特集-4
4.新型コロナウィルス時代におけるグローバル・サプライチェーンのリスク・マネジメント

  • 梶原武久 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

8月18日寄稿

 新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け、日本企業のサプライチェーンが深刻な打撃を受けた。その影響は現在も継続しており、未だ損失の全貌は見えてこない。これまでにも、日本企業は、地震、洪水や台風災害、部品メーカーの火災などが起こるたびに、サプライチェーンの寸断を経験してきた。こうした経験をもつ日本企業はサプライチェーンを脅かすリスクに対してどのように対処してきたのであろうか。また、その成果は、今回どの程度発揮されたのであろうか。

 少し前になるが2015年にミシガン州立大学(米国)、メルボルン大学(オーストラリア)、神戸大学(日本)の共同研究プロジェクトとして、日米豪3か国のグローバル企業を対象にサプライチェーンのリスク・マネジメントに関する国際比較調査を実施した。この調査の主要な発見事項は、次のとおりであった。

 第一に、サプライチェーンに関するリスクに対する認識を内部リスクと外部リスクに分けて回答を求めたところ、図1のように、いずれのリスクについても日本企業のリスク認識の程度が高いことが明らかとなった。これまで何度となくサプライチェーンの深刻な寸断を経験してきた日本企業は、組織内外の多様な要因をサプライチェーンに対する脅威として認識しているようである。

 

 第二に、リスク認識が高いわりに、日本企業ではリスク対応策があまり積極的に実施されていないことが明らかになった。サプライチェーンのリスク対応策には、①柔軟性を高める、②余剰を持つという方法がある。柔軟性を高める方法とは、リスクに対する対応力を高める方法であり、特定のサプライヤーに問題が生じたとしても、別のサプライヤーに短期間で切り替えられる、ダメージを受けた生産拠点の代わりに別の生産拠点で生産を行う、消費者ニーズの変化に対して柔軟かつ迅速に新製品投入を行うといったことが考えられる。一方、余剰を持つという方法は、バッファーとして資源を重複して保有することでリスクに対処する。例えば、不良品に備えて在庫を多めに保有しておく、同一部品を複数のサプライヤーに発注する、複数の配送チャネルを事前に準備しておくなどが例として考えられる。本調査では、原材料や部品の調達に関わる上流、自社内部、配送や顧客に関する下流という3段階に関して、柔軟性と余剰に対する取り組みについて質問を行った。回答結果は、図2のとおりである。

 調査結果によれば、日本企業のサプライチェーンに関するリスクへの対処は、柔軟性及び余剰のいずれの側面でも、他国に比して低水準となっている。日本企業について、柔軟性と余剰を比較すると、前者が相対的に重視されているようである。

 リスク認識の度合いが高い日本企業ほど、サプライチェーンのリスク対応に消極的であるという調査結果は、研究チームとしても意外なものであった。以下では、こうした調査結果について、その理由を検討しよう。

 第一の理由として、日本企業にリーン生産方式が浸透していることが挙げられる。リーン生産方式では、原価低減と品質向上を両立させるために、過剰な在庫や生産能力などをムダとして徹底的に排除しようとする。余剰を許容しないリーン生産方式は、品質問題や生産設備のトラブルが発生すれば、生産ライン全体がストップする脆弱な生産方式であるが、長期雇用された従業員による改善活動や信頼関係をベースとした取引企業との協力関係を通じて、不良品や生産設備トラブルなど予見可能な要因の排除に努めてきた。ただし、リーン生産方式が主に改善対象とするのは、生産プロセスで頻繁に発生する不良品やムダなどであり、発生頻度が低いが企業経営に重大な影響を及ぼすリスク事象ではない。その結果、リーン生産方式を採用する企業が想定外の事象により、たびたび操業停止に追い込まれるのを我々は目の当たりにしてきた。

 第二の理由は、日本企業において、リスク対応へのインセンティブが弱いことである。地震、大雨、台風などによる度重なるサプライチェーンの寸断に直面し、多くの日本企業はこれらのリスクに対して何らかの対応が必要とされていることを理解している。ただし、リスクへの対応には大きな投資が伴う一方で、それをやったからといって儲けに直結するわけではないため、リスク対応はしばしば後回しにされてきた。理論的に考えれば、企業価値はリターン(儲けの水準)とリスク(儲けのバラツキ)のバランスによって決まるため、リスク対応によってリターンが多少減少したとしても、企業価値が下がるわけではない。ただし、多くの日本企業ではこの点が理解されず、経営層から現場に至るまで、コストや利益の水準ばかりに気をとられている。

 第三の理由は、グローバル・サプライチェーンを統括する専門部門を設置している日本企業が少ないことである。今回の調査対象は、グローバル・サプライチェーンの全体であったが、アンケート調査の実施にあたり、グローバル・サプライチェーン全体を統括する専門部門やそれに精通した回答者を見いだすのは容易ではなかった。グローバル・サプライチェーンに関する専門部署がないことが、リスク対応への遅れの一因となっている。

 第四の理由として、文化的要因がある。日本の国民文化の特徴の一つは、不確実性回避(uncertainty avoidance)の傾向が高いことである。不確実性回避傾向とは、ある国民文化の成員が不確実な状況や未知の状況を不安と感じる程度をいう。不確実性回避傾向の高さは、海外に生産拠点を設置するときに自前新設の工場を作ったり、取引実績のある国内の協力企業を伴って海外進出を行うといった日本企業特有の行動にも反映されている。こうした日本企業の行動は、不確実性を受け入れた上でそれへの対処方法を検討するというより、不確実性そのものを減らすことを優先してきたことの現れである。

 今後、日本企業がさらなるグローバル化の進展に向けてギアのシフトアップを図るためには、サプライチェーンのリスク対応など高性能のブレーキが必要とされる。新型コロナ感染拡大を好機と捉え、日本企業のグローバル・サプライチェーンのリスク対応のあり方を今一度見つめ直してはどうだろうか。