第17回 加護野忠男論文賞
入賞論文
金 賞
職場の意地悪に関する研究
味元 亜希子氏
銀 賞
事業ポートフォリオ再編に向けたM&A戦略の成功要因
西山 英毅氏
銅 賞
企業のマーケット・シェイピングを成功に導く組織能力についての研究
永津 慎太郎氏
加護野忠男論文賞 講評
受賞された皆さま、おめでとうございます。加護野忠男論文賞の受賞は、1年半MBAで一所懸命に学ばれた成果だと思います。
加護野忠男論文賞とは、神戸大学MBAの創設を牽引され、現在の神戸大学MBAの三つの柱(①「プロジェクト方式」、②「働きながら学ぶ」、③「研究に基礎をおく教育」)の確立に尽力された、加護野忠男先生(神戸大学名誉教授)の貢献に敬意を表して定められた賞です。その加護野先生が2024年12月28日にご逝去され、今回、審査員を代表して加護野先生の思い出もあわせて講評させていただきます。
加護野先生と私は、1966年に神戸大学経営学部に入学してともに切磋琢磨して学び、二人とも神戸大学大学院経営学研究科に進みました。その頃の大学院進学者は、風変わりな人か、働くのが嫌だという人や学生運動で就職できない人でした。
大学院修了後、彼はそのまま神戸大学に残り、助手、講師、助教授、教授になりました。私は、博士課程を修了して京都の大学に着任しました。その大学が非常に気に入っていたので、一生ここで教員をすると決めていました。ところが、1989年に神戸大学に戻るようにという話があって、戻ることになりました。
1989年は、神戸大学経営学部に「社会人大学院」という教育プログラム(MBA)が誕生した画期的な年です。社会人大学院の学生については、神戸大学の教員が京阪神で名の知れた会社を訪問して、「学生を一人でも二人でも送ってほしい」とお願いして集めていました。経営学部の新参教員であった私も、学生募集のため一緒に会社を回りました。そして、関西に地盤のある各社から派遣された約15名の社会人学生で、国立大学初のビジネススクールとして社会人大学院はスタートしました。その後、しばらくして加護野先生が中心となり、「もう少し広く学生を集めて本格的なビジネススクールをやろう」ということになり、2003年に専門職大学院として再編成されました。その決断がなければ、おそらく、ここで私たちが皆さんとお会いすることもなかったし、皆さんがこの場にいることもなかったはずです。
広く社会から学生を集めるという目的を掲げた時に、いくつかコンセプトがありました。
第一のコンセプトは、「理論と実践の融合」です。その理念に沿って、MBAコースとPh.D.コースを分断しないことにしました。しかし、当時の文部科学省は、世界のビジネススクールのほとんどは独立大学院方式を採用していたこともあり、MBAとPh.D.を分断しない神戸方式には反対の立場でした。文部科学省からは、神戸大学も独立大学院方式でやってほしいという要望があり、何度かの折衝を重ねましたが、結局、MBAとPh.D.を切り離さない神戸方式で進めることになりました。私のMBAゼミ生には、何人かPh.D.コースに進んで、今、学会のトップになっている人や学部長になっている人がおられます。「理論と実践の融合」というコンセプトが制度化されることで、経営学やマーケティングの教育・研究の世界を支える人が何人も出てきているのは、神戸方式の大きな成果だと思います。
もう一つのコンセプトが、「リフレッシュ教育」です。今回、論文賞を受賞された研究を見ても、リフレッシュ教育が継続しているように思いました。MBA入試の面接で「ここに何をしに来ましたか」と聞いて、「コンサルタントになりたい」と答えたら減点です。会社から派遣されて、その会社に戻るという思いを持った人に神戸大学MBAに来てもらいたいというのが、その当時の方針でした。
