金賞
職場の意地悪に関する研究

味元 亜希子
1.問題意識と研究課題
職場の人間関係は、従業員のモチベーションや生産性に大きく影響する。本来、同僚と良好な関係を築くことは、働きやすさにつながり、仕事の喜びにも結びつく。しかし、職場では、人を困らせたり、人に辛く当ったりする「意地悪な行動」が起きることがある。同じ職場で共通の目標に向かっているはずの人々が、互いの業務を妨げ、険悪な関係性を生む、意地悪な行動をなぜ取るのか、というのが筆者の問題意識である。
職場の意地悪は、日常的に発生しながらも、組織の問題として扱われず、根本的な原因の追求がされにくい。しかし、それが常態化すると、職場環境の悪化や、従業員のモチベーションの低下、さらには離職を招く可能性もある。また、職場で意地悪が発生していることは、人材を事業活動に専念させることができていないという点で経営上の課題である。そこで、本研究では「職場において意地悪な行動はなぜ起きるのか」を研究課題とし、より良い職場環境を目指す方法を探求する。
2.先行研究・研究背景の検討
2-1. 職場の意地悪と類似概念の弁別
研究課題に応えるために、本研究では、職場における対人逸脱行動、組織機能阻害行動、職場の迫害、パワーハラスメントに関する先行研究に注目した。しかし、職場の意地悪は、優越的な関係性を前提とせず、攻撃の深刻度も軽度であり、それらの概念と完全には一致しなかった(図1)。

2-2. 職場の意地悪の定義
先行研究との比較を踏まえて、職場における意地悪な行動を以下の通り定義する。意地悪な行動かどうかの判断は、まず基本定義に当てはまることを前提とし、その上で加害者もしくは被害者の視点から見た定義に該当する行動を「意地悪な行動」と呼ぶことにする。
1)基本定義
職場で発生する、人を困らせたり、人に辛く当たったりする、必ずしも優越的な関係性を背景としない、身体的攻撃を除く行動。
2)加害者視点の定義
職場において、組織に属する人による自発的な行動で、職位差に関わらず、特定の対象者に対して行い、法律や会社の規定には違反しないが、それが行われることによって、対象者やその他の人に悪影響を与える行動。なお、悪影響とは、具体的に4点あり、①相互尊重の規範に反する、②正確で効率的な業務遂行を妨げる、③協働意欲の形成と維持を妨げる、④対象者やその状況を見聞きした他の人に不快感や疎外感を与えることを指す。
3)被害者視点の定義
職場で特定の人から行われる行動で、正確で効率的な業務遂行を妨げられたり、不快感や疎外感を与えられたりする、加害者の攻撃意図が必ずしも明白ではない、法律や会社の規定に違反しない逸脱行動。
2-3. 職場の逸脱行動の要因
先行研究では、加害者の自己愛的な傾向(仙波, 2018)や、正当性(玉井・五十嵐, 2014)が職場の逸脱行動に影響を与えるとされる。また、職場の不公平感(田中, 2008)や逸脱行動の見逃し(高橋ら, 2008)、関わりあいの度合い(鈴木, 2013)も影響を与えるとされる。
3.質問紙調査のための調査
多様な職場における意地悪行動の特徴を把握するため、神戸大学MBA生を中心とした42名にアンケート調査を実施し、さらに、回答の背景を詳しく理解するため5名にインタビュー調査を行った。
その結果、アンケート調査では記述式回答から24種類の事例(表1)が確認され、「困る系」と「辛い系」の2タイプが示唆された(図2)。
インタビュー調査では、攻撃の意図が曖昧であること、加害者・被害者ともに自己主張を恐れない傾向があること、加害者が無意識に意地悪行動を取っていたケースがあることが確認された。また、仕事や目標の相互依存性が、意地悪行動に影響を及ぼす可能性も示唆された。
以上を踏まえ、リサーチクエスチョン(RQ)を以下のように設定する。
RQ1:なぜ職場において必ずしも優越的な関係を背景としない同僚間で意地悪が起きるのか。
RQ2:なぜ人は職場の同僚に意地悪をするのか。
RQ3:なぜ人は職場の同僚から意地悪をされたと認識するのか。
4.職場の意地悪に関する探索的調査
4-1. 定量調査
神戸大学MBA生を中心とした141名に、意地悪行動の発生状況や個人特性、職場特徴を問う70項目の質問紙調査を実施し、因子分析、相関分析、重回帰分析を行った。
各変数を構成する質問項目のうち因子負荷量が高いものを参照しながら考察した結果、意地悪が生じている職場は、仕事の相互依存性が高い一方で結束力が弱く、単調な職場環境である傾向があった(図3)。

