第116回 ワークショップ
「公器の理念」から生まれていく経営革命
-岡田卓也がつくったイオンと、公益資本主義の未来-

日時/2025年3月2日(日)13:30~17:00
場所/Zoomによるオンライン開催

講演

1.岡田卓也の時代:公器の理念が支えた静かなる流通革命
        石井 淳蔵氏(神戸大学 名誉教授

2.「公器の理念」から生まれていく経営革命
         -岡田卓也がつくったイオンと、公益資本主義の未来-
        原 丈人氏
           (アライアンス・フォーラム財団 会長/デフタ・パートナーズ 会長

対談

<話者> 石井 淳蔵氏、原 丈人氏
<進行> 栗木 契(神戸大学大学院経営学研究科 教授)

講演1 岡田卓也の時代:公器の理念が支えた静かなる流通革命

 

 

石井 淳蔵氏
(神戸大学 名誉教授)

 

『岡田卓也の時代』の執筆の背景

 石井と申します。よろしくお願いします。今回、原先生と一緒に登壇させていただく機会をいただき、お話しできることを非常に楽しみにしております。

 『岡田卓也の時代:公器の理念が支えた静かなる流通革命』は、イオングループ会長などを務めた岡田卓也さんの評伝です。タイトルに「の時代」を加えたのは、少しノスタルジックなイメージを出したかったからです。この時代はイオンの岡田さん、ダイエーの中内功さん、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん、西武の堤清二さんといった創業経営者がおられて、彼らの固有名詞で、「中内流」とか「堤流」という形で経営が語られていた懐かしい時代です。今は、経営やマーケティングの理論が発展したせいか、経営者の個性よりも一般化して捉えようとする志向の方が前面にきているような気がします。

 さて、今回は、「公器の理念と静かなる革命」をテーマに本書を執筆しようと考えた背景を中心に述べたいと思います。

 先日ご逝去された加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)と野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)との関わりを最初に紹介します。加護野先生と野中先生は非常に仲が良くて、そろそろ人生を終わろうかと、2024年12月28日と翌年の1月25日に続いて亡くなられたような気がしております。彼らの歩んだ道を一言でいえば、情報処理パラダイムと論理実証的研究でスタートして、その後環境適応から環境創造へとコペルニクス的転回を遂げ、晩年は日本型経営の再評価に向かわれたのではないかと思います。簡単に紹介しておきます。

 情報処理パラダイムという理論装置と論理実証的研究は、今ではごく当たり前の研究スタイルですが、これは野中先生が日本に持ち込まれた研究のセットでした。『組織と市場』は、野中先生がアメリカから帰国され1974年に出版されました。それが日本の経営学に革命を起こしたと思います。その頃、私は加護野さんと同級の神戸大学の大学院生で、切磋琢磨しながら研究していました。当時は、有価証券報告書は、虚偽のような書類だからそれを使って論文を書いても認めないといった強固な壁がありました。会社にインタビューに行って話を聞いても、疑わしい話を聞いても意味はないと思われていた時代です。実のある研究の方向性を探っていた若い研究者たちは一斉に、情報処理パラダイムという理論フレームを使って実証的研究に取り組むようになりました。

 加護野先生の『組織の環境適応』は1980年に出版されました。私もそれに刺激を受けて、流通の局面で情報処理パラダイムを適用して、実際に会社でのインタビュー調査や質問票調査を行い、定量分析をして、『流通におけるパワーと対立』を1983年に出版しました。この頃は、われわれの研究仲間の間では、情報処理パラダイムと論理実証的研究の最盛期でした。

 その後、お二人は、この情報処理パラダイムと論理実証的研究をさらりと否定されました。お二人は最初の著書以降、情報処理、論理実証的研究を、ほとんど進められておられません。お二人の思考は、企業は環境に適応する。そして、複雑な情報に対して組織を複雑化して適応する。こうした単純な論理で経営を説明することはできないと見切りをつけられたのだと思います。企業は環境に適応するだけでなく、環境を創造しているのだという方向へ進まれました。野中先生は1990年に『知識創造の経営』、加護野先生は1987年に『組織認識論』を出版され、1990年あたりにまた経営学に大きな転換が起こります。

 私も最初の著書を書いた後、創造の局面へ進みたいと思いました。ただ、適応過程を分析するモデルは多数ありましたが、創造局面を分析するモデルは見当たりませんでした。仕方がないので、方法論や考え方を一から探しながら考える形になりました。ですから、野中先生も加護野先生も(そして私もそうですが)最初の本を書いてから、2冊目が出るまでにかなり時間がかかっています。それは研究のパラダイム転換を試みたからだと思います。加護野、野中の研究の流れの中で、私も『マーケティングの神話』という本を1993年に出しました。前の著作から10年たっています。

 さて、話は1990年代に飛びます。加護野先生が神戸大学のビジネススクール(現 神戸大学専門職大学院現代経営学専攻(MBAプログラム))を作られる立場におられました。そのとき、神戸大学MBAの旗印を「ビジネス・インサイト」とされました。その一方で、一橋大学は「ビジネス・アナリスト」を旗印に掲げられていました。

 ビジネス・インサイトを旗印として掲げた背景には、「市場を分析してもいいビジネスが作れるわけではない。むしろ誰も歩んでないような道を歩む、そういうことの方が大事ではないのか」ということだったと思います。いい話だと思って、それをまとめたのが拙書の『ビジネス・インサイト:創造の知とはなにか』(岩波新書)という本で2009年に出版いたしました。神戸大学MBAの目指すところを、私なりの理解で書きました。

 こういう形で野中先生、加護野先生が経営学の流れを作り、私はその流れの中で研究を進めていたのですが、最近になってお二人とも、日本型経営の再評価に焦点を定められていたのではないかと私には見えました。私もその流れのなかにいます。2022年に出版した『進化するブランド:オートポイエーシスと中動態の世界』、そして2024年に書いた『岡田卓也の時代』も、いずれもその流れのなかにあります。

 加護野先生が書かれた『日本型経営の復権』は1997年に出版され、アジアに進出する松下電器やトヨタ自動車を追いながら日本企業の活躍を探り、日本型経営は世界にとっても意味があるのではないかと提示されました。2010年には『経営の精神』を書かれました。われわれが捨ててしまったものは何か。それは、経営において要請される基本的な心構え、つまり経営の精神で、それが戦略的な駆動力になるという考えのもとに書かれました。2014年に書かれた『経営はだれのものか』は、株主代表訴訟制度、過剰な内部統制システム、持ち合い解消圧力、子会社上場規制、利益志向経営など、実態を無視した制度改革によって、日本企業はリスクを取ることを忘れてしまった、と経営再生へ大胆に提言しています。今回登壇される原先生の主張とかなり軌を一にするところがあるのではないかと思います。私も実際に会社の取締役会に出席すると、こういう問題があるなあと感じることは少なくありません。

 このような加護野先生、野中先生の問題意識を受けて、日本人が大切に守り育ててきた経営の精神とは何か。日本人は会社をどのような存在と理解していたか。日本型経営の具体的な特徴とはどのようなものか。こうした問題と向き合いたいと考え、本書を執筆しました。

私が描いた岡田卓也の時代

 岡田卓也さんは、現在100歳です。ジャスコも創業100年になります。100年というのは、ジャスコは、1926年に株式会社岡田呉服店を設立し法人化した岡田屋を引き継いでおりますので、100年になるそうです。岡田卓也さんは岡田屋6代目の岡田惣一郎さんの長男として誕生。姉に11歳上の小嶋千鶴子さんがおられます。この方も長寿で、105歳までご存命されて、三重県にパラミタミュージアムという素晴らしい美術館も作っておられます。この小嶋さんがジャスコやイオンの思想的バックボーンを作ったのではないかと思います。

 岡田卓也さんは1947年に早稲田大学を卒業されて、7代目の岡田屋当主となり、22歳で岡田屋を引き継がれました。卓也さんの就任前はお姉さんが経営されていました。1970年に株式会社フタギと株式会社シロと岡田屋の3社が合併してジャスコを設立しました。フタギは姫路、シロは大阪北摂、岡田屋は三重県四日市で展開していたローカルなスーパーマーケットです。ジャスコを設立して社長に岡田さん、会長にフタギの二木一一さんが就任されました。最初から大同団結を日本全国のスーパーマーケットに呼びかけられ、合併を重ねていきました。エポックなところでは、関東で評判の高かった伊勢甚と扇屋との合併は大きかったと思います。共に北関東で1、2を争うビッグスーパーと百貨店でした。それがジャスコと合併することになりました。

 この合併で、ジャスコの経営陣は、扇屋の安田栄司さんが会長になり、二木一一さんは引退されました。安田さんも小売業界ではかなり有名な方で、扇谷の経営の姿を全部公開されました。いろんなスーパーの方に扇屋の経営の秘訣やノウハウを、塾を開いて教えられた方です。岡田卓也さんは、1986年にジャスコの社長を退任して、会長に就任、社長は二木一一さんの息子である二木英徳さんが就かれました。1989年にグループ名にイオンを採用。岡田さんは1990年にジャスコ会長を退任されました。

 私が描いた岡田卓也の時代とは、15年ほどの歴史です。経営史の先生からすると、「それは歴史とは言えない」と言われそうな感じです。しかし、この15年間に、今に残る多くの遺産が詰まっていると思います。

 ジャスコもイオンも、とても立派な社史を持っています。ジャスコの社史は、わずか20年間ですが1000ページを超える社史になっています。しっかりまとめられていて、これを読めばジャスコの何たるかが分かると思います。私が改めて研究することもないのではないかと悩みましたが、視点を決めてやることで、歴史と対話できるのではないかと思い、最初に二つの視点を定めました。一つは、比較企業者史の視点、二つ目は商人思想史の視点です。ジャスコは、いろんな面から特徴を挙げることができると思いますが、私はこの二つに絞りました。この二つの視点に沿ってお話を進めたいと思います。

中内ダイエーの流通革命との比較

 比較企業者史としては、ダイエーの中内さん、イトーヨーカドーの伊藤さん、セゾンの堤さん、あるいはライフの清水信次さんが比較の対象になります。個性豊かな経営者が登場してきて、そういう経営者と岡田さんの何が違っているのかを明らかにしておくということです。ここでは中内ダイエーを取り上げます。

 中内さんは、流通革命の先導者でした。彼は、流通革命について本を書かれた大学の先生に対して、「彼らは流通革命を語っていない。彼らが語っているのは流通簡素化論でしかない」と非常に批判的でした。つまり、細く長いパイプを太く短いパイプに変えるというのは、単なる簡素化の話であって革命の話ではない。だが、大学の先生の話は、この簡素化である太く短いパイプという形で議論を収束していておかしい、というのが彼の一番の主張でした。彼は単品・大量・計画・販売という方針を強調し、これが中内さんの旗印になりました。日本商業学会での言葉が今でも残っています。それは、「スカートとだしじゃこを合わせて売上が一番になっても意味がない。大事なのは、『だしじゃこで一番』、『スカートで一番』になること。そうして初めて、メーカーに対して最大の交渉力が持てる。だから何としても、単品・大量・計画・販売を徹底していく」とこういうわけです。そしてこれが中内さんの目標でもありました。

 もう一つの目標は、ファブレスメーカーにありました。工場を持たないメーカーでありたいというわけです。そして、PB(プライベートブランド)に対しては非常に積極的に出ました。この当時を知っておられる方は、PBの「BUBU」で家電製品を売り出したことを覚えておられる方もいるかもしれません。それぐらい積極的にメーカーの分野に入っていかれました。ダイエーは、工場を持たないファブレスメーカーになるということも大きな旗印として掲げました。それによってメーカーから価格支配権を奪取して、消費者の手に取り戻すというこれまでになかった新しい流通業態、メーカーと卸小売が一緒になった業態の可能性の扉を開いていきました(図1)。

 今はその姿はありませんが、その遺産は大きいものがあります。ユニクロの柳井正さんやニトリの似鳥昭雄さんの二人は大の中内好きで、ユニクロもニトリも単品・大量・計画・販売・ファブレスメーカーで、中内さんのモデルを踏襲しています。セブン-イレブンも無印良品も同様に、単品・大量・計画・販売・ファブレスメーカーという業態を確立しています。いずれにせよ中内さんが1960年から20年、30年にわたって構想した新しい小売業態、新しい流通革命のありようは、着実に引き継がれて、今や日本のグローバル小売企業として発展しています。そういう意味で中内ダイエーの貢献は、決して小さいものではないと思います。

ジャスコのユニークさ

 こういった非常にラディカルに世の中を変えていこうという経営を、中内さんをはじめ当時の革命の旗手の経営者は試みておられました。しかし、ジャスコはそれとは違っていました。相違点を図2に整理しています。一つ目は、合併を通じての成長を試みたことです。二つ目は、規模拡大のための合併ではなくて、心と心の合併を唱えて、日本全国のローカルチェーンに提携合併を呼びかけたことです。この「心と心の合併」を言われたのは、二木一一さんです。二木さんは、零細小売商から兵庫県で一番のスーパーマーケットへと展開させた方です。二木さんは「世間一般では共同して良くなった例より悪くなった例の方が多い。共同は理想であっても現実は難しい。難しいことをやるのだから、覚悟が必要である。自己を捨てること、のりとなり肥料となる役目こそが必要である。お互いが胸を開いて、言えば心と心の合併をしなくてはならない」と言われました。この精神を日本全国のローカルチェーンの経営者に呼びかけたわけです。先に合併しても後に合併しても何の差別もなく、われわれは公正平等な体制を作っていくということです。

