金賞
ハイテク・スタートアップにおける飛躍的成長の成功要因に関する研究

 

 

伊藤 俊介
(HiLung株式会社

 

1.課題意識

 筆者は、現在バイオテクノロジー分野において創薬系スタートアップの共同創業者として経営の中枢を担っている。大学での技術シーズの事業化活動から数えれば、2022年現在で約3年間にわたり、事業成長に向け苦闘してきた。起業活動は不確実性の連続で、それらにケースバイケースで対応していくことが常識とされている。しかし、本当にそうなのだろうか?環境の不確実性はあれど、社会・経済活動という特定の論理を持った機構に組み込まれている以上、起業活動・事業行動にも原理・原則が存在しているはずである。 

 また筆者の属するライフサイエンス産業は、研究開発型であるがゆえに事業成長の歩みは遅いとされている。しかしながら、近年では、同産業に属する企業でも急速な成長を実現する企業が生まれている。彼らの成功要因とは何であろうか?そして、それは企業間/産業間をまたぐ普遍的な法則なのか?

 このように、ライフサイエンスをはじめとした科学技術主導型のハイテク・スタートアップを成功させるためにはどうすればよいのか、という単純な課題意識が本研究を実施するモチベーションの根源であった。

2.先行研究

 これまでに、スタートアップの事業成立の過程や成功要因を追求するための研究が多く行われてきた。また近年では、かつて経営に関わる総合的な知識を学び、大手企業のゼネラルマネージャークラスの経営管理人材輩出を主要な目的として発展したビジネススクールが、(ベンチャー・ビジネス主導型への)産業構造変貌、ビジネスモデル変化、起業活動の増加等を踏まえ、アントレプレナーシップ教育へ比重を移しつつあるように、スタートアップ/アントレプレナーシップ研究への注目度がより一層高まっている。

 このような過程で、チーム構成、組織の体制、起業家の持つネットワーク、技術・事業の革新性と先駆性、リスク選好性等が、スタートアップの成長にかかわる要素として特定されてきた。しかし、あくまで特定環境下における個別要素の特定に留まっており、環境変化・産業間差異など多面的検証は不十分であった。一方、Sarasvathyが創始したエフェクチュエーションの理論から、不確実性に満ちた起業家活動における意思決定の論理が見出された。Sarasvathy以前は、起業家の特徴は、生まれ持った資質や運といった制御不可能な要素に起因したものであり、後天的には獲得できないものと考えられていたが、この理論によりはじめて起業家の思考/行動プロセスが体系化された共通のものとして整理された。しかし、エフェクチュエーション理論は、優れた起業家の行動様式に言及しているのみであり、スタートアップの成長に関する成功要因を特定するまでには至っていない。

3.目的

 スタートアップは、あらゆる地域や市場における産業基盤として機能するイノベーションの源泉である。スタートアップあるいはアントレプレナーの行動とその結果との相関に関しての研究は、米国をはじめとして盛んに行われてきた。しかし、先に述べたとおり、いずれの研究も個々の会社の成長と成功に関する個別要素の特定に限定されており、要素間の関連性、周辺環境の影響、抽出理論の企業/産業間普遍性あるいは差異までを総合的に明らかにした例はなく、実務家にとって納得感のある理論になっていないために、得られた知見が実践にまでつながっていない。だからこそ、未だに起業活動は不確実でリスクが高く、一握りの特殊な人間だけが成功する行動であると見なされている。

 しかしながら、市場は企業から構成され、企業は組織から成り、組織は人の行動によって規定され、人の行動は一定の論理に基づいている以上、そこには原理・原則があり、共通の要点によって説明できるはずである。筆者自身、バイオテクノロジー分野でスタートアップ経営を行っているが、多くのしがらみや不確実性が存在し、成長はままならない現状がある。研究を通して、科学技術主導型スタートアップの成長に関する成功要因を、事例、定量データ、自身の実務経験を踏まえ、統合的に分析することで、自分自身が明日からでも実践可能な腹落ち感のあるスタートアップ経営の法則を見出すことが、本論文の根本的な目的である。

■本研究のリサーチクエスチョン
 ●技術主導型(ハイテク・)スタートアップにおける飛躍的成長の成功要因
 ●産業差異とスタートアップ成長性の関係性

4.結果および考察

 本論文では、科学技術主導型で急成長を目指す企業、すなわちハイテク・スタートアップの急成長を規定する成功要因を特定することを試みた。本邦において創業から5年以内に時価総額100億円を達成した企業の急成長を「飛躍的成長」と定義し、この定義に合致するデジタル、ライフサイエンス、エンジニアリングのハイテク産業領域に属する企業を調査対象とした。

