特集-10
10.COVID-19でも広義の交通は減らなかった?

  • 三古展弘 (神戸大学社会システムイノベーションセンター 教授)

8月16日寄稿

 新型コロナウィルスは、人々の生活に大きな影響を与えています。それは、交通においても例外ではありません。2020年4月7日には緊急事態宣言が兵庫県を含む7都府県に発出され、人と人との接触を最低7割、極力8割減らすこと、そのために、出勤者も最低7割減らすことが要請されました※1)。出勤者を7割減らすことは、通勤のための移動が減少することを意味します。通勤を取りやめる者が利用する交通手段はさまざまで、すべての交通手段において通勤のための移動が一律7割減るというような単純な話ではありません。また、通勤を続ける人であっても、これまでとは違う交通手段に変更するかもしれません。しかし、このような要請によって実際に人々の行動が変化した結果、鉄道やバスといった交通機関の利用は大きく減少しました。

 以下の図は、神戸市のホームページにおいて公表されている地下鉄三宮駅でのICカードによる乗車数データです。平日だけを抽出したものですが、その変化の大きさに驚かされます。4月から5月にかけて定期(通学)は皆無となっています。なお、定期(通学)が7月8日だけ小さい値となっていますが、これは気象警報の発令によるものです。ところで、ちょうど、第1クォーター(5~6月)に「交通論」を学部生向けに開講していましたので、このページを参照してもらい、実際にある特定の日の利用者数を調べてもらうという課題を提示しました。「交通論」が現実に社会で起こっている問題と密接に関連しており、関連するデータを実際に収集する方法があって、それをウェブから入手すれば分析も可能であるということを、学部生にも実感してもらえたのではないかと思います。

 

 鉄道やバスといった交通機関は公共交通機関であり、民間企業も多いことから、今回の利用者数の減少は私にとっても考えるところの多いものになりました。まず、印象に残ったのが、交通企業が駅構内や車内において、国土交通省と厚生労働省からの要請として、時差出勤やテレワークを呼びかけるアナウンスをしていることでした※3)。時差出勤は利用時間帯の変更ですが、テレワークは明らかに交通サービスを利用しないことを要請するものです。交通サービスを提供する企業自身が、交通サービスの利用を控えるネガティブなマーケティングをしなければいけなかったということです。一方で、交通サービスは重要な社会インフラであって継続して提供することが要請されており、しかも、そのサービスは車内が密にならないように利用者数に比べて余裕のある容量を提供しなければいけませんでした※4)。そのため、営業自粛やサービスの提供を極端に減らすという方法をとりづらいというジレンマもあったことと思います。日本の鉄道企業は独立採算を原則とすることが多く(これは必ずしも世界の常識ではなく、公的な支援が必要な社会インフラとされることも多い)、このような民間企業に対する支援をどのように考えていくかは、今回のような非常時に限らず普段からも重要な研究課題です。

 今回の新型コロナウィルスの影響によって、交通は減少したようにも見えますが、広義の交通は全く減少していないということも言えます。交通は人の移動(人流)を指すことが多いですが、物の移動(物流)も含んだ概念です。人の移動がなくなっても、減らすことのできない物の移動もあります。平常時には、人が移動して買い物に行っていたのが、人は移動しないで(配達する人は移動していますが)物だけを移動させるという方法も多くとられるようになりました。もう少しだけ交通の範囲を広げると、通信(情報の移動)も交通に含まれる概念です。人が移動して会議室で情報交換をする代わりに、人は移動しないで情報だけをオンラインでやり取りする、という形態の交通がこれまで以上に実行されるようになりました。出張ではなくオンライン会議を行う、職場へ行かずにデータを自宅のパソコンに呼び出して作業をする、という経験をした人も多いと思います。

 交通に深く関係した事例として、テレワークについて少し議論したいと思います。職場への移動が制限された状況でもできるだけ仕事をする方法として、テレワークが多くの企業で採用されました。これまでもテレワークについてはさまざまな検討がされてきましたが、今回ほど社会全体で実施されたことはないでしょう。技術的には可能であったがあまり行われてこなかった勤務形態が、いわば強制的な社会実験として実施されたことの影響は非常に大きいと思います。

 これまでの職場に通勤するという勤務形態では、居住地は否応なく通勤可能圏内に限定されました。どの程度を通勤可能圏とするかについては人それぞれに考えがあるでしょうが、ここでは片道2時間としましょう。通勤可能圏域は、職場までの距離ではなく、時間で定義するほうが合理的です。これまでの交通機関の整備は、この片道2時間の圏域を拡大してきた歴史と言えるでしょう。新幹線通勤はその最たるものです。

 ところが、テレワークで通勤そのものがなくなってしまえば、話は大きく変わります。完全なテレワークとまでいかなくても、通勤する日が週に1日や2日になった場合には、片道4時間の通勤も許容できるかもしれません。このことは、通勤手当、税制など、さまざまな分野に影響を与えると考えられます。一方で、人が理想とする通勤時間は0分ではないという研究成果もあります※5)。通勤中の時間も気分転換の意味があり、全く無駄ではないというわけです。居住地と勤務地の関係については、今後ますます重要な研究課題になりそうです。

 この文章のタイトルを「広義の交通は減らなかった?」としたのは、交通は、一般の人に通常思われている以上に広い概念であることを意識してもらうためでもありました。交通に関連する事項が、単なる人の移動以外と深く関わっていることは、交通研究者にとっては当たり前のことです。しかし、学部生を含む世間一般の人にとって、それは当たり前ではありません。私も講義やゼミ紹介のときなど、この広がりを意識して伝えるようにしていますが、読者の皆さんにもその広がりを感じていただけたとすれば、うれしく思います。今回の原稿ではデータによる実証を行っていないため、タイトルに「?」をつけました。「?」がとれるのかどうか、研究が必要です。

 

※1 総務省ホームページ https://www.soumu.go.jp/main_content/000683222.pdf(2020年8月13日閲覧)

※2 神戸市ホームページ https://www.city.kobe.lg.jp/a89138/coronataisaku.html(2020年8月14日閲覧)より筆者作成

※3 国土交通省ホームページ https://wwwtb.mlit.go.jp/shikoku/content/000158196.pdf(2020年8月15日閲覧)

※4 国土交通省ホームページ https://www.mlit.go.jp/common/001343070.pdf(2020年8月15日閲覧)

※5 Redmond, L., Mokhtarian, P.L., 2001. The positive utility of the commute: modeling ideal commute time and relative desired commute  amount. Transportation 28 (2), 179–205.