 三つ目が地域法人制度です。これは「連邦制経営」と呼ばれる制度です。四つ目が合併したほとんどの店舗でスクラップ&ビルドを試みたことです。ジャスコ設立時、日本の経済社会は大変動の時代でした。団塊の世代が大学を卒業し始めた年です。1947年(昭和22年)生まれは、250万~270万人いました。2024年の出生数が70万人なので、その4倍です。当時、どんな形で経済が変わったかというと、集団就職などで田舎から都会へと人口移動があり、都会では郊外に団地ができて、車所有が急増しました。自家用車を購入し、買い物に車を利用するようになりました。

 一方、この流通革命でスーパーマーケットができ始めたのは1955年ごろです。この当時のスーパーマーケットは、駅の最寄りに立地していました。ダイエー1号店の千林店は大阪市旭区の千林駅前ですし、2号店は三宮の駅付近です。徒歩で来店し買い物をして帰るお客さんを相手に店を展開していましたが、自家用車の普及で事態は大きく変わりました。それまでの店の作り方を根本的に変えていかなくてはならなくなったのがこの時代です。

 それに対応して岡田卓也さんは、合併先のほとんど全ての店のスクラップ&ビルドを進められました。これらの点が岡田ジャスコのユニークなところです。

 このスクラップ&ビルドの流れに遅れをとったところが、その後、スーパーマーケット業界、小売業界で落ちこぼれていくことになります。岡田屋には「大黒柱に車をつけよ」という家訓があります。店は立地した場所にずっとあるのではなくて、車をつけて需要があるところへ店を持っていきなさい、というのが岡田屋の教えで、岡田卓也さんは、いつもこのお話をされています。

 先述の地域法人制度はとてもユニークでした。全国のスーパーマーケットチェーンへ連携の呼びかけをして、ジャスコとの合併を促進しました。ジャスコグループは、各合併会社の自律性を活かす経営スタイルをとりました。1955年ごろにスタートした流通革命ですが、地方のローカルチェーンを担ったのは、総合商社でも専門商社でも、大手百貨店でもなくて、先述のフタギや扇屋のような零細なお店が刻苦精励努力して、スーパーマーケットチェーンとして展開していきました。

 各地にそのようなスーパーマーケットチェーンがたくさんあって、岡田さんは先頭に立って「われわれと一緒にやりませんか」という呼びかけをしていきました。その合併の方式がユニークでした。そのエッセンスの一つは、インフラ部門を集約強化して、製品開発や情報システム、ファイナンス、人事など、規模の経済性が必要だと思われる分野は統合する、というやり方です。

 その一方で、チェーンごとに自律的な経営を促しました。経営者は従来のまま、合併したローカルチェーンの経営者がそのまま経営の任にあたる。そのインフラ部門については統合して、ジャスコとして責任を持ちサービスとして提供しましょうということでした。扇屋は扇屋ジャスコ、伊勢甚はその名前のままで経営しました。それぐらいそれらの店にはブランド力がありました。それぞれのチェーンの自律性を活かそうとしたということです。

 中内ダイエーと岡田ジャスコが同じ流通革命時に活躍されましたが、やり方を改めて整理すると、ずいぶん違っていたことが分かると思います。中内ダイエーはメーカーから価格支配権を奪取したかったので、ともに返り血を浴びるような戦いになりました。松下電器はダイエーに商品を卸さない。ダイエー側は松下の商品は一切扱わないということです。激しい対決になりました。このやり方は、「旧支配者の打倒」を目指すやり方です。フランス革命やロシア革命がそうであったように、「民衆のために」という旗印のもとで旧支配者を現支配者が打倒するのが革命らしい革命ですが、中内ダイエーはまさにそういう姿だったのではないかと思います。中内さんの一番好きな言葉が「For the Customers」です。「民衆のために」という旗印と似ています。

 一方、岡田さんはそうではなくて、地域ごとに地域のニーズを取り込んで発展してきたスーパーマーケットチェーンを自社の中に取り込み、インフラ部門など規模の経済の効くところは効かせて、実際の市場に向けた経営については、そのスーパーマーケットチェーンを立ち上げた経営者にお任せするというやり方です。地域ごとの風土・文化の違いを理解し、商人同士の信頼関係を頼りに、当地を熟知した経営者の力を活かす経営です。同じ革命でも、秩序を維持しながらの革命です。私はこれを「静かなる革命」と名付けました。

 整理すると(図3)、組織としては本部集権制と店舗分権制をうまくバランスを取るような形にしました。戦略は連邦制経営と地域ジャスコ制度という新しい制度を作って提携合併を進めました。スクラップ&ビルドも積極的に進めました。本部がインフラ部門を抱えていることが、スクラップ&ビルドを促すことになったと思います。

 組織戦略を挟むように、公器としての店・会社、心と心の合併という理念を支えて、一方でガバナンスとしては、公正平等を旨とされました。岡田さんに何度かインタビューしましたが、印象に残ったのは、「合併は買収とは違います。買収は全部自分のものにしていきますが、合併は合併するごとに自分の持ち分が減っていきます」と言われたことです。一般的には合併も買収も一緒にして合併と言われます。規模を大きくするための合併が多いのですが、岡田さんは「合併によって自分の持ち分がその分だけ減っていく、これが私の言う合併です」と言われました。

ジャスコが受け継いだ商人の思想

 二つ目の視点が商人思想史の視点です。小嶋千鶴子さんの『あしあと』という50年前に書かれた素晴らしい本があります。岡田屋は、公私のけじめをつける日本経営の伝統を引き継いで経営されてきた。われわれもそれに沿ってやっていく、というのは、小嶋さんと岡田卓也さんの経営の軸だったと思います。

 彼女が勉強した先進的な会社はいろいろありますが、その中で二つのお手本を選んでいます。一つは住友財閥です。住友政友が京都で薬屋を始めたのが創業と言われています。1721年ごろに愛媛県新居浜市に開いた別子銅山の経営をしっかりとやるために、17か条から成る家訓が作られました。それらを明治に入り整理したのが広瀬宰平で、明治になって潰れそうになっていた住友を復興させた立役者と言われています。

 広瀬宰平が整理した住友家の家訓の趣旨は、「公私のけじめをつける」というのが、鍵だったのではないかと思います。住友家の家長の立場を定め、経営にタッチしないことを定めたのです。働く人のための店という考えが住友家は濃かったと書かれています。広瀬宰平は9歳で住友に丁稚として入り、30代後半で住友の総支配人になられた方です。広瀬宰平が書かれた文章を拝見したことがありますが、「われわれ住友家の人間は……」と書かれています。広瀬は住友家の人間として意識できるようになっていると思いました。そして、合議制を重視し、浮利を追うことを禁じ、長期の視点、世代を超える「家」の価値を彼らは認め合いました。

 もう一つは、江戸時代の思想家の石田梅岩が創始した石門心学です。

 石門心学では、商人の仕事は人と人とを結びつけることが強調されます。今の商業理論では当たり前の話かもしれませんが、当時、そんな考えはありませんでした。「商人は座して利を得るものなり」と儒学者の荻生徂徠は言っています。江戸時代後期の経世論家の林子平は「実に無用なごくつぶしにてありそうろう」と言っています。江戸時代前期の儒学者の山鹿素行は「ただ、利を知りて義を知らず、身を利することのみ心とす」と、江戸時代の著名な思想家が口を揃えて商人を批判していた時代に、石田梅岩は「商人の仕事は人と人とを結びつけること。その商人の報酬は、それによって得る報酬でしかないのだ」と言っています。そして、商いにおいては相手も立ちいくよう配慮すべき、と社会(相手ベネフィット)志向や、商人の使命・商いにおいて、たゆまず正直・勤勉・倹約に努めることなど、商人の心の内に踏み込んだ倫理を強調したわけです。

 これに対して、いろいろな評価があります。思想史家の丸山眞男は、「封建主義の流れの中に身を任せている町民の未熟な思想だ」と厳しいことを言っています。封建社会の上の人の思いのままになるのではないか、という恐れなのでしょう。それは一つの見方だと思います。

 その一方で、フランスの社会人類学者のレヴィ・ストロースは、「この時代に自生自覚の精神を持つこの哲学は素晴らしい」と絶賛しています。フランス革命以前に、そうした思想が芽生えていたことを考えれば、その思いも不思議ではありません。

 さて、小嶋千鶴子さんは、岡田屋で公私のけじめをつけた経営をされました。岡田屋では、決算書などの書類の最後に番頭、手代が印を押して決算書類が成立するといいます。手代、番頭は店の経営において大事な役割を果たしていたのです。住友家や石門心学と軌を一にする経営が行われていたことを、彼女は述べています。

 岡田屋だけではありません。ジャスコに糾合した商人は、扇屋の安田栄司さんや伊勢甚の綿引甚介さん、かくだい食品の近野兼史さん、福岡大丸の阿河勝さん、カスミの神林照雄さんと小濱裕正さんがいます。この方々は、「すべての店はお客様のためにある」「商いこそが自分の使命だ」「店は自分の世代で終わらない」という気持ちを持っておられました。それらの思いが重なって、ジャスコが誕生し成長したわけです。

「公器の理念」は商人の倫理

 商人の倫理といえるものがわが国の流通革命の時代にもありました。それは、「商いへの使命感」と「公」に向けた意識です。私は、石原武政先生(大阪市立大学名誉教授)と一緒に1992年に『街づくりのマーケティング』を出版しています。この本では、北海道から沖縄まで日本中の商店街を二人で訪ねて、店の方に話を聞きました。話を聞く中で、街場の商人の商業活動は、世代、仲間、取引先、地域が一体になった活動だということが分かりました。

 そのときのエピソードを一つだけ紹介します。京都の金物店のご主人に話を聞いたときに、「息子が店を継いでくれることになったんです」と話されました。そして「これで取引先の皆さんにご心配をおかけすることはなくなって、ほっとしております」と言われました。この発言から、このご主人が親子との関係、取引先との関係の中で、自分の店をやっていることがよく分かります。親から子に商売が継承される。継承される商売は、親子のものだけではなくて、取引先のためのものでもある。社会共通資産としての認識を彼らは持っています。こんなことも含めて、わが国の街場の商人たちは、世代、商店街仲間、取引先、地域と一体となった商業活動を行っていると思いました。

 これは世界ではどうなのかを調べてみました。ヨーロッパやアメリカでは、家業という概念はほとんどありません。また、儒教文化圏といわれ日本に似た文化圏と思われている東アジアでもこういう傾向は見られませんでした。そもそも、商店街が共同で大売り出しをやるというような試みはありません。あるいは、小売は恥ずかしい仕事で、子どもに見せられないともいわれます。小売に誇りを持って家業として引き継いでいく日本とは大違いです。そういう意味でも、日本の小売の商人、街場の商人は、商いへの使命感と公に向けた高い意識を持っていることを理解できるのではないかと思います。

 しかし、それが過去の遺物か未来の希望かということが問題です。街場商人を取り上げた二つ目の著書は『商人家族と市場社会:もうひとつの社会論』というタイトルです。商人家族でもって町を作り、繁栄して高度成長期に入り、これから大儲けできるという時代に入ったはずなのに、核家族化に変わっていき商人家族が崩れていきます。街場商人が持っている高い意識は、商人家族が消えていくのに応じて消えて行くのかもしれないと思っていました。ところが岡田卓也さんの話を聞きジャスコを研究して、未来の希望にもなりうると思いました。

静かなる革命と日本特有の感覚

 最後に整理します。静かなる革命が一つの強調点でした。これは日本の社会、経済の未来を照らす光だと思います。伝統と革新は二律背反ではありません。日本の老舗は、変えるべきところは変えながら伝統を引き継いできました。老舗は、長期的な視野を持って、自分らしさを大切にしていきます。伝統、アイデンティティを大切にしながらも、経営や業界を革新していく。コロナ禍の中で100年を迎えた会社が2000社あったというレポートを読んだことがあります。それらの会社が、自分らしさを大事にしながら成長進化してきたプロセスは、組織が自己を維持し、変化し、進化するシステムのオートポイエーシスであるといえるのではないかと思います。

 もう一つは商人たちの持っている「公私のけじめ」という意識です。公器の理念、商いへの使命感、店の永続志向がそこに含まれます。「幾千年来われらの祖先が育み立った東洋文化の根底には、形なきものの形を見、声なき者の声を聞くといったようなものが潜んでいるのではなかろうか。われわれの心はこのごときものを求めてやまない。私はかかる要求に哲学的根拠を与えてみたいと思うのである」これは哲学者の西田幾多郎が言っています。

 ものの背後にもの以外の何かを見る。まさに平安時代の歌人の藤原敏行が詠んだ「目にはさやかに見えねども、風の音にぞ、おどろかれぬる」という立ち位置です。形なきものの形を見、声なきものの声を聞くというのは、日本人の個性ではないでしょうか。それに対して哲学的な根拠を与えてみたいというのが、西田哲学の出発点だったようです。ものの背後に価値を見るという鋭敏な感覚、つまり、店にかけがえのない価値を見、従うべき規範を作り育てる。働きでいえば、「店はお金を儲ける機械」です。しかし、日本人はそうは見ないで、店に「こと」や「価値」を見い出してきました。

