銅賞
地方公共団体における人事評価制度の普及に関する研究
:実質的な利用と見せかけの利用

 

 

田中 政旭

 

1.研究動機と研究目的

 地方公共団体では、1990年代後半から人事評価制度[1]が導入され始め、徐々に導入する地方公共団体が増加してきた。また、2014年の地方公務員法及び地方独立行政法人法の一部を改正する法律(平成26年法律第34号)(以下、「地方公務員法の改正」という)の施行に伴い、人事評価制度の実施が義務付けられてからは、人事評価制度を導入する地方公共団体が急増した。そして、その地方公共団体の中には、人事評価制度の導入により、職員の士気の高揚等の効果が挙がっている団体もあった。一方で、「制度上の人事評価制度」と「実際の運用上の人事評価制度」の不一致[2]を踏まえると、地方公共団体の中には、人事評価制度が形骸化している団体が存在する可能性を見て取ることができた。

 そこで、以下の3点について検討することを研究目的とした。

① 地方公共団体においては、人事評価制度の形骸化が生じているのか。
② 人事評価制度の形骸化が生じている場合、どのような地方公共団体において形骸化してしまっているのか。
③ 地方公共団体が人事評価制度を実質的に利用するようにするには、どのようにすればよいのか。

2.先行研究のレビュー

 本研究では、上記の研究目的を達成するために、マネジメント実践(TQM:Total Quality ManagementやCSR:Corporate Social Responsibility等の経営手法の導入の有無、制度設計、利用方法)の普及に関する先行研究のレビューを実施した。

 その結果、どのような要因に基づいてマネジメント実践を導入したかによって、その制度設計や利用方法に違いが生じることが明らかになった。さらには、制度設計や利用方法の違いによって、マネジメント実践の有効性が異なることも明らかになった。マネジメント実践に影響を及ぼす要因は、大きく2つある。

 1つは、経済的有効性である。マネジメント実践の普及の初期段階においては、組織はマネジメント実践から得られる経済的有効性に基づいて導入する。そして、そのような組織では、マネジメント実践をカスタマイズする傾向があり、実質的に利用する。その結果、その組織のマネジメント実践の有効性は高い傾向にある。もう1つの要因は、「正当性」である。ここでいう正当性とは、組織が埋め込まれた社会的文脈の中で、正しいと考えられる常識のことである。この正当性には、3種類ある。1つは、パワーのある主体(資源依存先の出資者、取引先、労働組合等や政府)の正当性である。2つ目は、流行を規定する主体(コンサルティング企業やマスメディア等)の正当性である。3つ目は、マネジメント実践が普及する他の組織(同産業内等)の正当性である。あるマネジメント実践の普及率が急増するテイクオフ段階以降においては、組織は、上述の正当性に基づいて導入する。そして、そのような組織では、マネジメント実践のカスタマイズの程度が低い傾向にあり、形骸化し、結果として有効性が低い傾向にある。

 上述のことを踏まえると、先行研究では、図表1に示すような関係性が明らかにされていたといえる。そこで、マネジメント実践の形骸化の存在を明らかにするには、マネジメント実践の普及に影響を及ぼす要因、導入時期、カスタマイズの程度及び有効性について検討し、図表1の下段に示す関係性が成り立つかどうかを検討すればよいといえる。このことを踏まえると、上述の研究目的を達成するには、以下の4つのRQ(Research Question)について検討する必要があると考えられる。

RQ1:地方公共団体の人事評価制度の導入に影響を及ぼした要因は何か。
RQ2:地方公共団体の人事評価制度の導入時期に影響を及ぼした要因は何か。
RQ3:どのような特徴を持つ団体が、カスタマイズの程度が低い(高い)のか。
RQ4:人事評価制度の導入、人事評価制度の導入時期、人事評価制度のカスタマイズの程度は、人事評価制度の成果(有効性)との間にどのような関係があるのか。

3.研究方法

 これまで数多くの理論的研究や経験的研究が実施されてきた。そこで、図2に示す仮説を設定することが可能であった。そこで、「2」で提示したRQに答えるために、本研究では仮説検証型の経験的研究を実施することとした。そして、このような仮説検証を実施する場合、調査方法としては、サーベイ調査が望ましい。そこで、仮説検証を実施するにあたっては、全都道府県及び全市 862 団体を対象としたサーベイ調査から得た経験的なデータ(回答数:202 団体、回答率 23.4%)を利用することとした。

