特集
中小企業に役立つファイナンス理論や財務分析とは

  • 森 直哉 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

はじめに

 小規模なビジネスは企業数で9割を占めており、秀逸なビジネスモデルで成功している事例も少なくない。しかし、資金調達や資金繰り等のファイナンス(財務)については、業務多忙の中で落ち着いて手を回せず、銀行からの借入金に依存する傾向が強く、税理士等の助言を受けることが多いようである。

 企業の実態を把握するためのツールとして財務分析はよく使われているが、ファイナンスの意思決定のために必ずしも使い勝手がよくないかもしれない。また、現在の大学で教えられるファイナンス理論は、おおむね大企業向きであり、妥当しない部分が多いようである。

 以上のような問題意識について、以下では詳細に述べていくことにしたい。実務的な課題を解決するに際して、アカデミズム(学術)がどのように貢献できるのかを考えてみたいと思っている。

コーポレートファイナンスとの溝

 筆者の専門分野は「コーポレートファイナンス」(corporate finance)であり、その中身は株式を公開している上場企業、すなわち、大企業向けである。普段からそれが専門であるため、中小企業の実態について詳細な知識を持ち合わせている立場にはない。良い機会であるため、大企業の財務と、中小企業の財務とを並べて、そのギャップがどこにあるのかを考えてみることにした次第である。

 本来、英語名の「corporate finance」を素直に和訳すれば「株式会社の財務」であるから、文字面だけで判断するかぎり、コーポレートファイナンスの知識は企業の規模に関係なく役立ちそうなものである。しかし、株式がほとんど流通せず、株価が日常的に変動しない非上場の中小企業にとって、コーポレートファイナンスで学ぶ内容はそれほどニーズに合っていないのだろう。数多くの中小企業が意識しているのは単年度会計における利益であり、将来のすべての期待キャッシュフローを反映した企業価値ではないのだと思われる。よって、情報の非対称性を緩和するために将来の収益性をシグナルするような財務政策を選ぶべきであるとか、エージェンシー費用を低めるために投資家の疑心暗鬼を解消するような財務政策を選ぶべきであるといった知見は、おおよそ現実味をもって実務的に役に立つものではないのだろう。

 今回、第103回ワークショップの企画・実施にあたり、自分自身に課した宿題として、中小企業向けに書かれた財務の本を5~6冊読むことにした。それも筆者が普段読むような学術的な論文や本ではなく、実務家(税理士など)によって書かれた実務家(税理士や中小企業の経営者)向けの本である。その結果、大学の科目名で言えば、おおむね財務分析、管理会計、財務管理で教えられる内容であると確認することができた。これらは会計学の色が強い3科目である。つまり、中小企業の財務に役立つと見られている知識は、現実的な感覚としてコーポレートファイナンスではなく、会計学なのである。

会計色の強い3科目

 では、中小企業の財務に役立つと実務家によって認識されている3科目が、それぞれどのような内容を持ち、どのような位置づけにあるのかを以下で記しておくことにしよう。

 第一に、「財務分析」(financial statement analysis)である。これは経営者や投資家、取引先などが、企業の現状と問題点を把握するために、貸借対照表や損益計算書の数値を用いて行う分析である。その企業の過去の数値を並べて時系列的に比較することもあれば、他の企業の同じ期の数値と比較することもある。何かの数値を別の数値で割る比率分析が多い。

 たとえば、株主資本比率、株主資本利益率(ROE)、売上高利益率、資産回転率、財務レバレッジ、流動比率、固定長期適合率、インタレストカバレッジレシオあたりがよく使われる。あるいは、比率ではないけれども、棚卸資産回転期間、売上債権回転期間、仕入債務回転期間、現金循環(CCC)、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローあたりも、企業の資金繰りを分析するために使われる尺度である。

 第二に、「管理会計」(management accounting)である。これは企業が自社の業績管理や意思決定を行うために会計情報を役立てるものである。いわば経営のための会計であり、どのようにして売上を増やすか、どのようにして費用を削減するかを判断するためのツールとなる。