 評論家の山本七平も同じようなことを言っています。中近東で日本人とアラブ人が遺骨を運ぶ仕事をしたそうです。何日かすると、日本人のほとんどが病気になって倒れてしまいました。遺骨を運ぶことは、日本人には耐えられない仕事だったようですが、アラブ人にとっては単なる物を運ぶ仕事で、それ以上でもそれ以下でもなかった。このような例を挙げて、ものの背後に「こと」を把握する臨在感的把握は日本人の特性だと言っています。そして、日本人がよく言う「場の空気」は、この臨在感的把握から生まれてくると言っています。

 西田と山本の考え方は、モノの背後に「こと」や「価値」を見るという日本人独特の感覚を明らかにするものです。それは、日本の商人たちが店の背後に「公」を含む遵守すべき貴重な価値をどうしようもなく見てしまう姿を捉えているように思います。

 加護野先生は、「日本型経営は、状況論理という柔軟な判断力と愚直さという習慣が特徴だ」と言われました。できればそれに、「伝統の中で生まれる革新」と「公私のけじめ」の二つのロジックを加えたいというのが私の希望です。

講演2 「公器の理念」から生まれていく経営革命
ー岡田卓也がつくったイオンと、公益資本主義の未来ー

 

 

原 丈人氏
(アライアンス・フォーラム財団 会長/デフタ・パートナーズ 会長)

 

「公益資本主義」を、なぜ提唱したか

 今回のテーマは、「『公器の理念』から生まれていく経営革命」ということですが、私は、「公器の理念」から全ての会社がしっかりと経営革命をしていくと、世界中に健康で豊かな中間層が増えると信じています。

 私は、人生のほとんどを海外で過ごしています。20代の前半から海外に出て、最初は考古学、その後はシリコンバレーで光ファイバー事業を起業し、1980年代後半からは、アメリカを中心にイギリス、ヨーロッパ、イスラエル等でベンチャーキャピタリストとして活動してきました。

 今回は、公益資本主義の考え方を紹介します。私は、日本的経営という考え方を発展させて公益資本主義を提唱したのではありません。私は石田梅岩のことも、日本的経営のことも知りませんでした。私が住んでいるアメリカ合衆国は株主資本主義です。これを、非常に短期間でやっていくのは金融資本主義ですが、1990年代にアメリカが株主資本主義に転換していくことで、将来が危ういと考えたところから、公益資本主義の原点になる考え方を1990年代後半に自分で考え出しました。

 頼りにしたのは、私の父や祖父が経営していた姿で、社員を大切にするということでした。父や祖父の会社は、昭和の時代ですから男性社員ばかりでした。もし、ある男性社員が病気で亡くなったり、交通事故でけがをして働けなくなったりしたら、必ずその奥さんを採用してトレーニングした上で給料を払って、子どもが成人するまではしっかりと雇用していました。会社の使命は、社員とその家族を守ることであるということを徹底している会社でした。

 私が小学生だった昭和30年代に、電力会社が会社にエアコンを売りに来ました。父は、一番、暑くて、汗を垂らしてしんどいのは工場だということで、工場からエアコンを付けていました。重役室はというと、「窓でも開けて、うちわであおいでいただいたらいい」と言っていました。社員を大事にするところは、石井先生が話された住友の広瀬さんをはじめ、いろいろなところと共通点があると感じました。私は後に文献を読んで、日本の昔からの伝統や文化と日本的経営はつながっているのだと思いました。

 しかし一方で、1980年代は日本的経営というと、企業から政治家への資金提供が問題視されるようになり、祖父や父の会社と違って、一部上場の大企業に対してはかなりネガティブな印象を持っていました。当時、私はスタンフォード大学のビジネススクールで勉強していました。日本的経営は中長期経営であり、将来の視野を見据えていたと、スタンフォードのリチャード・パスカル教授たちの著書『The Art of Japanese Management』では言っていましたが、私にはそうは思えませんでした。日本の会社は、昔からアメリカやイギリス、ヨーロッパで発明された技術を導入して、それをいかに安く、いかに大量に、いかに品質を上げて輸出するかということさえすれば、業種を問わず、あまり考えなくてもできたと感じていましたから、スタンフォード大学の教授陣があまりにも日本の経営をほめ称えるので、それは違うと思っていました。

 この頃に私は、野中郁次郎さんと知り合います。彼はUCバークレーで学位を取られていますので、すでにスタンフォードと行き来がありました。竹内弘高(一橋大学名誉教授)さんなど、彼のお弟子さんを紹介されたのもこの時期です。日本的経営に違和感を持っていましたが、父や祖父、私の先生となる立石電機(現 オムロン)の創業者の立石一真さん、本田宗一郎さん、松下幸之助さん、ソニーの井深大さんなどから経営に対する考え方を学び、公益資本主義の考え方を固めて理論化していきました。そして、しっかりとした理論構造に組み上げて、2000年以降からスタンフォードやハーバード、MITで講義をしてきました。これは「公益資本主義」がなぜ生まれたかという、一番重要なところをアメリカ人に知らしめるためでした。

 公益資本主義は、日本的経営の石田梅岩をはじめとする日本の昔からの思想などから理論が構築されていると思っている方が多いのですが、そうではありません。私は、アメリカやヨーロッパの事業をバックグラウンドにしていましたが、将来、アメリカが株主資本主義を採用すると、貧富の差が非常に激しくなってひどい社会になってしまうと考えました。1997年にアメリカの経団連に当たるビジネス・ラウンドテーブルが、会社は株主のものだということにつながっていくshareholder supremacyと株主第一主義を発表します。当時、私は全米第2位のベンチャーキャピタルの経営者だったので、多くのアメリカ人に知られていましたし、いろいろな人たちとも交流がありました。このころに、ミルトン・フリードマンをはじめとする株主資本主義的に発展する新自由主義の経済学者が随分と勢力を伸ばし、マイケル・ジェンセンの金融経済学などの考え方が発展して、会社は株主のものだという考え方に洗脳される学者や経営者が増えてきましたので憂慮していました。

 株主資本主義の考え方が正しいとすると、株主が会社を所有しているわけですから、CEOである社長と取締役会の役割は、株主利益を最短で最大化することに注力するようになります。例えば、10年間で100億円のリターンを出したとしても、次は5年で成果を出してくれということになります。その方がIRR(Internal Rate of Return:内部収益率)は高いですから、ファンドのマネジャーの報酬が関連付けされるので事業そのものが短期主義になっていきます。そうすると、短期になるほど長期の研究開発はできなくなるし、製造もできない。1年、6か月、3か月で高いリターンを上げることのできる商売は、投機的な金融以外はないでしょう。

 しかし、投機は必ずバブルを作り、バブルは必ず崩壊して、そのとき起きるのはゼロサムゲーム[1]なので、中間層の富が富裕層に回ってスーパー富裕層を作り、中間層が貧困層に没落する。ここで経済的な格差や分断の問題が起きることを非常に懸念しました。それが1998~2000年頃の話です。

 私はアメリカで起きた株主資本主義の流れに対して、資本主義のベンチャーキャピタルの真っただ中にいて、真っ向から反対意見を述べることで、アメリカの中では村八分的な存在になります。経営していた会社群の中でも、上場した会社に関しては、株主が私に反対票を投じるので、委任状争奪戦では負けの状況が続いていきます。

 そこで私は、ベンチャーキャピタルや会社の会長をやっていたのでは、地域戦で玉砕するようなことになってしまうことを肌身で感じ、作戦の元となる戦略を作る方がいいと考えました。国でいうと、政策立案、ポリシーメーキングです。この方向転換が実り、2000年以降は米国の共和党や日本の内閣参与や財務省参与、中国、香港など国の政策を立案する組織の中に入って、株主資本主義とは違う政策を打ち出していく活動をしてまいりました。

 皆さんに知ってほしいのは、日本の中間層が没落し貧しくなっている事実です。そういう状況が2000年頃から始まっていましたが、私がいくら言っても新聞は書かないし、TV局も報道しない、日本人はそれほど世界の中で貧しい国になっていることを感じていないようでした。しかし、この1、2年は生活が苦しくなっていると感じる一方で、IT長者や金融長者が生まれてきているのは、どうなっているのだと思う人が増えているのではないかと思います。金融所得で2割しか税金がかからないのに、勤労所得の所得税が高いのはおかしいのではないかと気付いている人もいるでしょう。私は、2006年に政府の税制調査会の特別委員として、結果的には否決されましたが、金融で儲ける人たちの税金と勤労で儲ける人の税金を逆転させるべきだ、それが難しいなら少なくとも同じ率にするべきだと主張していました。

これからの日本をいかに活性化するか

 次に、いかにすれば日本の国民が豊かになれるかという政策の話をします。石井先生のお話と通じるところがあると思います。

 私自身は、今、医学部や工学部でいろいろな研究をしたり、学生たちを指導したりしています。ビジネススクールでは、香港中文大学の経営学大学院の招聘教授として、中国をはじめとするアジア各国、ヨーロッパの留学生に対して香港で教えています。

 私の仕事はベンチャーキャピタルです。ただし、IPO(Initial Public Offer:新規上場)を目指して、将来の利益を最大化することはやっていません。産業を作り、それを通じて豊かな人たちをたくさん作っていくところに主眼を置いたベンチャーキャピタルです。ある会社に投資して、その会社がある程度の規模になったら売り、売り逃げることで儲けるスタイルのものは、私は得意ではありません。確かに会社としてはそういうこともないわけではないですが、多くの場合は、リスクキャピタルの段階で資金を出し、創業者と共に会社を創り大きくしていく本当に難しい仕事です。

 石井先生から、M&AのMergersとAcquisitions、合併と買収は違うという話がありましたが、これは合併した例の一つです。今、半導体メーカーでアメリカのNVIDIAが有名ですが、その基になるような、グラフィック、ディスプレー、プロセッシングユニットといわれるものを作っているオープラス・テクノロジーを1999年12月25日に創りました。テクニオン・イスラエル工科大学大学院のヨセフ・セグマン教授が、当時、ハーバード大学の応用数学科に研究に来ていた際に、彼と知り合って創った会社です。当時は、IntelのプロセッサーのPentiumが世界標準でしたが、演算速度が遅くてグラフィックの動画に対応できないということで、対応できるものを開発するために創った会社です。私が会長で、ヨセフ・セグマン教授が社長兼CTO(Chief Technology Officer)です。この会社は2005年にIntelと合併させました。

 合併していない例では、2000年に10人ぐらいでFORTINETという会社を創りました。現在は、2万~3万人の従業員数で世界第1位のサイバーセキュリティーの会社です。こういう会社を創るときのポイントは、オープラスもFORTINETもそうですが、資金を出して、私が会長や取締役などで経営しているときには、IPOを考えるな、株主に対するリターンは考えるな、いい製品を作ることに没頭せよ、ということです。バイオの会社なら、人を救うために会社がある、ということを徹底させます。何もないところから会社を創りますから、累積損失が20億、30億、50億、100億となっていくわけですが、オーナーの戦うべき相手は監査法人です。監査法人は、売上がないにもかかわらず、累積損失があると減損しろと言ってきます。そこで減損したら、中身を知らない株主や取引先は巨大な損失を出しつぶれると思ってしまいます。ですから、これはお金が将来の利益につながる技術に変わっただけであって、もっと価値が増えたのだという説明を堂々とする必要があります。そのようにして乗り越えていくと、会社は良くなっていきます。先が見えて株主利益に視点が向くと会社は駄目になるので、社員を豊かにするために利益を社員に還元する。これを徹底します。

 祖父も父も、「会社は利益を追求するのではなくて、いい仕事をすることだ。いい仕事をして社員を大切にすれば、会社は儲かる。利益は目的にはなりえない。利益はいいことをした結果。つまり、社員が生き生きと仕事をした結果として天から与えられるものだ」と言っていました。これをどうやって、アメリカ人やユダヤ人たちに理解させるかというところが、私の苦労のポイントです。

 私はこれを今、香港でやろうとしています。香港は、日本の多くの方が思っておられる状態とは異なり、「中国化された香港」にはなっていません。なぜなら、国家安全法制ができた後に、スタンフォード、ハーバード、コロンビア、UCバークレー、シカゴ、ジョンズホプキンス、MIT、こういったアメリカの大学が香港に研究所を作って進出しています。また、ヨーロッパではイギリスのケンブリッジ、オックスフォード、UCL、ICL、マンチェスター、ノーベル医学生理学賞を出すスウェーデンのカロリンスカ研究所、スイスのチューリッヒ工科大学、フランスのパスツール研究所、ドイツのアーヘン工科大学が香港に進出しています。日本からは、東北大学だけです。中国化されて、情報が全て中国に取られるなら、これらの大学や研究所が進出してくることはありません。

 また、香港大学、香港中文大学、香港理工大学、香港科技大、香港城市大学、この五大学は香港の中でトップ5ですが、世界のトップ100にも入っている非常にレベルの高い大学です。2年前のスタンフォード大学の医学部長が、香港中文大学とスタンフォードの大学連携をしたいと香港に来ました。世界的な大学や研究機関が香港の大学に提携を申し入れています。シリコンバレーの70年代、80年代と同じぐらいサイエンスやテクノロジーの素晴らしい宝の山になっているのが今の香港です。この状況を活用して、技術の革新を進めていきます。

 図1は、日本経済新聞(以下、日経新聞)に掲載されていたオランダのElsevier(医学・科学技術関係を中心とする世界最大規模の出版社)が出しているデータです。2013~18年のデータですが、アメリカよりも中国の方が、注目されている30テーマのランキングで世界トップの研究開発のリーディングカントリーになっています。アメリカ政府の情報機関なども、アメリカは中国から盗まれる時代、中国から盗まれることを防ぐ時代から、中国から盗む時代に変わったというパラダイムシフトを言っていました。全中国の中で最もサイエンスやテクノロジーが集積しているのが香港です。

