特集-9
9.コロナショックと経済統計 -購買データから見た消費動向の変化

  • 藤原賢哉 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

8月7日寄稿

コロナショックとミクロ経済統計の重要性

 新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、各国の実質GDP(4~6月)は大幅に低下している。米国では-32.9%、ユーロ圏では-40.3%、日本では-28.1%と、いずれも戦後最悪の状態である。また、ウィルスに対するワクチン等が開発されない限り、今後も経済活動の制限と緩和が繰り返し行われる可能性がある。こうした状況下では、ウィルスの感染状況だけでなく経済の活動状況についても、迅速に把握する必要がある。米国では、ニューヨーク連銀が、週単位の経済活動指数(Weekly Economic Index※1))を作成・公表しており、図1のように、人々の移動低下(National Mobility and Engagement Index※2)が、経済活動にどのようなインパクトを及ぼしているのかについて調査分析を行っている。個々の指数の定義等は省略するが、経済活動の低下が移動制限とほぼ同時に生じ、4月に移動指数が底を打った後も経済活動の低下が続いていることがわかる。このような統計は、感染拡大防止のための移動制限が、経済活動にどのような負の影響をもたらすのか、また、制限と緩和が繰り返される中で、消費マインドや経済構造自体が変化するのかを把握・予測するために重要であると考えられる。

購買データから見た日本の消費者行動

 わが国では米国よりも経済統計の公表が全体的に遅いといわれている(その代わり米国では何度も改訂等が行われる)。日本でも、景気ウォッチャー調査(内閣府)やPOS統計(経済産業省、一橋大学とスーパーマーケット協会との共同研究)など、従来にはない統計が作成されつつあるが、アフターコロナの世界では、範囲や頻度、地理的属性など、もっと高精度な統計データが求められる。以下では、インターネット調査会社を通じて入手した消費者の購買データをもとに、この3~5月にかけての消費者の消費動向について分析してみることにしたい※3)

 図2は、消費支出の伸び率を、①店舗業態およびサービス別、②購入品目別にグラフ化したものである※4)。まず、店舗業態やサービス別には、交通、飲食が4月以降マイナスとなっている一方、ECモールについては、5月の連休に大きく伸びている。一方、ドラッグストア、スーパー、コンビニは、比較的消費が安定的であり、中でもドラッグストアが好調であったことがわかる。次に、品目別には、3月当初は、交通、家具・家電、飲食(店内)がプラスであったが、その後はマイナスとなっている(ただし、飲食(店内)は5月末に若干持ち直ししている)。飲食(持ち帰り)は、支出の絶対額としては小さいものの、伸び率としては大きい。その他、食品類、酒類、化粧品・コスメも安定的であるが、衣服についてはマイナス傾向となっており、「巣ごもり」化していることが見て取れる。

 図3は、購入品目の価格と数量ついて調べてみたものである。図3の上は、マスクとトイレットペーパーの平均販売価格をグラフ化したものであり、3月上旬に両商品の販売価格が最も高くなり、その後、低位安定的になったことがわかる※5)。一方、図3の下は、3月に比較して4月に購入量が急増した商品(具体的な商品名)をワードクラウドとして表現したものである。除菌ティッシュや洗剤、台所商品(詰め替え)が多く売れたことがわかる。また、3か月間の購買数量だけでみれば、ヨーグルトや野菜が一番多く売れており、高額商品としては、パソコン、冷蔵庫等の購入が目立つ。

 最後に、日本における移動指数と消費支出の関係性について見てみる。図4は、移動に関してグーグルが提供しているモビリティ指数(google global mobility report、東京※6))を用い、消費動向については、サンプル全体の消費額合計(ただし、税金・保険・家賃を除く、移動平均)を用いてグラフ化したものである。移動指数に関しては、連休に大きく下がっている。また、職場のリモート化により、平日でも徐々にマイナスが大きくなったものの、5月末の緊急事態宣言の解除後は数値が戻りつつある。一方、消費については、基準が異なり比較が困難であるものの、全体的には、移動指数ほどは変化していないように見える。交通や飲食の減少分を他の品目(食費・日用品・衛生品)でカバーしているともとれるが例年の連休と比べれば消費が低下している可能性も否定できない。また、5月末にかけて若干上昇傾向にあるのは、移動指数の動きと並行的(移動解禁に伴って消費が活発化)である。

 本稿では、消費者の購買データをもとに、コロナ自粛期間中の消費動向について概観した。7月以降、「第二波」が大きくなり、再び自粛モードになりつつあるが、自粛と再開を繰り返していく中で、消費者マインドがどのように変化していくのか、また、実体経済へのインパクトがいかなるものになるか(景気悪化や構造変化の有無)に関しては、今後、供給面に関するデータも加えて詳細に検討する必要がある。

参考文献

・Tyler Atkinson, Jim Dolmas, Christoffer Koch, Evan Koenig, Karel Mertens, Anthony Murphy and Kei-Mu Yi, “Dallas Fed Mobility and Engagement Index Gives Insight into COVID-19’s Economic Impact”, Federal Reserve Bank of Dallas, Dallas Fed Economics, May. 2020.

・Lewis, D., K. Mertens, and J.H. Stock, “U.S. Economic Activity during the Early Weeks of the SARS-Cov-2 Outbreak,” Federal Reserve Bank of New York Staff Reports, April.2020.

・藤田隼平(2017)「POSデータを用いた経済分析の試み―小売価格と景気動向との関係性の検証―」経済財政分析ディスカッション・ペーパー DP17-4 

・一橋大学経済研究所経済社会リスク研究機構「SRI一橋大学消費者購買指数」
 http://risk.ier.hit-u.ac.jp/Japanese/nei/

・経済産業省「令和元年度ビックデータを活用した新指標開発事業(短期の生産・販売動向把握)」
    https://www.meti.go.jp/statistics/bigdata-statistics/bigdata_pj_2019/index.html

 

※1 失業保険の新規請求、失業保険の継続請求、消費者指数、鉄鋼生産、ガソリン等卸売販売、電力使用量、大手量販店(同一店舗)売 上、所得・雇用税源泉徴収、交通量など10の異なるデータから作成される。

※2 通常のモビリティ動作からの逸脱の程度(自宅で過ごした時間、10マイル以上移動する人の割合、1.2マイル未満の移動する人の割合、家から遠い場所で費やした時間、家以外の一定の場所で3~6時間いる人の割合などの数値から構成)を表す。ゼロからマイナス100の値になるように調整される。

※3  首都圏在住30名に関する3月1日から5月31日までの購買データ。購買日時、店舗(業態と個別店舗名)、購買商品(単価、数量)、決済手段(現金、カード、モバイル等)を含むデータで、データ数は約5万件。マクロミル社より入手。

※4  3月1日を100として支出合計の変化率(日次)を計算している。

※5 マスクに関しては2月後半ごろから品薄状態にあり、また、店頭での購入が困難であった可能性がある。消費者がどの時点でマスク等について意識し、購入に殺到したかについては今後さらに分析する必要がある。

※6  詳細については、https://www.google.com/covid19/mobility/ を参照。