 たとえば、原価差異分析、CVP分析、予算管理あたりが伝統的におこなわれてきた管理会計である。費用(cost)を固定費と変動費に分解するCVP分析は、どのぐらいの売上高(volume)を達成すれば利益(profit)が出始めるのかを把握するためのツールである。固定費の割合が大きい企業ほど損益分岐点に到達しにくく、売上高の変化に対して利益が大きく変化する。このような現象を「事業レバレッジ」(operating leverage)と呼ぶが、それはファイナンスで扱う「財務レバレッジ」(financial leverage)と対をなす概念になっている。

 第三に、「財務管理」(financial management)である。狭義には資金管理と呼ばれる領域であり、どのようにして資金を調達し、どのように運用していくかを考察するものである。会計的な利益とキャッシュフローは概念的に異なっており、企業の資金繰りは後者の管理を必要とする。会計の処理では、自社の商品を引き渡した時点で売上を計上するため、収益が費用を超過している限り利益が出る。しかし、その売上に対応する代金の受け取りがかなり後である場合、たとえ会計的に黒字であっても資金繰りに失敗して倒産する可能性がある。しばしば「勘定合って銭足らず」とも表現される現象である。

 基本的な考え方は「期間対応の原則」(matching)であり、設備投資などの長期的な必要額(固定資産)は長期調達(株主資本と固定負債)で対応する一方、在庫投資や企業間信用などの短期的な必要額(流動資産)は短期調達(流動負債)で対応する。これは「運転資本管理」(working capital management)と呼ばれるトピックである。

 実を言うと、これらの3科目は境界がかなり曖昧であり、しばしば重複が生じるところである。ややこしいことに、広義の財務管理と称する場合、前述した資金管理のみならず、財務分析と管理会計を含んだものになる。また、もともと財務分析は管理会計の歴史の中で発展してきたものであるため、管理会計という科目名で財務分析にかなりの時間をかけていても、それほど不自然ではない。科目間で重複する分には受講生は困らないし、複数名の教員から若干でも異なったアプローチで解説を受けることは、概念をより深く理解するうえで有益であるに違いない。

 しかし、逆に漏れが生じる場合は、学びの機会を提供していないという点で大いに問題がある。おそらく、管理会計という科目を設置していない経営学部、商学部はないと思われるが、財務分析という科目を設置していない可能性はある。というのは、しばしば財務会計、管理会計、財務管理という科目の中で財務分析は解説されるからである。どこかの科目で着実にカバーされていればよいのであるが、相互に譲り合って漏れが生じる可能性もないとは言い切れない。実際のところ、教員間で講義の内容を調整しあうことは非常に難しいものである。

ファイナンス教育の変遷

 ところで、かつての財務管理の内容は、現在の大学で通常教えられているコーポレートファイナンスとはだいぶ異なっている。参考までに、筆者自身が教科書として用いている森(2018)の章立てを列挙すると、ファイナンス概論、バリュエーション、ポートフォリオ理論とCAPM、証券の価格、投資プロジェクト(資本予算)、株式発行、資本コストと財務レバレッジ、資本構成、配当政策、自社株買い、短期ファイナンス(運転資本管理)である。これで学部生を相手とする半期15コマ分の内容となる。

 おそらく、何十年か前の大学で教えられていた財務管理の内容は、運転資本管理を含んだうえで、財務分析、株式会社の制度的な解説、歴史的な解説、資金調達の手段について制度、現状や問題点、さらには手形や在庫管理の解説、資金繰り表や資金運用表の作成あたりが典型だったのではないだろうか。これは筆者自身による15コマの使い方とは大きく異なっている。当時において、現在のコーポレートファイナンスと同じような内容を提供していた教員は、極めて少数だったろうと思われる。

 筆者の問題意識として、何十年か前に財務管理で教えられていた内容は、おおよそ現在の大学において消滅しているのではないか、あるいは、科目間で分散しているのではないかと見ている。つまり、中小企業の財務に役立つような知識を、現在の経営学部や商学部は一つの体系としてまとまって提供していないのではないかということである。