 図2は、私のベンチャーキャピタルが世界中に創った会社群の一部です。FORTINET社をはじめ、Picture Telは、世界初のビデオ電話会議システムを開発した会社。その下にあるArrisは、世界初のバイオインフォマティクス(生物情報学)の会社。IONISは、世界初の遺伝子ターゲティングの会社です。VIAGENEは世界初の遺伝子治療の会社です。こういう会社群を世界中で生み出してきました。この実績と経験を香港で活かそうというのが、私の今の狙いです。

 先述したように、IRRを使うと短期的な利益の追求になります。5000万円の元手で2億円の成果を出す場合、研究開発や製造に10年かかると、IRRは15%。研究開発を飛ばして製造から始めると32%。効率よく利益を追求するならば、研究開発をやめて外部から研究開発を持ってくるオープンイノベーションにするわけです。オープンイノベーションは、自分のところで研究開発をしないというに過ぎないビジネスモデルです。製造も販売もやめて、投機的なヘッジファンドをやっていると、1年で300%のリターンが上がります。

 今、IRRが高いことが優れたプライベートエクイティやベンチャーキャピタルだと信じ込まされています。しかし、もし財務担当者が、IRRをモノづくり産業で適用すると会社は10年以内に必ずつぶれるか価値を生み出すことができなくなって経営危機に陥ることでしょう。絶対に使ってはいけません。実体のある価値、中身のある会社を創ろうと本当に思っているならば、経営企画部門がIRRやROEという指標を目標にしないことが必要です。参考値にするのはいいのですが、私の経営経験から申し上げると、IRRが高いベンチャーキャピタルが経営の優秀なベンチャーキャピタルだという判断を、ベンチャーキャピタルの担当者や、政府の担当者は思ってはなりません。単に、短期的な利益を追求するのが得意なベンチャーキャピタルだということが実態です。IRRやROICを経営指標に活用したヒューレット・パッカードやゼロックスなどの米国企業は、ファンドの食い物にされ姿を消しました。GEやIBMもROIC経営で一時は株価を上げてもてはやされましたが、最終的には将来への投資ができない状態になりました。

 アメリカとは違い、香港においては、五大学が作るProof of Conceptの早い段階でプロジェクトを決め、Seedのお金が減っていく段階で、われわれは戦略的な事業提携をしていきます。医薬品、化学薬品、食品、医療機器、デジタルヘルス、化粧品も、戦略的な事業提携をする相手先を全て日本のメーカーにしました。なぜかというと、日本の会社は株主資本主義の洗礼を受けてはいるものの、中には、公益資本主義に近い日本的経営の理念を強く持っている人たちがたくさんいます。こういう人たちが、香港の優れた技術を使って将来5000億円や1兆円になるような新しい事業部門を作る。この新しい経営哲学は、もともと日本にあったのかもしれませんが、アメリカの影響で消えてしまった哲学で事業をしっかり再興していくことができれば、自信を持った経営になるので、それをやっていこうということです。

 香港と日本が連携するのは非常に重要です。アメリカと中国は二大覇権国です。この二大覇権国は敵対しているようですが、会話のチャンネルを持っています。この結節点になるのは香港です。先ほども言いましたが、香港は中国化されているという見方は間違っていて、香港は中国とアメリカの共同統治領です。世界戦争が起きても核爆弾が飛んでこないのは、大都市ではおそらく香港だけでしょう。それぐらい、地政学的にも安全です。

 戦略的な事業提携で日本の企業の活性化を促したいと考えています。昔、東レがナイロンを入れたり、ソニーがトランジスタを入れたりして、大きな企業に発展してきたわけですが、日本の会社もユニークなテクノロジーはいろいろ持っています。しかし、日本は明治以来、外国から来たものは正しいとするような慣習が定着していて、日本独自のものを評価する仕組みがあまりないです。政府の中でも、アメリカやヨーロッパではどうなっていますかといった質問をする人が非常に多いです。それが変わることが望ましいのですが、すぐに変化するのは難しいでしょう。

 欧米の最先端技術と中国の最先端技術が香港で融合してできる最先端技術は、香港には山のようにあるので、日本の製薬や化学、食品、電気、化粧品の業界が組んで新事業を作っていく流れを必ず作ります。私の会社であるデフタ・パートナーズは、2023年に世界バイオベンチャーキャピタル最優秀賞を受賞した実績があるくらい科学技術を見極める力があり、優秀な社中で固めています。

株主資本主義の危うさ

 次に公益資本主義の理念を説明します。公益とは、一体、何かということです。公益とは、私たちと私たちの子孫の経済的および精神的な豊かさです。従って、これを実現する会社の使命は、会社は株主のものであってはいけない。会社は社会の公器であって、事業を通じて社会に貢献するものだと、私は繰り返し言っています。

 株主資本主義は、会社は株主のもの、公益資本主義は、会社は社会の公器として会社を捉えています(図3)。石井先生が、世代や社中の話をされましたが、私にとっての「社中」は、社員、社会、地球、顧客、仕入れ先、そして中長期の株主。これは会社を成功に導く仲間なのだという考え方です。

 利益が1000億円あった場合に、利益を全て株主に配分すべきだと考える日本人はいないでしょう。しかし、アメリカは当期利益の100%以上を株主に配分しています。しかも、コロナ禍のように国民が困っているときでも、Apple、ORACLE、P&G、GILEAD、AMGEN、Exon Mobilは、当期純利益に対する配当総額と自社株買いの総額比の合計額が、税引き後利益の100%以上を上回るような株主に対して有利で極端な配分をしています。利益の100%以上をどうやって出すかというと、内部留保から取り崩したり、社債を発行して借り入れをして、株主に分配しているのです。

 しかもこういったことは、OECDのコーポレートガバナンス・コード上で問題ないというのですから、あきれたものです。日本の新聞などでは、ガバナンスを効かせれば会社の不正がなくなると書かれていますが、欧米のガバナンスの本来の役割は株主利益を最大化するところにあり、これでは株主以外の社中の仲間を豊かにすることができないので、出来の悪い現行のコーポレートガバナンス・コードを廃止するべきだと思っています。

 ガバナンス上、正しい行動が本当に正しい行動かを考えさせられる例として、もう一つアメリカン航空のケースを紹介します。この会社の経営危機はトップの経営判断のミスで起きたのですが、このとき経営陣は、破綻を防ぐために、客室乗務員に340億円の報酬削減を要求しました。会社が倒産したら困ると思った従業員が報酬削減に賛同した後、経営陣は200億円の株式ボーナスを受け取りました。日本人の経営者であれば、倫理的にこんなことは許されないと思う人が圧倒的に多いと思いますが、アメリカではこれが普通です。外資系企業は、景気が悪くなるとすぐに人員削減をします。そして、人員削減により経営を安定させ、経営陣はボーナスを取る。そういうことに対して、アメリカのほとんどの会社は、「わが社の経営者報酬は、航空会社を含む他のアメリカ企業と同様に、市場に基づいている。株主と経営者の長期的な利害関係を合わせるように設計された」と正当化します。これがアメリカの経営ガバナンスの重大な欠陥と言えます。

 配当および自社株買いの総額が、税引き後利益の100%以上を株主にだけ分配する会社はたくさんありますが、こういう会社は持続性がないので、おそらく十数年以内に全て買収されるか倒産するでしょう。私は2003年に読売新聞に公益資本主義を初めて提唱しました。米国の資本主義は、社会に有用な企業を全て崩壊に導いてしまう可能性すらある。その理由はコーポレートガバナンスの要をなす、企業は株主のものという間違った考え方にある。特に株式を公開している企業は、従業員や顧客、仕入れ先などを含めた公共的なものであり、株主だけのものではないのだということを強調しています。時価総額を最大化することが企業目的だと勘違いしたり、ROEなどの手段を目的と取り違えたりして、数字ばかりを追わないことだ。企業は誰のもので、何のためにあるのかという問いに対し基本に立ち返るべきであると提唱しました。

 この発言に対して、アメリカ人の多くの経営者の中には、私のことを社会主義者や共産主義者だという批判をする人が出てきました。私のことを社会主義と批判する人間に対して、「社会主義は私有財産を許さないが、公益資本主義は私有財産を許している。根本的なことを理解しないで、なぜ失礼な質問をするのだ」と私は言いました。こういう議論を、アメリカで度々やってきました。

 株主ファーストがおかしいということについては、1970年にミルトン・フリードマンがニューヨークタイムズに寄稿した論考や、1976年にマイケル・ジェンセンとウイリアム・メクリングが発表した論文が間違っていたのではないかと、コーネル大学のリン・スタウド教授が2012年に出版した『株主価値の神話』以降、いろいろな主張が出てきます。私の考え方に近い人たちも、特にリーマンショック以降に出てきました(図4)。私は、2007年に『21世紀の国富論』を出版し、2013年には増補版を出版しました。アメリカの共和党や民主党のいろいろな会合でも発表し、2022年には、中国共産党中央委員会に直属し、中国共産党の最高幹部を養成する機関である中央党校を運営する国家行政院が翻訳出版しました。政府人民代表大会などでも広く紹介されています。米国共和党と中国共産党の両方が参考にしている本は珍しいと思います。

 2013年に、私は経済財政諮問会議の専門調査会の会長代理という立場で、当時の安倍総理以下、財務大臣、麻生副総理などに対して発表し、株主だけではなく社会全体の成長を考えることを提言して、いったん通すことはできましたが、最終的には金融庁や財務省、経済産業省、それを支援する金融セクターのロビーイングは、アメリカの圧力でうまくできませんでした。しかし、私が2013年に日本で発表したことは、米国での2019年のビジネス・ラウンドテーブルで、1997年には株主第一主義を唱えていた経営団体が、株主第一ではなくて、一番は顧客であり、二番目は従業員であるとして、株主が一番下だと、われわれと同じような考えを発表することにつながっていきます。2020年には、金融資本主義の人たちが集まる株主資本主義の人たちの牙城であるダボス会議で、金融資本主義の人たちの意見を変えようと臨みましたが、それには至りませんでした。この会議の指針には「ステークホルダー資本主義」が掲げられました。図5の日経新聞に掲載された図を見ていただくと、図3の公益資本主義と同じように見えますが、これは少し違います。

 『21世紀の国富論』の次に、2009年に『新しい資本主義』を出版しました。この本を、岸田元総理が政調会長のときに渡して、後に新しい資本主義実現会議の基になりました。しかし、ここに書いてあることは、岸田政権では一切行われませんでした。2017年に『「公益」資本主義』を出版。これは安倍政権時に、四半期決算開示の廃止、中長期株主を優遇、社外取締役制度を見直す、といったことは一部できましたが、大部分は実行できていません。

 「社中」という言葉は、江戸時代にありましたが、経営学者はアメリカの経営学の本を訳して、社員や地域社会を「ステークホルダー」と呼んでいます。ステークホルダーは、日本語に直せば利害関係者です。つまり、利害が対立している人たちです。もともと、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『資本論』が出た頃は、労働者は資本家と対立していました。これを考証すると、アメリカやヨーロッパのキリスト教の一神教から出ていて、自己の利益を最大化する、自分の意見を通す。こういう訓練を、スタンフォードやハーバード、ケンブリッジやオックスフォードでは徹底的にします。ですから、労働者は自分の給料を最大化することは気にしても、会社がつぶれることは気にしない。資本家は、労働者が生きていくのがぎりぎりの安い給料しか提示しない。ですから、両方が自己の利益を最大化しようとする対立関係で、これがステークホルダーです。そして、その代理人がネゴシエーターですから、弁護士です。弁護士の人たちが作るのは、契約や協約、合意事項になりますが、少しでも抜けている点があれば正々堂々と破っても正義になるので、とても分厚いものになります。こういう構造でできているのがアメリカやヨーロッパの社会です。日本の伝統になじまないやり方を日本に持ち込んでしまったので、日本の会社は元気をなくし弱くなってきています。老舗もそうですが、お互いに協力関係である「社中」は、監視社会ではなくて事業を協力して成功に導く仲間である、と私は捉えています。老舗の会社と縄文時代からの日本の伝統や文化は、互いに相手のことを考えて、自分の意見を主張する。日本の労働組合も、会社がつぶれるような高い給料は要求しません。個人間でもそうです。相手のことを考えながら、自分たちの要求を出してまとめていく。ここが、アメリカ、ヨーロッパに支配されたアジアやラテンアメリカも含めたキリスト教の植民地になっている国と日本との違いです。

 世界中に健康で教育を受けた豊かな中間層を作るためには、日本的経営を世界の人たちがやらなければいけないと考えています。そのためには、実例を見せるのが一番早く理解してもらえるやり方です。覇権国である中国人とアメリカ人に、このやり方でやる方が成功するという実例を見せるために香港でやっていこうと思います。

公益資本主義にもとづく経営

 公益資本主義の実践原則は3点あります。一つは、利益を社員、顧客、地域社会、仕入先、中長期株主、地球環境の保全にも適正に分配するのが社中分配。二つ目は、1回限りではなく持続的に分配するためには、中長期的な視点で経営する。馬の目の前にニンジンを見せるような経営スタイルには四半期決算開示や決算短信の四半期決算がありますが、これらは廃止するべきだと2017年から私は言い続けて一部は成功しています。三つ目は、中長期で会社を発展させるためには、絶対にイノベーションが必要です。企業家精神を強く持ち、イノベーションを起こして企業を成長させることを私は強く主張しています。この3点を世界中でやれば、世界中が教育を受けた中間層であふれる社会になる。