また、個人特性としては、困る系の意地悪では、加害者は自分の考えを強要する傾向や業務効率の低さが見られ、被害者は意見をためらわず伝える傾向が示された。一方、辛い系の意地悪では、加害者は自己防衛や正義感から他者に厳しく接することがあり、被害者は自己主張性が高いために、周囲の反感を買いやすく攻撃の対象になりやすいことが示された(図4)。

4-2. 分析結果:定性調査
定量調査の結果を踏まえ、意地悪な行動の背景や当事者の感情をより深く理解することを目的として、プレインタビュー調査対象者に、マネージャー経験者3名を加えた合計8名に対して定性調査を実施した。その結果、職場における意地悪の要因として、加害者の不安、被害者の孤立、無関心な職場が挙げられた。例えば、自分も加害者になりうると語ったA氏は「意地悪をしようかなという気持ちが生まれるのは、不公平感を抱いたときで、大して仕事をしていないのに上司にいい顔をして出世していく人がチームにいると、たとえ有益な情報を持っていても、その人には教えないことがある」と話した。つまり、自分の実績に照らして納得がいかない他者が周囲から評価されている状況に直面すると、他者が自分の利益や居場所を奪ったり、これまで積み上げてきた働き方のリズムを壊したりするのではないかという不安から、意地悪な行動をする場合があると考えられる。
5.結論とインプリケーション
5-1. 先行研究と比較した意地悪の特徴
職場の意地悪には「困る系」と「辛い系」の2種類があり、いずれも生産性の低下や職場環境の悪化を引き起こすことが明らかになった。職場の意地悪は他の職場の逸脱行動と同様に、攻撃性を軸とする点が共通し、組織に否定的な影響を及ぼす。ただし、職場の意地悪は、必ずしも優越的な関係性を背景にしているわけではない点において、ハラスメント等とは異なる。また、行動が些細なため重要視されず、組織の問題として扱われにくいことで、険悪な人間関係や悪化した職場環境が常態化する恐れがある。
5-2. リサーチクエスチョンの回答
RQ1:意地悪が生じている職場には不平不満を生みやすい構造がある。
RQ2:既得権益を失う不安、組織の一員としての正義感、相手の能力への不信と誤解。
RQ3:職場での孤立が意地悪を感じさせやすくする。
5-3. 職場の意地悪の構造と解決策
職場における意地悪の構造は図5の通りである。職場の特徴が従業員の立場や状況に影響を与え、従業員同士の緊張感が高まることで、意地悪行動を促したり、意地悪を感じさせやすくしたりする。そして、その結果、組織全体に悪影響を及ぼす。根本的な解決には、従業員間の過度な緊張感を緩和することが不可欠であり、職場構造の見直しによる改善が重要である。それにより、意地悪の抑制と業務に専念できる職場づくりが実現できる。

5-4. インプリケーション
意地悪が起きやすい職場は、組織の指針や目標が曖昧で、従業員の役割が不明確である。そうした職場では、従業員の責任や期待される成果が明示されないことで、仕事の偏りが改善されにくく、従業員が同僚との比較を通して不当感を抱きやすくなると考えられる。
なお、業績が安定している企業でも、そのような状況を放置することはリスクである。むしろ、業績の安定が組織変革への意識を低下させ、閉鎖的なコミュニ ティ内で特定の考え方や価値観が強化されていくことが考えられる。したがって、経営者や管理者は、組織構造が従業員の行動に与える影響を認識し、問題が深刻化する前に適切な対策を講じる必要がある。
<参考文献>
- 鈴木竜太 (2013).『関わりあう職場のマネジメント』有斐閣.
- 仙波亮一 (2018).「自己愛タイプ別に見た労働者の自我脅威の知覚が対処方略に及ぼす影響」『実験社会心理学研究』57(2), 105-116.
- 高橋克徳・河合大介・永田稔・渡部幹 (2008).『不機嫌な職場-なぜ社員同士で協力できないのか』講談社.
- 田中堅一郎 (2008).『荒廃する職場/反逆する従業員 職場における従業員の反社会的行動についての心理学的研究』ナカニシヤ出版.
- 玉井颯一・五十嵐祐 (2014).「社会的排斥に対する正当性評価尺度の作成」『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要 心理発達科学』61, 77-84.