 ファイナンス教育の変遷というのは、かつて記述的に過ぎなかった学問分野が、1950年代以降、徐々にミクロ経済学の色を強くしていった歴史と重なる話でもある。画期的な研究業績と言えば、マートン・ミラーとフランコ・モジリアーニによる「MM理論」であり、これは資本構成と配当政策に関する基礎的なモデルに位置づけられる。彼らの業績は1990年度のノーベル経済学賞を授与される対象となった。わが国のファイナンス教育でMM理論が標準的な位置を占めるのは、遅ればせながら1990年代以降のことである。そして、これは伝統的な財務管理の講義が退潮していく時期とも重なっているというのが筆者の見立てである。

 数多くのファイナンス学者にとって、かつてのような財務管理は興味・関心をそそる内容ではなく、あまり発展性のない古い領域と受け止められているのかもしれない。筆者自身を含めた多くのファイナンス学者にとって、制度や歴史の解説は正直に言って退屈である。また、資金繰り表の作成などは、あまりにも実務的であるという理由によって、教員としてのファイナンス学者を興奮させるものではない。

 しかし、運転資本管理については、筆者自身の講義で1コマ(90分)だけ取り扱っている。本当のところ、3~4コマをかけてでも解説したいぐらいに奥行きの深いトピックではあるのだが、そこに時間をかけていると、資本構成や配当政策といった他のトピックに充てる時間がなくなってしまう。ある科目名のもとで、半期に提供できるのはせいぜい15コマにすぎないため、何かを犠牲にしなければならない。数多くの大学において、どうやら運転資本管理が犠牲になっているように見受けられる。ここに興味・関心を強く持っている筆者は少数派に属するような気がする。

 また、財務分析については、筆者自身はゼミナールやMBA向けのプログラムでそれなりの時間をかけて積極的に解説している。会計学系の科目との重複を避けられるものではないが、ファイナンス学者の視点で解説することに意義は見いだされるはずである。仮にファイナンス系の第2科目を与えられるならば、上記の運転資本管理と組み合わせて財務分析の講義を実施したいぐらいでさえある。そのようなプログラムで講義をする場合、やはり「財務管理」という名称が最も適切ではないだろうか。

 なお、株式公開(IPO)を目指している企業については、「ベンチャーファイナンス」(venture finance)という科目が対応している。しかし、この科目は圧倒的な多数派を占める中小企業向きの内容ではない。わが国において企業の数は400万社を超えるが、その99%超が中小企業である。ほとんどの企業については、株式公開(IPO)に関する知識よりも、運転資本管理や財務分析の知識のほうが役に立つはずである。

ファイナンス学者が実務に対して果たすべき貢献

 中小企業の財務に携わる実務家の多くは、大学の教室で何かを学んだというよりも、日々の実務経験を通じて学んだというほうが実態に近いかもしれない。また、実務的な本から学ぶことで事足りると実感されているのかもしれない。そうであるとすれば、特に需要がないものをファイナンス学者が提供しても大した貢献にはならないだろう。しかし、本当にそれで済ませてよいものだろうか。

 実務家にとって学術的な本は敷居が高く、不必要にわかりにくいかもしれない。しばしば書籍の通販ウェブサイトにおいて、少なからぬ読者がそのようなレビューを書き記している。そうであるからこそ、中小企業の財務については、実務家が書いた本が頼りにされるのだろう。たしかに、豊富な経験に裏打ちされた記述は説得力があり、実際の事例に基づく助言は有益である。

 しかし、実務家によって書かれた解説書はいささか一般性に欠ける記述が目立ち、経験則に基づく偏った助言も散見されるところである。すでに述べたように、科目名で言えば財務分析、管理会計、財務管理あたりの内容であるが、それらが体系的に理路整然と説明されているというわけでもない。ときには十分な根拠を示すこともなく、結論だけが決め打ちのように書かれていることもある。

 たとえば、資金調達の手段として銀行借入に頼りすぎると安全性を低めてしまうという説明まではよいとしても、無借金経営が望ましいという助言にまで至ると、一般性に欠けてしまう。資産事業利益率(ROA)が借入利子率を上回っている限り、負債比率を高めるほど株主資本利益率(ROE)が高まるはずである。無借金経営は安全性が高い代わりに収益性が低いという視点を持つことが重要である。これは「財務レバレッジ」の問題である。