 日本に当てはめて考えると、公益資本主義が浸透すると国民の所得が増えます。そうすると、少子化問題も解決、個人消費が増えてGDPも上がり、株価も上がる。税収も上がり、原則、増税もなし。国民の所得が増えれば、日本人が豊かになるので、いろいろな所に遊びに行ける。そういうことを私は考えています。

 日本は、以前は終身雇用でしたが、今は4割が派遣労働になっています。派遣労働者は、男女ともに給料が低い。その結果、非正規の男性の場合は、正規と比べて40歳になっても8割は結婚できないという不合理があります。フランス人ならば、結婚しなくても子どもをつくりますが、日本人は結婚してから子どもをつくりたいという慎重な傾向が国民性に見受けられるので、それをかなえるためには、豊かな若年層をつくる必要があります。非正規で結婚できにくいので、有配偶率は下がってきています。しかし、結婚をしている人の有配偶出生率は1990年から上がってきています(図6)。また、図7では、結婚した夫婦の子どもの数は1.9人で、ベビーブームの2.2人のときに近く、未婚を含む全ての女性の出産率の合計特殊出生率と比べればはるかに高いことが分かります。ですから、少子化対策は非正規雇用を20代の人たちからなくし、安定した終身雇用にして、自分の将来がしっかりと見えるようにすることに尽きます。この政策をやってもらおうと、この20年間いろいろとやっていますが、なかなか実現できないです。

 こういった非正規雇用増加の理由には、アメリカからの要望があって1999~2004年に労働者派遣法が改正されたことが挙げられます。この後、郵政の民営化など、構造改革、規制緩和、成長戦略、民営化、企業統治改革が進められましたが、誰のための政策だったのか分かりません。これらの構造改革などで日本国民は自分たちの生活が良くなると思いましたが、実際はアメリカ企業が儲かるための構造改革、規制緩和、成長戦略、日本郵政公社等の民営化であると解説した方がいいと、新聞社などに言いましたが、そのようには書かれることはありませんでした。こういった成長戦略などが日本国民を貧しくしたと言ってもいいです。

 例えば、民営化した郵便局は、少子高齢化で人口増加が見込めないので、郵便料金などを上げていかないと儲からないです。速やかな利益の出し方は郵便局を廃止することです。過疎化の進んだ地域で既におよそ500局が廃止されました。私は小泉政権のときに、郵政民営化反対の立場を取っていたので、郵政民営化反対の候補者のところに、「あなたの方が正しい」と応援に行ったこともあります。

 日本の弱体化の仕掛け(図8)については、アメリカから日本の半導体、自動車など、次々にいろいろな要求が出てきていることです。アメリカに住んで、米国政府の中にも入っている私には、その状況がはっきり見えます。最近は、要望書ではなく、日米経済調和対話と言われていますが、つまりは同じことです。医薬品の承認期間の短縮について例を挙げると、コロナ禍でmRNAが、実験も治験もしないですぐ承認されたのは、この要求を飲んだからです。また、日本の農薬および食品添加物が、アメリカの130種類やヨーロッパの30種類よりもはるかに多い300種類以上も許可されていることもそうです。それ以外にも非常に大きな問題をアメリカから要求されていますが、これに対抗できる政治家や外務省の人間が全くいないと言ってもいいぐらいの状況です。

 郵政に続いて水道の民営化が要求されていますが、すべきではありません。米国やフランス、南米でも民営化に失敗しています。水道料金が高くなり、水質が悪くなる。何か起きたときにメンテナンスする人がすぐに対応しないようにすることで株主利益を高めることが共通したポイントです。世界中が失敗した水道民営化を、今から日本がやろうということには違和感を感じます(図9)。

 図10は、1960~2020年の給与と売上、株主還元の変遷のグラフです。従業員・役員の給料も、売上も伸びていませんが、株主リターンだけは急増しています。つまり、給料は増えないのに配当ばかりが増えています。図11は、1990年を100とした指数の名目賃金と実質賃金の推移のグラフです。1998年から名目賃金は全く伸びない状況で、実質賃金も下がっているので、私は2000年ごろからなんとかするべきだと訴えています。この要因は、アメリカからの構造改革を受け入れたことと、コーポレートガバナンス・コードなどのアメリカ型の経営を入れたこと、もう一つは日本人経営者の胆力がなくなったことです。平均給料の国際比較をすると、以前はアメリカの右隣が日本でしたが、図12に見られるようなランクに下がっています。円安が進めばギリシャ(GRC)並みになるでしょう。

 こういう状況になってきたため、2018年に私は内閣参与だったので、安倍総理に「所得3倍増も可能だから、所得倍増政策をやろう」と提案しました。岸田さんが総裁選に出馬したときのポスターには「株主資本主義と決別しよう」と書かれていましたが、彼は総理大臣になった途端に、株主資本主義と決別はせずに、駆け落ちしたのです。私の考えていることと真逆の方向に向かいました。

 2010年~21年、安倍政権下において、企業の利益が237%増えて、株主還元が膨大に増えているにもかかわらず、従業員給料は5%しか増えていません(図13)。これは、法人税の減税分は全て株主還元に移ったのではないかと私は見て、法人税増税に賛成しました。減税するのならば、減税分は全て従業員に還元するべきだという立場です。配当金も自社株買いばかりが増えて、あまりにも不均衡です。

 日本の会社の株主は、外国法人が3分の1を占めています(図14)。日本の事業法人でも優良企業の約4~5割は外国人株主が占めているので、合計すると約5~6割の日本の会社や事業法人の株主還元が外国に流れる仕組みを日本の財務省、金融庁は作っているということです。そこで私は財務省、金融庁の中で、増えた配当金を日本に還元できるような仕組みを提案しています。日本人の個人株主比率で20代、30代はわずか6%ぐらいですから、この年代の人たちに対して株主還元はほとんどないということです。そうであれば、株主還元よりも勤労所得である給料を倍にすることが重要です。例えば、自動車上場会社は9社ありますが、その平均配当の91円を15円減らすだけで、従業員給与は倍になります。株主は配当金を取りすぎだということが世論となるよう、新聞やテレビなどもその風潮を作ることが重要です。しかし、今、会社は逆のことをやっています。

 図15は、2023年度の自社株買いについてまとめたものです。1009社の自社株買いの総額は約10兆円ありましたが、これを上位15社の従業員数で割ると、一人あたり約830万円給料を増やすことができます。2024年は、およそ17兆円の自社株買いですから、平均すると2000万円ぐらい給料が増えることになります。こういった上場会社で、リターンを株主還元から従業員に回すことで、国民を豊かにする方向に向けることはできると思います。

 図16は、2023年に発表したものですが、自社株買いをするならば、社員還元も同じぐらいするという新しいコーポレートガバナンスを提案しています。配当を2割増やすならば、給料も2割増やすというルールです。私は実務家ですから、実際にそれができる仕組みを考えて実行しています。

 『「公益」資本主義』の中には、ルールを12個挙げています(図17)。このルールを全て実行してもらえたら、日本の中間層は確実に豊かになります。

 安倍政権の下で設置した危機管理会社法制会議では、議長をやりました。昔は、税引き後利益から配当金を払った後の残りは資本に積み立てることでいったん資本勘定に入ると、自社株買いや株主還元には使えませんでしたが、それが会社法改正で使えるようになっていました。だから、それを元に戻してもっといいものにしようと考えたのです。例えば、南海トラフ地震が起きたときに、全ての工場や設備が停止し、被災して壊れることもあります。これを復旧するまで、自社の資金で給料も支払い、社員や取引先までも救済できる潤沢な資金を資本勘定として持つべきだという考え方から作ったものです。もう一つ、短期的な四半期決算開示義務の廃止をするために、第1弾として、2017年に決算短信の業績予想欄を廃止することに成功しました。これは、安倍元総理の協力がなかったらできませんでした。この結果、上場会社約3600社の合計ですが、2億時間と8000億円の節約ができると試算されました。今回、第3弾で、四半期決算開示義務化を廃止すると17億時間と7兆円の節約ができます(図18)。これは、2022年11月26日にやっとできましたが、日経新聞は開示義務をなくせば、企業の情報開示が後退しかねないと、私の意図に対して断固反対の立場を取っています。

公益資本主義を踏まえたマクロ政策

 そしてマクロ政策をやらないことには、零細企業や中小企業が救えません。そのために私が考えているのは、総需要を上げることです。供給量よりも需要が少ないとデフレになります。今は、物価ばかりが上がり給料が上がりませんから、コストプッシュ・インフレはデフレ要因と見ていいと思います。

 こういうときには、総需要をどうやって増やすかがポイントになります。総需要には民間最終消費支出、民間住宅投資、民間企業設備投資、政府最終消費、純輸出、公的固定資本形成の6項目がありますが、不景気で需要が少なく供給が多いときには、企業は設備投資をしませんし、将来が不安だから消費も控えられてしまい、住宅投資も活性化しません。政府最終消費も控えられがちです。純輸出は、現在のように大量のエネルギー源を輸入しているときはマイナスとなります。このような局面で国として総需要を増やすためにコントロール可能なのは、公的固定資本形成しかないのです。

 そこで私は、2017年から公的固定資本形成を増やせば、GDPが増えると提案しています。公的固定資本形成につながる政府支出を2倍に伸ばしたアメリカ、フランス、ドイツ、イタリアなどは、GDPも倍になっています。韓国は4倍の規模にしたので、GDPは3倍。従って、三面等価の原則から、GDPが高いということは、所得の分配も多いということなので、約2年前から日本人の給料よりも韓国の方が多くなったのはこれが理由です。日本は1倍なので止まっています(図19)。ドイツやアメリカがGDPを増やしながら、公的固定資本形成が増えていることを示すOECDのデータもあります(図20)。この間、日本は公的固定資本形成が全く増えていません。

 そこで私は、75兆円の公的固定資本形成の財政出動を行うマクロ政策を提言します。公的固定資本形成を、防災と医療介護、研究・教育の三つのインフラに対して行います。防災インフラについては南海トラフ地震などの被害想定で、どこの橋が崩落するとか、どこが崖崩れするかということが予想されています。そこに対して5兆円ずつ5年間、財政出動すると被害が少なくなると思われます。

 医療介護社会インフラは、少子高齢化が進むと老人ホームの需要が高まります。環境のよい施設を作るのが私の狙いです。そのために5兆円を5年間。

 研究・教育インフラについては、会社と同じように大学も稼ぐ力をつける方針を日本の内閣府や文部科学省は取っていますが、研究者は、理系も文系も稼ぐために研究しているのではなくて、好奇心、探究心、将来に役立てるために研究を進めるわけですから、失敗や無駄になっても自由に研究費を使える環境が重要です。そのために5兆円を5年間です。トータル75兆円が公的固定資本形成の原資に必要になります。

 その原資については、国民向けに公益国債を発行します。公益国債は、目的を示したものに対して発行します。例えば、石井先生が、研究・教育インフラ向けの公益国債を買われたとすると、国にとっては借金が増えたことになりますが、石井先生にとっては、国債はご自身の財産です。国債を発行すると、子や孫の代の借金が増えるというロジックとは明らかに違うことを示して作ったのが公益国債です。

 図21は、2022年3月の産経新聞に寄稿した記事です。政府の借金は増えるが、購入した国民にとっては資産となる。これが公益国債です。新しい資本主義実現会議には、こういったものを作ってもらいたいと当時、岸田総理に進言していました。公益国債によって防災、医療、教育面での環境が整備されて、国民一人ひとりがよいサービスを享受できることになれば、公益国債は、政府としては負債となるが、国債を買って保有する国民にとっては資産となりうる。政府にとっては、バランスシートの内訳で考えると、借方に公益国債が含まれることになり、国の借金(貸方)が増えたように見えるが、公益国債によって、インフラが整備されると、生産、雇用、消費などに直接的に波及するフロー効果が生まれ、インフラ整備後には、ストック効果が生まれる。それによってGDP拡大効果を得られると思われる(図22)。国民が貯金(個人資産)で公益国債を購入するということは、国のために国民が協力したということになるので、相続税を75兆円分免除しようと提案をしています。実際、相続税、贈与税の割合は、令和6年度(2024年度)予算でも国税・地方税の割合では2.8%と非常に少ないので免除したとしてもそれほど問題もないし、相続税免除によって、将来の日本のインフラを作るためにしっかりとお金を出してもらうという形に変わっていくでしょう。

 結論を申し上げます。公益資本主義という考え方を分配の原則に使って、個々の企業がしっかりと行っていくこと。また、その公益資本主義の考えが多様な会社に浸透することで、健康で豊かな中間層が作られることになるでしょう。また、いい製品を作り、従業員を大切にする会社は必ず伸びますから、結果として株主も大きなリターンを得ることになるので、株主も喜んでいただけることになると思います。

 まだまだ言い足りないところもありますが、公器の理念から生まれていく経営革命の根幹の一部ではありますが、お話しさせていただきました。


[1] ゼロサムゲーム:参加者の得点(利益)と失点(損失)の総和(サム)が「0」(ゼロ)になるゲームのこと。あるプレーヤーの利益が増えれば、その分だけ他のプレーヤーの損失が増える。経済理論の「ゲーム理論」の一つです。

対談

<話者> 石井淳蔵氏、原 丈人氏

 

