのを見込んで別の会社への支払いを狙っていたのに、それが入ってこなくて、それでバタバタと倒産するというものです。京都の飲食店は事業規模が小さいところが多いと思うのですが、そういう話は耳にしますか。

西村 おそらくですが、これから出てくると思います。そこそこ有名な老舗の料理旅館からも「来月で事業をやめる」という連絡が入っています。目立たないだけで祇園界隈のスナックなどの小さいところも、倒産というよりはやめるというパターンだと思うのですが、ざっと300軒ぐらいはシャッターが下りています。ですから、そういう小さなところでこの先々の不安はまだ出てくるでしょう。

 目立ったところのM&Aも動いています。ある会社は別の上場企業が持っていたのですが、資産をお金に換える手段の一つとして売却され、新しい会社が運営会社になっています。経営の実態は変わらないのですが、そういう動きは具体的にもう起こっています。

 コロナ禍が襲ってくるとは誰も予想していなかったわけです。飲食店の場合、お客さんを入れるスペースがあるのに呼べないとか、これはもう死活問題でしょう。そこから資金繰りが詰まってしまうのではないかと私は見ていました。

西村 お店を出す段階で借入を当然に起こしているわけですし、それを何年かで償却する形で資金を調達しています。利益から償却しているわけですから、来客が減り、売上が減った段階でキャッシュインが減るわけです。でも、経費は固定でかかります。それをずっと繰り返してきているから、それを止めると今回のような状況に陥るのです。誰が悪いわけでもないですけど。

 現状、飲食店のお客さんはフルに入っているわけではないですよね。やはり座席間隔が空いていますし。だから、今後のコロナ禍の収束状況を見て、どのぐらいお客さんを入れることができるか、本来の姿に戻すことができるのか、それに合わせて材料の仕入も上手く予想しながら調整していかないといけませんよね。

西村 それと、物件自体を所有して飲食を展開しているパターンと、テナントとして借りてお店を運営しているパターンによって大きく変わりますね。

おわりに

 そろそろいい時間になってきました。いかがですか。斎藤さん、何か言い残したことはないですか。順番に聞いていきましょうか。

斎藤 若くてこれから起業したいと思っている方は、意外と私たちの世代よりも多いような気がするので、今日のお話が本当に参考になったらいいなと思っています。

西村 まだまだ先がどうなっていくのか不安要素が多い世の中ではあるのですが、やはり気持ちを明るく持って、私の仕事柄かも分かりませんが、美味しいものを食べれば笑顔になりますので、しっかりとそこをお伝えできればと思っています。京都の美味しいところはいくらでもお教えできますので、いつでも聞いてください。

 西村さんにも聞きたかったのですが、ゼロから起業するところがやはり一番怖いと思うのです。本当に高い志や意思がないとできないことだと思うので。やはりそういった部分があるからこそ、スモールの経営も成り立っていくのだろう。行き着いたところでも、結局は創業時の強い志があるから乗り越えていけるのだろうと思います。

 では、最後に私からの締めです。大学の教員は、知識というか、ものの考え方を学生たちに提供しているわけです。スモールビジネスの財務に関して知識や考える機会を与えているかどうかが問題です。大企業といわず中小企業といわず、資金繰りのような話は、やはりアカデミックな教育として昔よりも弱くなっているのではないかと思います。

 それで、実務家が実務家向けに本を書いたりしているのですが、私から見ればかなり乱暴な極論も書いてあったりします。スモールビジネスの経営者に役立つ本を書くというのは、おおよそ学者向けの仕事ではないかもしれませんが、そういう意識を持って、社会の役に立つようなファイナンス教育とは何なのかというのは、引き続き真剣に考えていきたいです。

 私自身は理論系の古風なスタイルの学者でして、指導教授からも十数年前にそう言われました。でも、神戸大学で社会人向けのMBA講義を担当するようになってから、だいぶ実務との接点を意識するようになってきました。ですから、私自身が先ほど述べたような問題意識を、もし5年ぐらい前の自分が聞いたとすれば、ずいぶん驚くだろうとも思います。

 今日は実務のお話を伺えて、とても貴重な機会となりました。皆さん、ありがとうございました。

MENU
PAGE TOP