 また、短期借入金よりも長期借入金の方が望ましいと説明されることもある。もちろん、この助言が適切である局面は少なくないだろう。しかし、短期借入金は銀行の「貸し渋り」によって融資を打ち切られるリスクがある一方、長期借入金よりも利子率が低いのが通常である。これは「利子率の期間構造」の問題である。

 一般性が高い論理的な解説とは、これらのメリットやデメリットを踏まえたうえで、最適解を導き出すための考え方を明快に示すようなものを指す。最適解というのは極端な黒でも白でもなく、通常はグレーゾーンのどこかに位置するものである。

 結局のところ、経験則に基づいたアドバイスを与えることに長けているのが実務家である一方、一般性の高いモデルを論理的に説明することに長けているのが学者であろう。持っている強みや果たすべき役割が異なるのであるから、ファイナンス学者が実務に役立つ知識をわかりやすく示すことができるならば、十分に意味のある貢献を果たすことになるだろう。しかし、大企業の財務についてはともかく、中小企業の財務についてはそれが十分にできていないと思われるのである。

財務分析の発展性

 筆者の見解によると、財務分析は、すでに起こった事実の分析ツールとしては使い勝手が良いけれども、これから採るべき財務政策を検討するための意思決定ツールとしては必ずしも使い勝手が良くない。財務分析は企業の規模に関係なく重要であるけれども、高度な数学的手法を用いるものではないため、本来であれば中小企業でも手軽に使いこなせるツールのはずである。ところが、取扱説明書が不親切であるために適切な使い方をマスターしにくいというのが筆者の問題意識である。中小企業の財務に対して、アカデミズム(学術)が十分に貢献できていないという実感はそこからくるものである。

 財務分析の手法が解説される場合、しばしば表面的な数値ばかりを重視した記述が見受けられる。そして、それはファイナンス理論と整合していない。また、多くの場合において局所的な判断にとどまっており、せいぜい部分最適にすぎない。資本構成や配当政策などの財務政策について、ファイナンス理論の知見を活かせるような取扱説明書が添付されていないという言い方をしておこう。

 たとえば、借入金返済の資金繰りに関する安全性は「流動性」(liquidity)の問題である。しばしば、一般読者向けに書かれた雑誌記事などでは、ごく単純に流動比率は高いほうが望ましいとか、固定長期適合率は低いほうが望ましいと助言されることがある。しかし、今からやろうとしている財務政策が望ましいかどうかは、収益性、効率性、安全性に及ぼす影響も踏まえたうえで、全体最適を実現できるか否かという視点で判断しなければならない。結論を先に述べると、流動比率や固定長期適合率それ自体を目標値に設定するのではなく、あくまでも標準的なファイナンス理論が示唆するところにしたがって財務政策を考えるべきである。

 仮に固定資産を減らしたほうがよいと認識して、収益性を高める設備投資に歯止めをかけたとすれば本末転倒である。なぜなら、純現在価値(NPV)がプラスの投資プロジェクトはすべて実施すべきだからである。つまり、企業価値を高める投資政策が先にありきで、それを実現するための資本構成を後から考えるというのがファイナンス的に妥当な順序である。

 あるいは、流動資産を増やしたほうがよいと認識して、多額の現金を保有したとすれば、経営者による浪費が懸念されてエージェンシー費用を大きくしかねない。一方において、それは将来の有益な投資機会を逃さないための「財務フレキシビリティ」(financial flexibility)になるかもしれない。これらのトレードオフを踏まえて現金保有を決めるべきである。

 ある企業が流動性を高める目的で固定長期適合率を低くする場合、固定資産を減らすか、固定負債を増やすか、株主資本を増やすことになる。これらの財務政策が固定資産回転率や財務レバレッジにどのような影響を及ぼすかも併せて考えなければならない。そうでもないかぎり、安易に投資プロジェクトを選別したり、社債発行を実施したり、株式発行を実施すべきではない。