 

<進行>栗木 契 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

 

 

トランプ政権をどう見るか、そしてポスト成長の時代における「公器の理念」

栗木 石井先生、原先生、素晴らしいご講演をありがとうございました。参加者の皆さんからチャットで質問も寄せられています。これから後は参加者の皆さんにも加わっていただき、お二人の先生のご講演に対する理解を深めていきたいと思います。

 まず、私から先生方に二つの問いがあります。一つは、アメリカにおける格差の問題の中で、中間層の没落がいわれていますが、トランプ政権はこの層の支持が厚いように見聞きしています。しかし中間層の期待に応えるためにトランプ政権が打ち出している施策は公益資本主義的なものではないようにも見えます。この問題をどう見ておられるかというのが第一の質問です。

 もう一つは、これからの日本の問題です。原先生から、公益資本主義の考え方は、お父様やお祖父様の経営への姿勢から学ばれたもので、書籍や論文などからは特に学ばなくてもアメリカの経営がおかしいことに気付いたというお話がありました。そして、このお父様やお祖父様の経営への姿勢は、『岡田卓也の時代』とも重なります。

 これは、公益資本主義の考え方が高度経済成長期の日本の経営には根付いていたということかと思います。そうすると、成長の時代は終わったこれからの日本にも、この考え方は有効なのかという疑問が生じます。これが第二の問いです。

 この二つの問いに対して、両先生がどうお考えなのかを、まずは石井先生からお聞かせください。

石井 今まであまり考えたこともない質問なので、難しいです。

 NHKに「新日本風土記」というドキュメント番組があります。地域の中での自分たちの生活の仕方、あるいは食材の集め方、保存方法、郷土料理のつくり方、こういったものを丁寧に追っているドキュメントです。私ならTシャツでずっと過ごせる快適な気候のところに住みたいと思うので、過酷な気候の地域に住んでいる方の回を見ると、なぜこんなところに住んで苦労しながら生活されているのだろうと思ってしまいます。

 しかし、そこで生活している方が、昆虫を取って料理して食べて、お酒を飲んで、喜んでおられて、「これを他の地域の人にも勧めたい」と言っておられるのです。その地域ではタンパク源となる食料があまりなかったから、昆虫でも取って食べるしかないという風土になったのだろうと思います。それが自分たちの生活習慣になり、生活スタイルになり、それに対して誇りを持って、それを別の地域の人にも伝えたいと言われます。都会へ行けば、もっと楽においしいものを食べられると思いますが、彼らにとってみれば、そういう生活の仕方が彼らの楽しみであり、あるいは生きがいであるという形になっています。

 生きがいというのは、誰かのためにとか、何かのためにということなのですが、その土地、その風土に慣れ親しむことで彼らは自分の生きがいを作り出しているわけです。それは誰もがそうなのだろうと思います。

 そう考えると、人間の生き方の一番のベースは文化的要因にあると思います。お金をいくら持っているかとか、快適なところに住んでいるかということではなくて、それぞれの風土に適した自分たちの生活スタイルに誇りを持つ、それを生きがいにする生活の仕方をしてきたのではないかと思います。

 私の大前提は、そのことを軽視してはならないということです。例えば「万国の労働者、立ち上がれ」というのは雄々しい旗印です。しかし、万国の労働者は団結できないのです。それぞれの地の文化に慣れ親しんで、それを誇りに思っている人が簡単に労働者というつながりだけで団結できないのです。それは、私が一番考えたいと思っていることです。人は何で生きる意味を見つけるのかというと、文化的要因しかないという気がしているのです。

 ところが、トランプさんは徹底した経済主義です。文化的要因には一切触れようとはされないです。短期的な損得の取引が中心で、長期にわたらざるをえない文化的要因をどう扱うのかということは俎上にあがってきていません。長期的に見ると、あちこちにひずみが生まれるのでは、という心配があります。

 そう考えたときに、トランプさんにとって、公器の理念は一番遠いところにある問題ではないのかなと私は思いました。というか、こういう発想自体をトランプさんは受け付けないような気がします。古き良きアメリカという伝統的な価値に回帰しているように見えても、伝統的な価値が公器の理念に結び付くことがあるのだろうかというのが私の感想です。

栗木 ありがとうございます。中間層の没落には反応しているけれども、処方箋としては真逆だということでしょうか。

 日本の今後の在り方について、私は、こんなことを考えたりもします。第二次世界大戦後の日本の人口は約7000万人だったそうです。これが60年ほどかけて、ほぼ倍増した。これは当たるかどうか分からないですが、長期予想では2008年あたりの人口のピークから60年ほどをかけて約7000万人になっていく。つまり、60年かけて1億数千万になったものが、また60年かけて元に戻っていく。「元に戻るだけじゃないか」とも見ることができます。大きなパラダイムチェンジを迎えていることは間違いないですが、楽観的なことを言えば、戦後のベビーブームが起こる時点に戻るだけですから、そこまでをどうつないでいくか、と考えることもできます。

 石井先生がおっしゃったのは、地域で後を継ぐ人がいなくなったりしていくけれども、その中で何とか自分たちの生活の仕方を守っていこうとしたときに、新自由主義的な短期的な発想で動くとあっという間に崩壊してしまう。それが公器の理念のようなものに寄って立つことによって、成長はできないが、つないでいくことができる。成長の時代から縮小の時代に転じる中で、日本的な哲学の方が、中長期的に見ればレジリエンスが高いということでしょうか。公器の理念についての理解が一つ深まったような気がします。

 では、原先生、いかがでしょうか。

 先ほど言いましたように、株主資本主義で中間層が没落しているわけです。中間層は5年後、10年後のアメリカ、日本、いろいろな国の将来を考える経済的な豊かさと心のゆとりがあるのです。その中間層が没落して、今、貧困層が多くなってきてゆとりがなくなってきています。一方で、株主還元などにより富裕層はますます豊かになり、貧困層との経済格差が大きくなり分断化された社会になっています。このような社会では、貧困層の人たちは自分たちの明日、明後日の不満を共有してくれる政治家に票を投じるのです。中長期のことを言う政治家は絶対に当選しないし、候補者にすらなれないのが今の実態です。

 トランプの政策は、もともと中間層で没落した製造業の白人の労働者や「プアホワイト」といわれる白人の中でも生活水準が低い人たちが支持基盤になっています。それに加えて、LGBTなどを推進した民主党に対して、聖書にあるように人類は男と女しかない、トランスジェンダーなどは存在しないと考える正統派キリスト教や福音派キリスト教の教徒。以前はそういった教徒の中に民主党支持者もいましたが、民主党がLGBTに力を入れすぎだと感じた教徒は、トランプ支持になりました。そして、今や合法移民になっている黒人労働者やヒスパニックの人たちも、さらに不法移民が入ってくると自分たちの給料が下げられますので、この民主党支持者もトランプ支持に回りました。

 人口面でいくと得票数がたくさんとれるところについては、トランプは2024年3月ごろまでに地盤を固めていました。トランプを支持しているのは前述のグループとシリコンバレーのITグループです。資金がない状況でしたが、AmazonもAppleもGoogleもMetaも選挙直前まで民主党支持でしたが、みんなトランプ支持に回りました。この巨大テック企業各社は米当局に反トラスト法(独占禁止法)で提訴されており、就任後に厳しい立場を取らないように多額の寄付をしてトランプ支持にくら替えしたのです。その様子を見て、10月ごろからは、ウォールストリートも積極的にトランプの方に資金を出すようになりました。プアホワイトの人たちが支持しているから、工業製品を輸出するためにはドル安の方がいいわけですが、ウォールストリートはドル安にされたら困る。そこで、そういうことに反対する立場の人間を候補者に出してきて、結局、ウォールストリートが選んだ人が財務長官になっています。トランプは、ウォールストリートとITグループとプアホワイトの三つの支持層で大統領になれましたが、今、この三つの支持層は利害が対立しているので、もめています。

 だから、トランプには公器の理念というのはまったくない。日本はいかにトランプから日本を守るかをしっかり考えて対応していかないといけない時期に来ていると思います。

 人口減少社会になるのは明らかですけれど、これは別に怖いことではないです。日本国土の平地面積からいえば、先ほど栗木先生が言われた7000万人でも十分やっていけます。人口が減ることによって生産性を高め、一人あたりの国民所得が増えた例はたくさんあります。ただし、生産性を高めるために安い労働力に頼ることをしては駄目です。移民を受け入れていく政策は、これに対してマイナスの方向にいきます。安い労働力に頼ると、生産性を上げるための設備革新、技術革新をやらなくなります。技術革新をやらないのは駄目ですよね。

 移民労働を入れていなかった1970年代に日本は急成長しました。例えば、ホンダが自動車排ガス規制であるマスキー法にいち早く対応したCVCCエンジンを開発し製造するなど、日本の技術者は頭や知恵を使ったのです。頭も知恵も使わずに安い賃金に頼る構造でやっていると、革新は生まれずよくない状況が続きます。日本人がきちんとやれるような政策が必要であるにもかかわらず、移民を入れようとしていますので、その点は気になっています。

栗木 ありがとうございます。原先生に解説していただいて、アメリカの置かれている深刻な状況、つまり、表面的には豊かですが、格差と分断が構造的なものになっていることがよく理解できました。

 今回のワークショップに参加されている方は、ほとんどがビジネスの現場や企業の経営を預かっている人たちだと思います。この立場の人たちが、公益資本主義の企業を公器として捉えて経営を続けることによって、中間層を守ることにつながっていく。原先生がチャレンジされているように、アメリカでも少しずつ草の根から社会の健全さを取り戻していくことにもつながる。日本でもそれができるということは、私たちにとっての強いメッセージだと思います。

 もちろん政治家の人たちにも頑張ってもらわないといけないのですが、これは政府の問題であって、私たちにはどうしようもないというのではなくて、企業経営に関わっていれば、私たちがつないできた経営の精神は未来につながる希望が持てると思いました。

 続いて、石井先生から原先生に聞いてみたいことはありますか。

公益資本主義を経営に活かす知恵

石井 感心するお話ばかりで、公益資本主義に基づいて制度を変えていけばいいと思いながら原先生のお話を聞いていました。会社の取締役会でも、経営判断はROIC(投下資本利益率)やROE(自己資本利益率)に縛られています。株主が出てきて「ROEが8%ないじゃないか」「ROICを目標にしていないじゃないか」などと言われます。無視したらいいではないかと思うのですが、無視すると反対票が集まって取締役会から解雇されてしまう。そういう制度を作ってしまったことのまずさがあると思いました。

 原先生の話を聞きながら、それに抵抗している会社もあって、私が話したジャスコの後継のイオンは、株主に優待をふんだんに付けています。例えば、イオンでは、購入額に対して5%還元するという株主優待制度を実施しています。ですから、イオンの株価は高くて、ファンドが手を出すような値段ではありません。ところが、イオンで買い物をする人にとっては、いわば貴重な株券になるので買われます。こういう体制でうまく外国ファンドに買収されないように防いでいるのではないかと思います。

 私がイオンの社長に『岡田卓也の時代』を送ったら、その返信に「この定款を読んでください」とイオンの定款が同封されていました。それは、定款2条の「理念」のところに、何千字も書いてあるような定款です。例えば、普通の会社であれば「私は小売りで、こういう業務に関わります」といった10行ぐらいで終わるような形式的な事業内容を書くだけの条項ですが、イオンの定款には、「岡田卓也の教えで、平和産業で・・・」から始まって、それが何十行にもおよんで書いてあります。

 もし、イオンを買収しても、平和産業として成り立つようなビジネスをやらなくてはいけないから、利益をドンドン絞り出すことはできないと思われます。この定款を持っているイオンを買収しようとする会社は、なかなか出てこないのではないかと思います。

 エーザイの定款も「患者様と喜怒哀楽を共にする」ということを主体に、自分自身の言葉でものすごい文字量で書かれています。社長は「これがあるおかげで買収対象にはならないと思うよ」と笑いながらそう言っておられました。

 どれぐらいの会社が、定款を変えて外資からの買収を防ごうとしているのか調べないといけないと思いますが、こういったことが会社にとって買収を防ぐための有力な方法になるという理解でよいのかをお伺いしたいと思います。

 経営指標にROICやROEがあってもいいですが、それは体温計みたいなものです。健康状態を診断するときに体温を測って、36度ならば平熱だから問題ない、健康だということになります。では、常に36度にすればいいのかというと、そうではありません。そういうことが分かった上で指標として使うのはいいと思います。

 ROICばかりに頼ると新しい事業は起きてこないわけです。私の大切な恩師である立石一真さんが創業した立石電機(現 オムロン)がROIC経営で厳しい状況になったことがありました。エーザイも、理念をしっかりと書いておられます。しかし、株主還元率が100%以上になっているのですが、トップはあまり理解していないようです。実際、運営している実務担当者レベルが把握して、オーナーには詳細が伝わっていないところもあるようです。

 そういう中で、定款に理念を書き込むことがとても重要だと思います。私の著書の『「公益」資本主義』で、「『会社の公器性』と『経営者の責任』の明確化」をルールの一つ目に挙げています。これはどういうことかというと、定款の中に会社の創業の理念を書き込むことをうたっています。

 石井先生が住友家の話をされましたが、住友家の公益性はすごくうまくいっています。店は資本の所有者であるオーナーの持ち物ですが、同族の行動は住友家の家訓によって、厳しく制限されています。ですから、店主に身勝手なことは絶対にさせないという思想があるということです。これが本当の経営と資本の分離です。海外の研究者は、経営と資本の分離といいながら、株主が会社を好き勝手にするというロジックを正当化させていくようなところがあると、私はスタンフォードの経営大学院で感じました。

