特集-2
2.ポスト・コロナの時代のOODAマネジメント

  • 原田 勉 (神戸大学大学院経営学研究科 教授)

7月10日寄稿

緊急事態の下でのPDCAサイクルの弊害

 「下士官は一流だったが、将校がダメだった。」これは、日本軍に対する戦後の一般的な評価であるが、実は日本企業の多くにも適用できるのではないかと思われる。企業の現場では問題は山積している。しかし、平時であれば現場の中間管理職が優秀であれば組織は機能する。上司の仕事といえば「あの件どうなっている?」と質問するだけでよく、聞かれた部下は「なんとかやっています」と答え、「しっかりやってくれ」と返すだけで、現場が優秀ならそれで滞りなく回っていく。

 かつてロッキード事件で機種選定を巡り、若狭元全日空社長の国会答弁が話題になったことがある。「機種選定は社長の権限でできるのか」と問われたとき、「社長は代表権をもっているので外部的にはできなくはない。しかし、会社の命運を左右する大きな問題なので社内のさまざまな委員会で決定され、それが常務会に上がってきて、再び下に降りていく」という証言を繰り返していた。もしこの証言が真実であるとすれば、機種選定といった会社の命運を左右するような重大事項でさえ、否、そうであるからこそ、社長といえども委員会での決定には従わなければならなかったということになる。

 いま、コロナウイルス対策で医療現場ではまさに医療崩壊の危機に直面し、問題が山積している状況にある。このような想定外の非常時となると、「なんとかやっています」と答えることはできない。そうなれば「現場に任せておくことはできない」と無能な上司が介入してくることになり、現場はさらに大混乱となる。

 なぜこのようなことが生じるのだろうか。これについてはさまざまな理由が指摘できる。なかでも重要なのは、PDCA(Plan, Do, Check, Action)サイクルの呪縛が大きいということではないだろうか。このPDCAの弊害は、不確実性が増すにつれて深刻化していく。というのも、不確実な状況下ではそもそも出発点の計画を立てることができなくなるからだ。しかし、PDCAサイクルが制度化していれば、計画を立てないわけにはいかない。そのため、多く企業では、計画策定に半年ほどの時間を費やし、資料作成に追われることになる。

 おそらく本社のスタッフ業務を行っている方々は、資料作成以外の作業時間は圧倒的に少ないのではないだろうか。PDCAの計画は、こうした「資料づくり」の作業を増やしていく。特に、そのようにして作成された計画書をトップや役員に報告しなければならない場合、その作業はさらに大変なものになる。しかし、苦労して作られた報告書は、ほとんど価値を生み出していないのが実情であろう。

 たとえば、経営企画がトップに報告する経営計画は、各事業部から報告された予算を足し合わせたものにすぎず、不振事業があったとしても、その原因を特定し、対策を講じたものになっていないのがほとんどだ。

OODAループとは

 このようなPDCAサイクルに代わり、不確実な状況下で有効なマネジメントのあり方が、OODAループである。これは元米空軍大佐であるジョン・ボイドが提唱した考え方であり、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、決定(Decide)、行動(Act)から構成される(図参照)。このOODAループは、いまや米海兵隊をはじめ世界各国の主要な軍事組織で採用されており、ビジネスの世界でもいくつかの企業で成果をあげている。ただし、残念ながら日本では、OODAループはほとんど理解されておらず、現場にも浸透していない。ポスト・コロナの不確実な時代では、これは大きな問題であるといえる。

 

 このODOAループがPDCAサイクルと異なるのは、計画を出発点としていないという点にある。もちろん、大枠でのミッションは与えられている。しかし、そのミッションには、それを達成するための手段は明示されていない。上司からその方法論について指示を受けることもない。ミッションを遂行する者は、自らの自発性、創造性を駆使して、ミッション達成のための手段を発見し、即座にそれを実行しなければならない。ここがPDCAサイクルとの決定的な相違点になる。

 OODAループは、想定外の事態への対応という意味でも役立つものであり、むしろ、PDCAよりもOODAこそが最適なマネジメントのあり方だといえる。ただそうであっても、OODAループがビジネスの領域に応用される場合、その日常業務のなかで真価を発揮するのは、いつ起こるか予測できない「想定外の事態への対処」ということではなく、通常ならば想定外となる事象を「想定内化」することにある。この想定内化によって不確実性に直面しても、そこから秩序を見出していくマネジメントが可能になるのである。

 この点で、危機管理と呼ばれるものも、想定外の事象の想定内化という点で共通しているかもしれない。しかし、危機管理とはあくまでも想定外の事象を事前に想定し、それが将来生じた場合にも対処できるように準備することだ。それに対し、OODAループによる「想定内化」とは、必ずしも想定外の事象をピンポイントに特定し、そのための準備をするものに限定されるわけではない。

 想定外の事象を点として想定内化するのが危機管理であるとすれば、OODAマネジメントとは想定外の事象を「面として囲い込み」、そのなかのどの点が生じたとしてもある程度対応できるように準備することを意味する。このような「不確実性の想定内化」にこそOODAマネジメントの本質がある。

 たとえば、営業現場やマーケティング活動、開発現場などでは、現場情報への即座の対応が求められる。しかし、その業務内容は非定型的なものだとはいえ、全くの想定外というわけではなく、ある程度の囲い込みは可能だ。OODAの活用が求められるのは、このような不確実性の囲い込みが重要になる領域である。

 この不確実性の囲い込みとは、具体的にはOODAの各要素の仕組み化によって達成することができる。たとえば、観察においては、何を観察すべきか、どのような情報に着目し、それを収集するのかを組織内で共有するための仕組みが求められる。情勢判断では、収集した情報をいかに解釈すべきか、解釈のためのフレームワークを提供することが仕組み化に該当する。このような仕組みを設定することで、不確実性の想定内化を行い、緊急事態下でも効果的にOODAループを高速で回転させていくことが可能になるのである。

 ポスト・コロナの時代では、PDCAサイクルからOODAループへとシフトしていくことが強く求められる。ただし、PDCAサイクルを完全に捨てるという意味ではなく、不確実性が残る非定型業務に限定してOODAループを導入するということである。定型的業務については、従来通りのPDCAサイクルを回していくことが重要であることはいうまでもない。

 

参考文献
チェット・リチャーズ(著)原田 勉(訳)『OODA LOOP(ウーダ・ループ)』東洋経済新報社 2019年
原田 勉『OODA MANAGEMENT(ウーダ・マネジメント)』東洋経済新報社 2020年