4.研究結果

 設定した仮説は概ね支持された。そのことを踏まえると、RQに対する回答は、以下の通りである。

RQ1:地方公共団体の人事評価制度の導入に影響を及ぼした要因は何か。
A:その要因は、経済的有効性[3]と正当性(パワーのある主体とマネジメント実践が普及する他の組織(他の地方公共団体))である。

RQ2:地方公共団体の人事評価制度の導入時期に影響を及ぼした要因は何か。
A:経済的有効性と正当性である。具体的には、経済的有効性に基づいて人事評価制度を導入した場合、人事評価制度の導入時期は早い傾向にある。一方で、正当性に基づいて人事評価制度を導入した場合、人事評価制度の導入時期は遅い傾向にある。

RQ3:どのような特徴を持つ団体が、カスタマイズの程度が低い(高い)のか。
A:カスタマイズの程度が低い地方公共団体は、正当性に基づいて、人事評価制度を導入した団体である。一方で、カスタマイズの程度が高い地方公共団体は、経済的有効性に基づいて人事評価制度を導入した団体である。

RQ4:人事評価制度の導入、人事評価制度の導入時期、人事評価制度のカスタマイズの程度は、人事評価制度の成果(有効性)との間にどのような関係があるのか。
 A:人事評価制度の導入時期が早い場合、人事評価制度の有効性が高い。また、人事評価制度のカスタマイズの程度が高い場合、人事評価制度の有効性が高い。一方で、人事評価制度の導入時期が遅い場合、人事評価制度の有効性が低い。また、人事評価制度のカスタマイズの程度が低い場合、人事評価制度の有効性が低いということが明らかになった。

5.結論

 研究目的は、「」で提示した3つの疑問について検討することであった。そして、本研究を通じて、以下のことが明らかになった。

 地方公共団体の中には、人事評価制度の形骸化が生じている団体が存在する。そして、その団体の特徴としては、3つ挙げられる。1つ目は、正当性に基づいて人事評価制度を導入した団体である。2つ目は、人事評価制度のカスタマイズの程度が低い地方公共団体である。3つ目は、平成 26 年の地方公務員法改正以降に人事評価制度を導入した地方公共団体である。また、地方公共団体が人事評価制度を実質的に利用するには、当該団体の特徴や状況に合わせてその人事評価制度をカスタマイズすることが有効であるということも明らかになった。

 本研究の実践的含意としては、2つある。1つは、総務省に対する含意である。 具体的には、2つある。1つは、地方公共団体において人事評価制度が有効に機能するために行ってきた総務省の施策が十分な効果を上げていない可能性があることを提示できたことである。もう1つは、人事評価制度が形骸化している地方公共団体のために、総務省としては、人事評価制度を早期に導入した地方公共団体における人事評価制度の見直し及びカスタマイズの変遷を記述していく必要があることを提示できたことである。

 もう1つの実践的含意は、地方公共団体の人事担当者に対する含意である。具体的には、人事評価制度を有効に機能するにはカスタマイズすることが重要であると提示できたことである。

 


[1] ここでいう「人事評価制度」とは、任用、給与、分限その他の人事管理の基礎とするために、職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び挙げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価(地方公務員法(昭和25年法律第261号)第6条)をいう

[2] 例えば、東大阪市では、制度上は、標準評価と下位評価を昇給や勤勉手当に反映させることとしている。しかし、実際には、下位評価を受けたことで、勤勉手当が標準評価を受けた職員よりも少ないといった実績はなかった(東大阪市,2021)

[3] ここでいう人事評価制度導入の「経済的有効性」とは、経済的有効性を感じやすい組織特性のことである。具体的には、「平均年齢が高いこと」、「組織規模が小さいこと」、「財政状況が良好であること」の3つである。

<参考文献>
・東大阪市(2021)『東大阪市の給与・定員管理等について』      https://www.city.higashiosaka.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/98/kyuuyokohyo_03.pdf.pdf :2022年8月15日閲覧.