 石井先生が書かれた『岡田卓也の時代』を読んで、連邦経営は私の理想だと思っていますが、自分でやるとうまくいかないことが多いのです。この本を読んで、ジャスコが連邦経営に成功した理由が二つあると分かりました。一つは、小嶋千鶴子さんの存在です。もう一つは最初に合併したフタギの二木さんの素晴らしさです。小嶋さんと二木さんがいたから、ジャスコはうまくいったのだと思います。

 私は石井先生が講演の中で名前を出された経営者の方で岡田卓也さんだけは会っていないのですが、堤清二さん、中内㓛さん、伊藤雅俊さんには何回も会っています。みなさんそれぞれ個性があって、とてもいい方々だと思っています。その中でも伊藤さんは「会社は社会の公器である」「一番上に来るのは従業員だ」と私と近い考えをお持ちのようで、一番好きでした。しかし、いろいろな百貨店などを買収してからは連邦経営でうまくいっていないように感じました。

 ジャスコの正式名称は「日本ユナイテッド・ストアーズ株式会社」ですから、ジャスコは日本連邦経営という英語の略称です。社名が象徴するように連邦経営を成功させるに至ったのは、二木さんの「心と心の合併」といった考え方が大きいのではないかと思います。しかし、そういった思想的なことが経営の軸にあったとしても、実際にやるのは相当、胆力がないとできないです。アメリカ人だったら、おそらく詳細に何ページにもわたって書くと思います。しかし、二木さんは、それをなしでやったのだからすごいです。

 さらに、これはおそらく岡田さんのアイデアだと思いますが、合併したら会社の店舗をスクラップ&ビルドすることを受け入れるというのは、これまで手塩にかけてきた自分の店が全て破壊されるわけですから、普通は嫌だと思います。これをちゃんと受け入れる度量があったことです。

 そして、大阪北摂地域のスーパーマーケットだったシロもジャスコに入っていますが、当時シロは経営不振でしたが、そういう会社でさえも仲間に受け入れて、しっかりした処遇をするということは、公平性に対してトップがしっかりと認識しているということを、従業員たちも見ているということです。そこがとてもいいと思います。

 私もトップとして、小嶋さんがやっておられた公正さを保ち、不公平を避けることを会社の中で徹底するように言っていますが、徹底するのはものすごく難しいです。また、社員の間に誤解が生まれないように実行するのも、本当に難しいです。機会均等、公正のためのルールづくりについても、小嶋さんが徹底的にやっています。ですから、社員の誰もが公正に運営されている会社なのだと認識する社風をつくり上げたところが、イオンの成功だと思います。

 セブン-イレブンも、伊藤さんがトップだったときはこういった経営だったと思いますが、鈴木敏文さんになってアメリカ的経営に変わりましたから、売上と利益が伸びても理念が失われたと感じました。

 そして、ダイエーの中内さんは、「消費者のため」ということを徹底していました。勝てないような国家権力に対しても戦ったところが、私はとても好きです。私もそうしようとしていますが、中内さんほどにはできません。そういったところが素晴らしいと私は感じています。

参加者との対話

栗木 参加者の方からも質問をいただいています。一人目の質問者の方からお願いします。

質問者1 私はパナソニックに勤めているのですが、今回のお話に関連して個人的に思っていることと、会社の仕事で役立てるにはという二つの観点からの質問になります。

 東証のコーポレートガバナンス・コードでもROEを指標にするということが書かれているので、対外的にROEを指標として、配当性向にもよりますが、株主にかなり還元しているところがあると思います。

 一つ目は、個人的に最近、疑問に思っていることですが、日本では会社の法人税を減らして、国民の税金を増やし、大企業だけが儲かっているのではないか、といったことを言う人もいると思います。私は入社して以来、いい思いをしている気にはなっていません。どちらかというと雇用が削られたり構造改革が何度もあって、しんどい思いをしています。実態は、内部留保に回っているお金は、中長期投資分の資金以外は株主に回っている分が多いのではないかという気もしますが、そのところはどうなのでしょうか。

 二つ目の質問は、IRRやROEを指標にすることが公益資本主義に反するというお話でしたが、社会や顧客に対して目指すべきKPIとすべき内容です。例えば新規事業などで、どういったことをKPIとして外部や監査法人、ビジネスパーソンに説明していかれたのか、原先生が経験されたことを教えていただきたいと思います。

 会社のお金がほとんど株主に回っているというのは、先ほど説明したとおりです。あなたが何となく思っていることは本当にそのとおりではないかと思います。ガバナンス・コードは、あたかも正しいことのように書いてありますが、会社は株主のものということを会社に徹底させるためのトロイの木馬みたいなものです。ガバナンス・コードを導入した企業は、いくら儲けても、その利益はほとんど株主に還元されて、従業員には回ってこないという構造になっています。

 そういった方向を変える胆力のある社長がいなかったのが不幸だと思います。こういうことができたのは、松下電器の3代目の山下俊彦さんがおそらく最後ではないかと思います。2000年以降の構造改革をした松下電器も見ていますが、松下幸之助さんの理念をしっかりと会社の中に適用することはやっていないように感じます。

 IRRやROEの指標は、参考の数値であってKPIにはなり得ないです。KPIを数値目標とすること自体が間違っています。KPIとすべきなのは理念です。先ほどから何度も繰り返していますが、何のためにやるのかという会社の理念を、経営トップから末端の従業員まで全て共有できることがKPIです。そうすれば会社は何のためにあるのかが全員で共有できるから、マニュアルがなくても自分たちの持っている経験と知識で、その目的を達成するにはどうやればいいかということが社員それぞれの中から出てきます。KPIをマニュアル方式で数字にした途端に会社が駄目になります。ですから、そういったことを社内で提案なさるといいと思います。分かる上司が絶対いるはずです。

質問者1 ありがとうございます。具体的に監査法人などの方と対峙したときも、そういった理念のところを強く押し出されて説明されたということでしょうか。

 会社は何のためにあるのかという理念をしっかりとみんなで合意を取る。創業者の理念は、かなり完成度の高いものである場合が多いです。

 理念を共有したあとに、各社員は自分の立場と役割を明確にすること。そして、自分がその立場をしっかりとまっとうできるように、各自がその責任をしっかり果たすことが重要です。一生懸命、自分の立場と役割を実現すれば、自己実現ができて、やったという達成感を得て、仕事が楽しくなる。そのようにした上で、自分である程度、この仕事ができるという実感が持てると、今度はバリエーションもできて、自分の色が出せます。何もやらないうちから色を出すとばらばらになるので、うまくいかず、混乱した組織になってしまいます。

 数字は目標にしないで、理念を目標にする。それを徹底できるような組織づくりをする。石井先生の『岡田卓也の時代』の中で、小嶋千鶴子さんが何をやったかという部分を読んだら分かります。それを読んで、やりましょう。

質問者1 分かりました。ありがとうございます。

栗木 今回の原先生と石井先生との対話は、本の読み方を教えていただく場にもなっていると思います。ただ本を読むだけではなく、こうした対話からの学びを深めていくことの重要さを実感しています。

 では、次の質問者の方、お願いします。

質問者2 原先生へ質問が2点あります。私が水道事業関係の職員なので、その観点での質問になります。1点目が水道の民営化について、なぜ世界で失敗しているのかを教えていただきたいと思います。2点目は、今、日本の水道事業は多くは自治体が経営していますが、経営が危惧されている部分があります。民営化ではなくて官民連携という手法も検討されていますが、官と民の効果的な連携について、教えていただきたいと思います。

 民間の水道事業はなぜ駄目かというと、水道事業は利益を追求するために存在している事業ではありません。郵便や水道、電力などは公益事業です。公益事業は利益の追求のためにやっているのではなく、地域住民のためにある。それが会社は株主のものだという考え方の民間企業に買収されると、その取締役会は株主利益を追求せざるを得ないです。例えば、人口は今後それほど増えないので、売上を増やすためにどうするかというと、まず、値上げです。次に儲かる方法は、水質を落とす。その次は、水漏れなどがあるときにすぐ工事に行かない。そうすると会社は儲かります。これはコーポレートガバナンス・コードに反していないので、株主利益を上げるために正しいことです。

 そういうことで、民間企業に水道事業を委託した国の水道料金は上がりました。ボリビアの場合は約30倍に上がりました。他の国も2~5倍ぐらい上がっています。ピッツバーグ水道局やミシガン州のフリント水道局は水質が落ちて、茶色い水しか出ないということも起きています。経営者は「改善します」と記者会見で言いますが、実際はなかなか対応しない。これは利益を上げるためです。だから、水道の民営化は全くうまくいっていないと思います。世界の水道民営化で有名な会社が三つありますが、その一つのフランスのヴェオリア・ウォーターは日本にも進出しています。パリも水道の民営化をしましたが、今、話したようなことが要因となり、3年前にその民間会社から事業を買い取って公営化に戻しました。

 公益事業の民営化は問題があるにもかかわらず、なぜ日本で進められているかというと、財務省の収支均衡政策、プライマリーバランスの均衡、つまり、税収の範囲内でお金を使うことしかできないという縛りをつくっています。歳出の中で一番増えていくのは社会保障費で、日本の高齢化に伴う年金や医療、介護に対する費用。どこか減らさなくてはいけないということで、地方交付税が減らされます。地方交付税が減ると、地方の水道や下水などのインフラはお金がないので、民営化せざるを得ないという流れになります。

 これは、アメリカが日本の公益事業を民間事業化して、アメリカのファンドに売れという対日要求に合致します。最近、アメリカのベインキャピタルなどのファンドが何千億円、何兆円規模のファンドをつくって「日本の公益事業に進出」と新聞などに記事が出ていますが、これは対日要求のためです。

 水道事業は、すごく儲かる事業ではないけれど、絶対に損はしません。しかも、景気に関係なく住民が使います。景気に左右されず住民の暮らしのために必要なユニバーサルサービスは絶対に民営化しては駄目だと思うので、「そこまで民営化に手を付けた日本の政策は、国民にとって不利益を被る政策である」と私は内閣府参与の立場で常に政府内で話していました。今も話しています。

 日本の公益事業は、いきなり民営化するのは無理なので、PFI(Private Finance Initiative:公益事業の設計、建設、維持管理、運営に民間の資金や技術を活用する手法)の形で官民連携をやっていますが、これはアリの一穴ですよね。穴を開けたら、最後は取られます。ですから、これはストラテジーの問題です。日本国民の風土に合った民営化するための研究は、欧米の会社はしっかりやっています。宮城県や愛媛県などに水道事業で官民連携が導入されていますが、浜松市は反対してつぶれています。いろいろなケースがありますから、重々、注意をして目を光らせながら、官民連携や民営化を進めなくてはいけないと思います。いい民営化もあるはずです。会社は社会の公器と考える経営者が入る民営化はそんなに悪くはないと思うので、イオンが公益事業をやってくれたらいいかもしれないですね。

栗木 以前、ある自治体の水道局の委員をしていたことがあります。そのときに伺った話ですが、自治体が気を付けないといけないのは、原先生がアリの一穴だと言われましたけども、民間に委託しても、最初はコントロールできるのですが、その先の展開を見越しておかなければならないことです。というのは、それまでは水道事業を自治体でやっていますから、よく分かっている職員が内部にいます。提案に対して意見を付けることもできますし、怪しげなところを見抜くこともできます。しかし、時間がたち、水道事業を担当していた職員が異動や退職していくと、誰も分からなくなって民間の事業者の言いなりになっていくということが起きてしまいます。自治体は、水道事業を全面的に委託するのではなくて、少なくても一部は手元に残し、自分たちで運営をするようにすべきだということでした。

 では、次の質問をお願いします。

質問者3 私は公益資本主義に賛同している一人ですし、参加されている皆さんはおそらく「公器」という考え方に共感されている人がほとんどだと思います。

 一方で、今、企業もグローバル化して海外社員が多くなったり、あるいは外国人投資家が増えていることで経営側の説明責任もあると思うのですが、アングロサクソンの方でも少数ながら公益資本主義に共感される方もいらっしゃるのではないかと思います。そういった方々に共感されるポイントや共感いただける背景など、原先生が感じられていることがあればお聞かせください。

 アングロサクソンには、株主資本主義と通じる考え方の人が多いのですが、この元となるキリスト教の教えを自己実現の哲学だとヘーゲルやカントなどがいっています。キリスト教は異教徒を改宗するのが使命です。自分の考えと違う人たちを説得して、自分の考えに変えさせる。マヤ文明の考古学でも、キリスト教の普及のために宣教師が、「キリスト教に改宗するか、さもなくば死を」と迫ったといわれています。キリスト教を受け入れなければ、人間ではないのだから奴隷だということを正々堂々とやっていました。今はそういうことは言えないので、キリスト教の代わりにコーポレートガバナンス・コードなどを持ってきているわけですね。「コーポレートガバナンス・コードを信じるか、信じなければ社長や取締役は辞めろ」と。こういう流れです。

 こういったロジックのやり方は、ほぼ同じですが、アングロサクソンといっても一枚岩ではないですから、そういうことに疲れた人や大成功したけど、今やそのやり方ではうまくいかないと悟っている人は私の考えに近くなります。