最後に、加護野先生の発案だったと思うのですが、「ビジネス・インサイト」のコンセプトがあります。神戸大学と同じ頃にビジネススクールを開設した一橋大学が「ビジネス・アナリシス」を強調されたのと対照的です。経営学研究科内のNPO法人現代経営学研究所の季刊誌は『ビジネス・インサイト』という名前になっていますが、これはそれを反映したものです。そのあたりの事情については、拙書『ビジネス・インサイト』(岩波新書)で触れています。この加護野忠男論文賞についても、加護野先生の「ビジネスのアナリシスではなく、インサイトが大事だ」という精神に沿って選考すればよいのではないかと思っています。
今回の金賞は、味元さんの「職場の意地悪に関する研究」です。自分の組織の現場で起こっている「意地悪」という事象を取り上げて、そこから経営にとって意味のある知見が出てくるのではないか、という味元さんのインサイトを反映した研究ではないかと思います。こういう研究は正直、難しいです。身近な研究でいうと、エミール・デュルケームによる『自殺論』が挙げられます。デュルケームは、社会状況がどうであるかによって自殺率は大きく変わってくると考え、自殺は、その人の心理の問題というより、社会の問題であることを示しました。また、哲学者の九鬼周造の「いき」の研究もあります。あるいは、評論家の山本七平は、「空気」の問題を扱いました。最近では、脳科学者の茂木健一郎が『IKIGAI』という本を出版しました。『IKIGAI』は、英語では、「 reason for living」と三つの単語を重ねていますが、日本語は「生きがい」という一言です。これがいったいどういうものかを『IKIGAI』は探っています。
「意地悪」も、われわれの身近に起こっている事象ですが、ことさらに研究課題として取り上げられたことはありません。皆さんも「この事象をどのように分析しますか?」と問われたら戸惑うだろうと思います。それに味元さんは挑戦され、論文にまとめられました。とても面白い研究ではないかと思います。
銀賞の西山さんの論文については、このレポートをJR西日本の図書室にずっと残してほしいと思います。これからこういった課題に直面した人は、まず図書室に行ってこれを読む。「いや、違うぞ」と思う人、「なるほど、そうなのか」と思う人もいるかもしれません。そこで過去との対話が生まれるわけです。アメリカの某社には、ブランドごとに記録が残されています。ブランド担当になると、歴代のそのブランド担当者が書いた記録を読みます。このブランドがどのように変遷し、どのような困難にぶつかったのか、そしてどのように解決したのかを記録を読んで学ぶということです。このような失敗や成功のヒストリーを組織の中に残しておいて、新担当者が読んで学ぶ。そのような習慣が日本の会社でも生まれるといいのではないかと、この論文を読みながら思いました。
銅賞の永津さんの論文は、市場をどう作っていくのかというマーケット・シェービングについてまとめられた論文です。ダイナミック・ケイパビリティというちょっと難しい概念が用いられています。自社がこれから市場を作るうえで、市場を作ること自体についての問題を解決していかなくてはならないのではないか。新しいエネルギーや新しいエネルギーの元となる技術を用いて、どのような形で各国に市場を作っていけばよいのかという問題を抱えておられるのではないかと思います。いくつかの会社のケースをベースにしながら、時間を経て変化しうるケイパビリティ(能力)の意義について書かれています。取り上げられたケースの中で、ダイキンのケースが面白かったです。ダイキンが、エアコンで世界でもトップクラスの会社になって、彼らが海外でどのような苦労をしているのか、マーケットを作るうえでどのような苦労をしているのか、緻密に書かれています。非常に興味深く読ませていただきました。
この三編の論文は、私には甲乙つけがたいところがあるのですが、加護野忠男論文賞ということで、加護野先生は味元さんの研究が一番好きなのではないかと思って、金賞に選ばせていただきました。
石井 淳蔵(神戸大学名誉教授)

前列左より國部克彦経営学研究科長、金賞受賞の味元亜希子氏、銀賞受賞の西山英毅氏、後列左より審査員 長田貴仁氏(岡山商科大学 社会総合研究所 客員教授)、石井淳蔵名誉教授、飯田豊彦氏(株式会社飯田 代表取締役社長)。銅賞受賞の永津慎太郎氏は、オンライン参加