 飛躍的成長実現企業のCEOまたは創業メンバー/創業経緯を知る第三者へのヒアリングによる共通要素特定、および飛躍的成長非実現企業との比較分析による定性的仮説抽出と企業データベースを用いた成長速度の異なる220社の経営要素に関するプロビット分析を用いた統計解析による定量的仮説検証を行った。主要研究(ヒアリング)対象者は、細胞加工関連企業C社 代表取締役社長CEOのE 氏、遺伝子治療関連企業M社 代表取締役CEOのM 氏を知るキャピタリストFR 氏、再生医療関連企業S社 代表取締役社長M氏、通信関連企業E社 創業メンバー/元 副社長 KH氏、SaaS関連企業S社 執行役KR氏である。5社の事業エピソード分析より、創業から上場という目標達成までの経緯においては、「”探索” と”市場展開” の経営様式の明確な区別と切替え」という経営様式が、彼らの事業成長を牽引してきた共通項であることが明らかになった。そしてこれは、①事業計画立案、②市場参入、③組織統治の共通要素によって裏付けられていた(図1)。

 

 すなわち、初めに予測精度の高い事業計画を立て、創業前準備の段階で必要な資源を獲得したうえで市場参入を行い、市場参入後は組織統治による計画遵守によって一挙に市場を獲得する。このような一連の経営行動プロセスが、彼らの事業成長を牽引してきた構成要素であると示唆された(図2)。

 

 つまり、飛躍的成長の成功要因は「環境制御を企図した(流動的で不確実な市場環境の中での)起業家主体的な意思決定ダイナミクス」にあると推定される。優れた起業家は、事業ステージと市場環境を常に注視・分析し、適切なタイミングを見極めて手段と計画を駆使した行動を展開することにより、探索に基づいて市場機会を最大化すると同時に市場展開時の資源投入効率を高め、成長速度を担保している。つまり、意思決定と行動の効果を理解し、適切な場と機会で 「手段主導の行動(エフェクチュエーション)」 と 「計画主導の行動(コーゼーション)」 を使い分ける意思決定ダイナミクスを適用することで、市場における機会と不確実性を任意に調整し、起業家が環境の中で制御可能な範囲すらコントロールしている。すなわち、現在の環境における不確実性を制御し、未来の予測確度を高め、対策して、自らが望む結果を引き寄せるような一連の起業家/企業主体的な意思決定・行動プロセスが、飛躍的成長の成功要因であると考えられる(表1)。

 

 また、飛躍的成長企業への投資経験を有する投資家4名(創業企業のIPO経験を有し日米で活躍するエンジェルであるK氏、中部地方を中心に活動するキャピタリストFG氏、独立系ファンドでデジタル/ライフサイエンス領域を投資対象とするM氏、銀行系ライフサイエンスファンドのキャピタリストFR氏)へのヒアリングを通じたスタートアップの外部環境分析に基づき、上記成功要因は産業横断的に適用可能であるが、それを裏付ける意思決定および経営行動の成否は、技術特性/産業特性に依存しているため、飛躍的成長実現に向けては、起業家自身がそれら特性を理解し、有効な手当てを行う必要があること、また、起業家自身がこのような行動様式を心掛けていたとしても、「人材流動性」、「資金流動性・方法論」、「支援策・支援制度」、「文化・風土」という外部環境の影響も多大に受けており、飛躍的成長企業の量産に向けては、周辺環境の拡充および関連プレイヤーの意識と機能の改善が重要であることも同時に明らかにした(表2、3)。

 

5.まとめ

 以上のように、ハイテク・スタートアップの飛躍的成長の成否は、その経営行動における起業家と組織における意思決定ダイナミクスに起因していると結論づけられる。
 飛躍的成長を実現した起業家は、(先行研究で観察されていたような)環境変動を考慮しない硬直的で楽観的な姿勢(コーゼーション)や、環境の変化は所与であり、起業家が予測・制御困難な範囲を自らコントロールすることは困難であると前提し「与えられた環境において制御可能な範囲に着目」して、意思決定や経営戦略・戦術を変化させるような、制御可能な範囲の選択に対する ”受動的” な姿勢(エフェクチュエーション)とは異なり、事業ステージと市場環境を常に注視・分析し、適切なタイミングを見極めて手段と計画を駆使した行動を展開することにより、市場における機会と不確実性を制御して、不確実で予測困難な環境を予測可能な範囲へと引きつけている。このことにより、現代の流動的で不確実な市場において、起業家が制御可能な範囲を能動的に拡張している。この意思決定と行動の効果により、探索に基づいて市場機会を最大化すると同時に市場展開時の資源投入効率を高めることで、飛躍的成長が実現されている。つまり、意思決定と(”手段主導” と ”計画主導” の)行動の効果を理解し、適切な場と機会で行使することで、制御可能範囲すら統制し、行動効果を最大化可能な環境(および/またはタイミングを)を作り出して、自らが望む結果を得る ”主体的” 意思決定ダイナミクスを適用することによって、現在の環境における不確実性を制御し、未来の予測確度を高め、対策して、自らが望む結果を引き寄せている。この一連の起業家/企業主体的な意思決定・行動プロセスが、飛躍的成長の成功要因である。