 固定長期適合率は低いほうが望ましいと単純に説明される場合、そこでは流動性の高さだけが意識されている。もっぱら流動性の視点に偏ってしまうのは、他の尺度とは切り離された単独のツールとして使われてきたからであろう。このような問題意識に基づいて、固定長期適合率を株主資本利益率(ROE)の分解式の中に取り込み、あえて収益性の要素とみなすことの有用性を論じたのが森(2020)の論考である。固定長期適合率を低めれば流動性を高まるが、財務リスクに関する安全性を高める場合、利子率を上回る事業資産利益率(ROA)を稼ぎ出せる状況下では収益性を低めてしまうはずである。

 以上の例が示すように、収益性、効率性、安全性、流動性はそれぞれを別個に考察しても局所的な解にしかならない。そのような間違いに陥らないためには、ある数値を高めることが他の数値にどのような影響を与えるのかを理路整然と考察できる取扱説明書が添付されていなければならない。

コーポレートファイナンスの発展性

 実を言うと、筆者から見てコーポレートファイナンスは弱点だらけの科目である。というのは、標準的な初級レベルの教科書がタッチしたがらないトピックがいくつも存在しているからである。以下で列挙するのは、いずれも昔から研究テーマとして存在しているものばかりであり、その意味で真新しいものではない。しかし、大学の講義や教科書で十分に説明されているかといえば、ほとんどそうではないのである。たとえば、アメリカのMBAで使われている教科書として、Ross, Westerfield and Jaffe(2012)や Brealey, Myers and Allen(2014)あたりは有名であるが、いずれに目を通しても事情は同じである。

 第一に、固定負債と流動負債の割合はどのようにして決めるのだろうか。言い方を変えると、長期と短期の割合が論点である。これについては「期間対応の原則」が基本的な考え方である。

 第二に、短期借入金と仕入債務の割合はどのように決めるのだろうか。言い方を変えると、金融負債と営業負債の割合が論点である。現金循環(CCC)をできるだけ短くしたければ仕入債務回転期間をできるだけ長くすべきだろう。しかし、取引先に対して早くに代金を支払ったほうが値引きを受ける分だけ有利であるかもしれない。逆に言えば、値引きを受けないことは「隠れた利子」を負担していることになる。この場合、銀行からの短期借入金でつなぐほうが、よほど利子率が割安であるかもしれない。

 第三に、負債の返済期間はどのようにして決めるのだろうか。言い方を変えると、短期借入の更新(ロールオーバー)か長期借入かの選択である。これは銀行が融資を打ち切ってしまうリスクが問題であり、長期借入にはそのリスクがないと見るべきである。

 第四に、短期利子率と長期利子率の違いは何で決まるのだろうか。これは「利子率の期間構造」である。代表的な仮説の一つは流動性プレミアム仮説であるが、できれば短期投資をしたがる投資家に対して、利子率の上乗せを提示することにより、長期投資を促すことができるというのが基本的な考え方である。

 以上であげた四つの論点は、よりによって実務家が知りたがっていることばかりではないだろうか。いずれも「負債構成」(debt structure)の問題であるが、なぜかファイナンスの教科書では丸ごとカットされたり、財務分析の問題にすり替えられたり、せいぜい記述的な説明で済まされたり、資本構成や配当政策のMM理論とは大きく異なる枠組みで説明される傾向が強い。株式発行の制約が強い非上場の中小企業にとって、負債構成は切実に重要な財務政策のはずである。中小企業の財務に対してアカデミズム(学術)が十分に貢献できていないという実感はここからもきているのである。

 すでに述べたように、学者は一般性の高いモデルを論理的に説明することに優位性を持つはずである。負債構成の講義法を洗練させることによって、コーポレートファイナンスは大企業の財務のみならず、中小企業の財務にも役立つ経営学の一分野と評価されることになるだろう。

<参考文献>

・森 直哉 『図解コーポレートファイナンス[新訂2版]』 創成社, 2018年.

・森 直哉 「固定長期適合率における流動性と財務レバレッジ」『国民経済雑誌』第222巻第3号, 2020年9月.

・Brealey, R., S. Myers and F. Allen / 藤井眞理子・国枝繁樹訳『コーポレート・ファイナンス(第10版)(上・下)』日経BP社, 2014年.

・Ross, S., R. Westerfield, and J. Jaffe / 大野 薫訳 『コーポレート・ファイナンスの原理(第9版)』金融財政事情研究会, 2012年.