 また、公益資本主義を本当に信じているわけではないけれど、他と対抗するときの武器となると感じて公益資本主義を使う人たちはいます。例えば、資産運用会社のブラックロックのCEOラリー・フィンクもそうだと思いますが、ステークホルダー資本主義は、見たところ公益資本主義とよく似ています。しかし、あれは株主資本主義の一環で、会社は株主のものだということを追求しています。金の卵を産むニワトリである従業員、地域社会、顧客や取引先に対しても、ある程度、還元することが株主利益の最大化に合致するということを考えてつくったのがステークホルダー資本主義です。これは見かけ上は公益資本主義と似ていますが、株主資本主義の完璧な仮面版です。

質問者3 ありがとうございました。私もビジネス・ラウンドテーブルのstakeholder orientedが、公器という考え方に近いのかと思っていましたが、今のお話を聞いて、そうではないということが理解できました。

栗木 原先生に教えていただきたいのですが、同じ欧米でもアングロサクソンとラテンやスラブではかなり気質が違うのではないかと思っています。カトリックの神父さんのお話を聞いたりすると、日本人の生き方に対する共感の深さを感じたりもするのですが、その点はいかがでしょうか。

 宗教はみんなそうですね。カトリックもイスラム教も、ジャイナ教も、あらゆる宗教は良いことを説いています。気候が暑い国、砂漠の乾いた国、湿った国、さまざまな国の人々が生きていくのに一番適切なことを教義としてうたっていますから、どれも外れたことは言っていません。しかし、その奥にあるものはそれぞれ違います。特にキリスト教です。同じ神教でも、イスラム教などよりはキリスト教の方が異教徒を改宗させることに関しては徹底していますから、カトリックもプロテスタントも性悪説です。これはキリストが「生まれながらにして贖罪がある」といったところから性悪説が出てきているわけです。同じキリスト教でもネストリウス派キリスト教などは性善説です。

 広く見回した場合に、性善説で公益資本主義と比較的近いのは孟子の考え方です。孟子の考えから出てきているのは朱子学ですが、公正なことを「理(ことわり)」と呼んでいます。朱子学は抽象概念だったので、広まりませんでしたが、民間の中で実際に商売や商人が使っていけるように落とし込んだのが陽明学です。石門心学と陽明学とは似ているところがあります。

 江戸時代には士農工商がありましたが、縦割りの階層間を崩していくことを徳川幕府がやりました。農民でも刀を持っている人たちが出てきたり、鎖国していたけれども、GDPが伸びたりするという、理想的な循環型経済を行った世界でも本当に珍しい時代です。スタンフォード大学やハーバード大学のビジネススクールはHow to make moneyの教育です。格から言えば、江戸時代のビジネススクールである懐徳堂[i]は、「何のために商売をするのか」を教えていたというのですから、日本の方がはるかに欧米のビジネススクールより上ではないかと思います。

 そういった日本の持っている伝統の良さをしっかりと外に出していくことを考えた場合、われわれは明治開国以降、西洋のものがいいと信じ込まされている傾向があります。私もずっと信じていましたが、スタンフォードで勉強して、大したことはない、こんな程度かと思うようになりました。日本も欧米信仰から早く離脱した方がいいと思います。講演の中でも話したように、何でもアメリカに前例があるのかどうか、そういうことを理系も文系もやり過ぎます。そういうことはしないで、いいものはいいという姿勢が大切です。

 経営大学院では英語で外国を学ぶのではなくて、英語を使って日本の素晴らしい理念を世界に出していく教育方針に変えたらいいと思います。外国の事例を学ぶのではなくて、調和の取れた日本のいろいろな考え方が共存して、同時に進むことのできる経営が日本にあるのです。キリスト教、イスラム教、仏教、儒教、日本伝統の神道も全て受け入れる文化の蓄積の上に成り立っています。こういったことから、日本では「比較○○学」という学問が発達します。それは、考え方が違っていてもあらゆるものに対して尊敬を払う日本の昔からの伝統が今も生きているからだと思います。

 そういった考えはアメリカやヨーロッパにはありません。ラテン系とアングロサクソン系は、根っこのところは同じです。違う点は、理念ではなく、カトリックのイタリアやスペイン、ポルトガルなどラテンのこのあたりは、人生の一番の目的を生活、人生を楽しむことにあるというところだと思います。

 私が以前、ベンチャーキャピタルの仕組みをつくるためにヨーロッパに行った際に、私の経歴を見たイタリア人の大富豪は、「モルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスと同じように、いかに儲けるかという話をしに来たのでしょう」と最初に言われました。彼らと考古学や歴史の話をした後で、「私の知らない歴史や考古学を知っているから、もっといろいろと話を聞きたい。あなたに会うために資金を出すので、一緒に事業をやろう」と誘われました。こういう発想は、アメリカのビジネススクールやイギリス、ドイツにはありません。しかし、フランス、特にイタリア、スペイン、ポルトガルには残っています。マヤ文明をつぶしたカトリック教徒でも、話が分かりあえる人とは一緒に事業をやっています。

栗木 考えさせられます。ありがとうございました。次の質問を最後にしたいと思います。

質問者4 原先生が、お父様から経営の在り方を学んだ部分があるといったお話もありましたし、石井先生がお話しされた加護野先生の日本式経営の話は、本を読んで影響を受けました。原先生のお父様のような考え方も含めて、公器という考え方はある程度、日本に文化として染みついているのではないかと思っています。

 そういうところに期待している部分もありますが、一方で会社経営においては、評価基準の外部性について日本の企業は、自分で評価基準を考えていくよりも外部から規定された評価にのっとって運営していくところが、マインドとして大きいのではないかと思います。そういったマインドを変えていくためには教育の役割が非常に重要ではないかという気がします。両先生に質問ですが、教育の役割について、どういったことをお考えになっているのかお聞きしたいです。

石井 教育というと、どのレベルの教育ですか。

質問者4 幼少期や小学校も含めてです。なぜこのような質問をしたかと言うと、最近、名古屋大学の渡邉雅子先生が書かれた『論理的思考とは何か』という本を読んで、例えば、各国で文化が違うのでエッセイの書き方が全然違うと書かれていました。アメリカ式の最初に結論を書いて、それを説明していくような文章の書き方を、彼らは幼少期から習っていますが、その方式は1970年代ごろから浸透してきたという話もあります。一番、根っこにあるのはキリスト教のような宗教的、文化的な話もあるかもしれませんが、近代社会の教育によって変わってきたものも多いのではないかと思いました。

 日本でいえば小学生のときに作文を感想文形式で書く。しかし、アメリカでは、それでは全然伝わらないといった印象的な話が渡邉先生の本に書かれています。そうした観点で、幼少期も含めての教育は非常に重要なのではないかと思いました。その点についてお考えを伺いたいと思います。

石井 幼少期教育については、私は話をする知見がないですが、大学やMBAになると影響はないように見えて、あるなという気がします。

 日本企業が個性を発揮できなくなったのは、日本でMBA制度が導入されたのと同じ頃です。元々はアメリカでもそれほど確固とした経営理論はなかったのですが、ある頃からハーバードを中心に戦略計画などの概念が出てきて、それが日本へ伝わって、事業ポートフォリオを組みましょうとか、各事業の成果を測定しましょうかという話になってきたのです。私も反省するところは大なのですが、そういう考え方を日本企業が社内に導入するようになってから、日本企業の経営のやり方が変化したという気がするのです。

 『進化するブランド』を書いて、あるところで発表したときに、ある有名な会社の方が「うちとやり方が同じだ」と言われました。どういうことか聞いたら、最初から全てが見えているわけではなく、五里霧中の中で行動を絶やさないようにしていると、どこかの段階でニーズとシーズが固まってきて、塊のようなものが生まれてくる。この塊がものになりそうだと見えてきたら、投資するという感じです。日本の経営は、おおよそそういう感じだったのではないかと思います。日々、仕事をしていたら、どこかで何か膨らんできたとか、どこかでお客さんのニーズが強くなって応えられなくなったので、「何とかしないといけない」という感じで事業が組み立て上がっていきます。そういうやり方を今でもその会社はしていると聞いて驚きましたが、だから業績がいいのかと逆に思ったのです。

 しかし、事業ポートフォリオという考え方を入れたところは、全部、設計主義でやれると思っているのです。あらかじめ、市場と資源を見極めることが大事で、それを見極めればあとは実行部隊の責任ということになります。計画主義、設計主義です。つまり、成長を設計できると思っているのです。

 ところが、日本の経営は、「事業が生まれた」という感じです。「私が事業をつくった」というのはアメリカ風ですが、ごちゃごちゃしている間に事業が生まれてきたというのが日本流です。計画を立て、設計するごとにその日本のロジックが失われていくのです。

 経営者が理論的に賢くなって、MBAで理論などを教えられた人が経営者として入ってくる。確かに役に立つのです。ドジャーズの大谷君がピッチング練習で、ボールの回転数とか、初速とかを測定して、それに応じてピッチングのやり方を変える。そのなかで最善のものを見つける。そうしたことには役立ちます。しかし、大谷君がプレイヤーを辞めたときどうすべきか、といったことは、科学や数値で答えは出てこない。しかし、それも科学や数値で答えが出てくるといつの頃からか、日本人は思うようになってしまったのではないでしょうか。そのあたりが何かおかしくなっていったポイントがあったのではないかと思います。

 質問に答えることができているかどうか分かりませんが、全て自分の思惑どおりに何かができると考えているという思いが、限界をつくり出しているような気がします。教育の影響は非常に大きいと思います。

質問者4 今の設計できるといったことは、演繹的な思考という感じなのではないかと思いました。

石井 社会は設計できるとレーニンもマルクスも考えたのです。だけど、それに反対したのが経済学者のフリードリヒ・ハイエクやカール・ポランニーです。「人間社会には未知の知恵がある」「人には隠れた知がある」といった言い方で「目に見えるものだけで設計してもうまくいくわけがないじゃないか」ということを言って反対しました。私も今になって、やはりそうかという気がします。だから、あまり過度に設計主義、計画主義にこだわらず、頼らないことが大事だと思います。

 今の外部基準、外部評価は、数字が全てです。経済的な成功が全てで、それ以外の成功は評価しないのです。そうするために、小さい頃から競争を促し、競争が豊かさを生み出すという間違った教え方をしているのです。

 教育は、幼少期も、中学生、高校生、大人になっても、最も重要なことはその人間の立場と役割を明確に意識することです。職業に貴賎の別はないです。しかし、能力も、生まれた環境も、活躍できる条件も違いますから、自分の立場をしっかり認識し、役割をはっきりと自分で分かるようにする教育が最も重要です。

 「その役割をしっかりと頑張ってやるんだよ」「一生懸命やりなさいよ」と言われることが嫌かもしれませんが、やっているうちに自己実現ができていると本人が思えるようになれば自信がつきます。自信がついてきて、一定の仕事ができるようになると、「自分流」が生まれてきます。そこでバリエーションが効いてくるのが個性です。このプロセスを経ずに、個性を出せというのは無理です。これは混乱の社会に入っていくようなもので、そういう教育をすると、何のために生きていたのかと思うぐらいむなしい人生になると思います。

 ロビンソン・クルーソー[ii]は、島に一人きりで何の束縛もなく本当に自由ですが、本当に自由になるとそこから逃れたいとみんな思うのです。それと同じように、ある一定の集団生活や社会生活の中において、自分の役割をしっかり見い出して、それを追求する人間は自己実現とともに、構成している共同体の仲間から頼りにされます。人に頼りにされることで人間は自信を持つし、ゆとりを持つのです。年齢によって違うことを言う必要がありますが、それを私は教育だと思っていますし、そういったことができる教育が重要だと思います。

質問者4 石井先生も原先生も、それぞれの視点でご意見いただきましたが、どちらも今の私にとっては、すごく刺さる部分がありました。今の意見をいただいて、子育てもそうですが、会社の中でもどういうふうに考えていくとよいかを検討しようと思いました。ありがとうございました。

栗木 今回のワークショップはとても私がまとめきれる内容ではありませんが、多くの気づきがありましたし、参加された皆さんも新しい考えに触れた、あるいは自分が物事を考えるバックボーンが広がったと感じていただいたのではないかと思います。

 会社やさまざまな場で働いたり、人と関わったりしながら、日々感じていることを言語化するのが理論の一つの役割だと思います。自分が感じていること、行動していること、これを明確な言語にしてみることは、人の歩みを一段上に高めることにつながります。また、そこから生まれる確信や覚悟のようなものも大事だと思います。

 今の日本は、30年前に比べると、ずいぶんと「日本」に対する自信を喪失している状態だと思います。だからこそ今回、お二人の先生から日本型の経営の意義と可能性を伺うことができたことを、とても嬉しく思っています。参加いただいた皆さん一人ひとりが感じたことはそれぞれだと思いますが、どうなるかわからない未来に向けて一歩を踏み出す、覚悟というか、意欲のようなものが、小さくとも皆さんの中に生まれていれば、幸いです。

 貴重な時間を割いて、私たちのためにご講演、対話にご登壇いただいた石井先生と原先生、参加いただいた皆さんにお礼を申し上げます。ありがとうございました。


[i]江戸時代中期1724年に、大坂町人によって創設された学問所。江戸時代の後半約140年にわたって大坂学術の発展と商道徳の育成に貢献。

[ii] イギリスの小説家ダニエル・デフォーの小説。ロビンソン・クルーソーが、船乗りになり、無人島に漂着し、独力で生活を築き28年間を過ごした後、帰国するまでが第1部の『ロビンソン漂流記』で描かれている。

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